第四話
——十年前
「ネフィー!おばさん!何作ってるの?」
「すっげえいい匂いするー」
「どれどれー?」
容姿のよく似た金髪にライトグリーンの瞳の少年とオレンジ色の髪にライトグリーンの瞳の少年、そして金髪に碧眼の少年が家の戸を空けリビングに顔をのぞかせる。
「ピザを焼いてるよ。もうすぐできるから、二人とも手を洗ってらっしゃい」
台所で洗い物をしていた女がニコリと笑う。
「そうだよ!!手を洗ってこないと上げないからね!」
母が洗った食器を拭きながら澄んだ水色の髪の少女が腰に手を当て言う。
「「「はーい」」」
三人はそう返事をし、洗面所に手を洗いに行った。
「じゃーん!」
ネフィがドヤ顔で焼けたピザをテーブルに乗せる。
大きな生地の上にはこんがりと焼けた野菜とチーズがたっぷり乗っている。
「すげえや!うまそう!」
セトの兄が目を輝かせさっそく、いただきますとピザを切り取りぱくりと頬張る。
それに負けじとアオギとセトもピザを取る。
「もう!そんなに急がなくたってピザは逃げないよ?」
ネフィがむすっと三人を見る。
「なにこれめっちゃ美味い!」
アオギも大きな一口で食べ、チーズをのばしながら言う。
「俺もいただきまー——」
口の前までピザを持ってきたセトの手が止まる。
それに気づいたネフィがふとセトの方を見る。
「セトは食べないの?」
「……いやだってこれって——」
「あ!もうまた野菜に気づいたからでしょ!ダメだよ野菜は大事なんだよそれに美味しいし!」
むーっと頬を膨らませるネフィ。
「いいや!野菜は美味しくな——!」
「セトの馬鹿!」
「!?」
ネフィが対抗するセトのの口にピザを突っ込む。
ネフィが大声を出したのにビクッと三人は肩を震わせネフィの方を見る。
あらあら、とネフィの母がコップにお茶を注ぎながらその様子を見守っている。
「……うめえや!」
「……え?」
半分涙目になっていたネフィがセトの言葉に顔を上げる。
「なにこれ!野菜の味が全然違う!うめえ!!」
セトは目を輝かせて持っていたピザを一口また一口と頬張る。
「ふふ、良かったわね」
ネフィの母がみんなにお茶を配りネフィに笑いかける。
「……うん!」
ネフィが笑顔で頷いた。
。
並べられた机を囲み五人が椅子に座っている。
そして壁寄りに数名の兵士。
一人が状況説明を終え失礼しますとまた端に戻る。
「……状況はなんとなく理解しました。」
影憑特殊隊、通称影特隊第三部隊女性大隊長、
紅茶の入ったティーカップを静かに皿の上に置き頷く。
「影憑を匿うとはいい度胸してるなぁー。」
影特隊第一部隊男性大隊長、ヒガノ レイ。
ほうと感心したように呟く。
「相当な処分か?総大将が来るまで待つように言われたはいいが。」
影特隊第五部隊男性大隊長、クレマ ガイヤ。
頬杖をつきゆっくりと発言する。
「早まらないでくださいね。まだ総大将以外私たちの誰も確認すらしていませんから。」
「ギクッ」
貴月が紅茶を飲みながらヒガノの方を横目で見る。
わかったってとヒガノが焦り笑う。
「君なら先に行きかねないからな」
クレマがやれやれとため息を着く。
「ふん。下らん。それより処分の方だ。匿ったガキの方はともかく影憑は抹消せねば誰も報われん。」
影特隊第四部隊女性大隊長、
足を組みキリッとした目で全員を睨む。
そして大隊長五人のうち全く発言をしない者が一人。
影特隊第二部隊男大隊長、
無言で椅子に座っていた。
「でも人間に戻ったんだろう?」
頬杖をつきながら星珠の方を横目で見、クレマが問う。
そして沈黙が走る。
ピリピリした上司たちの空気に兵士たちが冷や汗を流す。
しばらくの沈黙の後、ゆっくりと重い扉が開く音が響いた。
五人は一斉に椅子から立ち上がり敬礼する。
周りにいた兵士たちも同じく敬礼した。
「またせたね。ご苦労さん。王様からの命令を預かってきたよ。」
優しさの溢れる笑でそう告げて部屋に入ってきた男の名はクラエス・ラモス。
影特隊のトップでもあり、軍のトップでもあり、隊からも総大将と呼ばれている。
クラエスはゆっくりと歩き席に座る。
「まあ座りたまえ。」
ニコリと笑みを浮かべ優しい声で言った。
失礼しますと五人が席に着く。
「今回の事への命令ですか?」
ヒガノがクラエスに問う。
「うん、そうだね」
頷き胸元から一枚の封筒を机に出す。
「影憑の方は人間に戻っているから要監視。そしてその影憑から戻った少女、
五人は静かに総大将が口を開くのを待つ。
「この三人をアウィス軍に所属させるそうだ。ヒルガオのふたりは兼任になるね。」
ゆっくりと告げた直後、全員が固まる。
「総大将、質問の許可を。」
そんな中星珠が発言する。
「いいよ。というか君ら五人とはそんなに大差ないんだからそこまで堅苦しくなくていいよ。質問くらいヒガノ隊長くらい勢い余ってしてくれ。」
はは、とクラエスが笑う。
「では。影憑の方は民に被害をもたらしたと聞いています。死者が出てるはずです。それなのに——」
「それなら心配無用だ!」
兵士が閉めたばかりの扉がバッと思い切り開き出てきたのは黒髪を結った青年……シュド。
そして腰に手を当て目にかかった前髪をひゅっと息を吹きかけ飛ばす。
その後ろにすみませんと苦笑いする少女、リュウカが立っていた。
「なんだ……貴様か。」
「いっそのこと来た勢いで影特隊に入ってはどうだい」
ふんと睨む星珠、誘い出すクレマ。
シュドの無礼な態度はいつもの事なので五人はいい加減諦めたらしい。
「断る!」
「それで何が心配無用なんだ?」
ヒガノがそれで?と問う。
「現場に居合わせていて影憑が人を殺す前にやられた人間の治癒をしてくれたのだよ。」
大隊長達とシュドの会話を自分の子のように見守っていたクラエスがはははと言う。
「そういう事だ、感謝しろ!」
えっへんと腰に手を当てドヤるシュド。
「では私達は失礼しますね」
そんなシュドの袖を引っ張りながらリュウカがぺこりと頭を下げ部屋を出て行った。
「いい加減隊に入ってしまった方が楽だろう……」
やれやれとクレマが言う。
「総大将、話は戻りますがその三人、軍に入れるよりも第四か第五に入れた方がいいと思います。影憑から人間に戻ったという例は今までにありませんでしたし。」
冷静に再び貴月が話を戻す。
「やっぱそう思うんだよね。」
「私も同感だ。」
クレマと星珠がそれぞれ頷く。
「え!?なんでだ?」
「……」
何故と驚くヒガノ。
夕霧は無言で会話を見ている。
「確かに第四第五に入れた方が研究しやすいのは承知の上だよ。」
全員の意見を聞いた後にクラエスがゆっくりと喋り出す。
なるほどそういうことかとようやくヒガノが頷く。
「王様の命令なのだよ。不安要素もあるだろうが軍は私の目も届く範囲だから安心したまえ。」
「まあ総大将がいるなら安心ではあるよな。」
納得いったように全員が各々頷く。
総大将への長年築いてきた大きな信用だ。
「ということで今日の会議は終了でいいかな?」
クラエスが一口珈琲を飲み聞く。
「はい。大丈夫です!」
代表してヒガノが頷く。
そしてクラエスが椅子から立ち上がるのに続いて立ち上がり再び五人は敬礼する。
クラエスは頷き部屋を後にした。
「!」
はっとセトが目を覚ます。
白い天井が視界に広がる。
「ここは……」
「やっと目が覚めたか」
溜息混じりに聞こえたその声の方へ目を向ける。
「アオギお前!何してるんだ大丈夫なのか?」
宵闇二人を任せて別れたアオギが病院にあるベットで横になっていた。
ということは……ここは病院?
