第4話 プリンペン③

 「あれを行っていたのはプリンペンさんなんです」


 「なんだって!?」


 昨日の夜見た影がプリンペンだったと言われ、ハカセは驚いた。


 「ぼくがどうかしたの?」


 そう言いながらプリンペンは現れ、手にはたくさんの白い花を持ちながら、その花をムシャムシャと口に運んでいた。


 「何を食べてるの?」


 「これ?これは僕のインクの漏れを抑える薬だって言われて、これを食べると本当に体の調子が良くなった気がするんだ」


 「ちょっと見せて」


 そう言ってハカセは、白い花を取り上げ、少し考えたあとマウスを見た。


 マウスは少し気まずそうに目をそらした。


 「そっか。早く良くなるといいね」


 そう言ってハカセは白い花をプリンペンに返した。


 

 みんなが寝静まった深夜、獣の雄叫びが聞こえた。


 その声のもとにハカセとジョシュとマウスが駆けつけると、何かを貪っていたプリンペンがこちらに向き、マウスたちの集落へと走り去っていった。


 プリンペンが貪っていたのはプリンターのインク、それと白い花だった。


 「やっぱり」


 白い花の名前は、ゲンノショウコ。適量であれば腹痛などを抑制するけど、大量に食べれば逆に症状を悪化させる。


 「君たちは自分たちの家のキレイな色にしたいがために、わざと大量に花を食べさせてたんだね?」


 ハカセがそう言うと、マウスは黙ってしまった。


 「違うニャ」


 ジョシュはか細い声をあげ倒れた。


 「ジョシュ!どうしたの?」


 ハカセが近寄ると消え入りそうな声で言った。


 「電気が足りないニャ」


 そう言ってジョシュは気を失った。


 「助けて~!!」


 集落のほうからマウスたちの叫び声が聞こえた。

 

 ハカセは迷ったものの集落へと向かって走り出した。振り向いてマウスへ言った。

 

 「ジョシュのことは頼んだよ!」



 集落へ行くと、マウスたちが逃げまどい、辺りの家が壊されていた。


 逃げてきたマウスが言った。


 「こんなこと今までなかったんです。前まではインクの匂いをたどって漁るぐらいで。だから私たちはインクを隠して――」


 「インクだったら君たちの家の壁にたくさんあるじゃないか!」


 「それじゃあダメなんです。インクの元になる箱じゃないと」


 インクの元になる箱、たぶんカートリッジのこと言っているんだろう。


 「それはどこにあるの?」


 暴れるプリンペンの前にハカセが現れた。たくさんのインクの箱を持って。


 「おーい!こっちだよこっち!」


 プリンペンはクンクンと鼻を効かせ、ハカセの持ったものを見ると一目散に追いかけてきた。


 ハカセは追いつかれまいと全力疾走するも、猛烈な勢いで迫るプリンペンに追いつかれてしまった。


 ハカセの目の前にプリンペンのくちばしが迫り、もうここまでかと思ったそのとき、プリンペンの体が硬直してその場に倒れこんだ。


 「おーい。生きてるかニャ?」


 声のするほうを見ると、ジョシュが飄々と毛づくろい、のマネごとのような仕草をしていた。


 「ジョシュ!もう平均なの!?」


 さっきまでの窮地を忘れたようにハカセはジョシュに声をかけた。


 「平気もなにも、ただの電池切れニャ。この体は生体と機械でできてるから、どっちを失っても上手く動けニャイ。なんとも不憫なニャ」


 元気になったジョシュの姿に喜びながらも一つの疑問が残る。


 「ところで、なんでプリンペンは気を失ってるの?」


 「いいところに気づいたニャ。その理由はこれニャ」


 そう言ってジョシュはパタパタと尻尾を動かした。


 「尻尾の先からワクチンを注入して、そいつを黙らせたニャ」


 「そんなことができるならもっと早くすればよかったじゃないか!」


 「そんなにどニャルなよ。そいつがどんなものでできているのか確認する必要があったニャ。それに、これを使うには大量の電気が必要ニャ」


 「電気ってそんなのどこから」


 「実は私たちも同じような体でして」


 マウスが尻尾をめくって見せると尻の穴がUSBの挿入口になっていた。


 「ところで、マウスたちがプリンペンにわざと白い花を食べさせたって言ったとき、違うって言ったのはどういうこと?」


 「わざと食べさせてたのはホントニャ。でもそれは自分たちのためじゃないニャ。」

 

 「どういうこと?」


 「動物には危険な食べ物、自分の体に合わない物を本能的に避ける習性があるニャ。インクのカートリッジと一緒に置いてある大量の白い花を摂取させることで、インクは危険な食べ物だと思わせようとしたニャ」


 マウスは悲しそうな顔をして頷いた。


 「ジョシュさんの言ったとおりです。プリンペンさんは夜中に徘徊して集落にあるインクの多くを食べてしまいました。近くの集落からもかき集めたのですが間に合わず。そんなとき、プリンペンさんがお昼に白い花を間違って大量に食べてしまい、お腹を下したことでこのアイディアを思いつきました。インクのカートリッジが様々な場所に隠されていたのは、見つけるまでの時間を稼ぐためです。凶暴になるのは決まって深夜から日が昇るまでだったので」

 

 「ゴメンナサイ! 僕てっきり自分たちのためだけにプリンペンを利用していると勘違いして」


 「ハカセ。謝ることないニャ。元はといえば、こんなまどろっこしいやり方をしていたマウスたちが悪いニャ。夜に暴れることが分かっているなら檻に閉じ込めるなり、どこかに縛っておくなり、いくらでもやりようがあったニャ」


 「ジョシュ、それは違うよ。マウスたちは常日頃お世話になっているプリンペンを傷つけたくなかったんだ。だから遠回りをしても別の方法で解決できないかを考えてたんだよね?」


 マウスは下を向いてシクシクと泣き出した。


 「そういうもんかニャ。まあとりあえずワクチンは打ったから夜に暴走することはないハズニャ。それと、今後もインクは毎日摂取させること。あれはペンギンとプリンターが交じり合った生き物ニャ。ワガハイの電気と一緒で生きる上で必要ニャ」


 「でも、私たちの集落にはそれほど多くのインクは残っていません」


 「ニャに、心配するな。毎日といってもごく少量でいいニャ。そうだニャ――家の壁に塗ったインク、あれを一日ひと舐めするぐらいで十分ニャ」


 マウスはホッと肩を撫でおろした。


 「それじゃあ、電気も溜まったことだし行くとするかニャ」


 ハカセとジョシュはマウスの集落をあとにして、再び自分探しの旅へ出発した。


 

 道の途中でハカセはジョシュに聞いた。


 「ところでさ、プリンペンってプリンターとペンギンを合わせた名前だよね?」


 「そうだけど、それがどうかしたニャ」


 「その名前っていったい誰がつけたんだろうね。そもそもプリンターとペンギンが合わさった生き物ってどうしてできたんだろう?」


 「それは――オトナの事情ニャ」ジョシュは小声で言った。


 「じゃあさ、プリンターとペンギンなのになんで人の言葉を話せているんだろう?」


 「それも――オトナの事情ニャ」ジョシュはさらに小声で言った。


 「じゃあさ、じゃあさ――」


 ハカセとジョシュの旅はまだまだ続く。

 

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