第5話

階段を降りた先にあるドアを開けると、そこにはは2つのドアがあります。左側のドアは男性用の、右側のドアは女性用の更衣室へと繋がっています。更衣室といっても自分用のロッカーがあるだけで特にここで着替えることはありません。

 そもそも八咫烏には指定の服は存在しません。みなさん施設内では思い思いの服で過ごしていらっしゃいます。ただ戦場では所属部隊に応じたマントを着ることになっています。例えば日下部隊長さんの第一部隊は赤色のマントを、穂積隊長さんの第二部隊は緑色のマントを着用します。ちなみに早川大隊長さんの特別戦略部隊は黒色のマントで、背中には金色の刺繍で『八咫烏』と縫われています。

 ロッカーには貴重品や携帯電話をしまいます。これより下の階では携帯電話を使うことはおろか、持ち運ぶことも許されません。


 おや?誰かが入ってきましたね。ドアが開いた音がしました。知らない人だと困るので出来たら知っている人だと良いのですが……

「あっ」

「よかった靏音さんでしたか」

 知っている方でよかったです。

「おはよー、早いね〜」

「昨日寝る前に今日の入隊式のことを考えていたら早く起きてしまいました」

「楽しみだよね〜」

「そ、そうですね」

 緊張で夜寝れなかったことは内緒にしておきましょう。

「制服かわいいですね」

 靏音さんのロッカーは私の真後ろにあります。なのでベンチを挟んで背中合わせの格好になります。

「ありがとう。でも可愛さでいったら柚葉ちゃんの方が上だよ〜」

 靏音さんが笑顔をこちらに向けてきます。

 でも靏音さんの言うかわいさと私の言った可愛さは全く別物です。

 靏音さんは女子高校生の可愛さ、1人の女の子が大人になっていく途中特有の可愛さ。

 私はただの女の子としての可愛さ。大人が自分の子供を見る時に感じるものです。

「靏音さんの方が大人っぽくていいです。私は子供っぽくて……」

「もうちょっと自分に自信持った方がいいよ〜。十分かわいいんだし」

 靏音さんの笑顔が眩しいです。でも……

「何かありましたか?」

 靏音さんの声の高さはいつもと変わりないですが、笑顔がどこかぎこちないものがあります。

「ん?何も無いよ?」

「そうですか……」

「うん。何もなかった」

 靏音さんのギターハードケースがガタンと床に落ちる音がしました。

 振り返ると靏音さんがベンチに座って、腕の中に顔を埋めています。ギターケースは彼女のロッカーの前に立てかけてあります。落としたわけではなかったみたいです。

「何もなかったんだよ〜」

 長い間一緒にいるからわかります。何かあったやつですね。そして誰かに聞いてほしいやつですね。

「何があったんですか?」

 私は靏音さんの隣に腰掛けました。話を聞くことで少しでも助けになれたら……

 ――――――――――――――――――――――――

「光一くんと喧嘩したの」

「喧嘩ですか……」

「喧嘩っていうたいそうなものでもないか。ちょっとしたすれ違いかなあ」

「すれ違い……」

「私信頼されてないんじゃないかもって」

 柚葉ちゃんは頬に人差し指に手を当てて真剣に考えてくれている。この子のこういう何事にも真剣なところ凄いよなあ。

「具体的な背景をお伺いしても?」

「もちろんだよ。一緒に考えてくれてありがとう」

 私はコンビニでのことと、光一くんが何か隠し事をしているんじゃないかと感じたことを話した。

 事情を話すにつれて柚葉ちゃんの顔がどんどんドヨーンとしたものになっていく。

「……って言って光一置いてきちゃったわけ」

「なんですか、惚気話ですか」

「惚気話⁉︎」

「惚気話ですよ惚気話。良いですか?光一……水野くんだって男子です。私たちにも隠し事があるように、彼らにも隠し事があります。それを聞くのはナンセンスですよ?」

「でもなんか困ってそうだったから……」

「話を聞いてみるのは良いと思います。でも彼が言わない以上深追いするのはよくないと思います。それをさらに追求するのは……」

 柚葉ちゃんはここで一息つくと少し顔を赤らめる。

「ふ、夫婦の間柄ですよ」

「夫婦⁉︎」

「夫婦です。テレビのドキュメンタリーで見ました。それは妻が夫の浮気を疑う時に似ています」

 なんだか柚葉ちゃんの口調が厳しい感じがする。

「夫婦って、私たちは付き合ってすらいないよ?」

「知ってます。私が言いたかったのは靏音さんが水野くんの気持ちの中に深く入り込みすぎているということです」

「夫婦……」

「夫婦に引っ張られすぎですよ?」

「あああうんそうだね」

 ここで柚葉ちゃんは一つため息をつく。

「とりあえず次会った時謝った方がいいとおもいます。水野くんはそんなに気にしていないとは思いますが。謝ってさっさと告っちゃって下さい」

「うんわかった謝ってく……こ、告白ぅ⁉︎」

「早くしないと誰かに取られてしまいますよ?惚気話ならその後いくらでも聞いてあげますから。側から見ていてなんだかもどかしいです」

「……告白はしないけど謝るよ」

 思わず頬を人差し指でかいてしまう。

「……私も少し言いすぎました。すいません」

 それから私たちはお互いを見る。

「んふふ……」

「えへへ……」

 女の友情とは儚く脆いものだという。でも私と楢木ならき柚葉ゆずはちゃんとの友情は壊れないだろうと感じた。

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