古代魔法クカリラ1

『こちらカサコンサエリア警備兵、巨大生物に関する緊急伝達!』


ゴフマに緊急通信が入り、コミッティルーム内に緊張が走る。ゴフマはすぐに通信を開始すると、状況の報告を促した。


『きょ、巨大生物がカサコンサから西に向かって移動していることを確認!

正体不明の巨大生物です!』

 

一般兵は戦闘訓練もそこまで受けていないこともあるのだろう、恐怖に声が震えている。さらに、一般兵にはまだ、魔王出現の知らせが届いていない可能性もあった。


「今すぐ退避。全警備隊員に告ぐ、総員退避!!」


ゴフマは災害時用のエリアコネクトに繋ぎ、王都ラルトセンの東、カシガサヒオのエリアにいる全境警備隊に伝達した。


「思ったよりも早いですね・・・」


ノジーノの呟きにロヒト王が頷く。


「魔法局では、魔王の魔力量の増加率から、動き出すのは早くとも明日以降になると見ていたのですが、加速度的に魔力が増加している可能性も考えられますね。早急に測定班を向かわせましょう」


「そうしてくれ。あと、魔法軍と共に行動できる者の選抜も、よろしく頼む」


「・・・承知しました」


ロヒト王からの命令には承知する以外に方法がないことくらいは重々承知しているが、ノジーノは嫌がる局員の顔を思い浮かべるだけで気が重くなった。想像を掻き消して、緊急事態だ、と思い直す。そうも言ってはいられないことくらい、局員も理解してくれるだろう、と。


「ゴフマは、早急に幕僚長以上を召集して対策会議の準備を」


「承知した」


短く返事をしたゴフマは、早速話の話を外れて、幹部間通話専用のコネクト増幅器に喋りかけようとしたところで、ノジーノが制した。


「時間がありません。大会議室に関係者全員を集めましょう」


言うなり、全省の関係者に向けて一斉に、マルチプルコネクトを開始した。各省の長官に加え、武術省にいたっては幕僚長も含むメンバーが同時にノジーノの前に映し出される。


「学術省魔法局局長のノジーノです。時間がありません、よく聞いてください。緊急事態につき、今からこの通信で繋がっている全員をワサジーフ城大会議室に召集します。王命のため、拒否権はありません」


そこまで言うと、慌てる顔になど目もくれず強制的に通信を切るや否や、左手を振り上げ、勢いよく、振り下ろした。


「これで全員が大会議室に集まりました。話を続けましょう」


ノジーノは、まるで何事もなかったかのような態度でロヒト王を振り返り、軽く頭を下げて報告する。


「ノジーノ、いつも助かる。ありがとう。少し休んでてくれ」


ロヒト王が肩に手をかけて労うも、緩やかに退く。


「勿体ないお言葉、恐縮でございます。ですが、この程度では私の魔力や体力は十分の一も消費しておりませんので、ご心配には及びません」


参りましょう、とロヒト王を扉へ促し、その背後に続いてノジーノも扉に向かって歩き出した。あっけに取られていた面々も、我に返って歩き出す。


「相変わらずノジーノさんの魔力は無尽蔵ですね・・・」


ウィニーの呟きに、少し前を歩いていたエリザは小さく頷いた。

幼い頃、エリザに魔法を教えたのはノジーノだった。そのノジーノが一般人にとっては無限とも言える魔力で魔法を使い続けるものだから、ノジーノしか知らないエリザは、ノジーノが普通で自分が不出来などだと思い込んでいた。ノジーノの言い方に問題がなかったとは言えなくもないのだが。

幼い日々の苦い思い出に少し顔を歪めながらも、エリザは思考を現在に送り返す。植物と会話する魔法。それこそ、幼い頃以来、周りの人々に気味悪がられて以来、ほとんど使っていない。魔王を鎮めることができると言われても、今すぐ植物と会話できるかどうかも定かではない。上手くいくだなんて到底考えられなかった。

エリザは、手や脚が、緊張で震えているのが分かった。なんとか止めようと深い呼吸をしてみるも、どうにもならなかったが、平生を装って足を進める。動け、動け。それだけを考えながらも、頭の中が整理しきれずにただ、足を動かし続けていると、周囲の騒めく声が聞こえてきた。視線をあげると、大会議室の前にいて、大勢が集まっているのが見えた。


「皆、急に呼び立ててすまない。だが一刻を争う緊急事態だ。許してほしい」


ロヒト王がよく通るその声で呼びかけると、大会議室の扉付近に集まっていた面々が振り返る。すでに円卓の各大臣が着席する付近には、各省の長官たちが控えていた。大臣たちが席を目指したその時、再びゴフマに緊急連絡が入る。