「多分大丈夫ー。というかセトこそ人のこと言えないだろ」
ああそうか、自分はあの後意識を失って気づいたらここに来たわけか……。
「……っ、そうだ!ネフィ!」
「!」
セトが思い出し部屋をぐるっと一周見、ベットを出ようと体を上げる。
アオギがセトに質問しようとしたその時、病室の扉が開いた。
「ッ——」
病室に入ってきたのはネフィを撃った軍服の男。
「早まるな。」
敵意を十分に感じた男は静かに一言告げた。
そして二人の前まで来ると口を開く。
「上からの命令だ。今日からお前達三人が軍に所属になる。私が大佐のフィルトだ。」
淡々と言う男——フィルト。
「どういう事だよ!なんでてめえなんかの部下につかなきゃいけない!」
セトがベッドから飛び降りフィルトの軍服に掴みかかる。
アオギは何か考え事をするようにぼうっとそれを見つめている。
「何度も言わせるな。上からの命令だと言っているだろう。」
呆れたようにフィルトが言う。
「知るか!ネフィは!ネフィはどこだ!」
そのままセトが叫ぶ。
「彼女もこちらに所属することになっている。悪いが君達は軍に入るという選択肢しかない。」
眉をひそめフィルトが笑う。
「命令なら仕方ない。それにネフィは影憑になっている。消されていてもおかしくないんだ。生かされているだけありがたい。」
するとようやく口を開いたアオギが告げる。
「……ッ」
不満げな顔をしながらも変えられない自分の無力さにようやく気が付きセトは乱暴にフィルトから手を離し俯く。
「今日からお前達は私の部下だ。私の命には従ってもらう。不満があるなら自分で上に登り詰めろ。」
フィルトはそう一言残し病室を出ていった。
それと入れ替わりにフィルトに敬礼をした後入ってきたのは同じく軍服を着た女、ウィリだ。
「大佐はああだけどあなた達のことを思って……」
殺伐とした空気の中ウィリが言うが二人は特に反応せずそっぽを向いていた。
「怪我はもう大丈夫ね。早速仕事だそうよ。」
はあとため息をついたあとウィリが淡々と業務内容を述べる。
「ネフィちゃんも居るわ。服は返すからとりあえずシャワーを浴びて着替えてきなさい」
「なあアオギ、ネフィと最後に会った時は特に何も無かったのか?」
シャワーを浴び着替えた後、指定された軍の拠点へと向かう道中、ようやくセトがふと聞く。
このでかい建物の中の先程の病室と軍の拠点は複雑な長い廊下で繋がっているらしい。
「ああ。普通にどこ見ても料理のこと考えてた」
呆れたような顔でアオギが答える。
二人の他廊下を歩く者は見当たらない。
「それはそうと、ようやく整理できたのか?」
アオギが先程まで黙っていたセトを思い返し聞く。
きっと余程悔しいのだろう。
今こそ黙ってはいるがいつセトが暴れ出すことやらと苦笑いする。
「……さっきよりはな。でもそもそもなんでネフィは影憑に……というかなんで二人はセンタボルタに来たんだ?」
考えながら浮かぶ疑問はいくつもある。
それを片っ端から解決するには時間がかかりすぎる。
だったらせめてピースを拾って合わせればきっと繋がるはずだとセトが聞く。
「……ネフィは料理の研究って言って村を出た。俺も都会に興味があったからついて行ったんだ。影憑になったのはオレと別れた喰われたんだろう。」
一瞬言葉を詰まらせるもアオギが説明をする。
なるほどとセトが納得したように頷く。
「あとさ、」
セトがふと立ち止まりアオギも少し進んで立ち止まり振り返る。
「ん?」
「何処まで歩けば着くんだ?これ。」
はあと盛大に溜息をつき疲れたと肩を落とすセト。
「もう少しで着くはず。進めばな。」
ああとアオギが言う。
「なんでお前が言い切れるんだよ!!」
ムキッと嫌味にセトが切れ気味に言う。
「前に言っただろう?ほら、オレ少しだけ隊に居たし時々本部にも来てたから。」
「え?隊って……軍に向かうんじゃないのか?というかここは影特隊の本部なのか?」
は?とセトが戸惑う。
「本部だよ。ついでに軍の拠点でもある。」
再び歩き出しながらアオギが頷く。
「隊のトップと軍のトップは同じだからな。それで軍の拠点もここにあるって訳だ。」
「アウィスの国民なのにイマイチ分からねえんだよなぁ。ここのシステム。」
セトが腕を頭の後ろに組みながらうーんと唸る。
「とんだ田舎者」
「俺の方が先だからな!こっち来たの!」
そんなこんなで会話しているうちに行き止まりになる。
行き止まりの壁には扉がついていた。
「ここか?」
ようやく着いたとセトがアオギの方を見る。
「間違っちゃいないけど……」
アオギがとりあえずと扉を開ける。
扉を除くと向こう側には少し古い建物があり、それを天井のない廊下が繋いでいた。
その光景はまるで新校舎と旧校舎を繋ぐ道だった。
「あれ?」
「ああ。」
「まじ!?」
もっとヒルガオ社みたいな綺麗な場所を想像していたとセトが肩を落とす。
「なんでこんなオンボロなんだ?軍は嫌われてるのか?」
仕方なく歩きながらセトが問う。
ふと横を見ると大都市センタボルタがよく見える。
「それ軍の奴の前で言ったら殺されるんじゃないか?」
「そんな治安悪いか?」
「さあ」
「それより……」
「——」
くだらない会話で気を紛らわそうとするもやはり気になるのがネフィの事だ。
結局再び沈黙へと戻る。
アオギが先に扉を開け古びた建物の中へと足を踏み入れセトもその後に続く。
軍が正義側なのは充分知っているし実際この間のように国の人間を守ろうとしているのも知っている。
でもやはりいくら正義だからとはいえ影憑になったネフィを一度殺されたショックは大きい。
客観的に考えて確かにフィルトのした事は正しい事だって分かってはいる。
だからこそ軍の大佐であるフィルトの下につくのに複雑な気持ちを整理できずにいる。
少し廊下を進むとアオギとセトは扉の前で立ち止まる。
「なあ、ネフィの事——」
アオギが扉に手をかけ振り向かずに呟く。
「……何だ?」
セトが背けていた顔を上げる。
「……いや、何でもない。」
「——」
セトが聞き返す前にアオギはゆっくり扉を開けた。
「大佐見てくださいよこの子猫、癒されますよね自分最近捨てられていたのを拾って飼い始めたんです〜」
扉を開けると真っ先に目に入ったのは狭い部屋のいちばん奥の偉そうな席にポジションの座るフィルトとその机の前からフィルトに向け写真を一枚見せる軍服の男。
「知らん。仕事に支障が出るなら捨ててこ——」
「ニャー」
はあとフィルトがため息をついた直後、部屋のどこからか猫の声がした。
「……」
「……連れてきちゃいました」
「漆間少尉……」
軍服の、漆間と呼ばれた男の一言にフィルトは頭を抱え盛大ため息をついたあと椅子から立ち上がる。
「どこだ。子猫とやらは」
まるでライオンが獲物を捉えようとするような瞳で辺りを見回すフィルト。
「にゃあ。」
「ミャー」
「きゃーかわいいー!」
部屋の端で知っているふたりの声がした。
