第29話 孤島


    1


 おびただしく大小も様々に壁面へと刻まれた魔法文字。光るそれらを明かりとして降りる。先のわからない螺旋階段を。

 クサナギ、アオイ、ティアラの三人は前を行くチビの後を追っていた。深く深く、どこまで続くかすら想像することなどできはしない。


 しかし遂には底に辿り着いた。ゴールである装飾のある扉。それを魔法で開くとその先に──広大な空間が現れる。


 チビが居た洞穴と似てはいる。しかし一つだけ違う事がある。部屋の実に半分が透明な水晶質に覆われていたのだ。


 クサナギは導かれるが如くにその境界線へと歩を進めた。水晶の中に彼女が居たのだ。五千年前の姿そのままに。


「セシリア……」


 クサナギは手の平を、水晶の表面に押し当てた。

 セシリアは水晶の中心だ。クサナギとはまだ遥か距離がある。だが彼女を間違えるはずもない。確かに彼女はセシリアであった。


 では何故彼女がこの場所にいるか? それはおそらくチビが知っている。


「五千年前。お前が消えた後。彼女はお前のことを占った。彼女の全身全霊を持って。それが彼女の才を開花させた」


 チビがクサナギの背に語りかける。

 だがクサナギは視線を逸らさない。セシリアをただ見つめながら聞いた。


「勇者クサナギはこの世には居ない。しかし五千年後に現れる。その事実を彼女が知ったとき、自らを封じることを選んだ」


 それは伝承に描かれていない、歴史に埋もれた真実だった。

 何故彼女がそのような行動を? クサナギには十分理解出来る。


「約束を守ろうとしたんだろ? セシリアちゃんは……真面目だからな」


 彼女とクサナギは約束をした。旅を終えた後に結婚すると。

 だがクサナギは帰還できなかった。故に反故になったはずであったが。


「彼女は我に言った。時が来れば、封印は解け約束を守ると。故に我は彼女を護っていた。この世界にお前が帰るまで」


 チビは解説したがどうでも良い。セシリアは今こうしてここに居る。クサナギにはそれで十分だった。そのためにチビもここに連れてきた。


「セシリアちゃんが居るなら仕方ねえ。世界でも何でも救ってやるよ」


 クサナギはセシリアに背を向けると、来た道をゆっくり戻っていった。


    2


 戦闘ヘリのドアを開け放つと凄まじいまでの風が吹き込んだ。ローターも五月蠅く快適でない。しかし飛び降りるのには必要だ。


 青空を飛ぶヘリから飛び降りる──クサナギは丁度直前であった。セシリアを見た翌日、転移して島の近くに移動してきたのだ。そこから軍のヘリをチャーターし、現在島の上空に来ている。


