第参話

第参話

 

 「お嬢さん、なんて美しいんだ。この後一緒にランチでも——」

 ヒルガオに帰ってきて建物の中に入ると、知っているような声が聞こえた。

 知っている声の少年と、ヒルガオの事務部社員の若い女性。

 「一緒にランチでもどうだい?」

 「……あ、あの……えっと……」

 「だぁぁぁあれがお前なんかとランチに行くかぁぁあ!」

 すぐさまセトは声の主の方へ駆け寄り殴り込む。

 「っ、痛っ……おいいきなりなんだってんだ!——ってお前……セト?」

 ナンパをしていたセトと同じ金髪の少年。

 ハイネックパーカーを着たその少年をセトは知っている。

 「相変わらずだな。アオギ。」

 少年の名前は仰鬼優あおぎゆう

 セトと同郷の従兄弟。

 最後に会ったのはセトが父と故郷を出る前、九つの時だ。

 「お前こそ相変わらずチビだな——」

 「うるせえ!これから伸びるんだぁぁぁあ!」

 口に出すと負けた気がするから口に出さないでいたことがある。

 昔は同じくらいの背丈だったのに今、明らかにアオギの方が圧倒的に高い。

 「ああもうムカつく!」

 「ちーび」

 「おい!!」

 「あ、あの……」

 二人が言い争っていると、先程アオギにナンパされていた女性が声をかける。

 「先程のお話、是非——」

 「あぁぁあこんなクズに構わなくていいので!!!失礼します!!!」

 女性が言い切る前にセトがアオギのパーカーのフードを掴み引きずりながらその場から離れて行った。

 「あ、ちょっと——」

 女性は待ってと手を伸ばすも無視してセトは走り続ける。

 そのまま階段まで行きアオギを離した。

 明らかにあの人——

 惚れてたじゃん。

 クズな癖に顔がいいから……。

 殴りたくなる衝動を押え歯を食いしばるセト。

 「邪魔しないでくれよ。せっかくいい感じだったのに——」

 「ッ……」

 「同じ手にはのらねえよ、と。」

 セトが振り下ろした拳をヒョイと避けるアオギ。

 それはともかく……

 「ていうか、何であんたがここにいるんだよ」

 キリッと睨み、セトが問う。

 「なんでって、こっちが聞きたいんだけど」

 上から見下ろすようにアオギがセトの目を見て答える。

 「なんてね。社長から聞いたぜ。まさかセトがここにいるなんてな。」

 「社長から?」

 そもそも何でアオギがここに居るのか。

 「ああ。ちなみにオレは今日からヒルガオに配属になったたからここにいる。」

 「え!?」

 「二年前に影特隊の試験を受けて合格して暫くは向こうにいたんだけどこっちに移動になったんだよ」

 久しぶりに会ったかと思えば。

 ということは……

 「ラズライト?」

 「ま、そんなとこ?」

 へっとアオギが笑う。

 「まあよろしく。」

 「ああ、お前がナンパする前に止めてやるってんだ」

 はあ、と溜息をつきながらセトが言う。

 「それは勘弁。というか、随分探したんだぜ?」

 「俺を?」

 そういえばとアオギが話題を変える。

 「六年前、セトがいきなり居なくなったもんだからそりゃあさがすだろう?」

 そうだ——とアオギが続けて口を開く。

 「ネフィもセトのこと探してた」

 「……」

 ネフィ……。

 アオギと同じく、同郷の幼なじみだ。

 セトと同い年で世話焼きな所があったのは多分、セトとアオギ、そして二つ上のセトの兄のおかげだろう。

 ネフィもアオギと同じく、最後に会ったのは六年前だ。

 「家も出れた事だし……久しぶりに会いにいくか」

 セトがふと呟く。

 「家も出れた……?何かあったのか?」

 「ああ、いや何でもない」

 セトがアオギから目をそらす。

 「そうだ、久しぶりにリンラードに戻ってみるか。そこに行けば会えるだろう?ネフィに——」

 「リンラードには居ない。」

 アオギがセトの言葉を遮るように告げた。

 故郷であるリンラード。

