猫をさがして

にゃべ♪

猫のいなくなった世界

 ある日、突然世界中の猫がいなくなった。猫好きの人も、そこまででない人も、猫アレルギーの人も、つまり、猫嫌いの人以外は一斉に消えた猫を探し始める。

 けれど、どれだけ人海戦術を駆使しても、スパコンで計算しても、AIが頑張っても、猫は1匹も見つけられないまま。


 猫が好きだけど猫に嫌われている俺も、この事件が気になって仕方がなかった。そして、俺にはこの謎の事件の原因に心当たりがある。

 それは知り合いの魔女だ。現代にも魔女はいる。魔女は不思議な儀式を通じて、科学を超える御業を俺達に見せつける。とある事件を通じて魔女と知り合っていた俺は、すぐにそいつのもとに向かった。


 何故魔女が怪しいとにらんでいるかだって? 当然だろ。こんな事をやらかすとしたら、魔女以外に思い浮かばないからさ。

 俺はおぼろげな記憶を頼りに彼女の家に辿り着く。ここに来たのは10年ぶりだろうか。まだ魔女がここにいるのか心配になりながら呼び鈴を押すと、すぐに玄関のドアは開いた。


「あんたが来る事は分かっていたよ。おいで」


 さすがは魔女、全てはお見通しって訳だ。俺はその誘いに乗って中に入る。魔女の名前はフラン。自称だが200歳を名乗っていた。まぁ見た目は50代くらいのバ……お嬢さんだ。


「猫の事は知らんよ」


 フランは俺の顔を見るなり目的を言い当てた。流石は200歳の魔女だけはある。


「それにな、猫は使い魔。いなくなると私も困るのよ」

「せめて何か手がかりはないのか、魔女だろう?」

「ふん。手がかりとなるかは分からんが、猫がいなくなり始めた頃に時空の異常は感じたね。もしかしたら、そこに原因があるのかも知れないよ」


 俺は魔女から聞いた情報を手がかりに、その原因を探し始める。情報があまりにもアバウトであったために該当する場所が多く、思いつく限り足を伸ばした。街へ田舎へ、海へ山へ――。

 その道中で訪れたとある洞窟で、俺は謎の魔法陣を発見する。


「こんなひとのない所に、魔法陣……だと?」


 不思議な予感に導かれた俺は、無意識の内に魔法陣を触る。その途端に周囲が淡い光に包まれ、どこからともなく精霊が現れた。半透明で油断すると見失ってしまいそうなその精神体は、俺の顔をじっと見つめる。


「お主、猫を探しておるのか。だがもう遅い。猫は世界のために犠牲になった。もう戻らない」

「猫は無事なのか!」

「ああ、ここではない場所で生きておる」

「頼む! この世界に猫を戻してくれ。何でもする!」


 俺は事情を知っているらしいこの精霊に懇願する。一度目は頭を下げ、返事が返ってこなかったので土下座もした。

 この態度に心を動かされたのか、精霊が俺の側に寄ってくる。


「ほう? 言ったな……」


 その試すような言葉を聞いた次の瞬間、俺は魔法陣の中に吸い込まれてしまった。その時のショックで、俺は見事に気を失う。


「おい、大丈夫か?」


 意識を取り戻した時、俺の目の前にいたのはずっと探していた猫だった。しかも、10匹以上の猫が倒れた俺の周りを取り囲んでじいっと眺めている。それだけじゃない、猫が喋っているのだ。猫自身が人の言葉喋っているのか、俺が猫語を理解出来るようになったのかは分からないけれど。

 この状況に気付いた俺は、反射的にガバリと起き上がった。


「こ、ここはどこだ!」

「ここは次元と次元のはざや。亜次元? ちゅーやつやな。知らんけど」

「みんなが無事で良かった。頼む。元の世界に戻ってくれないか?」

「いや、帰らへんよ?」


 俺の一番近くにいた白黒ハチワレ猫は、秒で断るとペロペロと顔を洗い始める。その様子から、猫は自分達の意思でこの世界にやってきた事が分かった。ただ、その理由については全く思いつかない。


「何でだよ! みんな心配してる!」

「ワシらはな、人間の世界に嫌気が差したんや。もう付き合いきれん。それだけや」

「それは……一部の人間が君達にヒドい事をしてきたから?」

「まぁそう言うこっちゃ」


 何てこった。確かに猫を快く思わない人はいて、そいつらが猫にやらかす虐待はマジで許せないものがある。それを理由に戻らないと言うのも、話としては筋が通っているじゃないか。

 ただ、猫がいないと悲しんだり困る人達も確実にいる訳で。俺はその人達のためにも、簡単にあきらめる事は出来なかった。


「頼む。悪い人間ばかりじゃないんだ。人間を、俺を信じてくれ!」

「ふん、そこまで言うなら……」


 人間嫌いのハチワレは、俺の頼みを聞くかどうか条件を出してきた。それをクリアしたら戻る事を検討してくれると言う。当然、俺はその条件を飲み込んだ。


「やるよ。だから俺がそれをクリア出来たら戻ってきてくれ」

「ただし、楽な話やないで。覚悟しい」


 ハチワレ猫は不敵な笑みを浮かべ、そこから俺に対する無理難題が始まる。条件はこの亜次元に散らばる各種アイテムを手に入れる事。それらをほぼノーヒントで見つけなければいけない。しかもすごく厳しい時間制限まである。

