第7話
外世界への扉は地下18階にあって、そこまで行く時は基本エレベーターを使うが、緊急時は階段を使う。
穂積隊長とエレベーターに乗った時、思い出したかのように大地が尋ねてきた。
「なあ、俺早川大隊長あんまり覚えとらんのやけどさ、どんな人だっけ?」
「とにかく冷静沈着であんまり話したがらないけど、部下の面倒見はすごくいい人。みんな普段から親父って呼んでる。なんていうか、理想の上司的な?」
「普段は確かに物静かな人ですが、戦場では阿修羅の如き活躍で何度も我々を救ってくれました。」
隣から穂積隊長がつけ足してくる。
「でも物静かになったのは大隊長になってからですよ?若い頃は今とは正反対でした。色々厄介なことを持ってきたこともありました」
「隊長と大隊長はどのような関係で?」
言葉の端々から単に大隊長と隊長の関係ではないと感じた大地が腕を組みながら壁にもたれつつ質問する。
隊長が優しいと分かったから徐々に態度が横柄になってきたな?
「大隊長は私の最初の教え子です。私が25の時に魔法養成所に入ってきました。昔から何かひかるものをお持ちでしたよ」
隊長が斜め上を見ながら淡々と話す。
「先ほど厄介なことを持ってきたと言いましたが、気になりますか?」
「気になります!」
こいつほんとこういったゴシップ好きだな。
「ははは。いいですか?このネタで大隊長を強請ってはダメですよ」
「そんなことはしません、心に留めておくだけです」
隊長は大地の答えに満足したのか小さく頷いた。
「隊長が18歳の時でした。あなた達も明日から高校生だと思いますが、彼もその時高校生でした。夜急に部屋を抜け出して好きだった女の人の所に思いを伝えに行ったんです。相思相愛だったみたいですけどね。私達八咫烏が外部との恋愛禁止ということは知っていますね?それで当時結構な問題になりました」
「それでどうなったんですか?」
「その当時から彼は八咫烏の中でもかなり優秀な部類に入っていたので、不問となりました」
「もし不問にならなかったら……?」
「日本国籍剥奪の上、八咫烏追放。もう日本にもいられないから海外で寂しく暮らすしかないな」
大地の質問に俺が代わりに答える。
隊長が少し頷いて話を続ける。
「そうなると国家レベルの損失になります。なので当時の大隊長と私が上層部に謝罪を行い、同時に不問にするよう直訴しました。大隊長がかなり強気でいったのがよかったのか、以後このようなことがないようにという厳重注意だけで済みました」
「かなり強気?」
「彼を追放するなら俺を追放してからにしろ!っとこんな感じで」
「すげえ」
大地がカッコいいと声をあげる。
「それからですね。早川君が明確に大隊長を目指し始めたのは」
「でもなんで……」
大地が急に考え込む。
「でもなんで大隊長が夜這いしたって分かったんですか?」
大地の質問に隊長がカタカタと笑う。
「まあまあ、いいじゃないですか」
しばらく沈黙が流れる。
「あなたの最後の魔法、早川大隊長から学ばれたんですか?」
隊長が話の内容を変え、俺の魔法の話になる。
「水龍演舞、あれは水魔法でもかなり難易度の高い魔法だと言われています。大隊長も習得したのは二十歳はたち頃だったはずです」
さっきから隊長の大隊長に対する敬語があやふやだ。上司であり教え子である微妙な立場を表しているのだと考える。
「まあそんな所です。以前魔法養成所でお使いになられているのを見たもので」
「なるほど……早川大隊長が人一倍目をかけるのも納得がいきます」
隊長が嬉しそうに何度も頷く。
エレベーターがチンと鳴りその動きを停止する。電光掲示板は18階を示している。
ドアが開くととても大きな扉が目に飛び込んできた。
扉の前で数十人の大人が背筋を伸ばして立っている。
「隊長!遅いです!」
穂積隊長と同じ部隊らしき髪の短い女性が隊長に詰め寄る。20歳前半か……
「後ろの方は?」
女性は顔を斜めに動かして隊長の後ろにいる俺たちを見つける。
「この子達は私が招待しました。警戒するに及びませんよ」
女性は俺たちの顔としげしげと見つめた後に隊長の顔を見る。隊長が静かに頷く。
「さあついてきてください。お出迎えをしましょう」
女性が体をずらして隊長の歩く道をあける。
隊長が歩き出し、俺達は女性に会釈しながら後に続く。
「ねえお姉さん、今暇?」
大地や、もうちょっとマシな誘い方を考えろ。どう見ても暇じゃないだろ。
この部屋だけ円柱型になっていて、床の中央に扉が設置されている。
扉はかなり古そうだ。色々なところが黒くくすんでいる。
壁に沿って通路が3つ階層を分けるようにつくられていて、そこから扉を眺めることができる。通路には等間隔で刀を持った人間が並んでいて扉の警戒にあたっている。
俺たちは出迎えの列に並ぶ。
「なんか厳重だなあ」
大地が辺りを見渡しながら呟く。
「それはそうだよ。八咫烏はこの扉のためにつくられたんだから」
俺が即答し、ついてきて俺の隣に並んだ髪の短い女性を見る
「外世界の奴らが攻めてきた時、真っ先にここが戦場になります。本来ならあなた達部外者が来ていい場所ではないんですが」
女性はそう言って穂積隊長をチラ見する。
「栞しおりさん、そんなことを言うもんではありませんよ」
隊長が嗜める。
「すいません……」
女性――栞さん――が口をへの字にする。
「それにしても遅いですね。何かあったんでしょうか?」
隊長が不穏なことを口にする。
全く扉が開く気配がない。
「どのタイミングであの警報が鳴るん?」
「向こうから扉が押された時です。」
「誤作動はねえの?」
「無くはないですね」
隊長と大地の問答を俺は静かに聞く。
「隊長にタメ口……私もやったことないのに」
栞さんがムスッとふくれている。そんなにタメ口をききたいのだろうか。
「栞さん、日下部さんはどこですか?」
「まだ来ていないよ……です」
「全く、あの人本当に朝弱いですね」
隊長の顔にはため息を押し殺すような表情が滲んでいる。
対照的に栞さんの表情は明るい。
「呼んできます?おそらくこの施設内のどこかで寝ていると思います。昨日の夜当直だったので」
「いえ、それには及びません。それよりも……」
今さっきから穴が開くほど扉を睨んでいた隊長だったが、急に言葉を止める。
「それよりも……?」
大地が噛み付くように質問する。
「……それより、あなた達は帰ったほう……」
「あっ開きましたよ!」
隊長の声を遮って栞さんが黄色い声をあげる。確かにゆっくりとだが扉が開きつつある。
「勘違いだといいですが……」
「いや勘違いなんかじゃない」
隊長の糸のように細い声に俺は語気鋭く言う。
扉から異様な気配が漏れ出てくる。気配なんて着色されて目に見えるものなんかではない。でもはっきりとわかる。これは人間の出せる雰囲気じゃない。
勘違いじゃない。
扉の向こうにいるのは人じゃない。
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