第28話 惨劇
1
金属マンと戦った翌日。朝七時にクサナギは帰還した。転送装置を利用して、洞穴に横たわるチビの元へ。
当然監視のアオイも一緒に。
クサナギはその横で手を上げた。
「たっだいまー! おうチビ眠そうだな!」
「クサナギよ。お前は?」
「すっきりだ! いやーこの時代のベッドは良いな。昔より断然ふかふかしてる」
帰還したクサナギは上機嫌だ。
監視のアオイは不機嫌だったが。
「ベッドがあるのはわかるけど……寝具売り場で寝ないでくれない?」
「アオイちゃんも寝りゃ良かったじゃねーか」
「あんな場所で寝られるわけないでしょ……!」
アオイの顔には隈ができていた。昨日は一睡もしていないのだ。
しかしクサナギは気にせず眠った。クサナギを止められる者など無い。
──と、その時だった。クサナギは一人の巫女に気付いた。チビの前に立つ美しい少女。セシリアと同じ髪の色をした。
「旅に出るわ。探さないでくれ」
彼女を見てクサナギは呟いた。
悟ったのだ。彼女がセシリアの遠い遠い子孫であるのだと。
「安心してくださいクサナギ様。私は、ティアラ・ダイアモンドです。セシリア様の親戚の子孫……直系の子孫ではありません」
だが本人がそれを否定した。
クサナギも旅に出ずに済みそうだ。
もっとも驚きは続いていたが。外見はそれほどによく似ていた。
「しっかし、セシリアちゃんに似てるなー。雰囲気はアオイのが近いけど?」
「光栄です。そういう勇者様も、伝承より余程端麗ですわ」
「ふっふっふ。俺のナイスガーイはこの時代でも通用するらしい」
やはり中身は違う。セシリアなら冷たい視線を向けていたはずだ。そう、アオイのように。しかしティアラはニコニコとした笑顔のままである。
ついでに言えばティアラは髪の毛を後ろで複雑気味に編んでいる。まあ髪型など変えられるのだが、雰囲気には寄与する物がある。
と、ここまでは和気藹々としたくだらない雑談に終始した。だがいつまでもふざけていられない。クサナギには話すべき事がある。
「とまあ雑談はこのくらいにして。おいチビ、俺に用が有るんだろ?」
「その通りだ。勇者、クサナギよ。我らには共通の議題がある」
チビもクサナギに同意した。
その議題とは? 互いに知っている。
「あの金属野郎についてだな。ありゃなんだ? 新種の生き物か?」
「我々は制圧者と呼んでいる。人類にとっての新たな敵だ」
チビはそう言って語り出す。他所で起こった惨劇の様子を。
至極、落ち着き払った有様で。ただしチビの視線は鋭かった。
2
パーム・ビーチ──クリアな青い海。白い砂が美しい観光地。水着を着た観光客の群はこの時も日差しを楽しんでいた。
このビーチがあるのは南の島。赤道付近にあるパーム島。時差によりクサナギが寝ていた頃、このビーチは真っ昼間だったのだ。
そしてその時分に事件は起きた。ヤマト州で起きたような事件が。
砂浜の砂から湧き出るように──出現した金属で出来た人。クサナギが倒した金属マンと同型の存在だ。おそらくは。
ただ外見に多少の差異がある。あくまでも“多少”だが違いがある。頭部には角が無く目が三つ。体の線も細く腕が長い。
もっとも、性質は同じである。人を殺戮するという性質。周囲の人々が備える前に、その殺戮は即座に始まった。
最初は一般人。観光客。次に警察。そして軍に変わる。その全てを殺戮し続けた。一切休むことなく延々と。
彼の殺戮は現在も続く。よって人は島から脱出した。
斯くしてパーム島は制圧者の──彼の制圧した地と成り果てた。
3
洞穴ではパームに於ける話、ポイント・グラウの話もなされた。
しかしそれでも不十分ではある。制圧者に関する情報は。
解っているのは“人々にとって害になる存在”という事だけ。もっともそれがクサナギにとっては最大の問題となるわけだが。
「つまり、俺にその制圧者だかをぶっ殺してくれってことなのか?」
「そうして貰えるのなら有り難い。このままでは人は殲滅される」
クサナギの懸念に対して、チビは嘘を吐かずに誠実に答えた。
とは言えクサナギには足りていない。命を賭ける理由たり得ない。
「いっつも思うんだが、何で俺が?」
そこでクサナギは不平を述べた。
クサナギも内心気にはしている。自らを傷付けた制圧者を。しかし決め手が無い。それは元来クサナギの持つ気質に由来する。
こう見えて平和主義なのだ。ごくごく普通の木こりなのである。
それを彼女が勇者へと仕立てた。セシリアという少女の存在が。
「セシリアが必要か?」
「必要があったら、生き返らせてくれるのか?」
「我はただ“必要か”と聞いている」
「まあそりゃ断れねえ。セシリアなら」
クサナギは答えつつ腕を組んだ。
チビの言葉からは想定できる。セシリアと会うことが出来るのだと。だが人間は五千年生きない。故にクサナギですら困惑した。
一方チビはクサナギの答を──“断れない”と聞いてほくそ笑む。
「では会わせよう。お前を。セシリアに」
そしてチビは魔法を行使した。
巨竜の体が光り輝いて、瞬く間にサイズを縮めて行く。かつて破壊神と戦ったおり、彼が取っていた人間の型に。
それはそれで驚かされたのだが、クサナギはもう一つ驚いた。人間サイズで地面に立つチビ。その足下にあった四角い床。二、三メートル四方のその床は装飾された扉のようである。
その扉に魔法陣が現れ、それが消えると扉がひび割れた。そして割れ落ちた先に現れる。地下へと続く暗く長い道が。
「着いてこい。その覚悟があるのなら」
チビはクサナギに向けてそう言った。
彼の全身には古傷がある。五千年前には無かったものだ。
それがクサナギにまた感じさせた。経過した五千年という時を。
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