 後、時間切れで失敗したら再挑戦も認められないと言う、とてもハードルの高い試練だった。


 それでも、俺はチャンスが与えられただけでも有り難かった。だからこそ、この試練にも真剣に打ち込む。アイテムを探し出す度に次々に出されるクエストを、俺は全力で取り組んだ。


 時間制限もシビアなので、走って走って走りまくる。危険な崖の上や断崖絶壁を登ったり、バケモノに追いかけられたり、火山の溶岩の上を綱渡りしたりと、ひとつとして楽なクエストはなかった。

 休む時間も取れなかったため、疲労の溜まった俺は砂漠を彷徨っていたところで倒れてしまう。すぐには体が動かせない中、何匹かの猫が近付いて俺を覗き込んできているのが分かった。


「やっぱ普通の人間じゃ無理だよ」

「でもここまでの猫好きじゃないと……」

「残りの試練はどうする?」

「また最初からかなぁ」


 ザワザワと周りが賑やかになり、体力の回復してきた俺は気合で起き上がる。


「ふんぬぅ!」

「あ、起きた」

「君達、何か隠してない? そろそろ教えてくれないか?」


 俺は何故猫達がこの世界に一斉にやってきたのか、まだ何か別の理由がある気がしていた。それがさっきの雑談で確信に変わったのだ。

 倒れた俺を一番心配してくれていたスコティッシュフォールドに狙いを定めて、彼の顔をじっと見つめる。


「……そうだな。君になら話してもいいだろう」


 彼の話によると、猫達はこの世界で世界を崩壊させる別次元からの脅威と戦っていたらしい。最初は選ばれた猫の勇者だけで対処出来ていたものの、やがてそれでは追いつかなくなり、大勢の猫で立ち向かう事になったと――。


「だが、敵も更に強くなってしまった。そこで全ての猫が招集される事になったんだ」

「だったら、何故あのハチワレは本当の事を言ってくれなかったんだ?」

「それは、君が資格を持っていたからさ」

「は?」


 彼の話によると、この災厄を完全に止めるには猫のために命をかけられる真の猫好きの人間が、猫達の想いを受け取ってその力を開放させる事が必要らしい。

 この時に発生するパワーなら敵を追い返し、次元に出来た裂け目も修復する事が出来るのだとか。


「ここに来た時点で、君は真の猫好きと言う条件はクリアした。後はその本気度だな。それを試させてもらっていたんだ」

「で、俺は合格かい?」

「ここで倒れるくらいだからな。ギリギリってところだ」


 彼は俺の顔を見てニコッと笑う。認められた嬉しさで俺はすっくと起き上がった。不思議と体に力がみなぎっている気もする。もう猫からのエネルギーチャージは始まっているのだろうか。


「君達が戦っている場所を教えてくれ!」

「分かった! 実は結構ギリギリだったんだ。急ごう!」


 こうして俺は20匹以上の猫に導かれ、彼らが戦っている猫魔法陣に急ぐ。そこでは今正に猫達と敵との大決戦の真っ最中だった。


「今から君にパワーを送る。しっかり受け取ってくれよ」

「任せろ!」


 猫達は猫魔法陣にずらりと並び、すぐに念を込め始める。すると、すぐに俺の体に不思議な力が集まってくるのが分かった。やがて無敵の万能感に満たされた俺は、ずっとここで猫達が戦い続けていた邪悪なエネルギー体にダッシュで向かっていく。


「テメェどっかいきやがれパーンチ!」

「グアアアアア!」


 たった一発でそいつをぶっ飛ばした俺は、そいつがやってくる原因になった次元の裂け目もしっかりと埋める。こうして、世界に平和が戻ったのだった。


「やった! ありがとおおお!」


 真のクエストを達成した俺の周りに猫達が集まってくる。その数は、とても数え切れないほどだ。そりゃそうだろうな。ここには世界中の猫がいるんだから。

 このいきなりの猫ハーレムに興奮した俺は近くの猫を吸って吸って吸いまくった。ああ、どれだけ吸っても吸い足りない。もっと俺に猫を吸わせろお……。



 気がつくと、俺は自分の部屋で寝っ転がっていた。あれは夢だったのか? まだ世界に猫はいないままなのか?

 不安になって起き上がると、一匹の猫がトコトコと俺の側にやってくる。あの時のハチワレ猫だ。つまり、猫達は戻ってきたんだ。


「お前は俺と一緒にいてくれるのか?」

「ああ、ワシはお前さんが気に入った。これからよろしく頼むで」


 猫達の試練をクリアした俺は、猫の言葉が分かるようになっていた。これからは理不尽に嫌われる事もないだろう。俺は早速ハチワレを抱きしめると、思う存分猫吸いを満喫する。

 さてと、まずはコイツに名前をつけてやらないとな。



(おしまい)

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