第6話

「なあ光一、入隊式までまだ時間があるからさ、勝負しようぜ」

 ロッカーで刀剣ベルトをつけていると隣から大地が声をかけてくる。

「どっち、魔法か真剣か」

「魔法、武器使用は有り、ただし武器による直接攻撃は無しで」

 俺たちは何も使わず生身のまま魔法を使える。使えはするが威力は弱く、誰かを殺せるほどではない。

 そこで魔法を使う際は武器を使う。魔法を武器に纏わせてそれで攻撃したり、魔法を武器に蓄えてそれを発射して相手に致命傷を負わせたりする。

 俺や大地は刀、響はギター、柚葉は杖を武器としている。

「わかった。勝敗はどうやってつける?」

「防御魔法が先に崩れた方の負け」

 防御魔法――魔法から身を守るための魔法。

「負けた方は……」

「後でジュース奢りだ」

 大地が笑いながら拳を突き出してくる。

「よし乗った!」


―――――――――――――――――――――――

 

 

 俺と大地は同じ階にある魔法訓練室に移動する。

 魔法訓練室は縦25m横25m高さ8mほどの広さがあり、それが各階に何個も設置されている。

「朝から精が出ますねえ」

 この部屋の管理をするメガネをかけた男に嫌味を言われる。

「すいませんご迷惑をおかけします」

 俺が丁寧に頭を下げるが、

「まだ2人とも若いので」

 大地は隣でヘラヘラ笑っている。嫌味を言われたことも気づいてなさそうだ。

「そうですか。若いのはいいですね」

 ほらみろ、男の人が思いっきし嫌な顔してるやん。

「おかげさまで」

 なあにが「おかげさまで」だ。すいませんうちの齋藤がご迷惑をおかけしました〜

「早めに終わらせてくださいよ?」

 男の人が1つため息をつき、少しズレたメガネを人差し指で元の位置に戻す。

「それでは防御魔法を展開します」

 男がゆっくり両手を合わせる。

 空中に青みがかった正六角形型のバリアが作り出されて、徐々に壁に貼り付いていく。

 その間に俺たちは互いに距離をとる。

「手加減は無したぞ」

 大地はそう言って刀の柄を握る。俺は左手を柄に置くだけに留める。


 俺はこの勝負、本気でやるつもりはない。大地はそれほど力の差が無いと思っているだろう。

 それは違う。

 俺と大地の間には大きすぎる差が存在している。

 ただ別に実力を隠すつもりはない。この先のことも考えて、友人に、そして来るべきその人に俺の実力をわかってもらうのもいいだろう。


「用意」

 男の合図で大地が刀を抜く。俺は何もしない。

「はじめっ」


 大地が刀を横に振ると彼の周りを礫つぶてが漂い始める。

「アイゼルゴーア!」

 声と一緒に刀を前に突き刺す。途端、礫が俺に向かって飛んでくる。

 俺は左手を柄に置いたまま空いてる右手を開きながら礫が飛んでくる方向に突き出す。

 礫ひとつひとつの目の前に小さな水の塊が生じ、礫はその中に飛び込み動きを止める。

「やるねえ」

「まだまだこれからだよ」

 今度は突き出した右手をぎゅっと閉じる。礫を含んだ水の塊は一気に圧縮され、礫諸共爆散する。

 そのタイミングで俺は勢いよく右足を前に踏み出す。ドンと床がなる。

「……‼︎」

 大地は咄嗟に後ろに飛ぶ。大地がもといた場所の床から間欠泉のように水が噴き出る。間欠泉は天井まで届き、天井に貼られた防御魔法を軽く割る。

「おいおい、今完全に俺を殺すつもりだっただろ」

 大地が額の汗を拭う。

「安心しろ。直撃しても死にはしないから。ジャグジーみたいな感じだよきっと」

「ジャグジーで防御魔法が壊れるかっての」

 俺は剣を抜き、大地の方へ向ける。

「ほんとは今の一撃で終わらすつもりだったんだけどな」

 刀の周りに無数の水滴が生じる。水滴は水滴同士で集まり、そのまま流れを作りながら刀の周りを巡って、やがて先端に集まる。

「シャフテール」

 先端に集まった水が一気に小さくなり、そこから水が発射される。それは光線のように細く、一直線に大地の方へ向かっていく。

 大地はそれを見て地面に刀を突き立てる。

「セヴァンクロア!」

 床から岩で出来た壁がゴゴゴと突き出てくる。その数5枚。少ないし薄い。

「バチィンッッッ」

 水の矢は一瞬で5枚の壁を突き破り、かろうじて避けた大地の後ろの壁に貼ってある防御魔法をも軽く破った。

「マジですか」

 部屋の隅から見ていた管理の男が驚きの声を上げた。そして両手を合わせて崩された防御魔法の修復に取り掛かる。

「こりゃあ正面からぶつかったら押し負けるな」

 大地はそう言って壁に向かって走り出した。壁から岩の床が生えてきて、それを足場にしてどんどん上へ登っていく。

「アイゼルゴーア!!」

 天井いっぱいに生じた礫がその声とほぼ同時にに降り注いでくる。