 とんだ田舎で、自然に囲まれた平原の上に位置している。

 「オレもネフィに最後に会ったのは四年前なんだ。でもリンラードに居ないことだけは確実だ。それにリンラードへはセンタボルタから列車で二日はかかる。」

 「……それなら行っても無駄足ってところか。今頃どこに居るんだろうな、ネフィ。」

 セトが腕を後ろに組んで言う。

 「四年前ここ(センタボルタ)まで来てそれぞれ別れたんだ。見たのはそれっきりだけど多分そこら辺でレストランでも開いてるんじゃないのか?」

 確かにネフィは料理好きで、アウィスの中心都市センタボルタでレストランを開くとか語ってたっけ。

 「センタボルタでって……海に囲まれているとはいえ広いからな……そりゃあ会えないわけだ。」

 「そんなに元気なら怪我は大丈夫そうだね」

 そんなこんなでアオギとセトが話していると、突然後ろから存花梨が声を掛けてきた。

 「ああ。割と痛いけどな」

 「お!お嬢さん俺と一緒にランチ——」

 「私一応二人より先輩なんだよ?」

 それは置いておいて、と天芽が続ける。

 「探偵部はやっぱり忙しくて今すぐには無理だって扱って貰えなかった。でも目撃情報はあった。」

 何やら資料を取り出す天芽。

 「目撃情報?」

 アオギが何の?と聞く。

 「!どこに……」

 「ここ、センタボルタの東部の方。ざっくりだけど本当にこれしか情報がない。急いだ方がいい。アオギに事情は後で説明して。」

 天芽が封筒をセトに渡す。

 「え……後でってもしかして……」

 「私は軍の方に呼ばれてるから、二人で行ってきて。」

 「……」

 「不満?」

 「不満」

 「とても」

 セトとアオギが頷く。

 「ふぅん。頑張れ?」

 適当に流し、天芽は去っていってしまった。

 「はぁ……なんでこいつと……」

 溜息をつくセト。

 「まだ昼飯食ってないんだよな」

 呟くアオギ。

 しかしこんな所で止まっている暇は無い。今すぐ東部へ向かわなければならない。

 「ほら行くぞアオギ」

 そう言ってセトは歩き出した。

 

              。 

  

 「なるほど……宵闇か……噂には聞いてたけど……」

 道中、セトはアオギに今日あったこと全てを話した。

 「宵闇の連中もぶっとばす。でもまず少女を助ける。」

 セトが頷き言う。

 「なあセト、アウィス軍って知ってるだろう?」

 いきなりアオギが聞いてくる。

 「ああ。知ってるっていうか——」

 今日会ったばかりだ。

 「軍と宵闇は繋がってたりするか?」

 アオギがどこか遠くを見ながら問う。

 「……知らないけど、繋がってはいないと思う。さっきの天芽ってやつ、あいつも軍所属らしい。でもどっちかと言うと宵闇と敵対してた。それに軍は警察みたいなもんだろ?いきなりなんでそんなこと聞いてきたんだ?」

 セトはアオギよりも少し前を歩きながら聞く。

 「いや、何となく。そういや、もう東部の方へは入ってるよな。ここから一人の少女をどうやって見つけるのさ?」

 アオギがふと話題を変える。

 東部に来ても中央部と変わらぬ賑わいのセンタボルタ。

 二百年以上前の大戦後、多様な文化が混ざったこのアウィス国家の中でも最も人が多く、その賑わいは中央部から端まで耐えない。

 「分からない。取り敢えず黒いローブでフードを被った少女ってのが手がかりだ。」

 キョロキョロと少女を探すセト。

 「それにナイフが刺さったんだ。見つけ次第医者に見せねえと。」

 「なら早くみつけた方がいいか……せっかく二人いるんだ。二手に別れよう。」

 比較的背の低いセトを見失わぬ様人ごみを掻き分けセトのあとを追いながらアオギが提案する。

 「ああ、そうだな。んじゃ、俺はこっちの方を見てくる。アオギは反対側を頼む」

 「りょーうかい。見つけ次第連絡で」

 二人はそれぞれ背中を向けあい人混みの中を走り出した。

 

              。        

 