見るとそこにしゃがんで居たのは子猫に向かって無表情で泣き真似をしている天芽、そしてそれを眺め時々子猫を撫でる少女——ネフィ。
「ネフィ……!何してるんだ?」
セトとがそれに気づき歩み寄る。
「そこだな!」
猫に気づいたフィルトがゆっくりと右手を握りながら近づいてくる。
漆間はどうしようと慌てた様子でそれを見ていた。
「あ、セトにアオギ——」
セトとアオギに気づいたネフィが顔を上げる。
「そうだ……二人に話すことが——」
立ち上がりセトを見るネフィ。
「む……」
猫を抱き上げようと天芽が手を伸ばす。
「中佐、その猫をこちらに渡したまえ。自然に返してやる」
「大佐ぁ……」
漆間が涙目で大佐を呼び止めようとするもフィルトは構わず猫の方から目を離さない。
天芽が威嚇する猫を鷲掴み抱き上げ、ん?とフィルトの方へ振り返る。
「ちょっ、ちょっと待って!!」
状況に気が付きネフィが声を張る。
「さーっきからなにやってんだあんたら」
呆れたようにセトがその後ろから覗き込む。
「えっと……大佐もほら!猫ちゃんと仲良くなれるかもしれないし何も追い出すこと……」
うんうんと漆間が頷く。
「仲良くなる必要は無いだろう」
しかしフィルトははあと言う。
「で、でもほら!こんなに可愛い……!」
ネフィがほらと天芽が持っている子猫を指す。
天芽もそれに合わせて立ち上がりフィルトの顔の前に差し出す。
すると猫がフィルトの顔に片足を蹴るようにぽす、と乗せる。
「……」
「ッ——」
あ……と唖然とする一同、そして声にならない怒りで拳をにぎりしめるフィルト。
「ぷっ——」
セトが吹き出しお腹を抱え嫌味に笑い出す。
「あんた俺らを従わせる前にたった一匹の猫すら従わせられてないじゃないか」
笑いながら嫌味を言うセトの目はフィルトを睨んでいる。
「ニャッ」
「ふっ」
するとフィルトは子猫の足を掴みセトの近くまで行き小さく笑う。
子猫とセトは何が起きたのかときょとんと同じ顔をする。
「そうか。それならこの子猫達を従わせる所から私の仕事は始まるという訳か。」
「なっ——」
嫌味な笑でセトの頭に子猫を乗せるフィルト。
セトと子猫は敵意むき出しでこれまた同じ顔でフィルトを睨み威嚇する。
「はっ、まああんたには到底無理だろうけどな」
ふんと子猫を頭に乗せたままセトは腕を組みそう言い放つ。
「か、かわいいー!」
後ろでセトと頭に乗った子猫を見、ネフィと漆間が呟く。
「かわいい言うな!」
「ところで彼は何をしている。」
セトの怒号を無視しフィルトが入口、扉の方を指さす。
「アオギご恒例の——」
あ……とネフィが苦笑する。
「あいつよくこんな状況でへらへらと……」
セトは相変わらず子猫を頭に乗せたままため息をつく。
天芽はじぃっと子猫と見つめあっていた。
「お姉さん、オレとこの後お茶にでも——」
一方アオギはいつの間にか扉の前で入ってきたウィリに話しかけていた。
「お断りするわ。」
「ちぇ〜」
しかしウィリは特に構わず部屋に入る。
「誰一人仕事に就いていないんですね。全員仕事が終わったのかしら。」
淡々と放つウィリの言葉に場が凍りつく。
「いや、中尉これには色々と訳が——」
フィルトが慌てた様子で誤魔化そうと言葉を探す。
「大佐、そんなんだからいつまで経っても大佐止まりなんですよ。昨日の自分恨んだところで明日の自分に恨まれるだけですからねそれから私にも。」
「うっ……」
相変わらず淡々と述べるウィリ。
大佐にロックオンされているうちにと漆間と天芽が机に向かう。
「なんだー?やたらと賑やかじゃねえか!」
手を頭の後ろで組み現れたのは、以前セトが天芽と殺害現場に行った時にウィリと同じく現場に居た軍服の男だった。
ウィリの視線がそちらに向かうがどうやら気づいていないらしい。
その隙にとフィルトはささっと席に戻り机に散らかる書類をまとめ出す。
「あ、お前この間のー!そうか移動してきたっつー三人か。俺は
兎時と名乗る男は軽く自己紹介をする。
「兎時少尉。自己紹介はいいから早く——」
「そうだ。自己紹介をしよう。」
「仕事したくないだけですよね大佐。」
よし。と立ち上がるフィルトに向けてウィリがため息をつく。
「じゃ、じゃあ自分から。」
漆間がそれなら、と立ち上がる。
「自分は、
にっこりと笑いかける漆間。
「私はウィリ ライラ。階級は中尉よ。」
ウィリがはぁとまた溜息をつきつつもよろしくと微笑む。
「ちなみに彼は少尉よ。」
兎時を指しウィリが先程の自己紹介に付け足す。
うっすと兎時が手を振る。
「それからきっと自分で自己紹介する気なさそうなのでわたしから紹介するわね。彼女が天芽存花梨中佐で彼がフィルト エリク大佐。以上がここにいるメンバーよ。」
天芽とフィルトの方を見ながらウィリが紹介する。
「あなたたちのことはみんな聞いているわ。
「これだけ?」
セトが軍はもっといるんじゃと問う。
「ええ。アウィスの中心軍にいるメンバーよ。」
「名前だけだけどな。実際中心にいるのはこことは別に拠点がある本部の中央軍でここは溢れ部隊のようなものだ。」
ふんと鼻を鳴らしフィルトが呟く。
「しかし結局私は大佐まで登り詰めた。ここが軍の拠点となる日もそう遠くは無——」
「自己紹介は終わりましたので仕事に戻ってください。」
はいはいとフィルトの言葉をウィリが流す。
「あの……私達は何をすれば……?」
ネフィがそういえばとウィリに問う。
「隣に物置があるでしょう?そこを片付けつつ資料のファイルを探して欲しいの。青い表紙の資料よ。青い表紙のはそれだけだからすぐに見つかるはず。」
「早速雑務かよ」
セトがため息をつく。
アオギが大きくあくびをした。
「大事な資料。それがないと困る。」
天芽が淡々と呟く。
「そんな大事な資料なら大切に保管してあるんじゃ……」
触れていいのかと迷いつつもネフィが呟く。
「本来そのはずなんだけど、大佐が……」
「あんたかよ!自分で探せよ!」
セトの言葉をまるで聞いてないというような態度で無視するフィルト。
「本来ならそうさせたいのだけども大佐が仕事を貯めまくって終わってないのよ。悪いけどよろしく頼むわね。」
そう言ってウィリがネフィに鍵を渡した。
セトは文句を言いたげな顔をしつつも歩き出すネフィとアオギの後ろをつづいて部屋を出た。
「先程自分で見つけさせるとか言ってましたけど大佐、本当に無くしてますよね。」
三人が部屋を出たあと、フィルトの方を振り向きもせずにため息をつくウィリ。
「い、いやあ?場所くらい走ってて当然だ。」
「嘘つくの下手かっ!」
兎時が盛大に突っ込んだ。
「ホコリやべえ……」
「まず掃除するところからだね」
「帰っていいか?」
セト、ネフィ、アオギが扉を開けるなり呟く。
明かりをつけると扉を開けたことにより舞ったホコリがさらに鮮明に見えた。
ネフィが廊下から掃除道具を持ってきてセトとアオギに渡し自分も手に持ち三人は掃除を始める。
