【121】モフ・フェス開幕。





 連れられてやって参った、モフ聖地とやら。

 さぁどんな景色が飛び込んでくるかと、ゆっくり目を開く。


 まず己の足元、これは灰色の……石造りの小さな台座か?

 円形で、余がギリギリ横たわれる程度の大きさじゃ。


 顔を上げて、周囲の様子を恐る恐る窺う。

 


「…………ぉん?」


 ……


 ……ええと。


 まず何から述べたらええかの。


 とりあえず耳に入ってくるこの珍妙な音はなんじゃろ。


 “ぴーひょろ、ぴーひょろりー♪”


 “どんどこどんどん♪ どんどんどん♪”


 なんか甲高い笛の音や太鼓の音が響いとる。


 その小気味良い音色に合わせて、目の前でピョコピョコ跳ね回る

 たくさんのウサモフ達の姿。

 ざっと数える気にもならん位の大量のモフモフにまず圧倒される。


 周囲はひらけており、大きな舞台の上に余が立つ台座が乗っておるようだ。

 舞台の下から一本の石畳の舗装路が伸びており、百メートルほどで

 途切れた先は、木々が囲み……恐らく森へ続いておる。


 左右、そして後ろをちらりと振り返ると、全て背の高い針葉樹に

 ぐるりと囲われておるようじゃ。

 ここはどこぞの森の中にある平地というか広場か何かなのかの?


 舗装路の両サイドにはなんじゃこれ露店?出店?のようなものが並んでいて、

 それらから煙や湯気が立ち上り、なんかとても美味しそうな匂いが漂っておる。


『うさもちー、おいしいよー』

『ウサひもくじ、まだ大当たりあるよー』

『トロピカルもふドリンク、キマるよー』


 そこかしこ、出店の客寄せらしき声がキューキューと届いてくる。



「これは、なあに?」


 傍らのウサモフに訊ねる。


『ウサモフ・フェスティバルです』


「……はい」


 ほんとに、まんまお祭りやっとるのね?


 風船の紐をくわえたウサモフや、綿のような何かを頬張るウサモフ。

 ウサモフのお面を被ったウサモフ(?)など、皆じつに楽しそうじゃ。


 なんぼなんでも、もう少し厳かな装いが待ち受けていると思ってたが。

 そっかぁ、こういう感じか。


 いい加減、困惑もしなくなってきたわ。


『そう、緊張なさらずとも大丈夫ですよー』


 傍らのウサモフ……モフ仙人とかほざいておった者が、

 余を見上げて励ましてくる。


 いや、緊張とかカケラもしとらんけどね?


「……逆に気が抜けすぎて、もう少し気を張りたい位じゃけど」


『さすがモフまおう様、余裕ですー』


 転移のために囲んでいた者たちも、すごーいと囃し立ててくる。


 魔王や勇者をも超越する何某になろうというのに、

 今のところまるでそれを予感させない。一切。


『さぁ、それでは早速ウサ・フェス本番をはじめましょうー。

 みんなー、しずまるのだー』


 キューー!!


 モフ仙人とやらが一際大きな声で鳴くと、

 ピターっと祭り囃子も喧騒も収まり、嘘のように静まり返る。


 そしてひしめく白いモフモフたちが、一斉に舞台の方へ……

 というか余に視線を向けた。


 ちょっと怖い。


『れでぃーすあんどじぇんとるめーん!!

 みんなおまたせー、ついに宴のはじまりでぇす!!』


『キューー!! うぉぉぉおおおーーーー☆』


 モフ仙人の煽りに、大小無数の毛玉たちが歓声をあげる。

 おーすごいすごい、何がって余との温度差が。


『こちらに御わす方こそ、われらがモフまおう様ー。

 いまこそウサモフ族の悲願が成就するときー』


『するときー!!』


『もう待ちきれなーいという事でねぇ、はじめちゃうよー☆』


『いやっほーぅ☆』


 はしゃぎながら、なんか舞台をぐるりと取り囲み始めるウサモフズ。

 何が始まるというのか全然分からん事もあって、得も知れぬ恐れが。


 なに、余をどうしようっていうの……


『さぁ始めましょう、よろしいですかモフまおう様ー』


「よろしいのかよろしくないのか、何も判断できんけどいいよ」


 もうどうにでも好きにしとくれ……。


『では、お召しものを全部脱いでくださいー』


「うむ」


 言われるまま、外套を外しブラウスのボタンに手を――


 ん?


「え、なんで??」


 なんで?


『これからウサウサの舞を踊りながら、世界中に散っていたモフまおう様の

 モフエナジーをお返ししていくのですがー』


「はぁ」


『我らの身体をあなた様に、もふもふすりすりする事により、

 少しずつ受け渡ししていく形になりますー』


「それで、なんで余が裸にならんといけないの?」


『衣服越しではダメなのです、お体に直接もふもふしなくてはー。

 着たままだと、おててやお顔からしかもふもふ出来ませぬー』


 え、えぇえ……?


