第11話 この先もきっと

 シノと二人で暮らし始めてからしばらく経った頃、紗奈子はシノと二人で契約結婚相談所に足を運んでいた。

 二人を担当してくれた西原は笑顔で出迎えてくれ、わざわざカウンセリング室へと通してくれた。一応、菓子折も持ってきたが恐縮されてしまった。けれど、本当に何かお礼をしたかったのだ。


「わざわざ報告に来てくださったんですか?」

「ご迷惑だったでしょうか?」


 連絡はしてあったものの業務の邪魔になってしまっただろうか。


「あの、お邪魔でしたらすぐに帰りますので」

「ごめんなさい。どうしてもお礼が言いたくて」


 もし、迷惑になるようだったら二人ともすぐに帰るつもりだった。

 が、


「とんでもないです。こんなふうに来て頂けるなんて嬉しいです。事前にご連絡も頂いていますし」


 そう言って、西原は微笑んでくれた。だからといって、本来の業務の時間を割いてくれているのは確かだ。出来るだけ短い時間で引き上げようとは思っていた。


「これ、西原さんにも見て頂きたくて」


 紗奈子はバッグの中に入れていた写真を出す。


「わ、素敵ですね」


 一目見て西原は目を輝かせた。紗奈子は嬉しくなった。けれど、西原ならそう言ってくれる。そんな気がした。紗奈子にもシノにも親身になって相談に乗ってくれた西原だ。

 西原は嘘やお世辞を言っているようには見えない。


「西原さんのお陰です」

「ええ、本当に」


 三人でテーブルの上に置かれた写真を眺める。

 その写真に写っているのは、ウェディングドレス姿の二人だ。二人とも、溢れんばかりの笑顔を満開にしている。こんな顔で写真に写ったのはいつぶりだろう。

 人にこの写真を見せるのは、西原が初めてだ。


「私の仕事は普通の結婚相談ではないものですから、淡々としたものも多いんです。ですので、こんな素敵な報告をして頂ける方はなかなか少なくて。私も自分のことのように嬉しいです」


 そう言って、西原は口元をほころばせている。


「そう言ってもらえると嬉しいわ。こんなことで来ていいのかわからなくて悩んでたの」


 嬉しそうにシノが言う。

 そもそも、ウェディングフォトを撮ろうと言ったのはシノだった。どうやらウェディングドレスへの憧れはシノの方が強かったらしい。紗奈子は正直乗り気ではなかった。けれど、シノの熱意に押されてしまった。


『紗奈ちゃんだって、子どもの頃に少しくらい憧れたことあったんじゃない?』


 そう言われると、そんな時期もあったような気がしてしまった。

 実際、ドレス選びから撮影までの時間は想像していたよりもずっと楽しかった。誰に見せなければならないから仕方なくやった訳では無い。誰の為の義理でも無い。もちろん、親に言われたからでも無い。

 ただ、自分達の為に。

 アレが似合うとかこっちの方がいいんじゃない? とか騒がしくかしましく進めていくこと自体が楽しかった。

 写真の中の二人は、だからこその笑顔の二人だ。


「こんなこと、別の結婚相談所に行ってたらきっと出来なかったわ。本当にありがとう。西原さん。あなたが担当してくれて本当によかった」

「いえ、私は少しお手伝いさせて頂いただけですから。私こそ、素敵なお手伝いをさせて頂けて光栄です」


 西原が二人の関係を勘ぐらないところも紗奈子は好ましかった。

 紗奈子とシノの間に、恋愛感情は無い。どんな関係かと言われれば、わからない。だから、二人が一般的な夫婦のような関係になったのかと聞かれると困ってしまう。

 簡単に言ってしまえば、契約結婚をした二人、というだけだ。

 だけど、シノといるのは心地がいい。結婚でなくてもいいから、誰か気の合う人と一緒に過ごせたら、なんてことをこの相談所に相談する前の紗奈子は考えていた。そして、そんな相手が本当に見つかるなんて本気で期待はしていなかった。

 せめて、親を安心させて世間体を繕う相手が見つかればと、少し投げやりですらあった。面白がっていたのも嘘では無いけれど、そうで思わないと踏ん切りがつかなかったというのもある。

 だが、嬉しい誤算があった。シノは紗奈子が望んでいたような相手だったのだ。恋愛感情など無くても、契約から始まった関係であっても。むしろ、今も契約を結んでいる関係だからこそ楽だというのもある。人間関係として縛られているのではないのだと、そう思えるのは紗奈子にとっては身軽で清々しかった。が、それはすぐに離れたいということではない。

 前に、一度結婚して離婚すれば楽になれそうだとシノと話していたことがある。あの時はいい考えだと思った。だが、今は少し違う。

 結婚はしたけれど、それだけで終わったとは思わない。これからも、お互いの親から子どものことや、先のことを色々と言われたりするのだろう。それでも、この先もシノと一緒なら笑い飛ばせそうな、そんな気がしている。そういう人が側にいてくれることが、こんなにも安心出来ることだとは思ってもいなかった。

 結婚相手というよりも同志と呼びたくなる。シノは紗奈子にとって、そんな人だ。

 二人の花嫁が写った写真を見て嬉しそうにしているシノを見ながら、シノも同じように感じてくれているといいなと紗奈子は思った。

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契約結婚相談所~私たちの普通~ 青樹空良 @aoki-akira

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