『巨大生物が、森の木々を薙ぎ倒し、河の水を吸収している模様。繰り返す、巨大生物は森を破壊し、河の水を物凄い勢いで吸収しています!』


その場にいた全員が森の木々を薙ぎ倒して水を吸収しているという魔王の行動に驚きこそすれ、予想の範囲内と言わんばかりの顔つきだったが、ノジーノとウィニーだけは違った。まさかと言う顔つきで、ウィニーに至っては、恐怖すら浮かんでいるように見える。


「そんなに慌てて、どうしたんですか?確かに、森の破壊はこの国の重要な資源を損失してしまう重大事態ですが、いくらなんでも驚きすぎでは?」


コサウがウィニーの顔を覗き込んで、不思議がる。ウィニーの隣にいた普段表情を動かすことが少ないノジーノの驚く表情に、周りも今起きていることが、ただ単に木がむしりとられているだけではないということに気づいたようだ。


「どういうことだ?説明してくれるか?」


ロヒト王の言葉に、ノジーノが我に帰る。かしこまりました、と短く返事すると、ウィニーの顔に視線をやる。


「ロヒト王、私から説明いたします」


ウィニーは会議室の扉近くにいた。会議室の奥にいたロヒト王に視線を向けた後、周囲を見渡し、息を飲んだ。


「魔王が、水を吸収するという行動は魔王の初期行動の一部に過ぎません。これも我々の予想では早くとも魔王誕生が確認できてから7日以上が経ってからだと推測していましたので、予想よりもかなり早い、ということになります」


「うむ、そうか・・・。だが、早いというだけでそこまで驚くようなことなのか?」


周囲は皆、ロヒト王の言う通りだと言わんばかりに頷いている。俯いて目を固く閉じたウィニーは、創国譚に書かれていた一節を忠実に思い出し、大きく息を吸い込んだ。魔王の成長速度が予想よりも大幅に早いと言うことは、次の行動にいつ出るかも予想が難しくなったと言わざるを得ないと言うことだ。


「水の吸収で、魔王は加速度的に成長していくと創国譚に記されていました。そして、水の吸収が落ち着くと次は・・・次は、森の木々や動物たちを捕食し始めます。魔王の食欲は止まることを知らず、カサコンサのみならず、カシガサヒオ一帯を荒野へと変えてしまうほどにまで膨れ上がると・・・。膨れ上がったその後のご想像は、容易いかと存じます。カシガサヒオが壊滅すればその先は、ここラルトセンです。ラルトセンの破壊が始まるまで、もう待ったなしの状況になってしまったと言うことなんです・・・!」


ウィニーが言い切ると、全員の表情から疑義が消え、絶望に満ちた表情を浮かべているものさえいる。追い討ちを掛けんばかりに、ノジーノがウィニーの後に続けた。


「誕生が思ったよりも早かったこと、成長が予想を遥かに上回る速度で続いていると言うことを考えると、魔王がラルトセンに到達するのも時間の問題どころか、喫緊の重要課題になってしまったと言うことです。悠長なことは言ってられません。今すぐにでも打てる手を全て打っていくしか方法はありません」


ノジーノはロヒト王に視線を定めて、強く言い切った。一日、いや一分一秒を争う事態なのだと、その眉間に寄った皺で訴える。


「予測を遥かに上回っていると言うこと、十分に理解できた。すぐに打てる手を考えたい。ノジーノ、案はあるのか?」


一呼吸置いたノジーノがウィニーに視線を向ける。ウィニーは驚いたように目を丸くしたものの、目を固く閉じて頷き、ノジーノに先を促した。


「創国譚には、古代魔法についてもいくつか記述があることは、ここにいる皆様なら誰もがご存知のことでしょう」


ノジーノの言葉に、ロヒト王のみならず、その場にいた全員が頷いた。古代魔法についてはその存在自体は広く知られており、ワサジーフ帝国の国民であれば子供でも知っているような公知の情報だ。

ただ、その内容を詳しく知る者はほとんどおらず、知られているのは古代に潰えた特殊な魔法で、古代の人々はその特殊な魔法を使って魔物を追い払っていた、ということくらいだ。


「魔王誕生に備え、私とウィニーは創国譚の記述を元に、古代魔法の再現を密かに実験していました。これまでお話ししなかったのは、再現が難航していたことと、あまりにも多くの犠牲を伴うため、最終手段にしかなり得ない・・・容易に使って良いようなものではないと考えていたためです」