あちこちに本や資料の山が雪崩たりダンボールが積まれたりと酷い有様だった。
「あの大佐……いつかぶん殴ってやる」
「その時はオレも呼んでくれ」
セトとアオギが雑巾でホコリを拭きながら会話する。
「というか驚いた……ネフィが普通にネフィだ。」
セトが手を止め向こう側でホコリを払っているネフィに聞こえぬようアオギに話しかける。
「ああ。影憑になっていたとは思えないくらいに……。」
アオギも手を止め何が起きてるのかと考える。
「ちょっとそこ!手、止めない!」
ネフィが振り返り手を止めている二人にもう、と怒る。
「へーい」
「ほいほい」
八割程ネフィの活躍により部屋はすっかり綺麗になった。
埃まみれで崩れていた本の山も美しく並べられている。
「やっぱ綺麗だと違うね〜」
ネフィがドヤ顔で部屋を眺める。
「そういえば青い表紙の資料なんてあったか?」
アオギが部屋を見渡す。
「ああそういやそうだった。またここから探す……」
「あっ!セト崩れ——!」
「うわぁぁあ!?」
他と比べて無造作にしまわれた本や資料の中からセトが一冊適当に引くと他の本や資料がバランスを崩しどさどさとセトに向かって振り落ちてくる。
「ちょっとここしまったのだれー?」
ネフィが腰に手を当てながらアオギとセトに問う。
「……」
セトとアオギが顔を逸らし互いを指さす。
「っ!あー!もういいから早く片付けて!」
喧嘩が始まると面倒くさいのでネフィがとりあえず片付けなさいと二人に指示を出す。
ぶつぶつと文句を言いつつも二人は本や資料を一つずつしまう。
「あれ、なあこれって……」
セトがふと見つけたのは青い表紙の資料。
「ちょっとここにあったんじゃん!ぼうっと片付けてたのね!」
むっ、とネフィが頬をふくらませる。
「わりぃわりぃ」
セトとアオギがへらへらと謝る。
「中身、何書いてあるんだ?」
アオギがセトの方を覗き込む。
「大事な資料って……見ない方がいいんじゃない?一応軍だし許可取ってからの方が……」
ネフィも近くに来てうーんと覗き込む。
「ちょっとくらいいいんじゃねえのか?俺らを送り込んだのが悪いし」
セトがまあいいだろと表紙を開ける。
すると何枚か破られた跡と、たった一枚だけ破られていない紙が残っているだけだった。
「大事な資料……だよね。誰かに破られているみたい……」
ネフィが驚く。
「……これって——」
アオギが何かに気がつき目を見開く。
どれどれ、とネフィも資料をよく見る。
セトは資料を見て俯いたまま何も言わなかった。
「……なんで?おじさん——セトの……お父さん……?」
そこにあったのは軍服を着た随分若いころのセトの父親の写真と詳細の書かれた資料だった。
「……どういうことだ?」
しばらく口を閉じていたセトがボソッと言葉を零す。
「——なあ、イザナミの親父、センタボルタに居るのか?」
アオギが考え事をしたあと、ふとセトに問う。
「ああ。家に居るはずだ。」
セトが頷く。
じゃあ!とネフィが二人を見る。
「それなら直接会って話を聞いた方が早いな。」
アオギの一言にセトが静かに頷く。
三人が部屋を出ようと立ち上がり、セトが扉に手をかけたその時、扉が向こう側から開いた。
「どう?資料は見つかっ——たみたいね。」
ウィリがセトの手元を見て良かったと微笑む。
「ああ。苦労したぜ?」
はい、とセトが何事も無かったかのように資料を手渡す。
「資料は読んだ?」
受け取りながらウィリが三人に問う。
ギクッと三人はそれぞれそっぽを向く。
「いいのよ、元々あなた達に読んでもらうつもりだったから。」
ふふ、と柔らかく大丈夫とウィリが笑う。
三人は良かったと胸をなでおろした。
「その資料の事なんだけど——」
「あら、ページが破かれて——」
「元からです!ほんとにほんとのことですよ」
セトが質問しようとすると資料を開いたウィリがあれと首をかしげネフィが慌てて誤解をとこうとした。
「別に疑ってはいないのだけれど……」
「軍が資料を破いた訳じゃないのか?」
アオギが目を見開き驚いたように聞く。
「さあ……でも少なくとも私達が最後に見た時、ここにしまった時には全部しっかりあったわ」
ウィリが考え込むように言う。
「大佐ならなにか知ってたりして——」
ぽん、と手を叩きもしかしたらとネフィが呟く。
「だな。とりあえず大佐を問い詰めてから……親父の所に行って全部聞く。」
セトはようやく全てを吹っ切ったように資料から目を離す。
「ああ……そのことなんだけど……」
複雑な表情で言ってもいいのだろうかと不安げに口を開いたウィリの言葉はどうやら大佐の元へと早速歩き出した三人には聞こえなかったようだ。
ウィリは資料を開きそれを見つめたまま俯きしばらくそこに立ち尽くしたあと意を決したように三人の後に続いて廊下を歩き出した。
「……なるほど。それで君の父親について知りたいと。」
「ああそうだ。さっきから何度も同じことを——」
ボロボロのソファにフィルトとセトは向かい合わせに座っていた。
先程から話を逸らそうとするフィルトに向けいい加減腹を立てたセトは目の前の低いテーブルを手で叩く。
部屋に沈黙が走る。
アオギとネフィはそれぞれ事務作業の机のならぶ所で椅子に腰かけている。
ネフィは心配そうにセトとフィルトとのやり取りを眺め、その隣でアオギは適当な小説を片手で持ち無言で読んでいる。
他のメンバーはそれぞれの仕事を片付けていた。
「……」
はぁ、とため息をつきフィルトがゆっくりと立ち上がる。
そして扉の方まで歩き立ち止まりセトの方へ振り返る。
セトはそれを睨みながら目で追う。
「とやかく言わずに着いてこい。」
ふっ、と笑みを浮かべ立てかけてあった花束を花を下に持ちセトにそう言い扉を開けるフィルト。
「……」
仕方なくセトはフィルトに続いて立ち上がり部屋を出た。
「……大丈夫かな」
ネフィは出ていく二人を見送ったあとアオギの方を見る。
「さあな。」
アオギは相変わらず本から目を話さずに答える。
「リンラードのこと——」
沈黙の部屋に響くネフィの一言に天芽とアオギ以外の全員がさりげなく俯く。
そしてまた沈黙が続いたあと、それを破るように机の上の電話の音が鳴り響く。
「はい。こちらアウィス中心軍です。はい。はい。ああーはい今向かいます」
漆間が電話を取り会話を終え電話を元に戻す。
「仕事です。自分と……あともう一人くらい居ればいいのですが……」
「なら俺がいくぜ」
兎時が頷き漆間と仕事に向かうために外に出ていった。
「あら、もうこんな時間……」
ウィリが時計を見て驚いたようにつぶやく。
「少し用事があるので外に出るわね。最後に出る人戸締りお願いします」
そう告げウィリは早足で部屋を出ていった。
「はーい」
ネフィが返事をする。
天芽は立ち上がり大きく伸びをして窓の方へ向かい窓を開ける。
夕日を眺めながら欠伸をし、そのまま窓の縁に頬杖をつき寝てしまった。
