一回り年上の兄をなくしたことで失われてしまった心。木のウロ(洞)として描写するその心の穴を埋めようとする物語。視覚・嗅覚・触覚をはじめとする体感と鋭さや柔らかさを伴った感情とが双方として刺激され、ある種の新しい感覚として研ぎ澄まされる筆致が素晴らしい。
向けられる好意が慈雨のごとく洞に滴り、これまで受けとめた恋恭への至りが洞としての空隙を埋めていく。
しかし、足りない。隙間を埋め切るにはまだ足りないのだ。そんな中、相手の心の深い闇と自身の満たされない心の洞とが共鳴する場面に遭遇する。
まだ風の通る洞にその闇をすぽりと収めてしまえば……
その視覚的に隠れた秀逸なる夢想にいざなわれ、満たされた気持ちに恍惚に染まるのは、私だけだろうか。
いっときでも何かが溜まる確かな手応えを味わえるのは、誰かからの恋情だけなのか。
『恋うるって、どういうことなのか』その何気ない呟きが、投げ掛けが、心の洞を満たす雫となりゆくのも、また味わい深い。