第4話
日曜日とはいえ、名古屋駅は仕事に向かうサラリーマンでごった返している。休日まで仕事、お疲れ様です。
そんなサラリーマンを横目に、腕を組みながら歩いているカップルもいる。今からどこかにいくのか、あるいはもうすでにイッた後なのか……
記憶の片隅に追いやったはずだったが、あの女が忘れられない。言葉からして、女あいつは俺のこと、もしくは響のことを知っていた。でも俺たちは知らない。
「あの魔力量、大隊長並みか……」
「ん?どうかした?」
「いやなんでもない」
「…………」
あの魔力量は、以前魔法養成所で会った早川大隊長のそれと近いものがあった。かなり昔のことだ。あまり覚えていないが。
「ねえ光一くん」
響が急に俺の進行方向に体をねじ込んでくる。
「なにか隠してる……?」
「何も隠してないよ?」
嘘だ。俺は大きなものをこの人に隠している。
響が下から覗き込んでくる。彼女の瞳には沢山の感情が見え隠れしている。
「私信頼されてない?」
「信頼してるよ?友として、仲間として」
俺は信頼している。
俺の中に何を見たのか、響は悲しい顔をしつつゆっくりと身を引きながら、小さく「嘘つき……」と呟きスタスタと歩いて行ってしまう
俺は信頼している。でも君が、靏音響が俺を信頼仕切っていない。
「おや?フラれちゃったのかな?」
急に後ろから肩に腕を回される。
「そんなんじゃねーよ」
「知ってる知ってる。からかっただけだって」
「つうかいつから見てたんだよ大地」
齋藤さいとう大地だいち――俺の住むマンションの一個下の住人で、俺と同期。つまりこいつも今日八咫烏に入隊するということ。
「ちょっと前だよ?」
「コンビニにいたところは?」
「コンビニ?」
あの女は見ていないのか。何か知っていればよかったんだがな。
「光一お前コンビニでデートか」
「普通に響がお茶買ってただけだよ」
「お前の飲ませてやればよかったじゃん」
「持ってきてない」
「いやそうじゃなくて、そのアレだよ、持ってるだろ?というかついてるだろ?」
俺は何も言わずに大地をどつく。勘弁してくれ、明日から高校生だぞ。なんで公共の場でこんなことを大きな声で言えるんだ。
「いてて、ちょっと厳しくない?」
「お前の下ネタの方が厳しい」
「悪かったって。もう言わない」
「ぜってー言うなよ?特に高校では」
「分かった分かった」
大地は腹をさすりながらヘラヘラ笑っている。こいつまた言うな?
「それで?なんで響ちゃんは怒って先行っちゃったの?」
俺はコンビニでの事、女の魔力量は早川大隊長にも匹敵するだろうという事、そして響に何か隠してないかと言われた事を話す。
「そりゃお前が悪いわ」
大地は特に考える事なく即答する。
「参考にはしないがに理由を聞きたい」
「参考にしないんだったら聞くなよ。まあほら、女の勘は外れないって事だよ」
「俺の勘はお前を信じるなと言ってるけど?」
「男の勘は信じちゃダメだ。あれはいつもポジティブだからな」
「なんだそれ」
それは単にお前がポジティブなだけなんじゃ……
「それを当てにして俺は何度玉砕したことか……」
こいつ接点がほとんどない女子に急に告白したりしてるからな。
顔はいいし、日焼けしていてスポーツマンって感じもある。ちょっと周りの空気が読めないところがあるが、そこさえ目を瞑れば性格は悪くない。でもなんて言うか、ザンネンなイケメンって感じだ。
告白を失敗した時のことを思い出したのか肩を落とす大地だったが、急に真面目な顔つきになると
「俺の玉砕話はどうだっていい。その女はほんとにお前のことを知ってたのか」
「ええ?あ、ああ。名前まで知ってるか知らんけど、俺の年齢と、魔法養成所所属って事は知ってると思う」
急に真面目になるからびっくりした。
「それってなんか上手く言えんけど色々まずいやつじゃね?」
「っていう話を響としてたの」
「取り敢えず上の人間に伝えるしかねえな。今早川大隊長は外世界に遠征中だから言うとしたら第一部隊長の日下部さんか」
「まあそんなとこだね」
「早川大隊長がいたら、あっという間に解決しちゃうんだろうけどなあ」
早川大隊長――八咫烏の大将。主に水魔法を操り、その魔力量は八咫烏創設以来1、2を争う多さだという。
「早川大隊長が外世界に行ってどれくらいになる?」
大地が尋ねてくる。詳しくはおぼえていないので適当な日数を言う。
「3日くらいじゃね?」
「3日前は響ちゃんの誕生日だったろ?その時にはもういなかったぞ」
「そうだった」
「響ちゃんが悲しむぜ」
「じゃあ10日」
「お前全然覚えとらんやんけ」
「最近物忘れがひどくてさ。歳かも」
「響ちゃんが悲しむぜ……」
そうこう話しているうちに目的地、名古屋フォートレスビルに着く。
このビルの地下2階から上はただの商業施設だが、地下7階から地下3階は魔法養成所、それより下は八咫烏の拠点になっている。
俺と大地はそのままビルの地下2階にあるインフォメーションセンターに足を運ぶ。
「どうなさいましたか?」
受付のお姉さんが優しく話しかけてくる。
「お、お姉さん、今度一緒にお茶でもどうですか?いいお店見つけたんです。ケーキが美味しくてレトロな感じのお店で……」
明らかにお姉さんが困った顔をしているので大地を無理矢理退けてしゃべるのをやめさせる。
「なんでぇ」
そういうところだぞ大地。
「ふふふ…愉快な方ですね」
笑われたぞ大地。
俺は軽く会釈をする。さてと、そろそろ合言葉を言わないとね。
俺は周りを見る。幸い近くにだれもいない。
「高皇産霊尊たかみむすび」
俺は出来る限り小声で言う。笑顔だったお姉さんが急に真顔になる。
「お名前は……」
「私が水野光一でこいつが……」
「齋藤大地です!」
俺が頑張って小声で話しているのに大地のやつ大声出しやがって。
「確認しますので少々お待ちください」
お姉さんはそういって引き出しの中からファイルを取り出すとパラパラめくり始める。
八咫烏に所属している人は、昼間の間はこうして一般社会で仕事をし、夕方から夜にかけて魔法と集団戦の訓練をする。
このお姉さんもそのうちの1人だ。
「はい確認しました。齋藤と水野さんですね。こちらへどうぞ」
そういって俺たちは奥の部屋へと案内される。この部屋にある階段を降りていけば魔法養成所に行くことができる。
お姉さんが階段のドアを開けてくれたので軽く会釈をする。お姉さんも会釈で返してくれる。
大地の会釈をするがお姉さんは無の表情で送り出す。
「お前バカだよな」
ドアが閉まったことを確認して俺は大地に言う。
「どうして俺がバカだと思ったんだよ」
俺はフッと笑う。
「男の勘だよ」
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