7.

「ルコル、ぐずぐずしていると列車が来てしまうよ」


 夕焼けに染まった森の中で、ミザは振り返りながらそう言った。彼女の視線の先には、同じように背後を振り向いているルコルの姿があった。


「わかってます。けど……あのまま出てきちゃってよかったんでしょうか」


 あの後――魔法を使ってブランの願いに応え、奇跡の粒を回収した後。二人はすぐさまブランの家を、村を出た。それができるよう、あらかじめ荷物をまとめていたのだ。

 後ろ髪を引かれるような様子の弟子に、師匠は諭す。


「これでいいんだよ。前にも言ったように、私たちは一つの場所に長居すべきじゃないんだ。特に誰かに魔法を使って奇跡を集めた後は、ね」

「でも、せめてブランさんには挨拶くらい……家にも泊めてもらってボクたちもお世話になったわけですし」

「ダメだよ」


 ルコルの言葉をぴしゃりと遮り、否定する。


「たしかにブランさんはいい人だよ。奥さんを想う気持ちからもそれは間違いない。だけど、人間の内面は魔法使いであってもわからないんだ。もしブランさんがもっとリーゼさん、亡くなった奥さんと話をしたいってお願いされたらどうするの? ルコルは断れる? それとも、一人残ってこの村に居続ける?」

「は、はい……ごめんなさい」


 これもまた、ミザたちが旅をする中での決まりごとだった。立つ鳥跡を濁さず、というわけではないが、やるべきことを終えたら、必要な分だけ奇跡を集めたら、できるだけ速やかに離れて駅に向かうこと。

 なので、こうして別れの挨拶もせずに駅に向かっているわけだ。単純に、列車の発車時刻が近いということもあるが。


 すでに二人の視界は巨大な木々ばかりで、村も切り株の家たちも見えない。ルコルの足は人に踏みしめられていない土を歩いていく。


 でもやっぱり、ちゃんとお別れしたいって思うのは、私がまだ半人前の魔法使いだからなのかな……。

 ってダメダメ! こんなこと考えてたらいつまでたっても師匠みたいな立派な魔法使いにはなれないんだから。シャキッとするんだボク!


 言い聞かせるように三角帽子をかぶりなおし、ローブのすそをぎゅっと握りしめる。

 と、何やら布とは違う感触が指に伝わってきた。


「……?」


 ルコルは不思議に思いながらローブをまさぐる。その原因は、左側のポケットにあった。

 手を突っ込んで出てきたのは、折りたたまれた小さな紙。


 なんだろうこれ。ボクはこんなの入れた覚えはないけど……。


 そう思いながら、紙を開く。そこには、短い文章が書かれていた。ひとつ、可能性が思い浮かぶ。この紙を入れた人の存在を。だが読むことはできなかった。ルコルはこの村で使われている文字を知らないからだ。

 なので仕方なく、紙をそのままポケットに仕舞う――なんてことはしない。なぜなら、彼女はただの旅人ではないから。


 ルコルはこっそりと杖を出して魔法を使う。青紫色の光を宿して。紙に書かれた情報を読み取る。書かれた情報が、ルコルの脳内に直接インプットされる。


 ――ありがとう、素敵なレディの魔法使いさんたち。


 そこには、そう書かれていた。


「ルコル?」

「あっ、はい! 今行きます!」

「どうかしたの?」

「いえ! なんでもないです!」


 ぱたぱたと、ミザを追いかける。何も言うことはしない。頭に入ってきたその一文を、しっかりと刻み込みながら。


 やがて二人はとある木の根元へとやってきた。駅への入口。今度は忘れずに覚えていた。

 少しだけ緊張しつつも、根の隙間に飛び込む。するりと身体が通り抜ける。何度やっても不思議な感覚だった。


 二人を出迎えたのは、相変わらず無人の駅舎。森の中とはまた違う静寂が支配している。


「列車は……まだ来てないみたいだね。ちゃんと間に合ったみたいだ」


 壁の時計と幾何学模様の絵を見ながらミザが言う。これで実は乗り遅れていたら笑えないな、とルコルは密かに思った。


「ああそうだ。ちゃんと今回のことも記録しておいてね」

「はい。それもボクの役目、修行の一環ですもんね」


 思い出したように言うミザに答えながら、ルコルはローブから一冊の本を取り出した。旅を記録するための本、そして記録の役目をルコルが担っていた。


「列車に乗ったら書きますね」

「お願いね」

「でも、ボクは今回も失敗ばかりでお役に立てませんでしたし、そのことを自分で書き記さなきゃいけないのはなんだか恥ずかしいですね」

「そんなことはないよ。ルコルのおかげで私たちは村で奇跡を集めることができた。それはルコルがまっすぐにブランさんと向き合ってくれたからだよ」


 まっすぐで素直なところは、ルコルの長所だから。とミザは言う。なんだか照れ臭い。このことと、それからさっきの紙のことは自分の頭の中にしまって、記録には書かないでボク自身が覚えておこう。


 駅舎を抜け、ホームに立つ。それ以外は真っ暗闇。夜空にぽっかりと浮かんでいるような、時間の感覚が抜け落ちたような不思議な空間。

 ホームもまた静かだった。まだ列車が来るには少しだけ時間があるようだった。

 ふと、ルコルは胸の内に芽吹いた考えを漏らす。


「ねえ師匠。二人は……生まれ変わってもまた出会えますかね」

「どうしたの急に」

「だって、ボクたちの魔法で話せたっていっても、ちゃんと再会できてはいないじゃないですか」


 あくまで魔法で遺品からリーゼの情報を読み取り、それを具現化したに過ぎない。限りなく本人と同じだが、そうとも言い切れない。


「だったら、二人が話してたみたいに生まれ変わってまた出会えたらいいな、って思ったんですけど……そんなの難しいですよね」

「だね。単純に確率的な話としても、途方もない願いだ」

「で、ですよね」


 いくら二人が深く愛し合っていたとしても。だとしてもルコルはやっぱり叶ってほしいと思ってしまう。


 すると、遠くから車輪が鳴らす金切り声が響いてきた。列車がやってくる合図。この場所を離れるカウントダウンが始まる。

 同時に、ミザが口を開いた。


「だけど……案外叶うかもしれないね」

「え?」


 ルコルは少しばかり驚いた。てっきり否定的な答えが返ってくるものばかりと思っていたから。


「師匠は、どうしてそう思うんですか? 何か理由が?」

「根拠なんてないさ。でもほら」


 ミザが指さす。次第に暗闇の中から機関車の姿が見えてきた。

 機関車は後ろに列車を引き連れながら。自身の存在を知らしめるようにけたたましく鳴く。そして、煙突から光り輝く粒子を、奇跡の粒を勢いよく吐き出した。

 それらは空中を漂い、広がっていき、やがて見えなくなっていく。どこへいくのかはわからない。だけど、確実にどこかには届くのだ。


 そんな様を見て、魔法使いは小さくほほ笑みかけてきた。


「だってまたこの場所にも、奇跡の粒は巡って、降り注ぐからね」

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奇跡流転紀行 今福シノ @Shinoimafuku

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