 「黒いローブのフードを被った少女……」

 こんだけ広くて人が多い中どう探せと……。

 でも見つからないようにするなら路地とかにいるのだろうか。

 ふとそう思いアオギは路地へと入る。

 「……」

 居た。

 ローブの少女。

 少し進んで上から覗いてみる。

 細い路地の端でこちらに背を向けしゃがみこみ、目を瞑って何か祈っているようにも見えた。

 こちらには気づいていないらしい。

 フードから流れ出た綺麗な桃色の髪の毛が見えた。

 そして、少女の目の前には羽のちぎれた綺麗な鳩が落ちていた。

 真っ白な体の一部は赤く染っていた。

 アオギは少し考えたあと、声を掛けようと少女の方に手を伸ばす。

 「!」

 しかしその手は少女の方に届く寸前で止まる。

 目を見開きただ少女を眺める。

 突然、少女の周りに綺麗な光の粒子のようなものが風に乗って現れたのだ。

 そしてその風はゆっくりと鳩の周りを舞い出す。

 そこからは一瞬で、鳩は元の姿へと戻り、何事も無かったかのように立ち上がり羽をバサバサと揺らして空へと飛び立った。

 はっと少女はゆっくり目を開け、鳩の飛んでいく様を見送る様に空を見上げた。

 「凄いねお嬢さん。」

 「……?」

 ここでようやくアオギは声をかける。

 少女は振り返ると、ニコッと笑みを見せた。

 「ありがとうございます。所でお兄さん、こんな所で何してたんですか?」

 そして、はてなと首を傾げた。

 たしか、怪我してるんだよな。

 それでいてこの表情でいられるものなのか?

 でもさっきのように治癒したというのも有り得る。

 それかそもそも違う少女なのでは無いか。

 「ああ、いや人探しをしてて。」

 「なるほど!人探しですか。そうだ、丁度私も探していて……こう、全身真っ黒なあなたと同じくらいの背の高さの人見ませんでした?」

 そういえばと少女が問う。

 「特に見てないな……お嬢さん一人でこんな所にいては危ないだろう?一緒に探しに行く?」

 もしかしたらこの少女かもしれないし違うかもしれない。

 だから取り敢えずセトに聞いてみることにした。

 「いいんですか?ぜひお願いします!」

 そして二人は路地を出た。

 「なあお嬢さん、そのローブサイズが大きくないか?」

 ふとアオギが聞く。

 少女よりふた周りほど大きい黒いローブ。

 ぶかぶかで手も隠れている。

 「ああこれはついさっきそのはぐれた人が貸してくれて——あ!」

 ついさっき?

 「すみません私間違えました!真っ黒な人じゃないです!ちょっと真っ黒な人です!」

 「そこなのね」

 思わずアオギは突っ込む。

 「そういえばお兄さんは誰を探してるんですか?」

 「黒いローブの少女を探してるんだ。オレも見たわけじゃないんだけど手掛かりがそれだけでさ。君じゃないかって思ったけどそのローブついさっき借りたんだろう?ローブの少女見たっていうのは今朝の話らしいし……」

 ふむふむと少女は頷く。

 「確かにこのローブを借りたのはついさっきで朝は列車に載っていました……」

 「人違いだったかー。それよりさっきの、お嬢さんラズライト?」

 違うとわかっても全力で絡みに行くアオギ。

 「まあそんなところです。お兄さんもラズライトですよね!」

 「!なんで分かったんだ?というかお兄さんじゃなくてアオギでいいよ。」

 「ああ、私も名乗ってませんでした。私は祈織 流花イノリ リュウカといいます!よろしくお願いしますアオギさん」

 ニコッと少女——リュウカは微笑む。

 「ああ、よろしくな!それで……」

 「何となく、分かります。それに、一度影特隊本部で見かけたことがあったような気がしたので!」

 「なるほど。じゃあリュウカは隊の人?」

 前から走ってくる子供にぶつからないようひょいとアオギが避ける。

 「いいえ。私はどこにも所属してないです。」

 フリフリと首を振るリュウカ。

 「無所属……リュウカのようなヒーリング系能力は珍しいから隊が欲しがらないわけが無いのに……」

 「何度か来ました……というか今もよく来ます。でも私は争いを起こすのを助けたい訳じゃない。」

 争いを起こす?

 「それってどういう——」

 リュウカが人混みの中、一度止まる。

 「影特隊では影憑になるのは仕方がないことで、治ることは無いと治療法を探ることなく影憑を消していますよね。でもそれが妥当な判断だって私は知っています。でも治す方法、きっとあるんじゃないかって、私達はずっと探しています」

 「私たち……?」

 「ああ、私と、今探してるシュドって人です!」

 なるほどとアオギが頷く。

 「それで、まだ治療法が見つからない以上、影憑を放っておくことは出来ない。だからそれは影特隊の皆さんに任せるんです。その間一刻も早く治療法を見つけたい。」

 「素敵な目標だな」

 アオギはそう言いリュウカの前を歩き出す。

 「ありがとうございます!」

 ニコッと微笑みリュウカもそれに続いた。

 

