第8話
扉から漂う異様な気配を感じて大地を除く全ての人間が数歩後ろに下がる。
「総員戦闘準備‼︎」
穂積隊長が圧のかかった声を発し、全員が刀を抜く。
天井の電気が消え、代わりに赤いランプが点灯する。
猛獣の唸り声をだいぶ高くしたようなサイレンが鳴り響く。
「栞さん、やっぱり日下部さんを呼んできて‼︎」
「いやです!私もここで戦います!」
「これは上官命令だ!頼む」
隊長が殴りつけるような声を放つ。
栞さんは少し渋っていたが、刀をしまうと一礼して走っていく。
俺はそれを横目で見送る。
扉が開くにつれて、みんなジリジリと下がっていく。
「大地、お前は響のところに行け」
「いやでも……」
「早く!あいつを守ってやれ」
いざここが抜かれたとき、安全な場所まで、、、
「それはお前が……」
「早くいけ!お前が一番信用できる!それにまだお前じゃ実力不足だろ!」
「……分かった。お前がここにいるのは……」
「秘密で頼む」
「了解」
大地は去り際に一言、死ぬなよと言って階段の方へ向かっていく。
「君はいいのですか?乱戦になったら守ってやる保証はできません」
「構いません。自分の身は自分で守ります」
隊長は小さく首を縦に振る。ここにきて大地との勝負である程度力を出したことが役にたつ。
扉の動きが止まる。サイレン以外はとても静かだ。誰も喋らない。誰かがごくりと唾を飲み込む音だけ聞こえる。
目が渇きを訴える。それでも瞬きはできない。その瞬間、俺は死んでいるかもしれないから。
俺はゆっくり刀の持ち方を確認する。全神経を目の前の扉に集中する。
扉が止まってどのくらい経っただろう。2、3分経ったと思ったが、実際はそれよりかなり短いだろうな。
空気がひりつく。皆が忍び寄る死の足音に耳を澄ませている。
とたん気配が変わった。来る……‼︎
「来るぞー!」
隊長の声よりも速く扉が全て開かれる。その先には真っ白な世界が広がっている。
何かが視界に映った。飛蚊症?違う、首だ。
扉から最も近かった人の首が吹っ飛んだんだ。
一斉に扉から魔族が突入してきた。
俺の目の前の人が刀で魔族の炎を纏った剣を受け止める。
俺は刀に水を纏わし、受け止めている人の後ろから魔族の首を刺し貫き、そのまま横に払う。魔族の青い血が床に飛び散る。
魔法を操る人や魔族は魔法膜といって防御魔法とは別の、目に見えない透明の結界を作り出すことができる。普段はないが、戦闘時はこれを発生させて全ての物理攻撃を無効にする。そこで魔法を纏わせることで初めて物理攻撃は相手にダメージを与えることができる。
色々なところで刀と剣がぶつかり火花が散っている。
隊長も例外ではなく、前後から攻め立てられている。
俺は前方から飛んできた炎の玉を防御魔法を展開して身を守る。
その間に俺の背後に回った魔族を振り向きざま薙ぎ払い、視界に入った魔族の背後を狙い撃つ。
「シャフテール!」
咄嗟に気づいた魔族は防御魔法で防ぐ。
が、前方への集中を切らしたのか、飛び込んできた人に真っ二つに切り下げられる。
「觜雲雷電しくもらいでん!」
やばい、雷魔法の大技だ。
俺は咄嗟に全身を覆うように防御魔法を展開する。
防御魔法を敷いた直後に激しい衝撃と重みを感じる。雷撃が直撃したんだ。やっぱり俺を狙ったものだったか。
雷撃が消えると同時に俺の防御魔法が割れる。防御魔法は一度破られると、再び展開するのに少し間を置かなければいけない。
つまり今の俺は魔法を防げない状態にある。
俺は雷撃のきた方向を辿って雷撃を撃ったやつを見つける。そいつもこっちを見て笑いながら再び雷撃を撃とうとしている。
地面を踏み鳴らす。俺を狙っている魔族含め5体にターゲットを絞る。お前達をジャグジーにご招待だ。
「イデボワズ」
魔族達が宙に打ち上げられる。魔族1体の体は貫いたが他4体は防御魔法を展開、完全に防いでいる。
でもそれでいい。宙に打ち上げるだけで十分だ。
「セヴァンクロア!」
穂積隊長のしわがれた、させど力強い詠唱が聞こえ、宙に舞った魔族の両側に岩の壁が作り出される。
「潰れろ!」
パシャンと骨が砕ける音がし、閉じた岩の隙間から血がポタポタと垂れる。
「水野くんいい判断だ」
隊長が歩いてくる。
「隊長もご無事で」
「いや、少し足に傷を負った」
確かに服の右足の部分が血で赤く染まっている。
「大丈夫、歩きづらいだけだ」
大丈夫、と言っているがだいぶ顔が苦しそうだ。傷も深いらしい。
「くそ、本多副隊長がいてくれたら……」
隊長、それはないものねだりだよ。
「一旦下がってください隊長。これ以上怪我をするといけません」
