ダークナイトたちはへこたれない




ざく、ざく。

なにか物騒な音ではない。

鍬を持って、土を耕す音だ。


「…っとと!ふぅーっ…」



勢い良く振るいすぎて、少し転びそうになってから一息。そうしてから、じっと自らの手を見つめてみた。


節くれだつ、とまでは行かなくてもちょっとだけごつく、無骨な手になってきてしまったものだ。たこや豆もいくつもある。

だけれどそれは、私が積み重ねてきたもの。


私は、聖女のクローン。元々あったと思い込んでいた孤児院の記憶も、魔女が植え付けた偽の記憶。全てが実感の無い嘘。

だからこそ今、積み重ねた事実が、そのまま身体に染み込んでいっているのがすこし、うれしい。


ここの土も随分柔らかくなったものだ。

養分は、まだある。瘴気と魔物の毒性に呑まれて草木が出なくなってしまっただけで、それさえ無くなれば。

だから私は、改めてその耕した土に手を入れる。


「蝶よ、花よ。楽園の白めきをあなたの翼に。

われらの罪禍を背負っておくれ。

…わたしたちの罪を、正しておくれ」


免罪の蝶。

今の私たちにぴったりの名だと、常々思う。

私たちは、許されない罪を贖うのだ。

私たちが、犯して壊した全てを。

私が魔女として殺した生き物を。

人が、強欲のままに巻き込んで壊したもう一つの世界を。


土くれの中にある瘴気がどんどんと浄化されていく。

瘴気を祓い、紫の色となった土はただ茶色に戻っていく。だけどそれは勿論多すぎて、ほんのちょっぴり進んだところで止まってしまった。

どろどろと汗が全身から湧き出て、息が切れる。



「……はぁっ、ぜぇ、はぁっ、はぁっ!

ふう、ちょっと、休憩しましょう…」


なかなか、鍬や身体を使った肉体労働は、元気ななだけが取り柄なこともあって楽勝!なのだけれど、聖力を使った疲労はそうはいかない。私はそうして少し遠いところに置いてあった弁当に手を付ける。



まだ、少し。

食べるという感覚、行為にびくつく自分がいる。

意識をしなければ、怯えそうな自分が。

だけれど目を瞑って。

私は、ちゃんとそれを食べた。


「…ん!おいしい…!」


今日のサンドイッチは、久しぶり。

ハムが入ってるみたいだ。





……




「遅い。どこで道草食ってたんだいヴァン」


「植林ついでに雑草抜いてたらさ、魔物の大群に襲われたんだよ。大群だぞ、大群。正直僕少し嬉しくなっちまったよ。この世界で、群れをなすくらい生き物が出生し始めてるんだぞ?」


「それで?遅刻をした謝罪は?」


「…ごめん」



そう、納得のいかない様子で彼はボクに頭を下げる。いや心の底から謝っておくれよ。まったく腹ただしいなあ。



「ま、それは後でお仕置きするとして…とりあえず報告を頼むよ。東の方はどうだい?」


「やっぱり瘴気が濃いな。お前が蛇で偵察して正解だった。急に入ったら僕はともかく、お前ら二人が呑まれかねなかった」


「うーん、ならとりあえずそっちは後回しか。

やることは無限にあるんだ、やれるとこからやろう。

畑の方は?そこで作物を作れるようになるならまた新しい生物を試験管から出してもいいかもね」


「ああ、イスティが今日行ってる。

朝から張り切ってたぞ、今日こそはって」



そうだ、やるべきことはいくらでもある。

ボクらがここに留まってから丸3年か。

成長が止まっているヴァンはともかく、ボクとイスティの身体だって明らかに変わるくらいには歳月が経ちつつある。


それでも当然と言うべきか、まだ苦難だらけ。

生物の残った肉片や毛からクローンを作り、そこで魔物以外の生き物を作って生態圏を取り戻させるという今のボクの仕事も、まあ大変だ。そもそもの残った毛どうこうが無いし(その場合はずるして第一世界から持ってきてしまうが)、生態どうこうも覚えきれてないっつの。


だからこうして、かりかりとメモを取りながら、王城の研究室に遺された道具をフル活用。瘴気をちょい出すがまあ、綺麗事は言ってられない。多少の使用をしなければ寿命が追いつかないからね。…それに、もしボクが間違ってたらそれこそ、彼らが止めてくれるを