「わかった、それを踏まえた上で聞こう。その古代魔法とは、どんなものなんだ?」


促すロヒト王に、ノジーノは時期尚早だったかもしれないと珍しく不安が募った。古代魔法の再現には成功しているものの、小さな実験室での話だ。魔王に効き目があるほどの大規模で成功する保証はどこにもない。苛立つ周囲の空気は感じながらも、ノジーノは前置きを続けた。


「話を渋るようで申し訳ないのですが、これだけはご承知おきください。まず、被害がどの程度になるのかが見込めないということ、そして・・・成功するとは言い切れない、ということです」


いつもは端的にしか物事を話さないノジーノのあまりにもくどい話しように、驚きを隠せないようだ。


「それほどまでに古代魔法は、覚悟が必要、ということなんだな」


苛立つ周囲を嗜めるように、ロヒト王は落ち着いた太い声でノジーノに問いかける。静かに頷くノジーノに、その場にいた全員がノジーノの声を一言一句聞き漏らすまいと息を飲んだ。


「古代魔法・・・古代魔法クカリラは、確かに魔族を沈静化させる効力が確認できています。実験室では、手のひら程度の大きさの成獣のズミネを眠らすことに成功しています。ただ、その効力はまちまちで、これが魔力量や魔力の揺らぎによるものなのかは未だに判明しておりません。さらに、術師、つまり私ですが、私以外の人間にも強烈な鎮静効果が出てしまうことがわかっています。実験に成功した際、ズミネは10日間ほど眠り続けていましたが、私の隣にいたウィニーは3日間、眠り続けておりました。つまり・・・」


「魔王ほどの大きな対象物になった場合、街全体が・・・ノジーノ以外の全てに影響が出る、ということなんだな?」


いつもは沈着に話に耳を傾けるロヒト王が、答えを急くかのように副作用だけを先回りした。深く頷いたノジーノに、周囲が騒めく。


「さらに、もう一点、問題があります」


まだあるのか、と言わんばかりの周囲の表情を気にしたのはウィニーだけだった。ノジーノは表情を変えず、ロヒト王に視線を向けたまま、一呼吸おいてから、話を続けた。


「古代魔法の厳密な構造が理解できていないため、現時点では大量の魔力を消費してしまいます。手のひらサイズのズミネの実験に成功した際には、私の魔力量の十分の一ほどを消費しましたので、巨大な魔王サイズともなると、私の全魔力を使ったところで、どの程度の間、沈静状態を保っていられるのかは不透明です。さらに、私が全魔力を消費してしまった場合、回復には丸二日を要します。魔王が目覚めるのが先か、私の魔力が戻るのが先か・・・」


相打ちだな、と小さく呟いたチコネに全員が項垂れた。

エリザの魔法含め、何一つとして確かな手がない状況で、ゴフマが口を開く。


「魔王にどの程度の効果があるのかは分かりませんが、武術省で開発している攻撃魔法倍増装置でダメージを与えて、物理的に動けなくする、という手は?」


ウィニーとノジーノが首を横に振る。


「強硬手段は絶対に取り得ません。まず、魔王にどの程度通用するのかこちらも定かでないという点と、万が一魔王に通用したとして、魔王も魔族の一つだと考えると、肉体の破片が周囲に飛び散った場合、古代魔法に匹敵するほどの甚大な副作用が予想されます。さらに、創国譚には魔王には物理攻撃が効かなかったという記述があったことに加え、物理攻撃の後、『それは天変地異の如き、天地に大きな災い訪れん』という記述があります。災いについては、悲惨であったという記述しかないものの、古代魔法やエリザの魔法の存在意義を考えると、やるべきではない、というのが私とノジーノさんの見解です」


「武力での対抗措置は取り得ない、ということなんだな」


大きくため息をついたゴフマに、ノジーノが首を横に振って返す。


「いえ、武力といっても、傷をつけるような攻撃、という意味で、ただ単に押さえ込むことは有効な手段と言えると考えています。こちらも創国譚の記述を参考に考えていたことではありますが、動物を捕獲する際に使うようなオーバーオールネットのような魔法が有効なのではと見立てています。国防局にも得意とする人物が大勢いるでしょう」


「もちろんだ」


武尊な返事をしたゴフマだったが、内心では状況にそぐわず嬉しさに拳を握りしめていた。ゴフマ肝入りの魔法軍防衛部隊がようやく日の目を見る日が来たからだ。先代国王であるパングラ王の時代に設立を命じられたものの、これまで大きな活躍の場を得る日もなく、一部では国防局の墓場などとも言われているくらいだった。しかし実態は、魔力量が多く、無属性魔法を得意とする者にしか務まらない特殊な職務で、適性者も少ない。この事実を正しく認識している者が少ないことから、言われぬ汚名を着せられているに過ぎなかった。

