エピローグ: せいじょたちのその後
「うーん…」
今日はやる事が早く終わって、折角だからとダルクの様子を見に行った。するとそこでうんうんと頭を抱えているダルク。明らかに、こっちを見てから始めたその動作に何か嫌な予感がしながら、ただ話しかけた。
「…どうしたダルク、これ見よがしにため息吐いて」
「ん、いやあね。この先のことで悩んでてねえ」
「この先?そんなに困ってることがあるのか?」
確かにやらねばならない事は、未だ山積みでどれから手をつけていいかもわからないほどだ。だからこそやりがいがある、とくらい言うと思っていたのだが。そうした心の声を読み取られたように、ダルクはくすりと笑った。
「違う違う、そういうんじゃあないよ。
ボクとヴァンと、イスティがいるんだ。
そういうので不可能なことなんてあるもんかよ」
「じゃあ何を」
「…ずばり、子孫、だよ。ここには女一人、男一人、半端者一人のボクしかいないから結局のところどん詰まりなんだ」
「…ああ…確かに、なるほどな。
それならえっと、第一世界からこううまいこと…」
「移住してもらうかい?こんな世界に?来る人はいないと思うけどねえ。それなら拉致とかする?赤ん坊を攫っていけば抵抗されることもないか」
「……悪い」
「いや、うん。ボクは正直ナシではないかなと思ってたけどキミの反応からするとアウトだなこりゃ。そうなると…やっぱり、B案しかないか」
確かに、そう言われるとそうだ。
この世界には最早もう、人は居ない。
もしかすると、と思ったこともあったが、何年も探し続けて、結局のところそんなものはいない、と確信が強くなるだけだった。
ならば世界を建て直したところで、ただ人がいない世界が出来てそのまま継続するのみ。僕らもいつかは寿命や経年劣化による限界がくる。その時にこの世界はどうなるのだろう。
……と、B案?って言ったか?
「B案なんてあるのか」
「ああ、ある。それも諦めるとかいう投げやりなものじゃなくてちゃんと具体性がある解決策だぞ。ただ、キミの同意だけが必要だが…」
「やるよ。お前が考えてくれたんだろ?
なら僕がそれを否定する訳にはいかないだろ。それに、ダルクは天才だ。聞かなくても正しいことだって信じてる」
「…!本当かい!」
「ああ、男に二言はない」
はっ、と。
そう、言ってから後悔した。いや正確には、そう言ったのを聞いたダルクの表情を見て、しまったと思った。この表情は…
色々あるが、少なくともロクな事が起きない時の顔だ!
「じゃあ、B案を改めて発表しようか。これの問題は、つまるところ子供が作れない状況であること。ならば解決案としては作れる状態にすればいい、ということだ」
「ということで。子どもを作るためにキミを改造する。
子どもを作る、つまりソレができるように」
…………
……ちょっと待て。
「…ま、待て!待て待てって!
その判断は絶対間違って…」
「ということで専門家を呼んでありまーす」
「ククー。
面白いことになってるじゃないか少年たち」
「待った待った待った!!全てにおいて頭が追いついてないのにとんとん拍子に話を進めるんじゃない!待ってくれッ!…というかあんたはなんで当然のようにいるんだよ」
「あちら側から、キミの作った門の残滓から追い出されてな。こっちに来てしまったのだよ。行く当てもない身だ、しばらくは居せてくれ」
あまりにも、急激すぎる再会。死霊の筈のハイレインは当然のように回転椅子をひっくり返して僕らの前に姿を表した。マスクを付けてるあたり既に結構くつろいでるなこの人。
「……私も普通にあの世に帰ろうと思ってたし家族にもようやく会えると思ったんだが…母さんがロウにめちゃくちゃ説教があるから二人にしろちょっと外に出てろと言われて追い出されてな」
「…あ、ああ、そう…」
「平然としたフリをしてるが普通にショックだから別のことに没頭させて忘れさせてほしい」
「それはその…ご愁傷様…?」
閑話休題。
話はその事ではない。
その、僕の生殖機能どうこうの話だ。
「だから無理だって!僕が一人頑張ったどうこうで人口がどうなるとも思えないし……そもそも、この身体。ダークナイトなんて死んだ身体なんだから無理だろ!」
「出来ないことはないぞ」
「出来るの!?」
「まあそれっぽいものっぽく形取って、その実はまた別の方向で遺伝子を取って胎内で育成するという形にはなってしまうだろうが…まあ結論から言ってヴァン少年の子孫を作ることはできるだろう」
「本当ですかッ!?」
「うわあ!イスティおかえりっ!?」
「ただいま帰りました!