 パイロットは軍人。それと一人、付き添いとしてアオイも横に居た。

 眼下には美しい南の島。制圧者に襲われたパーム島。


「ビバリゾート! いやあ気持ちいいな」

「気をつけて。ここはもう戦場よ」


 アオイに指摘されたが気にしない。クサナギはそう言う男であった。


「ヘイ! ミスター勇者! 君が飛んだら、我々は島外に退避する! 制圧者とか言うのを倒したら、照明弾を撃って知らせてくれ!」


 と、ここでパイロットに指示された。無論、元から知っていることだが。

 このパーム島は制圧者により襲撃され地獄と化している。戦闘ヘリであろうがなかろうが、ここに留まるのはリスキーなのだ。

 そのためにクサナギは挿していた。ベルトに照明弾を撃つ銃を。


「わかってるって。それじゃあ行ってくる!」


 クサナギは言うと飛び降りた。パラシュートの一つも背負わずに。

 ヘリの高度は高層ビルよりも遥かに高く、常人なら即死。とは言えクサナギは勇者であって常人ではないので問題無い。


 大の字になって風を受けながら降下。地面付近で縦回転。砂浜にクサナギは着地した。当然砂は盛大に舞ったが。


「ふいー、これがスカイダイビングか。中々に素敵なレジャーじゃねーか」


 クサナギはご満悦だ。無論、良い子は真似するべき方法ではない。

 しかし敵地に乗り込む方法はド派手に──と相場が決まっている。


「さてと。制圧者君はどこかなー?」


 クサナギは直ぐ捜索をはじめた。


    3


 観光地の景色は美しい。が、クサナギは直ぐにウンザリした。そこかしこに転がっていたからだ。制圧者に殺された人々が。


「現代のルールならモザイクだな。そっちの方がグロい気もするけど?」


 クサナギは言いながら歩いていた。高いリゾートホテルの足下を。

 ブロックタイルで舗装された道。見渡せば南国の木にプールに。そして血液。そこかしこに溜まり、或いはべったりと染みついている。


 そして頭上からは飛来してきた。制圧者と呼ばれる存在が。


「おっと危ない。屋上にいたのか」


 クサナギは感知して飛び退いた。数十メートル。全くの無事だ。

 一方の制圧者は地面へと突き刺した右手を引き抜いている。


「確か制圧者グランベリだっけ? 来た時から俺を監視してたな?」


 その制圧者にクサナギは聞いた。

 もっとも返事は期待していない。


 金属の体。青い三つの目。これは人間でも、魔族でもない。人に近い形を持ちながら、異なる存在理由を持つ者。


「まーだんまりだよな。そりゃそうだ」


 制圧者は返答しなかった。代わりに剣と盾を生み出した。

 右手に盾を。左手に剣を。青い粒子が形作ったのだ。それは制圧者から湧き出して、瞬く間に武装と成り果てた。


 それは──言葉以上に雄弁だ。


「やる気は満々か。まあ好きにしろ。俺の方も好きにやらせて貰う」


 力を漲らせるクサナギと、視線を送る静かな制圧者。

 戦いのゴングは鳴らされていた。最初に動いたのは──制圧者。


 盾と剣を構えた制圧者がクサナギに向かって突撃をした。


「ほっ!」


 クサナギは横っ飛びで躱す。

 すると制圧者は──飛んでいった。

 真っ直ぐ止まらずひたすら前進。止まれば隙を作るからだろう。結果建造物へと突っ込んだ。ホテルのガラスの壁を粉砕し。


 恐らくはその中で止まっている。最初の制圧者と同じ手だ。


「さーて。こっちとしてはどうするか……」


 そこでクサナギは少し考えた。

 相手は盾と剣を持っている。問題なのはその、盾の方だ。

 盾は円形。直径はおそらく、制圧者の半分はあるだろう。それに対しクサナギは素手である。攻撃できる部分は限られる。


「俺もなんか持って来りゃよかったな」──と、ぼやいても後の祭りだ。

 制圧者はホテルから歩み出た。また攻撃を仕掛けてくるだろう。


 そこでクサナギも覚悟を決めた。正面から迎撃する覚悟を。

 制圧者がまた突撃してくる。そのタイミングでクサナギも跳んだ。

 互いに一直線に接近し、そしてクサナギは左手で殴る。


「ふん!」


 相手は盾を右手に持つ。クサナギから見れば左の側だ。そこで左拳を突き立てる。当然、ターゲットは盾だった。


 盾は攻撃を防ぐためにある。防ぎ止め、いなし、本体を護る。故に本体よりも頑丈だ。しかし破壊不可能とは言えない。


 クサナギの左フックが激突。盾ごと制圧者を吹き飛ばす。盾はこの一撃目でひび割れた。後一撃で砕け散るだろう。


 制圧者もそのことを悟ったか、吹き飛びながら盾を投げ捨てた。そして態勢を立て直し、剣を両手で持って迎撃する。

 クサナギは既に制圧者を追い、再び大地を踏み蹴ったからだ。


 右腕を振りかぶったクサナギの、右胴体に向けて剣が走る。その攻撃を防ぐ手段は無い。そしてクサナギには防ぐ気もない。


「ぜああ!」


 クサナギが速かった。クサナギの右拳が速かった。制圧者の顔面を直撃し、その体は縦回転して飛ぶ。

 結果としてクサナギは剣と盾、その双方を制圧して見せた。


 落着した制圧者の頭部は、既に原型を留めてはいない。


「さてと。まだやるか? 金属マン」


 クサナギはその彼に歩み寄る。悠然と。微笑みを浮かべつつ。

 しかし制圧者は空気に溶けた。ひび割れ青い粒子と成り果てた。


 ならばクサナギのやることは一つ。戦闘ヘリを呼び戻すのである。


「んー? で、これはどう使うんだ?」


 クサナギはベルトからフレアガンを引っこ抜き、そしてじーっと眺めた。

 使い方は正直謎である。しかし聞く相手などは居なかった。

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ナゲヤリ・ファンタジー 谷橋 ウナギ @FuusenKurage

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