「……セトに、リンラードの事ちゃんと言った?」
ネフィの言葉に文字を追って読んでいたアオギの目が止まる。
「……あいつは知らなくていいんだ。余計な事は。」
「でも——」
「それに、今は余計に言えない。セトの親父が軍人だったと知った今言ってしまったら余計な責任を感じる。セトのことだから。」
アオギが本を閉じる。
「……そう、だね。」
ネフィは俯き目を閉じる。
本当にこれでいいのかと。
扉が開く音がして目を開けると、隣にいたアオギはおらず、机には本が置かれていて、扉の方に目をやると扉がゆっくりと閉まりかけていた。
「なんで墓?」
歩くのが早いフィルトに着いて来て、気づいたら墓地に入っていた。
フィルトはしゃがみ、セトの質問を無視しそのまま手に持った花束をある墓地の前に置く。
他と比べて傷の殆どない新しめの墓。
“Izanami Lulutsu”
の文字が刻まれている。
「イザナミ……ルルツ……。親父?なんで……」
セトはその名を見、目を見開き立ち尽くす。
「三日前、殉職された。」
「殉……職?」
何が起きたのか分からず目を見開いたままセトが口を開く。
「なあ大佐、俺はどのくらい病室に……」
「丸一日だ。」
セトの質問に即答するフィルト。
日は傾き沈みかけている。
一日前は病室で寝ていて、二日前はヒルガオから仕事をして宵闇と二度の対戦そしてネフィと再開、三日前は家を出て月宮と会い——。
「……親父が死んだのは……俺が家を出た日——」
「彼は私の師匠だった。」
フィルトが口を開き話し出す。
「最後に生きて会ったのは二年前。君のことはよく聞いていたよ。イザナミ セト。」
ここでようやく立ち上がりフィルトはセトの目をしっかりと捉える。
「師匠……?聞いていた?どうせ手のかかるクソガキだとか——」
「愛しているのに愛し方が分からないだとか。そんな相談に乗ったのが最後だ。そして私宛の遺書には息子をよろしく、と一言。」
フィルトが俯く。
セトはしばらく俯いたあと顔を上げ歪に笑う。
「はっ、くだらない。」
そして一言そう言い捨てた。
「自殺だ。影憑に途中まで喰われていた。彼らしい勇敢な最後だった。」
「……」
ふとセトは思い返す。
父の仕事はよくわかっていなかった。
ただ、一度幼い頃に母から父は人を助けるヒーローみたいな仕事だと聞いたことがあった。
だから憧れて自分もそうなりたいと何度も言ってきた。
「君宛の遺書だ。」
フィルトは俯くセトの頭を封筒でぽんと叩いたあとそれをセトに渡す。
「遺書……」
セトがそれを受け取る。
「故郷で頭を冷やしてから読め。必ずだ。」
これは命令だと言いフィルトは墓地を後に歩き出す。
セトはただ墓の前で立ちつくしていた。
「天芽中佐さーん……」
ネフィが窓辺で寝ている天芽の肩を叩き呼びかける。
「……」
しかし天芽は特に反応することなく寝続ける。
そこでネフィは部屋をウロウロしていた子猫を捕まえ天芽の顔の前に持ってくる。
「ミャ」
子猫が天芽の顔を見て鳴く。
「……」
すると天芽の瞼が開いた。
ぱちぱちとしばらく両者見つめあったあと天芽が子猫の頭にぽす、と手を乗せ起き上がった。
「……お腹空いた」
起き上がるなり一言呟く。
眠そうに欠伸をする天芽を見、ネフィは驚いたように瞬きをしたあと天芽の視界に入るよう体をかたむける。
「おはようございます!私で良かったら材料さえあればご飯作りますよ?」
にこっと微笑むネフィ。
天芽はネフィをしばらく驚いたように見つめたあと子猫を抱き上げ膝の上に乗せる。
「本当?家にたしか食材が……」
「じゃあ決まり!」
そう言ってネフィは扉の方へ向かう。
天芽も子猫を抱えたまま鍵を引き出しから取り出しネフィについて行った。
「おじゃましまーす」
軍の寮ではなく、街の中にある少し豪華なアパートの一室。
天芽が子猫をゆかにおろすと子猫はしばらく床をウロウロしたあとベッドに飛び込み座る。
「本当に住んでる……?」
ネフィが部屋を見渡しつぶやく。
カウンターキッチンは殆ど使われた形跡もなく広い部屋には簡素なテーブルと椅子、小さな棚の上に電話機、そしてベッドがあるのみ。
生活感のないその部屋はまるで人が入る前の部屋のようだった。
「寝泊まりするくらいだから。」
天芽は部屋の鍵をテーブルに置きこたえる。
そしてキッチンの端にある冷蔵庫を空ける。
「この間柴田に貰った食材が入ってる。私にはよく分からないから好きに使って」
天芽はそう言い冷蔵庫の扉を閉めてキッチンを出、ゆっくりと椅子を引いて座った。
「はーい」
ネフィが冷蔵庫を開け少し考えたあと早速食材を取りだした。
「……中佐はセトと大佐がどこに行ったか知ってますか?」
ネフィが野菜を切りながらカウンターキッチン越しに天芽に問う。
「さあ、どこに行ったんだろうね」
天芽は特に声の色を帰ることなく素っ気なく返す。
「中佐はどうして軍人さんになったの……?」
ふとネフィが問う。
「いきなりだね。」
天芽はベッドで欠伸をする子猫を視界に入れたまま頬杖をつき目を細める。
「理由なんかないよ。ただ気が付いたらここにいた。そんな事より君はどうなんだい?」
自分の話はいいからとでも言うように天芽が話題を変える。
「あの日大佐は君を逃がすことも出来るって言ってたのに何故わざわざ過酷な道を選んだ」
静かに天芽は視線を子猫から離しネフィの方を見る。
ネフィがふと野菜を切っていた手を一瞬止める。
「私、たくさんの人を傷つけてしまった。」
ゆっくりとネフィが話し出す。
「あの時は影憑になって自我はなかったんでしょ。シュドとリュウカが治療して回ったから死者は出なかった。」
天芽が淡々と告げる。
「でも、傷つけたことに変わりは無い。」
野菜を切り終え鍋に水を入れ日をかける。
そしてフライパンにオリーブオイルを敷きこちらにも日をかける。
天芽は黙ってそれを見ていた。
「多分多くの人が私の事、恨んでる。どんなにいいことをしていてもその恨みが消えないことを私は知ってる。」
ネフィは野菜をフライパンに乗せ炒めながら続ける。
「でも少しでもその償いとさらに上乗せで誰かを救うことをしたい。そうすれば少しは気が楽になるっていう自己満足ですよね。」
はは、とネフィが苦笑する。
天芽は静かに立ち上がりカーテンは閉めたまま窓を開ける。
夜の澄んだ風が流れてくる。
その後沈黙の中ただ風の吹く音と料理の音が部屋に鳴り響く。
「出来ました!……ごめんなさい。こんな自分勝手だなって話」
ネフィが料理の乗った皿を二皿机に運び、その後小さな皿にパックに入った牛乳を注ぎ床に置く。
ふたつの皿の上には野菜の入ったパスタが盛り付けられている。
子猫は目を覚ましベッドから飛び降り床の上の皿の前まで来て食事を取り始める。
天芽とネフィはゆっくりと席につく。
「ありがとう」
ここでようやく天芽が口を開く。
「自分の好きなように正義を貫けばいい。それで正しい。間違えた時には誰かが正してくれるから。」