                。

                

 「……」

 人混みの中、アオギと別れてからひたすら少女を探し歩くセト。

 「!」

 前から歩いてくる、黒髪を結んだ青年。

 こちらを見ている。

 そして横を通り過ぎる時、キリッと睨まれた。

 「気の所為か……?」

 セトはふと立ち止まり後ろを振り返る。

 先程の青年はもうこちらに背を向けて反対側へ歩いている。

 なんなんだよと気になったのか、セトはそのまま青年を見失わぬ様人混みをかきわけ追いかける。

 「なああんた、俺になんか用か?」

 人気の少ない道に曲がった青年に追いつき睨みながら問う。

 もちろんセトが見上げる形だ。

 「は?」

 青年がチッと言わんばかりにこちらへ振り返る。

 「いやその、さっき睨んできただろ?」

 ついでに少女を見たかも聞こうと構わず睨み続ける。

 「!」

 セトが咄嗟に青年から離れるように後ろへ避ける。

 青年が振ったナイフは虚しくヒュッと音を立て空ぶった。

 「いきなりなんだ!」

 次が来るかとセトは地面にしゃがみすぐに避けられるよう戦闘態勢へ入る。

 周りがその場から距離を取りセトと青年の周りに円ができる。

 しかし青年はナイフを振り下ろし下を向いたまま。

 長い前髪が垂れ下がり顔は見えなかった。

 そしていきなり肩を震わせる。

 「……ッははは。ぁはははははは。」

 「……?」

 青年が笑いながら顔を上げる。

 長い前髪が目にかかっている。

 狂っているわけでも、面白がっている訳でもない、掴めない笑い。

 「なんだよ気持ちわりぃ」

 セトは下から見上げるようにまた青年を睨む。

 青年は笑い終えたあと、静かにこちらへ歩み寄ってきた。

 「なあセト、お前は影憑を容赦なく殺すことが出来るのか?」

 「……!?なんで名前を——!」

 目を見開くセト。

 「俺は死神だ!なんでも知ってるさ」

 ニッとひねくれた笑みを見せる青年。

 サラッと前髪が風になびき見えた青色の瞳がこちらを捉えていた。

 「死神……?」

 「哀れな人間を救う医者でもある。」

 「死神なのに?矛盾してないか?それ」

 青年がセトのまえにしゃがむ。

 「お前らの価値観を押し付けるなよ患者」

 「患者って——」

 セトが聞こうと言いかけた時、視界の端に見た事のある人影が映った。

 「!宵闇……なんでここに——!ローブの!」

 「セト!!」

 「シュドさん!」

 アオギと少女が叫ぶ声がした。

 見ると桃色の髪の少女とアオギがこちらに走ってきた。

 「おーリュウカ、待っててっていったろ」

 シュドと呼ばれた先程の青年が桃色髪の少女をリュウカと呼び手を振る。

 「いきなり飛び出すから追いかけちゃいました!途中で見失いましたけど……」

 「アオギ!その三人追いかけてくれ!」

 セトよりも宵闇と少女に近い位置に居るアオギにセトは叫び、自分も走り出す。

 「ああ言われなくともわかってるって」

 走る少女、攻撃を仕掛けながら追いかける宵闇、またそれを追いかけるアオギとセト。

 「!大丈夫か!」

 どうやら宵闇は周りの人間などどうでもいいらしい。

 攻撃はあちらこちらに飛び交い逃げ遅れた人が怪我している。

 するとリュウカが手を合わせ祈るような格好をする。

 風がリュウカの周りを舞った。

 「こっちは任せろ!」

 シュドがニヤリと笑いセトに向かって告げる。

 「ああ、頼りにさせてもらうぜ、死神のお医者さんよ」

 皮肉混じりにそう言うとセトは再びアオギの方へ走っていった。

 

 「大人しく諦めなさい」

 セト達が追いたのは今はほとんど使われていなさそうな古い倉庫の前、行き止まりだ。

 夕見が少女にナイフを向けていた。

 「よおお姉さん。この後一緒にランチでも行かない?昼飯食ってないんだよ。」

 アオギが夕見に近づく。

 あれ、そういえば——

 セトはふと考える。

 あいつの能力、なんだ——?

