第5話 君が為、なんて

 

 俺は少女を家に連れ込んだ。

 

 ソファに体を横たえ、天井を見上げる。

 ため息、一つ。

「君が為 溶けゆく世にも 惜しくなく」


「和歌。好きなんですか?」


「あぁ、奇麗だからな」


 首を上げて、声がした方を見るとあの少女がいた。

 サイズの大きいジャージを着て。

 バスタオルで髪を拭いている。

 俗物的なその姿を見て、何故か。時が止まる。

 雨音さえ遠くに置き去りにして。


 瞬きの間に気を取り直す。


 少女は、唇を震わせ、小さく歌う。

「溶けゆくか 友もむこうみ 口果てむ」


 それは俺への返歌。

 ああこの娘は、どこまでも。

 口角が上がる。目を細め。

 それは、久しい笑いだった。

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梅雨入りと幸せ。 ポピーの騎士 @beb

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