ほんの少しだけ微笑み天芽はパスタを食べ始める。
そんな天芽を少し目を見開き見たあとネフィも微笑みパスタを食べ始めた。
「……で、なんでお前らがここに居るんだ」
セトがセンタボルタの中心の大きな駅に入り目的の列車のホームへ向かうと知った顔が居た。
「昨日アオギから電話があってそれで駆けつけたのよ!」
えっへんと腰に手を置くドヤ顔のネフィ。
「いやだからなんで知ってるんだよ!」
セトがおい、とアオギに問う。
「月宮さんから聞いた。」
アオギがニッと笑みを浮かべる。
「なんで月宮さんが知って——」
「社長から聞いた。」
後ろからこれまた知っている声がした。
振り返ると眠そうな顔の月宮が立っていた。
「なんでここに!?そしてどちら様……?」
そしてその横には月宮と背の同じ位の、少し低いくらいの若い男が立っていた。
長めの髪の毛の隙間から見える瞳はぼぅっと列車を見ている。
「ここまで車で送って貰ったの」
ネフィがニコリと微笑む。
「ああ!セト君には紹介がまだだったね」
そういえばと月宮が手を叩く。
「ヒルガオ社の社長さ。」
そして月宮が紹介する。
「うむ。余はヒルガオの社長の
社長と呼ばれた男——夜刀が無愛想にこたえる。
「社長……じゃあ月宮さんが車運転したのか……運転できるんすね」
セトは半信半疑で夜刀を見つめたあと、意外そうに月宮を見る。
「別に出来なくもないけど常に酒飲んでるからって社員総勢で止められたよ」
月宮がはあ、とめを細める。
「じゃあ社長が運転したのか……そうだ、そういえばなんで社長が俺がここにいること知ってるんすか……?」
納得したようにセトが頷き問う。
気がつけばいつの間にかアオギはふらっと少し離れたところで女の人に声をかけてまわっていた。
「エリクとは旧友で時々情報交換をしている。」
静かに夜刀が言う。
「エリク……大佐のことか。」
なるほどと頷くセト。
きっとそれで大佐が口を滑らせたのだろう。
セトが何を話そうかと迷っていると突然、列車がもうすぐ発車すると鐘を鳴らす。
「!」
驚きセトとネフィが列車の方を見る。
「まずい!これを逃したら三時間待つことに……」
「気を付けて行っといで〜」
「うむ。」
月宮が手を振りその隣で夜刀が頷く。
「えっ、月宮さん達行かないんですか?」
ネフィが驚いたように聞く。
「当たり前だよ。送り専門」
月宮がニッと子供っぽく笑う。
「というかネフィとアオギはくるのかよ!」
「当たり前でしょ〜」
とやかく言っている暇は無いと二人は走り出す。
「おーいセト、ネフィ早くしないと列車出るぞー」
いつの間にかまたアオギは列車に乗って扉の前から顔を覗かせている。
「おまっ、いつの間に……」
ようやく列車の扉にネフィとセトも駆け込む。
それから直ぐに扉が閉まる。
「ふぅ……よかったー間に合って」
ネフィが一息つき適当に空いている椅子に座る。
その向かいにアオギとセトが座った。
列車が汽笛を鳴らし発車する。
ふとセトが窓の外に目をやると月宮と夜刀がこちらを見ていた。
ネフィは二人が見えなくなるまで手を振っていた。
「それで——なんでリンラードに?」
アオギがふと話題を切り出す。
ネフィも気になるようでセトの方をじっと見つめていた。
どうやら二人は詳細は聞いていないらしい。
「……別に誰だって久しぶりに故郷にくらい帰りたくなるだろ」
セトは窓枠に肘をつき外の景色を見る。
「それより先にネフィの事が気になる。」
少しの沈黙の後窓から視線を変えネフィの方を見てセトが言った。
「聞いてもいいか?」
また少し間を置きセトが問う。
「セト——」
アオギがおい、と小声でセトを止める。
セトはしまったという顔をしてまた窓の外に視線を向けようとする。
「影憑の時のことでしょ?」
すこし俯きネフィが問い返す。
「……悪ぃ」
セトが謝る。
「ううん。全然……ではないけど大丈夫なの。」
顔を上げネフィが大丈夫だよとセトとアオギに言う。
「私もこの経験を影憑という恐怖が完全に消えるように役に立てたい……んだけど」
「だけど……?」
アオギが言葉を探すネフィに問う。
「あんまりはっきり覚えて……ないんだよね。」
申し訳なさそうにネフィが俯く。
「そうか……」
セトが小さく頷く。
「あ、でもね」
ネフィがもう一度顔を上げる。
「はっきりでは無いから断言できないけど、覚えていることもあるんだ」
だから軍や隊にはいえなかったのだけれどとネフィが前置きをする。
アオギとセトは静かにネフィの言葉を待つ。
「影憑の……ボスみたいなのがいた気がする……」
「ほんとにざっくりだな」
アオギが不安げに多分と言うネフィにツッコミを入れる。
「ボス……影憑はただ感染して行くゾンビみてえのじゃないのか?」
セトも考え込むように聞く。
「こっちもざっくりだけどまあそのはずだ」
アオギが頷く。
「じゃあなんで……誰が?」
「うー最近ずうっとその事思い出そうと頑張ってるんだけどどうにも思い出さなくて……」
ぎゅっと目を瞑り自分の頭を軽く叩くネフィ。
影憑のボス的存在……
もしかしてとセトがはっと顔を上げる。
「なあネフィと対峙したあの日、なんだっけか……メノ……ハサマ?とか言ってなかったか?」
「メノハサマ?」
セトの問にアオギがはてなと首を傾げる。
「もしかしてそいつがそのボス的な……?」
セトがネフィに問う。
「うーん思い出せそうで思い出せない……」
「ごめん無理して思い出さなくてはいいんだけどもし何か思い出したら教えてくれ」
「うん分かった!」
とりあえずと納得したようなネフィとセトを他所にアオギはなにやら考え事をしている。
「それ、まだ見える根拠の無いうちは軍や隊には言わない方がいい。」
ふとアオギがつぶやく。
「なんでだ?言った方が協力が得られ……」
セトがどうしてだとアオギの方を見る。
「……ネフィが色々辛い思いをするかもしれないだろ?」
アオギの言葉に確かにとセトは頷く。
でも何か、何か他にも理由があるのでは無いかと思ってしまった。
軍や隊を信用していないのかと少し思うもそれは無いかとセトが色々考えているうちにネフィが口を開く。
「あのね、その事なんだけど私も賛成でね」
少し言葉に詰まるもネフィが口を開く。
「これも何となくなんだけど、なんか人間も絡んでいた気がするの。でも気のせいかなって思う時もあるから本当に正しいかは分からないんだけど……」
「なるほど……その人間が誰か分かるまでは他は誰も信用出来ないな……」
アオギが直ぐに理解し頷く。
「人間も絡んで……」
真っ先にセトが思い返したのは宵闇だ。
関係の無い、影憑になると決まっている訳でもないのに人間を殺している宵闇部隊。
しばらく沈黙が続いた。
それぞれに何か考え事をしていた。
「ねぇ、私、話したよ。だからさ、セトも教えてよ。どうしていきなりリンラードに行くなんて言い出したの?別に今じゃなくても……」
