第伍話
第伍話
「了解。」
無愛想な機械のような声が静かな夜に響き渡る。
獣のような瞳をした影憑と、怯える人間。
その前に立ち影を落とすのは可憐な動きやすそうなドレスのような軍服のような服を纏う紅梅色の髪の毛を無造作に三つ編みに結った少女。
髪の毛と同じ色の瞳にハイライトは無い。
まるで機械のように感情の無い顔で、見たことの無い銃にも似た兵器を持ち上げる。
『影憑と疑われる者は全て抹消しろ、だそう』
何やら通信機越しに青年の声が聞こえる。
「はい王様。影憑及び影憑になると思われる人物を抹消します。」
王様、と呼ばれている通信相手はアウィスの国王では無い。
そもそもアウィスの国王はこんなに若い青年のような声をしていない。
少女は目の前の複数名に兵器を向けた。
「終わりました。帰還します。」
風化して消えていく影憑。
そこら中に飛び散る血液。
そしてその先に広がる死体。
返り血を拭うことなく少女が兵器を横に振る。
兵器はまるでアオギの能力と同じように空中で消えた……かと思いきや少女の細い腕に飾り物のように形を変えまとわりついた。
「零弌、仕事だ。」
後ろから現れたのは髪の毛をひとつに結んだ、鋭い視線で少女——零弌を捉える女、宵闇部隊の夕見鈴音だ。
『私は騎士です。順従している王の命令以外には従いません』
しかし少女はまた機械的にそう言い残しその場を去っていった。
夕見はちっとひとつ舌打ちをしたあと少女とは反対方向へと歩いて行った。
「そういえば中央軍とか、隊の人間は知ってるのか?リンラードのこと。」
センタボルタへ向かう列車の中、セトが問う。
「どうなんだろう……」
ネフィがうーんと考え込む。
「多分知っている人もいれば知らない人もいると思う。」
アオギが本を閉じ答える。
「少しずつ信用できる人を集めるしかないよね。」
ネフィが窓の外を見ながら言う。
海が広がり段々とセンタボルタが見えてきた。
「それぞれ軍や隊を偵察だな」
セトが髪の毛を結び直す。
アオギは再び本を開く。
「セトのそれ、切ってあげようか?」
ネフィがはてなと指をさし問う。
「別に切らなくていい」
「どうして?」
「……——ら。」
「え?」
セトが目を逸らしながら小さな声で喋るが、聞こえないとネフィが問い返す。
「……あぁぁあもう!こっちのほうが大人っぽく見えるだろ」
セトが投げやりにそっぽを向きながら恥ずかしそうに答えた。
「っ……」
「何が面白い!」
アオギが本を読みながら笑いをこらえる。
ネフィも少しふっと笑う。
「あ!ネフィまで!お前らぁぁあ」
セトがそんな二人を見て立ち上がりガミガミと叫んだ。
「……」
「……て、あれ?」
笑いをこらえるアオギと笑うネフィを他所にふとセトがふと目線の端にうつる奥の席に目を向ける。
「どうした?」
アオギが座りながら目線を上げてセトに問う。
「いや、なんか視線を感じたけど……気のせいか。」
奥の席に見えた少女は特にこちらを見ることなく座って窓の外を眺めていた。
そんなこんなで気がつけば海は遠くなり街に出た。
「そういえばこの後。帰ったあとどうする?」
セトが椅子に腰かける。
「オレはセンタボルタを調べて回る。」
アオギが質問に答えた。
「うーん、軍のみの所属だし、軍にいることが生かされている条件みたいなものだから私は軍に戻るかな。」
ネフィも少し考えながらそう答えた。
「セトは?」
ネフィがどうする?と首を傾げる。
「……俺も兄さんを探したいし、とりあえず旅して回ろうかと思う。でも、ネフィを軍に置いていって大丈夫なのか……?」
セトが椅子に浅く腰かけ背もたれによりかかり寝そべるように頬杖をつく。
「軍に居る限り今のところは平気なはず。そういう条件だから。」
アオギが答えネフィも頷く。
「残していくとはいえいつでも会える距離だしな。」
付け足しながらあくびをするアオギ。
「そうだね!いつでもご飯作るよ!」
にこりとネフィが笑い提案する。
「じゃあ取り敢えず腹が減ったらネフィの所にいくか」
セトが腕をのばし伸びをしながら椅子に正しく座り直した。