「ダメだ。皆が戦っているのに私だけ下がることはできない」
隊長の言いたいこともわかる。でも今はそう言ってられない。
「いけません。早くお下がりを」
壁に亀裂が入る。壁に魔法が当たって脆くなっている。
隊長は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
この世界に治癒魔法は存在しない。怪我をしたら現代医療で治すしかない。なぜ治癒魔法がないかはわからないが。
隊長がこのまま戦闘を続け、体内から血が抜けてしまったら、取り返しのつかないことになる。
「現場の指揮はどうする。誰が現場の指揮を取るんだ」
話している俺たちを見て魔族が近づいてくる。右から4体、左から2体。右の4体はともかく、左の2体は手練れだな。気配が違う。
「水龍演舞!」
俺は隊長との会話を中断し、刀を地面に突き立て、魔法の詠唱を行う。
魔族の足元から龍が現れて右の魔族4体を噛み殺す。
あとは左の2体。俺は隊長の前に立つ。今守るべきは穂積隊長だ。
「シャフテール!」
水の矢は寸分狂いなく魔族の首へ向かう。が、魔族は横っ飛びでこれを難なくかわす。
俺は連続で狙う。しかし奴らはかわしつつ、時折防御魔法を織り交ぜて防いでくる。
しかも防御魔法を使っているのは1体だけだ。もう一体はそいつの背中にピッタリとついている。おそらく防御は前のやつにさせて、自分は攻撃に専念するつもりだろう。うざったらしい。
これ以上遠距離で狙うのは無理だ。危険だが、近距離で仕留めるしかない。
「はあぁっ」
俺は床を蹴って一気に距離を詰め、まず前の魔族に切り付ける。相手は剣で受け止めてきて鍔迫り合いになる。
その間に後ろの魔族がジャンプして空中で前回転をすると俺の後ろに着地する。挟み撃ちだ。
上手く力を受け流しつつ鍔迫り合いから脱出する。背後に敵が陣取っているのは困る。
俺は力強く踏み込み、片方の魔族を集中的に狙う。
狙われた方の魔族は防御にまわるが、もう片方が俺にりゅうりゅうと切ってかかる。
その光景を見て他の八咫烏の隊員が応援に駆けつけてくれようとする。魔族のすぐ後ろまで走ってきて刀を大きく振りかぶる。ダメだ、防御を捨てている。
「はあっ!」
隊員は声と共に斬りかかろうとする。彼には敵は俺に集中していて気づいていないと写ったのだろう。一撃で仕留めようとしているところからもそれが窺える。
でもそれは罠だ。こいつらは誘・っ・て・い・る・
魔族は俺に斬りかかるのをやめ、振り向いて隊員のがら空きだった胴体に剣撃を叩き込む。腹を深く抉られ隊員は血を吹いて絶命する。
が、隊員の犠牲は無駄じゃない。隙ができた。俺は体を沈め、斬る。狙う先は隊員を殺すために俺に背を向けた魔族――
ではない。もう片方の魔族だ。
背中を斬ろうとしているのを見てもう一方の魔族が俺の刀を止めようと右から剣を出す。体が伸びきっている。
俺は動きを中断し、反転しつつ刀を左手に持ち替える。
そのまま回転の勢いで間伸びしきった魔族の胴を真っ二つに斬る。
頭を右手で掴み、上半身をもう片方の魔族――隊員を斬った魔族――に投げつける。
ドンと魔族に魔族だったものがぶつかる。俺は刀を右手に持ち替えそのまま生きている魔族の心臓を俺が投げた物ごと刺し貫く。
魔族は俺が刀を引っこ抜くと地面に倒れる。
その時俺は強く感じた。これは……
「穂積隊長、指揮官交代です!」
「交代?」
そう交代だ。間に合った。援軍だ。
「アルゼバーラ‼︎」
俺たちの真上の通路から赤黒い炎が繰り出される。万物を焼き尽くすような炎だ。
上から人が飛び降りてくる。ガタイのいい男の人、30歳後半くらいか。
「穂積さん無事か」
「日下部さん……」
「階段の途中でバッタリ会いました」
上から栞さんも飛び降りてくる。
「すまん、遅くなった」
「隊長、無事で何よりです」
栞さんが穂積隊長の横に行き右足に手をかざす。
傷口が徐々に凍り始めて出血が止まる。
「とりあえず応急処置です。ガーゼがない今、これしかできません」
「早くしないと細胞が壊死するぞ」
日下部隊長が穂積隊長の前に立ち、周りを警戒する。
「アイゼルゴーア」
穂積隊長に大量の礫が飛んでくるが全てを防御魔法で弾き返す。
その際防御魔法が壊れる。
防御魔法が壊れたものの、日下部隊長が連れてきた数人の援軍のおかげで魔族の数は減りつつある。
「日下部さんはどこにいたんですか」
栞さんの肩を借りつつ一緒に階段へ歩き出した穂積隊長が訝しげに尋ねる。
「下で麻雀」
日下部隊長は追い縋る魔族を切り捨てながら答える。
だから数人連れてが来たんだな?