「相変わらず一番大変なことばかり任せて悪いな、ダルク」


「なあに、結局のところ適性の話なんだから。

ボクには出来ないからキミたちはこっち。

キミたちには出来ないから、ボクはこっち。

ただそれだけの話であって、謝罪の必要はない」


「なら、いつもありがとうダルク。

お前は最高だよ」


「ハ、日が西に沈むってくらいの常識を言われてもな。

全然嬉しく……なくは、ないけど」


スカそうと思っても、反射的に熱くなる自分の身体が嫌になる。ふん、そうしてヴァンににっこりと笑われることが一番悔しいんだ。ヴァンのくせに、生意気だ。



「……んで、そろそろ行くのかい?

えっと、『オレ』の方のヴァン」


「ッ!」


「あはは、固まることないだろ。

キミが言ってたんじゃないか、誕生日に、って」


「そう、だけどさ。

正直、お前には反対されると思ってたよ。

それは良いのかって…」


「…ぶっちゃけた話、さ。すげぇ嫌だよ。ふざけんなって思ったし、なんなら思うし。キミがそれするんならそういうことする手足もいで目ん玉も潰そうかってくらい」


「そんなに」


「……だけどさーー!!あの子にも幸せになってほしいんだよ!そんでそれは、キミがそうしなければいけないことではあるし、なれないものではあるし!それに…」


「それに、なんだよ」


「…嫌って気持ちはまだあるけど。まあ、キミは『僕』と『オレ』で二人いるんだし。それならその一つずつで半分こに分けるってのは、悪くないかなって」


「物扱いかよ…それに、それは『僕』がお前のこと好きだってことじゃないと成り立たない理屈じゃないか、そんなの」


「好きだろ?」


「…うっ」



びくり、と震えた彼をまっすぐ見据えて言う。

今の彼は、どっちだろう?でもどっちでもいい。どっちが表層に出ていようと、それは彼だしどちらにも聞こえている。どちらにも聞こえているんだったら何も問題はない。



「ヴァンだってボクが好きで好きで、たまらないんだろ?ダークナイトになる判断をしたのも、ボクの死出に付き合ったのも何もかも、ボクが大好きだからだ。なんなら魔女が顕現した時も言ったじゃないか。『好きな子の前でかっこつけたいだけなんだよ』って。ボクの前で」


「…そ、そんなこと言ったっけ」


「言った。最期だからと思って言っちゃおうと思ったんだろうけど、忘れさせてあげない。ボクと同じで、あの時ベッドの中で抱き合った時からボクらは愛し合ってたまらなかったんだろ?」


「キミの、『僕』のヴァンが抱いてる気持ちはぜーったい、ボクと同じだ。それでいいんだよ。それだからいいんじゃないか。否定なんて、させてあーげない」



執着、性愛、友愛、恋愛に情愛。

愛にはいろいろ形があるし、ボクは男と女が混じっている半端者だ。だからこれは、広義のボーイズ・ラブになりうるのかな?それとも四捨五入をして、ぎりぎり普通だろうか?

わからないし意味のない懊悩だ。

どう理屈をつけてもボクは彼を愛しているから。そしてまた、確かな形でどれかと言えるわけではないが、彼もボクを『愛して』いる。

とりあえず、それでいい。それが、いい。



「だから、行ってきてやんなよ。

祝福してあげるよ、半分な」


「もう半分は?」


「嫉妬して嫉妬して呪い殺す勢いで呪う」


「………」


「冗談だよ?」


「お前の冗談は冗談に聞こえないんだよ…」



そうだ、だって呪う必要なんてないもの。

だってちょっと先に『味見』するのが彼女になるだけで、それだけしか選ばせないというわけではない。後出しでそのあと、無理矢理ボクのことも選ばせてやる。ヴァンに選択の自由は与えてはやらなーい。