それより今の話本当ですか!?」
本日一番の大音声。耳と空間が裂け割れそうな声と共にある手間のかかる仕事をしてきていた僕らの聖女さまが帰ってきた。その頬の紅潮は、急いで戻ってきた故の動悸によるものか。はたまた。
「…ってあれ!?
なんでドクター・ハイレインが!?」
「ククっ、ははは。
相変わらずキミは騒々しいなグライト嬢。
まあ落ち着いておきたまえ、まだ話は続くから」
「は…はい。あ、ヴァン。おかえりのキスを」
「あ、うん」
ちゅ、と口付けをしてからハイレインの話を聞くために改めて座る。その様子を何やらヒいたように冷たい視線でこちらを見ていた影があったがそれをあまり気にせず話をしてもらうこととする。
「お…おお。今のはスルーするべきなのだな少年たち。まあいい、そのプライベートについて突っ込むつもりはないからな。
ではまず、⬛︎⬛︎⬛︎…いわゆる交尾についてであるが、これについてはさしたる意味はなくなるものの、真似事はできる」
「へえ、本当かいハイレイン?ボクらが誘惑してもピクリともしなかったから正直諦めてたんだけどな」
「ドクターを付けてくれよ、アーストロフ嬢。まあだから、擬似的に血流を集めて隆起、まあいわゆる性的興奮をした状態を作る訳だな。そこから放出されるものは精ではないが、その分ヴァン少年の遺伝子情報を得られるものさえあれば可能にはなる」
ほうほう、と真面目にそうした話をして、それに聞き入る僕以外。僕?僕はなんというか聞いていられたもんじゃなかった。自分がうんぬんかんぬんナニのプライバシーをおっぴろげられて、恥ずかしいやらなんやらで気が気じゃなくって。
「だからまあ、擬似的に作る隆起故にむしろ逆に現実性の無い状態にだってできる。『ダークナイトのダークナイトはへこたれない』なんてことだって出来る」
「最低だ!あんた最低だよ!!」
ただ何か、色んなところを冒涜したようなその発言にだけは反応せざるを得なかった。僕のその発言虚しく、今ちゃんと話を聞いてるから静かにしてくれないか(してください)と女性陣に怒られてしまったが。僕の身体のことなのに酷くないか?
「…だけど、問題があるね」
「ああ。結局、それが問題じゃないか?僕は、その…身体の全てが置換されてる。ダークナイトだ。ならもう、その…いでんし?どうこうを得られる部位も全くないんじゃないか、ハイレイン」
「…むう。確かにそこについては、調べて見なければなんとも言えないな。少年、先っちょだけでいいから分解していいか?いいな」
「スナック感覚で解剖を選択肢に出す奴のそれは死んでも嫌だ」
先までの揚々が嘘のように、がっかりとした雰囲気が充満しかけた時。しかしただ一人、イスティは勝ち誇ったように首を横に振るって、確信と勝利の元に笑っていた。
「いいえ、それは大丈夫です。絶対大丈夫!」
「ん、イスティ。随分強気だね?何か勝算が?」
「ええ。これは忘れもしません、こちらの世界でようやくヴァンに再会した時のこと…髪を伸ばして、後ろで結んでいたんです!今はまだ短く切り揃えてしまいましたがあの時の髪型も似合ってて…」
「さっきからそうだけどグライト嬢キミ相当色ボケてるね」
「ノロケたいだけなら話戻していい?」
「ちょちょちょっと!違うんです!のろけとかそういうのじゃなくて!確かに話が脱線したのは間違いないですが、そういう事じゃなくって!その、髪が伸びてたっていうことは…!」
「!そうか、私としたことがこんな事にも気づかないとはな。髪が伸びてるってことは、ダークナイトとしてじゃなく、人間として生きてる表層がほんの少しはあるということか!」
はっ、とダルクが僕の方を見た。
まだ、イスティ達には僕たちの来歴を語ってはいない。何か理由があるという訳ではなく、単に、語る機会がなかったということで。
だからここの視線のわけは僕らにしか分からない。
だからほんの少し、髪が伸びたということはつまり、僕と一緒になったオレのおかげ。中途半端なダークナイトになったからこその、産物なのだということを知ったのは、二人だけだ。
だからダルクの行動が正しかった、というわけではない。やった罪が消えるわけではない。ただそれでも、ダルクは一瞬、救われたような気持ちになって。そしてそれを見て僕もまた、嬉しかった。
「なるほど、確かにその細胞を使えば、先ほども言った通り擬似ではあるが…ああ、子を成すことはできるだろう。うむ、うむ。行けそうだ」
「本当かい!