穂積隊長がじろっと日下部隊長を睨む。怒ってるな?
「隊長だってお酒飲んでて私との予定すっぽかしたことありますよね?人のこと言えませんよ?とりあえず急ぎましょう。日下部隊長には私から後で叱っておきます。」
栞さんがとりあえずその場を収める。
「あはは、後で怒られるとしよう」
日下部隊長が豪快に笑う。戦場には場違いな笑い声だ。
「お前も魔力切れだろ?」
「よく分かりましたね」
そう、かく言う俺も魔力切れだ。刀身に纏う魔力も残っちゃいない。全く惨めなもんだぜ、こんなにも魔力が少ねえと。
「下がれ、あとは引き受けた」
「ではお言葉に甘えて」
俺も穂積隊長の後に続こうとする。
もう魔族の残り少なに減らされて残すところ4体ほどだ。
日下部隊長がいれば大丈夫だろう。
そう思った。
「……シャフテール……」
消え入りそうな小さな声だ。でもはっきりと聞こえた。水属性の遠距離魔法の詠唱‼︎どこから誰に!
俺は咄嗟に身をかがめた。
空気の裂ける音がすぐ近くで聞こえ、
「パリィン」
防御魔法の音だ。すぐ目の前――栞さんの防御魔法が破られた音だ‼︎
「隊長!」
日下部隊長がその声にびくんと反応する。
「隊長、穂積隊長の防御‼︎」
防御魔法を発動させる時、近距離ならばノーモーションで発動できるが、ある程度の距離があると両手を合わせるというモーションが必要になる。
そして、日下部隊長と穂積隊長の距離は、モーションが必要な距離だった。
日下部隊長が刀をしまい両手を合わせようとする。
「ダァ、ジネー」
「…………」
日下部隊長が剣を収めたのを見て近くにいた魔族2体が襲いかかる。
「……チィ」
日下部隊長は咄嗟に避けるが、魔族の連続斬りに満足に手を合わせる余裕がない。
再び空気の裂ける音……
穂積隊長は右足に怪我をしていて素早く動けない。その上2人の防御魔法は使えず、その上刀も抜いていない。それでは回避行動も、魔法で受け止めることもできない。
「隊長‼︎」
栞さんが隊長を前に――階段に押し出す。
「お元気で!」
栞さんの体が吹っ飛んだ。壁に強く打ち付けられ微動だにしない。
「うおおお‼︎」
穂積隊長の慟哭が響きわたる。術者が死んだことで穂積隊長の止血をしていた氷がハラハラと空中に消えていく。
「てめえ……!」
日下部隊長が強引に目の前の魔族を斬り伏せ、シャフテールを撃った魔族のもとに駆けつける。
「……こいつ死んでやがる」
最後の力で魔法を使ったんだろう。こちらも微動だにしない。
日下部隊長がゆっくりと死体を持ち上げる。
空中でパッと手を離し剣を抜いて無茶無茶に斬る。
魔族の死体は3センチ台の立方体にカットされる。これが元々ヒトの形をしていたなんて誰も信じないだろう。隊長は返り血を浴びて青く染まる。
穂積隊長が足を引き摺りながら栞さんのもとに向かう。
「ごめん、ごめん、本当にごめん……」
穂積隊長が栞さんを抱きしめる。
俺はその後ろ姿を静かに見つめた。
天才魔剣士の英雄譚 @KOTETUKOTETU
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