ネフィがふと沈黙を破るようにセトに向かって問いかける。
アオギは片手に本を持ちそれを読んでいる。
「……今は……」
セトが窓の外を見つめたまま呟く。
窓の外は少しづつ建物が減り自然が増えてきた。
「……ごめん。リンラードに着いたら教えて。必ず。」
まだ……と呟きネフィがセトに向かって言った。
セトは窓の外を見たまま小さく頷いた。
「ちょっ、アオギおまえそれ俺の飯!!」
周りに何も無い何も無い駅のホームのベンチに座り電車を待つ三人。
朝日が登ってきている。
「うまいな、このパン」
もぐもぐとパンを食べながらアオギが言う。
そんなアオギを思いっきり睨むセト。
「まーた喧嘩?二人とも懲りないわねぇ……」
ネフィが呆れたようにため息をつく。
しばらくして列車が到着し三人はその列車に乗った。
そんなこんなでまる二日間列車を乗り継ぎながらようやくリンラードに一番近い駅で列車を降りる。
近いとはいえここからまただいぶ距離がある相当な田舎だ。
「ねみぃ……」
セトが腕をのばし大きく欠伸をする。
ホームを出て少し道を歩く。
大きな鳥が人の気配に気が付き空へと飛んでいった。
「リンラードまで歩くの?」
ネフィがはてなと首を傾げる。
「さぁーて、どうすっかねぇ……」
セトがうーんと道の先を見つめる。
終わりのなさそうな道を。
「待てば車の一つや二つ通るだろ。リンラードより栄えてる村がこの辺にあるから。」
アオギが進行方向とは反対側の道の方を見る。
ネフィとセトが確かにと同じくそちらを見た。
「お!早速来た」
向こうから現れた車を見つけ、セトが指さす。
「おーい止まってくれー!」
しかし車は通り過ぎた……かと思いきやすこし過ぎたところで止まった。
「おーどうしたー?ガキんちょ」
運転席から顔を覗かせて農作業の格好をした男が声をかける。
「だぁぁぁあれがガキんちょだぁぁぁあ!!!!」
セトがなにやらわちゃわちゃと言っているのを他所にネフィが車の方へ歩いていく。
「あの、リンラードまで乗せて行って貰えませんか?」
アオギがガミガミとキレているセトを引っ張り連れてくる。
「いいけどリンラードにって……なんでも今あんな所に……」
「あんな所?」
田舎すぎて馬鹿にしているのだろうか。
というかここも大して変わらず田舎じゃないか。
セトがはてなと首を傾げるのを他所にアオギが口を開く。
「故郷なので、たまには帰ろうかと。」
「そうか……」
すると何故か男は同情でもするかのような顔をした。
「今日は暇だから送ってやるけど兄ちゃん達の中の誰か一人しか席には座れないからそのうち二人は荷台でもいいか?」
荷台の方を見ながら男が問う。
車だが席は前に運転席ともうひとつしかなく、大半を荷台が占めているこじんまりとした古い車だ。
都市であるセンタボルタを走るぴかぴかの洒落た車とは違う。
「んじゃ、俺らが荷台行きか」
セトが手を頭の後ろに組み欠伸をしながら荷台の方へ回る。
アオギもそれに続く。
「えっ、いいの?」
「仕方ないから譲ってやる」
ネフィの方を見もせずにそう言いセトは荷台に乗る。
「おっ、珍しく紳士かと思ったのに」
アオギがセトに続き荷台に乗った。
「うっせ。」
ふん、とセトはそっぽを向く。
「よし、じゃあ姉ちゃんも乗りな」
運転席の男に言われネフィもはーいと車に乗った。
「車で入れるのはここまでだな」
どうやら道に瓦礫が倒れていて通れなくなってしまっているらしい。
仕方なく三人は車を降りる。
「ありがとうございました!」
「おうよ、気ぃつけてな」
運転手と別れを告げる。
車は先程の道を引き返して行った。
「もうすぐ……だね」
ネフィが一呼吸する。
「久しぶりだからなー。」
セトが瓦礫を避けながら進んで行く。
「転けるなよ」
「大丈夫ー」
「セトこそな」
「んなドジじゃねえし」
そんな会話をしながらしばらく歩くと道が開けてきた。
ここを降りると村が見える。
その前に景色を一望しようとセトが丘の端まで歩く。
「————え」
そして端までつき下の景色を見た時、セトの表情が固まる。
目を見開きしばらくの間静かに見つめる。
ネフィとアオギはその後ろでそっぽを向いていた。
「なあ……、どういう事だ……?」
確かにここは故郷リンラードなはずだ。
この丘の端でよく四人で遊んだ。
兄と、ネフィと、そしてアオギと。
そしてそこからは一面に小さな村、リンラードの景色が見える——はずだった。
しかしそこに広がっているのはまるで戦争の後のような廃墟と化した村だった。
燃えたあとのようにも見える建物だったもの、そして所々禿げてしまっている草原だった場所。
燃えて倒れた倒木。
セトはしばらくした後走って反対側から村まで駆け下りて走って行く。
「セト!」
ネフィが呼び止めようとするがセトには聞こえていないよう。
ネフィが走って後を追う。
アオギは誰もいない丘の端で残酷とも呼べるその景色を一望する。
そして遅れてゆっくりと二人の後を追った。
「セト……」
ある場所で立ち尽くすセトに追いついたネフィが息を切らしながら立ち止まる。
その後ろからアオギもやって来てポケットに手を入れたままセトの視線の先を見る。
そこには焼け落ちた灰のような家だったものがあった。
「——知ってたのか?」
セトが俯きながら小さく呟く。
「……」
アオギは特に反応することなく目線を変えない。
「なあ!知ってたんだろう?なあ!」
セトがアオギの方を振り向き胸ぐらを掴み問う。
「なんで教えてくれなかったんだ!久しぶりに会った時リンラードの話したよなあ!なあ!?どうして……」
アオギに向かってセトが叫ぶ。
アオギは特に動じることなくセトを見つめる。
その光景をネフィが泣きそうな瞳でしっかりと捉えている。
「悪かったな。声に出して言えるほどオレは強くない。」
セトが掴む腕を掴みしっかりとセトの瞳を見てアオギが言う。
「……ッ」
セトはゆっくりとアオギから手を離し俯いた。
「ごめんなさい。私も怖くて、言えなかった」
ネフィもセトに向けて震える声で叫ぶ。
沈黙が続く。
しばらくしてその沈黙を破るようにセトが口を開く。
「何が……あったんだ?」
「五年と半年程前、セトとセトのおやじが村から出て少したった時、リンラードに影憑が出た。」
アオギが少しづつ話し出す。
「あの日、影憑が出た日、隊ではなく軍が対処しに来た。」
「なんでだ?影憑のことは隊が基本対処するんじゃ……」
「ううん、この間中佐に聞いた話なんだけど、軍も対処はするらしいの。ただ殆どは能力のあるラズライトが多くいる隊のほうが対処するんだって。」
俯いたままセトの質問にネフィが答える。
そういえば天芽も軍の仕事で影憑関連の仕事をしていたなと思い返す。
「それで、軍が影憑を抹消してくれた。」
「それがどうしてこんなことに……」
おかしいだろとセトが問う。
アオギは一呼吸置いたあと口を開く。
「ここまでが表面で聞かされた話だ。」