「それだと、時間が掛かるってこと?」


『はいぃ、恐らく2週間以上はかかってしまいますー……』


 うぐ、そんな……しかし……


「こ、ここ普通に屋外じゃよね?

 余、お外で全裸になんぞなった事ないんじゃけど、その……」


『ご安心ください、ここにはウサモフしかおりませぬー』


「いや、そういう問題ではなく……」


『キュー、覚悟決めたらんかい、ですよモフまおう様ー!!

 すべては勝利のためです、愛する者のためにファイトー!!』


 モフ仙人が余を叱咤する。


 うぅ、たしかに……それでこの事態を打破し得るというなら……

 なによりリリィのためならば。


 はっ、裸になるくらいなんぼのもんじゃーー!?


「余裕じゃ、ぼけがー!!」


 なかばヤケクソ気味に、脱ぎ捨ててゆく。


 しかし上下を脱いで下着だけになった辺りで、

 外気が素肌に触れる感覚にさすがに怯む。


 ひぃ、何この……へんな感じわぁ。


『がんばれー、まおー様がんばれー!!』

『わたしたちが付いてますー!!』


 キューキュー励ますウサモフたち。


 毛玉どもに囲まれ、その中心で一枚一枚服を脱いでいく余。


 なにこれぇ……余は夢でも見とるんか……


『ねぇモフ仙人? モフまおう様といえど、花も恥じらう乙女。

 いくらまわりがウサモフだけとは言え、酷でございましょうー』


 ふるふると背中に手を回して留め具を外しかけたところで、

 一匹の雌のウサモフが声を上げる。


『たしかにー。では、そちらのよく分からぬ布はそのままで良いですー。

 それくらいだったら、あまり差はないでしょうー』


 てな感じで、下着だけは許された。


 ありがとう名も知らぬ雌ウサモフ……!!


 ――いや、これでも十二分に恥ずかしいけどな!?



『では一度、そちらから降りて頂けますかー?』


 モフ仙人に言われ、一段高くなっている円形の台座から降りる。

 ペタ、と裸足に伝わる地面の感触に、心もとなさが加速する。

 情けないと思っていても、思わず身を縮こめてしまう……。


 そこへ、どこから持ってきたのか数匹のウサモフ達が

 ふわふわの白い敷布を運んできて、台座の上にポフっと乗せた。


『さぁ、こちらに横になって楽にしてくださいー』


「はい……」


 言われるまま、柔らかなそこに身を横たえる。


『ではモフ祭り、はじまりはじまりー!!』



「「「キュキューー!!」」」



 掛け声と共に、横たわった余めがけて、

 いっせいにウサモフ達が飛び込んでくる――!!


「ひぇぇぇ!?」


 もふ、もふもふもふ!!


 乗っかってきたり、横から身を寄せたりしてくるウサモフたち。

 ちくちくしない、やわらかーなモフ毛が全身を覆う。


 もふもふ……!!

 わさわさ……!!


 あ、あわわ、


「――くっ、くすぐったひ!! にゃ、にゃは、にゃははははは!!?」


 くすぐったすぎる!!


 お腹が、脇が、首が、足裏がぁ、


 ――っ、にょほほほほほほほ!!


「ひぃ、たす、助けぇ……あははっははは、は――ひゃんっ」


 くすぐったさに、たまになんかヘンな感じもするし、

 なんじゃこれ、死にゅ、


『モフまおう様、笑ってる場合ではありませんー。

 さぁモフエナジーを感じ取るのに集中なさるのですー』


 モフ仙人がなんか言うとる、

 あほ、そんなん、


「――でっ、出来ないよ、ばかぁ!! ぁはっ、あはははは……、んぅっ」


 もだえて転がるが、台座の縁を落ちないようにウサモフが囲んでるから、

 右に左にゴロゴロするしかない余。


 こんなん、いつまで続くの?

 ふつうに過酷すぎん……!?


『くすぐったさも、いずれ慣れるはずですー。

 さぁさぁどんどん行きますよー、もふもふおかわりー』


 もふもふもふもふ…………


 ふもふも…………


 圧倒的ふわふわ地獄に襲われながら、なぜかヘンな声が出そうになるのを

 必死に噛み殺す余さん。


 しかしさらに試練は続く。


 ――“ぷちっ”


「あっ?」


 転がりまくっておった拍子で、背中でなにか外れた。


 あ、やばひ、


「ま、ちょっ待って――!?」


 キャーー!!


 リ、リリィたすけーーてーー!!



 …………


 ……



 余は、もう、だめ。


 ごめんリリィ……


 きっと余はこのモフモフの中で、生を終えるのじゃぁ……



 それから永劫と思える3日間。

 狂乱のウサモフ・フェスティバルはつづく。




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魔王様と勇者ちゃん。~少女二人の相違相愛~ もぐ @mogu_rk

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