 手ぶらで夕見の目の前まで来る。

 「志賀!」

 夕見は少女からナイフを離す訳にはいかなかったのか、奥にいた青年——志賀を呼ぶ。

 「仕事を増やさないでくださいよ。先輩……」

 志賀はそう言うなり、鋭く光る血の塊をアオギに向けて操る。

 「邪魔すんなよな」

 ちぇっとアオギは呟く。

 そして両手をパッと胸の辺りまで上げる。

 するとそこにダガーナイフが現れ、アオギはそれを両手で掴む。

 そして自分の方へ向かってきた攻撃をダガーで弾く。

 「なるほど……何も無いところから武具を出す——」

 夕見が呟く。

 「おっとお嬢さんちょっと説明が足りないぜ?」

 アオギはそう言いダガーを片手でふたつ持ち、もう一つの手で落ちていた先程夕見が少女に投げたであろうナイフを拾い、パッとほんの少し上へ投げる。

 そしてナイフが消えた。

 そしてアオギはもう一度何も持っていない手をナイフを持つように動かす。

 するとそこにまた先程のナイフが出現した。

 「一度触ったモノを召喚できる——」

 セトがなるほどと頷く。

 「そんなとこ。そんじゃ、行くぜ!」

 そう言いアオギはナイフを捨て、ダガーナイフを持ち直し志賀に攻撃を仕掛けに行く。

 対する志賀ははぁと溜息をつき再び血を操る。

 「っ!」

 その時、一度全員の動きが止まった。

 少女にナイフを向けていた夕見がアオギと志賀の方へ飛んできた。

 「氷……」

 夕見のナイフは凍りついていた。

 フードを深く被り顔の見えない少女は三人の方へと走り出す。

 「……」

 志賀が血を操り少女に攻撃を仕掛ける。

 少女は寸前でよけ、三人から遠ざかる。

 それまでただ見ていたセトが少女の方へ走り出す。少女はそれを避けるように倉庫の方へ走り出した。

 「!?」

 少女がアオギの横を通り過ぎる時、ちらっとアオギには少女の顔が見えた。

 アオギは目を見開き一度動きを止める。

 夕見が少女に攻撃を仕掛けようとする。

 アオギはすぐに気づきダガーナイフでそれを弾き止める。

 そして歯を食いしばりセトの方を見る。

 「こっちはオレに任せて少女を頼む」

 少女を追いかけるセトにすれ違い様に呟く。

 「でも二人を一人で……」

 「任せとけって。」

 セトは一度振り返るも、アオギの言葉に頷き少女を追いかけ倉庫に入って行った。

 どうやら少女の顔を見たのはアオギだけらしい。

 夕見が二人を追いかけようとする。

 しかしアオギがその前に立ち塞がる。

 「悪いねお嬢さん。邪魔はさせない。」

 ニッとアオギがそう言う。

 「こっちは二人。そっちは一人。さっさと終わらせる。」

 夕見はそう告げアオギの方へナイフを投げる。

 アオギはそれをダガーナイフで弾く。

 するとすぐに志賀の攻撃が走る。

 喉目掛けてやってきた攻撃をギリギリでかわす。

 かわされた攻撃は倉庫の前にある積み上げられた木箱に突き刺さりその勢いで木箱の山が崩れた。

 そして夕見の落としたナイフを拾うと志賀に向けて投げる。

 ナイフは途中で消えた。

 「フェイクか。」

 しかし志賀は気にせず冷静に攻撃準備を始める。

 新たに志賀が攻撃を作る前にアオギは夕見の方へと走り出す。

 「ッ」

 志賀がアオギに攻撃を向けようとした時、先程アオギが投げたナイフが突然志賀の前に現れ、志賀の腹を突き刺す。

 「カハッ……」

 志賀が腹を押え吐血しその場にしゃがみこむ。

 「普段鍛えてなさそうな体。今まで攻撃が届いたこと無かっただろ?暫くは動けないな。」

 アオギは志賀にそう告げ夕見の方へダガーナイフを向ける。

 夕見はつかさずナイフをアオギに向け投げる。

 それをアオギが弾く。

 直後にもう一つのナイフをアオギに向かって振り下ろす。

 アオギはギリギリでそれを避け、振り下ろされた夕見の腕を掴み、夕見の首にダガーナイフを近づける。

 「オレの勝ち」

 ニヘッとアオギが笑う。

 「なあついでに宵闇について聞きたいことがあるんだけど……お嬢さん教えてくれるかい?」

 そして夕見に告げる。

 夕見はアオギを睨む。

 「お前のような子供に教えることなんかない。それに——」