事情を知る、ゴフマと付き合いの長い数名はその様子に気づいたようだったが、大抵の者がゴフマの表情から彼が怒っているように感じ取ったようで、乾いた笑いでその場をやり過ごそうとしている。


「さて、ではこれからの動きを整理しよう」


ロヒト王の一声で空気が緊張感を帯びる。

すかさずチコネが全員に着席を促すが、席がない者が多い。体格のいい武術省の面々が扉付近に整列すると一気に物々しい雰囲気になる。


「まず、武術省魔法軍はゴフマから今の経緯を伝達。魔王と対峙している間は一切の攻撃魔法を禁止し、前線に防衛部隊を配置。その他の部隊はサポートに徹すること」


ゴフマが短く返事をする。魔法軍幕僚長の不服そうな顔付きが目立ったが、ゴフマが睨みを効かせる。


「次に魔法局からは、先にノジーノに伝えている通り魔法軍をサポートできる局員をできる限り集めて欲しい。それから・・・」


ノジーノが頷く前に、ロヒト王が少し渋った様子を見せながらも話を続ける。


「魔力増強装置の使用を許可する」


ノジーノから視線を外し、全体を見回しながらロヒト王が険しい顔つきで言い切る。一部の長官たちは呆けた顔をしていたが、武術省と学術省では声をあげて驚く者も少なくない。


(みんな、あんなに驚いてどうしたんですか?)


エリザの後ろに控えていたセレがエリザに耳打ちする。


(そっか、セレに言ったことなかったっけ?ノジーノは魔力増強装置の使用を国際条約で禁止されてるの)


「国際条約で禁止!?」


驚き過ぎて大声で反応してしまったセレに、エリザは慌てて口を抑えるが、注目の的になってしまったことは言うまでもない。エリザの咳払いくらいでは誤魔化しきれず、チコネの大袈裟な溜め息が聞こえて、セレの肩が恐怖にすくむのがわかった。


「ご存知ない方々もいらっしゃるかと思いますが、いい機会ですので改めてお伝えしておきます」


チコネは怯むセレから視線を外すと会議場全体に視線を向け直し、話を続けた。


「ノジーノの魔力量は何の道具を使わない状態でも一般的な上級魔法師の平均の10倍以上あります。そのノジーノが魔力増強装置を利用すれば国どころかこの球星が吹き飛んでしまう可能性も否めません。そのため、ノジーノが15歳の頃に国際条約で魔力増強装置の利用が制限されました。正確には禁止ではなく制限で、対象もノジーノ個人ではなく、魔力量が1万レルバを超える者、という条約です。今回のように有事の際は国際連合議会に申し出ることで利用することができますが、用途は限りなく制限されます」


驚異的な魔力量を誇り、ありとあらゆる魔法を自由自在に操るノジーノが武術省に所属していない大きな理由の一つでもあった。魔法局への所属は、争いごとが嫌いなノジーノ本人のたっての希望でもあったが、国際連合へのパフォーマンスの意味合いも充分に含まれていた。

どこかから、人間兵器、と呟く声が聞こえた。一般的な上級魔法師の平均が1,000〜1,500レルバであることを考えると、1万という数字だけでも驚異的だ。当たり前の反応ではあるが、小さいその発言に周囲の空気が凍りついたことは、感情の機微に疎いゴフマでも感じ取れるほどだった。


「参加者が限られている場とは言え、冗談でも安易な発言を慎めないようであれば、上級職を辞してもらう必要がありそうだが、この場にはそのような者はいないと信じたい」


ロヒト王の温和な微笑みが、これほどまでに恐ろしく感じられることも、そう多くはないだろう。全員が頷くのを確認すると、ロヒト王は話を続けた。


「エリザ、早急に国際連合議会と話し合いの場を持ってくれ。もちろん私も出席する。レベル5だ」


周囲もエリザも、ロヒト王の言葉に我にかえる。エリザは創国譚にある『神の使者』である以前に、この国の外務大臣だ。エリザが頷くと同時に、チコネから解散の号令がかかる。慌ただしく動き出した人々のちょうど中央あたりにいたゴフマに再び緊急通信が入る。内容を聞くまでもない、もう1秒たりとも猶予はないのだ。全員が足早にその場を去った。

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