第4話 縛りの腕時計④
「なぜ名前が分かったんだとでも言いたげだな。
去勢に気がついた雄の猫みたいな顔してるぞ。
面白いなその顔、写真撮っていいか?」
笑えない、冗談とも取れない小言を挟みながら安倍は続けた。
得意げな顔で、明らかに何かのマンガに影響を受けたような口調
で話し続けた。
「そりゃあ、知っているさ名前くらい。
君が暮ヶ丘高校の3年生だと言うことも知っている。
君が数学が得意だということも知っている。
君に好きな子がいて、その娘との距離の縮め方を日々模索し
空回りしていることも知っているし、
君が迷い込んでしまったこの灰色の世界の事も
もちろん知っている。」
本当になんなんだこの男は。
「...あんたと僕は以前どこかで会ったことがあるのか?」
「いいや、顔を見るのも初めてだ。
だが知っている、ただ知っている。」
「...何者なんだ?、そもそもなんであなたは動け」
「質問に答える前に、一つこちらからの質問に答えてくれ。」
安倍は僕の質問を遮る。
「お前は神や仏、妖怪なんかの人為らざるもんを信じるか?」
それは目の前の男の風貌からは想像できない、
全くもって似合わない内容のものだった
神や仏?宗教か何かの話か?
先ほどからのマシンガントークといい、
先ほど僕の個人情報の件といい、
全く会話のペースが掴めないし、怪しさは増すばかりだ。
この建物の外観といい何か危ない宗教と関わりがあるのではないか
見た目通りかなり危ない人種なのではないかと平賀は思った。
「神や仏?そんなものは信じるか信じないかのおとぎ話でしょ?
僕は宗教を侵攻しているわけではないし、ましてやこの世に存在
するかなんて、馬鹿げた質問はやめてください。
「俺は今真剣に聞いているんだ。
もう一度聞く、神を信じているか?」
言葉の圧力が変わる。
この男は、真っ直ぐ、目を見て、真剣に質問をしている。
真摯に答えなければいけないと思わせる力を持った言葉だ。
「あまり信じてはいません。」
「では、外の現状はなんだ。」
「」
僕は言葉を失う。確かに現代の科学や数学ではこの現象の説明はできない
こんな怪しい大人の言うことを鵜呑みにするのは少し癪だが、認める他ない
「神や仏の類は俺もわからないが、人ならざるものは居る。
これは実際問題として確かに存在している。」
安倍は続ける
「付喪神という存在はわかるか?」
「言葉の意味程度なら、」
前に読んだ本の中で一度出てきた言葉だった。
確か、神道だの八百万の神だのその類の言葉のはずだ。
「まぁ簡単に言うとものに宿った神様みたいなもんだ。」
「それと、この現象に一体なんの関係が?」
「最初にお前がした質問の答えにもなるが、
今お前が陥っている現象はその付喪神が原因だ。」
話が飛躍しすぎていて全くついてけない
「付喪神?見えざるもの?
そんなものが原因ならどうやって解決すればいい?
そもそも今までそんなものを目にしたことも、
目撃されたっていうニュースも見たことがない
そんな事件があれば世間は大騒ぎだろうに」
ここぞとばかりに反論を突き返す。
しかし、それが子供特有の反抗精神からくる稚拙な暴論なことに僕は気づいていた。人は無知を目の前にすると怒りを覚えると聞くがまさにこれのことだ。
「存在しないんじゃなく、見えていないだけだ。
見方のコツ...というか何かのきっかけがあればソレは認識できるようになる
今回のお前みたいにな。」
平賀は僕をなだめるかのように冷静に落ち着いた声で説明をする。
「お前の名前なんかの情報もソレに聞いたもんだ。」
「」
言葉は出ない。確かに見えざるものが存在するのであれば、先ほどの個人情報流出の件は説明が着くのかもしれない。違法な行為をこの男がしていない限り。
僕はこの男を信じる他、自分が助かる方法はないのかもしれない。
なんせ灰色一色の世界で唯一色を持つ男なのだから。
なんて細くて脆い危ない橋なんだ。
これに縋るしかないなんて一体僕が何をしたって言うんだ。
「まぁ、俺が動けてる原因なんかの難しい話はおいおいするとして...」
安倍は話を変えて突然立ち上がった。
「さて、俺はお前の知らない世界を知っている。
そしてお前は顔をぐしゃぐしゃにしながらこの店に転がり込んできた。
それは偶然なんかじゃない。この世に偶然なんてものはないからな。」
安倍は僕の目を見ながら突然口上のようにすらすらと話し始めた。
「お前はどうしたい、どうしてほしい。
お前の胸には葛藤があるだろう。こんな奴に力を借りたくないとかな
どうするかは勝手だが、お前は選ばなきゃならない。
プライドを捨てることも大事だ。そしてそれを言葉にしなきゃならない
そうしないと世界は進まない。そういうもんだ。」
こんな変な大人に頭を下げるのはなんとも悔しいものだが、
自分の無力感はついさっき思い知ったばかりだった。
この安倍という男は僕の知らない世界を知っていると言った。
僕はこの男を頼る他にないのだろう。
僕は苦虫を噛むような顔で渋々口を開いた。
「助けてください、僕にはどうしたらいいのかがわからない。
たくさん走ったし、いろんなことを試したけれどどうにもならなかった。」
「よしよし、よく言った。」
安倍は子供のように笑った。目がなくなるような満面の笑顔だ。
「助けてやるよ、これも何かの縁だ。
お兄さんに任せなさい。」
安倍は胸ポケットの箱からアメリカンスピリッツを1本取り出し
口にくわえ、年季の入ったライターで火をつけた。
先ほどの話を聞いた後だからかそのライターは
緋色の光を纏っているように見えた。
大きく煙を吸い込み、そしてはく。なんとも得意げな顔だ。
そしてやはり腹が立つ。
「そうそう、詳しい自己紹介はまだだったな。
さっきも言ったが俺の名前は安倍界羅。歳は30。
弔い屋をやっている。」
その聞きなじみのない言葉はどこか
魔法のような、不思議な響きを持っていた。
弔い屋始めました 萩原あらた @kobato-nadanami
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