 俺は刀を上に向ける。

「シャフテール」

 今度は一本だけじゃない。

 先端の水の玉が白く光りだし、天井に向かって無数の水の矢が放たれる。

 水の矢は礫をひとつずつ貫き、礫は空中で爆散する。


 砂煙で大地の姿が目視できない。

 目視はできないが岩の床が生成される音と大地がその上を走っている音は聞こえる。

「大地ぃ、まだやる?」

「そっちが負けてくれるのかー」

 まあそうだよね。

 俺は片膝をつきながら床に深々と刀を突き立てる。

 刀身が怪しく発光する。

「そこかぁー‼︎」

 光を見て大地は礫をまた降らせてくるが、これを防御魔法で止める。

 パチィンと防御魔法と魔法がぶつかり合う音がなる。

「ついに防御魔法を使ったな⁉︎」

 防御魔法は発動するだけでかなりの魔力を消費する。

 だから魔術師はできるだけ防御魔法を展開しようとしない。魔法は避けるか、魔法で打ち消すか。

 よっぽど自分の持つ魔力量に自信がなければ防御魔法は多用しない。

 このまま大地は礫の物量で押し切れば勝てる。

 だがもう遅い。


「水龍演舞」


 床から青色がかった半透明の龍が勢いよく飛び出してくる。

「コガアァァァァ」

「おいおいおい」

 龍の咆哮に思わずたじろぐ大地。龍に礫がぶつかるが効果は見られない。

 到達までコンマ数秒――大地に避ける隙を与えない

 龍は猛烈なスピードで大地に突っ込んでいく。

 大地が防御に建てた岩の壁もなんの役にも立たずに壊されていく。

 大地も防御魔法を展開するがこれも簡単に突破される。

「うわああぁぁ」

 水龍が大地に噛みつこうとした瞬間、水龍は急に輪郭があやふやになり、バアンと弾けた。


 ――――――――――――――――――――――――

 俺は座って大地が降りてくるのを待つ。

 大地は岩でスロープを作って滑って降りてきた。

「なんだあれ」

 俺の隣でどかっと座る。

「あんな魔法使えたっけ?」

「最近覚えた」

「何そのゲームみたいな感じ」

 大地は伸びをするとそのまま寝転がる。

「なんかお前強くなってね?まるで……」

 大地が何か言おうとしたが、それは拍手によって遮られる。

「いやあ、素晴らしい、素晴らしい試合でした」

 拍手をしながら白髪の優しそうな老人が近づいてくる。

 管理の男は敬礼をしている。

 俺も急いで立ち上がって敬礼をする。

「誰このおっさん」

 大地が寝ながら首だけ持ち上げて老人の顔をまじまじと見つめている。

「おいバカ」

 管理の男が睨みつける。

「ははは、構いませんよ。私のことを知らないのですから」

 老人は歩みを止めて姿勢を正し敬礼をする。

「私、第二部隊隊長の穂ー穂積ほせき弥生やよいと申します。お見知りおきを」

 大地は急いで起き上がって敬礼をする。

 階級もそうだが、大地が急いで立ち上がったのには他にも理由がある。

「すごい魔力量……」

 魔力を制限していたのか、歩いてきた時には感じなかったが、今ははっきりとわかる。ものすごい魔力量だ。早川大隊長やあのコンビニ女までとはいかないものの、一般兵士の比ではない。

「申し遅れました。私、水野光一と申します」

「齋藤大地です」

「貴方がそうでしたか。今日は入隊式ですね」

 穂積隊長は目を細めてこちらを見ている。

「早川大隊長が入隊式に間に合ったならどれほど喜ばれることでしょうね」

 大隊長は俺の魔法の師匠だ。

「早川大隊長はいつお戻りになられるのですか?」

 大地がここぞとばかりに質問を飛ばす。

「おや?貴方、しっかり敬語を話せるのですか」

 大地は穂積隊長から目を外し、小さく頷く。

「本来なら2日前に帰ってくる予定だったんですがね。少し予定がずれ込んでいるようです」

 俺は時計を見る。

「なるほど。それで隊長、他にも聞きたい……」

 大地が続けて何か言おうとした。

「チリリリン」

 部屋の警報がけたたましく鳴った。

「噂をすれば、ですね。帰ってきたみたいですよ。大隊長が」

 鳴った警報を見ていた穂積隊長だったが、大地の方へ視線を戻す。

「どうです?今から出迎えに行きますが一緒に来ますか?」

「いいんですか?」

 大地が一気に笑顔になる。それもそうだ。扉は八咫烏になってからでないとお目にかかることはできない。

「ええもちろん」

 隊長が柔らかく微笑む。

「あなたはどうします?」

 隊長は俺に目を向けてきたので俺も一応頷いておく。

「ではついてきてください」

 隊長がドアに向かって歩き出し、俺たちは後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る