「やあ。」
「げ……」
「げ、とはなんだ。上の人間に向かって」
駅に着くとそこには知った顔が立っていた。
軍服姿のフィルトを見るなりセトが嫌そうな顔をした。
「そんな大佐が迎えに来るとはなんかあるのか」
アオギが大佐の横を通り過ぎながら問う。
「部下の無事を確認来ただけさ。君は今頃泣いてるかと思ってね」
セトの方を見てふっと嫌味に笑いながらフィルトが言う。
「ないてねえよ。そりゃどうも」
セトも負けるまいと怒りを表しながら嫌味に返す。
「あっ!中佐さんだ」
そんなセトとフィルトを他所にネフィがこちらに向かってきた天芽に手を振る。
「おはよう」
欠伸をしながら言う天芽の元へと向かうネフィ。
「今昼です」
ネフィがそれを訂正した。
「おっ、可愛い姉ちゃん発見」
アオギはそう言い人混みの中に消えていった。
「彼女は監視対処だから自由には行動させられないが君らはどうする」
フィルトがネフィを横目にセトに問う。
「……俺とアオギはこの辺を適当に散策する」
セトが素っ気なく返す。
フィルトはその意図を見抜いたかのようにまたふっ、と笑った。
「まあいい。放し飼いって所か。」
そう言い放ちではまたと歩いて駅を出て行った。
「じゃあセト、アオギ、また!……てアオギいない……」
ネフィも手を振りあれ、とアオギを探しつつも天芽とフィルトに続いて駅を出て行った。
「……あの大佐……ぜってぇ蹴落としてやる……」
セトはそう吐き捨てアオギはいいかと駅を出た。
「標的を発見しました。」
街中を歩いていると、突然少女の機械的な声が耳に入りセトは立ち止まる。
「はい。了解、王様。」
空耳では無い。
確かに聞こえる。
どこから聞こえるのかと声の主を探す。
「王様……」
ふと耳に入ったその単語をセトは呟く。
ぐるりと見回すと声の主らしき少女を見つけた。
紅梅色の綺麗な髪の毛と可憐な服はどこか軍服を少し感じさせた気がした。
少女はこちらには気がついていないようでセトとは反対方向に向かって歩き続けている。
その少女をセトは見たことがある。
リンラードからの帰りの列車で視界の端に見た少女だ。
ふと気になり少女の後をつけることにした。
見失わぬように気をつけながら人混みをぬけていく。
少女は正面を向いたままこちらには気づかない様子。
そして橋に入る手前で橋には足を踏み入れることなくそのまま橋の下へと向かう。
少女の先を見ると、裕福そうな服装の男が歩いているのが見えた。
どうやら少女はその男を追っていたらしい。
そのまま男が橋の下でひと休みするようにベンチに座り川を眺めた。
少女はゆっくりと男に近づく。
橋の上とは違い、人が少なく昼間ながら大きな影が広がり不気味な場所だった。
セトは少女に気づかれないよう、ゆっくりと影に隠れながら様子を伺う。
「!?」
気づいて手を伸ばした時にはもう遅かった。
赤い血が飛び散り男はその場で椅子から倒れ落ちた。
一瞬で人形のように息をしなくなった血の溢れる男。
いつの間にか現れた機械のような見たことの無い兵器を横に振り返り血を振り落とす少女。
そして武器は形を変え飾りのように少女の腕にまとわりつく。
セトは目を見開いたあと怒り任せに少女の方へと走り出す。
しかし少女はこちらを見ていない。
手を伸ばしあと少しというところでふとセトの手が止まる。
「——ッ!」
少女と目が合った。
少女がふと少しだけ首を動かし目をセトの方に向けた。
綺麗な紅梅色の瞳がセトを確かに捉えた気がした。
しかしそれも一瞬で、少女は気がつけばその場から居なくなっていた。
「!」
セトは慌てて少女はどこかとぐるりと一周探す。
見つからずに橋の上まで走っり辺りを見回すが少女はどこにもいなかった。
息を切らしながらようやくセトは口を開く。
「出てこいよ!どこだよ!」
息を切らしながら叫ぶ声に返答はなかった。
しばらくセトはその場に立ち尽くしていた。
絡繰ラズライト 雨湊宵カサ @asuyoi_kasa
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