「表面……」
「あの日、村の一年に一度の収穫祭の日。影憑が大量に出てきてたくさんの人を襲った。そして沢山の人が犠牲になって、たくさんの人が影憑となった。」
ネフィの小さな声は静かな誰もいないリンラードの地に響き渡る。
「それで影憑の暴走によって火が広がり軍の人たちはその影憑と戦っていた。確かにそうだった。そうも見えたし、でもそうは見えなかった。」
ネフィが虚ろな瞳で黙り込む。
そんなネフィを見、アオギが再び続ける。
「軍が銃やらなんやらで影憑を撃ったりラズライトの能力を使う。その相手の殆どは知っている顔だ。」
「!」
淡々と告げたアオギの言葉に絶望にも似た瞳をするセト。
「確かにその中の何人かは影憑だったのかもしれない。人間には見えなかった者もいた。でも、オレには必死に抵抗する人間にしか見えない者もいた。まるで火の飛び交うその場は戦場そのものだった」
ハイライトの無い瞳で言うアオギの顔にはまるでその時の出来事が写っているかのよう。
「軍は……本当に村を救いに来たのか?影憑を抹消して、影憑の出たひとつの小さな村を潰して。まるで証拠隠滅を図るように。」
アオギが不敵な笑みを浮かべ問う。
そしてまた沈黙が続く。
軍が村を潰した。
村の人は何かを知った?それとも宵闇のように影憑になる可能性があるから潰した……。
ふとアオギがいちど、宵闇と軍の関係を聞いてきたことを思い出す。
そうか、アオギはそれを疑って……。
セトは未だ理解しきれない状況に困惑する。
「母さんは……」
「……」
セトの呟きにアオギが目をそらす。
そういえば、父親は母の形見のようなものを持っていた。
母はもう居ない……。
この事実を受け入れるのは意外と早かった。
父親から少し前に聞かされていたからだ。
母は死んだ、とだけ。
その時に散々泣いた。
そしてなによりも困惑したのが、絶望に導いたのが、セトの父の事だ。
もしかして——
「もしかして、親父がこの村を……」
父親は確か軍の人間だった。
しかしネフィははっきりと首を振った。
「セトのお父さんだけは、違う。その時一時的に村に戻ってきて村のために戦っていた。そしてまだ幼かった私たち二人を森に逃がしたあと残りの人達も助けに村に再び戻った。でもきっと間に合わなかったんだと思う。朝、森に戻ってきたのは俯くセトのお父さんだけだった。そしてそのまま駅に一緒に行って列車で夜刀さんに私たちを引き渡して別れたの。」
ネフィがまた俯く。
確かに何度か父親が何日も家に居ない日があったなと思い返す。
「そんな……あんな親父が……」
セトがぶっきらぼうに吐き捨てる。
「あんなって、リンラードにいた頃からずっといい人だったじゃない。何があったの?」
ネフィが驚いたように顔を上げセトに問う。
「……あれ」
セトがふと間の抜けたような顔を右手で覆う。
「なんで……俺は親父が嫌いになったんだ?」
確かな暴力と暴言はあった。
でも振り返れば身の回りの世話はしてくれたし勉強も教えてくれた。
ヒーローになりたいという話をしなければ寡黙ではあったが和やかな父ではなかったか?
そしてリンラードにいた頃はどこにでもいるようで居ない、優しい父親だったではないか。
そして何故自分は何があったか知ろうとしなかったのか。
父親のことを思い出し突然目か雫が溢れ落ちる感覚がした。
顔を覆いきれていない右手を伝って雫が地面に落ちる。
ちょうどのタイミングでぽつりぽつりと雨も降り出す。
どうやら自分が涙が出ている訳では無いようだ。
セトは強がって涙を堪えていた。
「なにも、聞けなかった——」
セトはそう呟く。
雨は変わらず溢れ落ちる。
「何が……あったの?」
ネフィが驚いたように駆け寄る。
アオギはその場からは動かなかったものの、セトをじっと見つめていた。
「親父が六日前、死んだ。」
セトがはっきりと言葉を零す。
「——!」
「そんな……」
アオギが目を見開く。
ネフィは驚いたあと、しばらく唖然と立ち尽くしていた。
「大佐は殉職って言っていたからそうなんだろう。影憑に喰われ飲み込まれる直前に自害したらしい。」
「どうして……おじさん……なんで……」
ネフィの瞳から涙が溢れ出る。
鼻をすすりながら泣くネフィをセトが見つめる。
「まだちゃんとお礼も言えていないのに……」
そう言ってネフィはしばらくの間泣き続けた。
アオギはそれを見つめた後俯く。
しばらくの沈黙とネフィの泣き声と雨の音が鳴り響く。
傘もささずに三人はその場で時間を過ごした。
雨は一層強く振り続ける。
そしてようやくネフィが顔を上げる。
「ちゃんと……」
ネフィの声にセトとアオギも顔を上げた。
雨は少しづつ弱まってきた。
「ちゃんと、調べよう?」
ネフィが涙を雨で濡れた袖で拭う。
「ちゃんと調べて、私たちなりの正しいこと、しよう?」
はっきりと、アオギとセトに向けてそう言った。
「……そうだな」
アオギは頷き少し顔を明るくする。
「……ああ。」
セトも頷く。
そして二人の方に向き直る。
「俺らにできる正義を掴みたい。」
「うん。そしてもし正しさを間違えた人がいたら、きっと元の道に戻すから。」
そう言ってネフィはニッコリと笑った。
「いくら軍が信用出来なくたって、何も信じられなくたって、辛いことがあったって、少なくともこの三人は頼りあえるから。」
ネフィが言う。
「だな。」
「ああ。」
二人がネフィの言葉に頷く。
「それから兄さんを探してるんだ。兄さんはきっと——」
「どこかに居るさ。」
「うん、絶対。」
父は母の死は伝えたが兄に関しては何も言わなかった。
だからきっと居るに違いない。
全てを知ること、そして兄と再会することがセトの、三人の目的となった。
雨はとっくに止んで雲の隙間から太陽の光が差している。
「それじゃあ、行くか!」
セトが先頭を切って歩き出す。
悲しい出来事を忘れては行けない。
でもそれを乗り越えて前に進むことできっと。
三人は村を出てもう一度丘の端まで登る。
「さようなら、言えてなかったね。」
ネフィがつぶやく。
「全て知って、影憑という不幸とさようならしたらまた来るさ。」
アオギが少し景色を見た後に直ぐに歩き出す。
「そう、だね。」
ネフィが頷きアオギの後に続く。
セトも頷き少し景色を見た後、そう言えばとポケットに入れていたフィルトから受け取った父親の遺書を取り出す。
封筒は若干濡れてシワシワになってしまっている。
そんな封筒を空け中身を取り出す。
“ヒーローになれ”
雨で滲んでいたが、文字が大きいので読むことが出来た。
ただそれだけ書いてあった。
セトは少しこぼれた雫を拭いポケットに遺書をしまい丘をおりて駅への長い道を進む途中で止まって待っているアオギとネフィの元に歩いて行った。
改めて三人の旅にも似た物語が動き出した。
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