あはははは。



「さ、そうと決まれば善は急げ。

でないと戻ってきちゃうぞ。

そうなる前に話を付けなきゃじゃないのかい?」


「…わかった、行ってくる。頑張るよ!」


「ん。行き道の途中で死んだりしないようにねー」


「不吉なこと言うな!」



…そうして、彼は全速力で走って行く。本当は馬や車を使えたらいいんだけどどちらもまだまだ資源が足りないからね。


はあ、と息を吐いた。

楽しいお喋りで休憩は終わり。

また色々、計画の見直しだあ。





……



これが、ボクたちが、選んだ道。

ボクらはあの時の会話で、話した。

ボクらの罪を贖うにはどうしたらいいのか。

どうすればそれを償えるのか。


前提として、それに答えは無い。

答えがある贖罪など、存在するわけがない。

その上でボクたちは話し合った。


そうして、決めたこと。

ボクたちは、第二世界に残る。

そして第二世界を、『復興させる』。

死に絶えた生き物を元に戻し、死の大地と化した地面を耕し、猛毒の大気を祓い続けて、そしていつかまた、この世界を、美しい世界と言えるまでに戻すのだ。


それが、ボクらの贖い。

死を持って償うのではない。

新たな生を見出して、それを償っていく。


そう、決めたんだ。





……




「おーい、イスティ!」



「ん…あれ!ヴァン!ヴァーン!」



息を切らして、ちょうど休んでいた所だろうか。

イスティは地べたに座り込んでいて、オレを見つけるとぐいと立ち上がってこっちに走ってきた。そして、その途中でびたんと転ぶ。


「おいおい、何やってるんだよイスティ」


「いてて…思ったより疲れてたみたいで。ごめんね?」



額に土がついたまま、にぱりと笑う。

そのイスティの笑顔から目を逸らしながら、額と膝を拭く。くすぐったそうに、そしてなすがままにしていた。

その無防備な様子にどうにも目を瞑る。


彼女は、変わった。なのに変わらない。

禅問答的などうこうじゃなくて、シンプルな話だ。イスティはかなり成長した。三年の月日は、少女を青年に代えた。

だけれどその距離感や中身は何一つ変わっていない。

だからこうにも、オレはため息をつくんだ。



「今からまた、瘴気を祓おうとしてたんだけど…ヴァンは何か用事?大事なお知らせとか?」


「ああ、まあ、うん。

でも祓ってからでいいよ」


そう言うとイスティは怪訝に思ったようだが、それでもそのまま瘴気を祓い始めた。光色の蝶々が放たれて、紫の大気を吸い込んで、きらきらと消えていく。瞑目して、祈り続ける彼女はただ光と神聖そのもののように見えて、ただそっと側に寄った。


ああ。なんだか、懐かしい。

そうだ。初めてここでオレたちは。

ただの、瘴気祓いとその騎士に戻れたんだ。

オレたちが出会ったその時の、あのままに。



「…ふう、お待たせしました、ヴァン。

それで、用事って?」


「ああ、その…少し場所を変えようか。

ちょっとだけ紹介したい場所があるんだ」



?と、疑問符を浮かべたままにこちらについてくるイスティ。オレは平然としたように見えるかもしれないが、内心はバクバクだ。無いはずの心臓が恐ろしく鼓動してるように感じる。


「さ、ついたぞ。ここだ」


「……!わあ…!すごい、すごい!

花!花がこんなに咲いてる!?いつの間に!?」


「ちょっとずつ、時間作って手入れしててさ。

別にサボってはないぞ?」



贖罪になるかはわからないけど。

それでもこの世界を実らせる。

イスティが、あの時に言った言葉。


『私もそうしましょう。

この力と、私が、そうなれるなら。

何より、あなたと一緒に居れるんですから』



……あの時の、彼女の目を忘れられはしない。

オレはああまで綺麗なものを初めて見たのだから。


ぱあん、と思い切り自分の頬を叩く。

さあ、ヴァン!この、かっこつけの坊主が!今からやるべきことは、いつにもまして失敗は無しだ!

オレの一世一代の、かっこつけだ!



「イスティッ!」


「へぇっ!?はっ、はいっ?」



気合いが入りすぎて、とんでもない大声を出してしまった。そのせいか、ゆっくり花を眺めていたイスティはびくりとこっちを見た。既にかとなくうまくいってない気がするが、後から取り返せばいい。



「…オレは…オレは君と一緒にずっといたい。

ああいや、その前に…その、誕生日おめでとう」


「あ、ありがとうございます…?」



誕生日というのも、わからない。

彼女がただ、いつ生まれたのか分からないと悲しげに一人ごちていた3年前のある日にでは今日がイスティの誕生日だと、二人で勝手に決めてしまった日だからだ。とても、嬉しそうだった。


「だからその…えっと、オレは…」


法なんてものも、もうこの世界には存在しない。生きている人間が、オレたち以外にはもういないから。だけれどそれを守るのは何か人間としての区切りのようで、守りたかった。だから、今日が大切なんだ。

そう、なれる日の最初の日に。

オレは彼女にこれを言いたかったんだ。



後ろ手に隠していた箱を前に出す。

その中には、小さな指輪が入っている。



「……イスティ・グライトさん!

