第3話 縛りの腕時計③
「勘弁してくれ...」
「勘弁してほしいのは、こっちだ全く。」
男はぼやく。
「突然扉を乱暴に開け放って、中に入ってくるやいなや
何を店の玄関先を陣取って眠りここうとしてんだ。」
...みせ? あんな禍々しい見た目で?
一体なんの商売をしていると言うんだ。
あんな禍々しい風貌で、客は何を求めてこの扉を叩くと言うんだ。
相当切羽詰まらないと、こんな建物に入っていく気になんてならないだろう。
それこそ自分以外の全てのものが灰色に染まり完全に停止してしまったりでも
しないと...
怪しげな建造物に対する嫌味をひとしきり考えたところで
ふと疑問がよぎる。
「...待て、なんであんたは動けてるんだ」
1つ疑問点が生まれると、次から次へと別の疑問が溢れてくる
水門の壊れたダムのように強い圧力を持って。
「なんであんたはなんの影響も受けていないんだ、なんでこの空間には色があるんだ、なんでこの空間は普段と変わらず時が進み続けているんだ」
疑問は機関銃のようにとめどなく男に向けて浴びせられる。
疑問が浮かんだ瞬間に口に出してしまうのは昔からの悪い癖だ。
「そう大きな声で捲し立てるもんじゃない。突然入ってきておいて無礼な奴だなぁ。人に何かを尋ねるときはまず自分の名を名乗るとこから始めるんだぞ。」
名も知らぬ男に諭され、冷静を取り戻す
「...確かに。自己紹介もせずにごめんなさい。僕は、ひ」
「俺は
なんだこの男は。
「え、お前マンガよまねぇの?笑うところだぜ今の。」
なんなんだこの男は。
マンガ?そんな話をしている場合か。
平賀は自分が陥っている異常な状況と、自分の自己紹介を遮り
突然名を名乗った男の独特なペースの間でひどく混乱した。
「このネタが通じないとは。漫画はこの現代の日本で生まれた数少ない
宝と飛べるものの一つだ。中でもワン○ースはマストだ。覚えておくよう。」
状況のせいもあるが、この安倍という男の話のペースに
平賀は完全に置いて行かれていた。
ただでさえこの状況で余裕のない中で、こうも小ボケをかまされて、平賀は少々苛立ちを覚えていた。
「まぁ、冗談はこのくらいにして...
お前がこの店に慌ただしく入ってきた理由はなんとなくわかってるよ。
平賀純仁くん。」
...なんで、なんで名前が
僕の名前が
平賀は自分の体を確認した。手の先から足の先まで隈なく。
自分の名前を記しているものなど身に付けてはいなかった。
僕には、名前や電話番号を丁寧記した名札を身につける習慣などない。
唐突な呼びかけに、さっきまで噴き出していた汗が急速に冷え
鳥肌が立つのを感じた。
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