四話(後半)

 そして金曜日のお昼。

 いつものように石田に誘われて食堂に来ていた僕は唖然とした。

 いや、それは失礼な事なのかもしれないがしかしせざるを得なかった。


 ──僕と石田は授業後すぐに食堂に行くのではなく、昼休憩が終わる五分前くらいまで待ってから行っている。

 それは混みを避けるためだと石田は言っているが、単にノートの写しが極端に遅いからである。

「ねぇ、まだ?」

「あ? 今ここ!」

「えぇ……遅っそ」

「待て待てヒーローは遅れて登場するんだからさ」

「無駄口いいから早くしてくれよ、腹減った」

 石田がノートをまとめ終えたのはとうとう昼休みの残り時間五分を切った時だった。

「早く行くぞ!」

「誰のせいでこんなに遅くなってるのかって話だよもう」

 

 急いで階段を降りて食堂に近づくと醤油ラーメンの空腹感を刺激する匂いが鼻に絡みついた。

 お腹の鳴りを抑えるように小走りになる。

 食堂に着くとすでに食事を終えた生徒が列になり食器を片付けていた。

 時計を横目に急いで注文する。

 ラーメンなのでスープを溢さないように最善の注意をしながら走る。

 昼休み終わりがけと言うこともあってやはり席はどこもまばらに空いていた。

 なので特に場所を選ぶ気はなく、無造作に並べられたクッキーを手に取るように適当な席に座ったつもりだった。


 ──しかし。


 隣の一つ間を開けた席に座る人と目が合う。

 僕は確信した。

 やはり腐れ縁というのは地球上のどんな物質を使おうとも切ることが出来ないほど特殊な何かで繋がってしまっているんだと。

「……」

 アカネがいた。

 ラーメンを前に額から凄く汗を垂らしていて、長い間格闘していた事を物語っている。

「……」

 時間がないというのに互いにポカン、と見つめ合ってしまった。

 

 アカネが何を考えているのか、僕には本当に分からなくなってしまっていた。

 先週は食べるのが苦手(食べ方が汚いと言う意味)だから昼ご飯は抜いていた、と言っていたのに、どうして今になってここでご飯を食べてるの?

 流石に空腹感に耐えられなくてやむを得ずここに来てしまったと言う事なのだろうか?

 

「──ミカタ!」

「あっなに?」

 石田の呼び声で我に帰る。

 石田を見るとすでに食器を持って立っていた。

「俺食ったから先行くな」

「え……!」

 早過ぎだろ!

 そう言って石田は本当に先に行ってしまった。

 はぁ、とため息を吐いて何となくアカネの方を見てみた。

 アカネは僕をジトっと眺めながら静かに麺を口に運んでいる。

 が、その光景を見て僕は思わず笑ってしまった。

 それは仕方のない事だ。僕はそう思う。

 だって麺を二本ずつ挟んでゆっくりと啜り、不慣れさが丸わかりだったからだ。

「えーと、アカネ、アカネさん?」

「……何」

 返事をしてくれたことにまず安堵して続ける。

「そこまでしてラーメン食べたかったんですか?」

「……別に、ダメなの?」

 これは、いつものアカネだ。

 無視されずに一応会話は出来ている。その事に少なからずやっぱり安堵している気持ちはあった。

 しかし、だと言うのに何だか物足りなさを感じてしまっていた。

 ──何かが足りない気がする。

 

 僕はジトーっとアカネの様子を眺めているとアカネは箸を置いて口を尖らせながら言った。

「私、お昼は体育館のところでサンドウィッチ食べてたよ」

「え、ああ、あの時ね、そうだったよね」

「その次の日も」

「え、ああ、そうなんだ……」

「その次の日も」

「あ、そう、え、そうなの?」

 え? これって、もしかして。

 体育館に行かなかった事を怒ってるんじゃ……。

 ごくりと眉唾を飲んだ。

 

 何で言えばいい。何を言えば許してもらえる?

 いや、待て待て、許してもらうってなんだよ。

 そもそも、何で怒るんだよ。

 怒る理由なんてないじゃないか。

 だから、これはいつものアカネなんだ。

 そう、だから平然と答えればいいだけ。

「えーと、僕は石田くんとここでご飯食べてたんだ」

「え? なんで」

「ああ、えーと友達になったから?」

「友達とならご飯食べるって事?」

「え、なんて言うか」

 駄目だ。何だか様子がおかしい。

 アカネってこんな粘着質な性格してたっけ?

 もっと塩対応っていうか、そこまで理由に執着していなかった気がするんだけど。

 

 ──ともかく話題を変えよう。


「というか、何でアカネはここでラーメン食べてるの?」

「……お腹空いたから。ラーメン食べたかったから」

「ら、ラーメン好きだったけ?」

「別に」

 そう言うと急に麺をいくつも束にして口に運び啜り始めた。──啜ったせいでスープが飛んでアカネの服に若干掛かってしまった。

「お、おい! 飛んでるぞ。まだ早いって」

「……」

 アカネは啜るのをやめてジトッとこちらを睨むように見つめて、いや、鬼のように睨んできた。

「はぁ……」

 とため息を一つ吐いて睨んだままアカネは麺を箸で掴み僕の方に寄せてきた。

「じゃあ、どうやって啜れば良いんですか?」

「え」

「……!」

 僕の目を眺めていたアカネだったが咄嗟にアカネは箸を器の上に戻した。

 そして動揺しているのか左口角がピクピクと違和感を訴えるかのように忙しなく動いている。

 まるで今自分のした事を信じられていないような態度だ。

 すると──

 

 キーンコーンカーンコーン。


 昼休みの終了を告げる鐘の音が鳴った。

 アカネは動揺したまま席を立ち、ラーメンを残したまま走ってその場を後にした。

 僕はただぼんやりと席に座ったまま、鐘の音を耳にし静止していた。

 ハッと我に帰ったのはラーメンが伸び切った頃だった。

 

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甘え下手な幼馴染はもう耐えられない 真夜ルル @Kenyon_ch

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