いやっほう!お前は最高のドクターだよ、ハイレイン!」
「当然の事を言うな、照れくさい」
大仰に喜ぶ、ダルク。その目の端に一瞬見えた水滴を揶揄ろうとした、次の瞬間のことだった。
『はああああああ!?何それ!』
またまた、大きな声が響いた。
その音は不思議で、耳に劈くというよりは耳の中に直接響き渡るような感覚。それに対してダルクは一言で反応した。
「あ、ロアいたんだ」
『居たわよずっと!イスティと戻ってきた時から!』
「……ほう話には聞いていたが本当に魔女がまだ生きているのだな」
「…ハイレイン?」
『ずるい、ずるいずるい!そんなのなら私も身体欲しかった!なんでくれないのこのケチバカども!』
「要らないって言ったのは貴女でしょロア。私もダルクもせっかく気を遣ったのに」
『こんなことになるとは知らなかったの!』
「……」
「……」
「…なあ少年。これほんとにそうなのか?」
「僕も信じられないが本当にそうだよ」
ぎゃーぎゃーと幼稚に叫ぶ様子を見て、疑問符を浮かべながらきょとんと首を傾げてしまったハイレイン。正直、僕もあの余裕ぶっていた魔女の様子がかけらも残っていなくてびっくりしている。何かに恐怖される魔女として存在を確立しなくていいと思ったのかもしれないが。
「さて」
「と、いうことでだ。
ヴァン。キミの身体を弄らせてもらうよ?」
「い、いやいや。その…ほらさ。細胞をどうこうできるならオレが素体にならなくていいんじゃないか?というか、子どもを作るのに、わざわざその、ソレがアレになる必要はないんじゃ…」
は、とここで自分の一人称の変化に気がついた。『僕』が逃げやがった。気づいたらオレになっている。まるで戦闘の時みたいに。というかそんな時よりもずっと恐怖と悪寒を感じている。
「……ククー、私は席を一度外すか。
それではお三方、ゆっくりとお話し合いを」
「あ、ちょっ、待ってくれハイレ…」
ばたん。
全く待たずに消えていった。
あいつも逃げやがった。
「男に二言は無い、んだろう?ヴァぁん…」
「い、いや…その…さ…ダルク、落ち着いて…」
『私だって、順番待ちよ。
その時にまさか、仲間外れにするの?
私を拾うだけ拾ってから、また捨てるの?ヴァン』
「ロア、まさか!そんな酷いことはしないけどさ!」
「ヴァン?
いいえなんて、言いませんよね?」
そう言った、オレの聖女様。その、ねっとりとした言い方に、脳裏にあるくだらない与太話が浮かぶ。
イスティは、まだほんの少しだけ食べることそのものに対してトラウマを抱いている。だがその上でそれを乗り越えつつあるし、そしてそのまま食べる量は大量のまま。つまり、食欲がとってもある人だ。
そして、その、くっだらないゴシップ。
食欲が強い人は、その、性…
「ね?ヴァン。私の貴方。
いいえなんて言わないで。私を受け入れる、でしょ?」
…舌なめずりをする、二人の姿を見て。
へろへろと力が抜けて膝から崩れる。
そしてただ、一言。へろへろと声を出した。
それしか、できなかった。
「…イエッサー…
せい、女さま…オレの、聖女さま…」
…その後?
それ、オレに語らせるか?
……まあ。幸せなのは間違いないよ。
ダーク・ナイトはへこたれない 澱粉麺 @deathdrain510
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