オレと、結婚してください!」



「嫌です」


「えええええ!?」



…玉砕までがあまりにも早すぎて、何が起きたのかもわからなかった。ただ反射的に、ぺきりと心が折れそうにへこたれそうになったオレの手をそっと取ったのは、イスティだった。



「段階飛びで、結婚はイヤです。もっと夫婦になる前に、恋仲として、色々楽しみましょう」


そのまま、イスティはオレの冷たい手を、彼女の胸の真ん中に当てた。そこにはとくん、とくんと小さいながら懸命に、そして早鐘を打っている拍動があった。高鳴っていることを教える拍動。



「…言い出すのが遅いです。私、ヴァンが言ってくれるのをずっと待ってたんですよ?」


は、と顔を上げる。

そこには、じっとりと微笑む彼女の姿。


ああ。

とんだ、勘違いだ。

距離感が変わらない、だって?違う。

イスティは、あえてそのままにしていたんだ。

彼女は、とっくに成熟していた。

オレが知らないあいだに、ずっと…



「…改めて。お付き合いから、是非お願いします。

そして…ゆっくり、仲を深めましょう。

ね?私の、私だけの──」



──大好きな、騎士さん。





……




新しい世界を、作っていこう。

二つ目の世界を。

もう一つの、世界を。

また、一から作り直す。

彼らには、それができる。



この世界には、淵がある。


世の淵から溢れる瘴気と魔。

聖女となることを目指す少女、イスティ。

かっこつけしいの少年、ヴァン。

そして少年の親友、ダルク。

世界を閉ざす魔女を征伐する旅。

淵をめぐる真実を知る冒険。

それは、ひとまず終着を迎えた。



この世界は、暗い。

それは物理的に、瘴気やガスが日の光を遮っていて暗いという事でもあり、そしてまた終末的な空気が漂うというどちらの意味でも。


皆はそれをわかっている。

わかっていても、それでも。

へこたれなんて、もうしない。

ダークナイトたちはもう、へこたれない。


その先には、未来があるから。






おわり






…?






……


……


…………







こつ、こつ。

反響する、歩く音。



「…一応、地下の部屋でな。

お前がまた暴れ直さないとも限らないから」


『……』


「話してくれる気には、ならないか」



『……まさか、本当に。

貴方がここまで馬鹿だとは思わなかったわ。私』


「ハハ、返す言葉はないな。

……だけど『僕』も、『オレ』も思ったんだ。

全員でお前を理解できない存在だと決めつけた。

そして、手を払ったのは、間違いだったんじゃないかって」


『……』


「…お前は、あの時に。

オレが死んだら悲しむだろう人のことを慮った。それが、できるんだ。だからまだ、知らないだけ。まっさらなだけだ。

だから理解できない存在だなんて、そんなのは、勘違いだ」


『…知ったような口をきくわね。

あなたには私が、わかるの?』


「わかりたい、と思ってる。

オレはお前と一緒に、少しを旅した『オレ』だ。

だから、君をわかりたいんだよ。


………ロア」



『……できるわけがない。

私も理解してもらいたいなんて、もう思わない』


「今は、それでいい。

だけどオレはここに来て君と話をするよ。

それくらいは許してくれないか?」


『…いい、けど』



「……オレたちは、幾らでも失敗をする。

取り返しのつかないことだって沢山。

オレも、オレたちも全員そうした』


「なあ、ロア。それでも、何度でも話そう。そして、理解しあおう。それまで何度だって挫折してもその度に何度だってやり直すさ」



「だって、この出来損ないのダークナイトはさ。

へこたれないのだけが取り柄なんだ」



ずっと、そっぽを向いたままだった黒い塊が、ずるりと手を伸ばした。ダークナイトは、ただそれに微笑んで。

ぎこちない、握手をした。








おわり

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