 「!」

 アオギははっと夕見から手を離し、後ろに飛んだ。

 そしてダガーナイフを再び両手に構える。

 鋭いものがアオギの肩をかすめる。

 「おかげで随分出血した。」

 志賀が血液を操り、平然と目の前にたっていた。

 「ちっ、なんで——」

 肩から滲み出る血を抑えるように肩に手を当てるアオギ。

 「ッ」

 先程よりも早く攻撃が心臓目掛けて向かってくる。

 避けられない。

 ギリギリで心臓に突き刺さるのを回避したものの、肩に攻撃が突き刺さる。

 あまりの痛みにダガーナイフが手から滑り降ちる。

 「考えが甘い。血液を操る能力持ちが出血を止められないわけがない。目の前の目的に眩んだか」

 アオギの肩に攻撃を突き刺したまま冷静に志賀が告げる。

 「……ッ」

 セトのようにすぐに突っ走ることはしない。

 いつもならそんな簡単なこと、アオギは気づけたはずだ。

 図星を突かれ、アオギは黙り込む。

 「ぐっ——!」

 志賀がアオギの肩から攻撃を抜く。

 肩からのあまりの出血に脳まで血液が回らずフラッとその場に倒れ込む。

 出血は治まらず意識が朦朧とする中、夕見がこちらに近づいてくるのが見える。

 「そういう事だから、教えることは何もない。」

 夕見はアオギ目掛けてナイフを振り上げた。

 

 

                。

                

 

 「まって!俺はあんたを助けに——」

 少女を追いかけ、ただただ広い倉庫の中まで走ってきたセト。

 日は沈みかけ、倉庫の中は夕日の朱に照らされている。

 少女が立ち止まる。

 「さっきの奴らは外でアオギが何とかする。だからもう逃げなくて——」

 分かってくれたのかとセトが少女の方へ歩みよる。

 「!?」

 突然、少女が振り返り、手をセトの方へ伸ばす。

 相変わらず顔はよく見えない。

 すると少女のその手のひらの先に、キラキラ光る粒子が集まり、やがてクリスタルのように先のとがった塊となって現れ、セト目掛けて飛んできた。

 セトは直前で気づき避ける。

 倉庫の端まで走ったそれは、パリンと音を立て割れた。

 そして地面にばらばらにちらばった破片はやがて溶け、透明な液体となる。

 「氷……」

 セトはそれを見届けると、はっと少女の方へ振り返る。

 今度は少女は手を後ろに振りかざし、下から前へと振り上げる。

 先程と同様、キラキラと粒子が輝き氷に変わり、今度は地面を這ってセト目掛けて走ってきた。

 つかさずセトは拳を後ろに降り炎をまとい目の前に来た氷の攻撃へと降り下ろす。

 衝撃にパリンと音を立てて割れたあと、氷は溶けた。

 炎と氷がぶつかり霧で前が見えずらくなる。

 すると突然目の前に次の攻撃が走ってくる。

 「ッ……」

 弾ききれないと判断し、セトは腕を犠牲に顔をガードするように顔の前で腕を交差さる。

 攻撃は腕に突き刺さる。

 「くっ——ッ」

 痛みに耐えながら腕で氷を振り払い、それでもなお突き刺さる欠片を反対の手で自ら炎を近づけ溶かす。

 ローブの袖に血が滲む。

 なんで——

 少女の方をもう一度見ようと前を向く。

 「!」

 思わずセトの動きが止まる。

 顔は見えなかったが、感じたことのある気配。

 血の混じった気配。

 「嘘……だろ……?これって……影……憑……じゃないか……」

 信じたくないと口に手を当て思わず後ずさる。

 少女は完全に人間ではなく、今朝見た影憑と同じ気配をしていた。

 「なあ!なんか話してくれよ!なあ!?」

 セトは少女に向かって叫ぶ。

 「何人——殺した……」

 今朝逃がした少女が影憑になっていた。

 そしてこの血の混ざった気配……人を殺めている。直感がそう言っていた。

 「メノハサマノ為。メノハサマガオマエヲ呼ンデイル。ダカラ殺ス。」

 少女が突然、感情のない機械的な声で喋りだした。

 「メノハ……?呼んでるって、どういう——」

 少女はセトの質問に答えることなく攻撃を再開した。

 「ッ、メノハサマってやつは俺の生死問わず連れてくってわけかよ」

 セトは再び襲ってくる氷を壊しては避け、溶かす。

 しかし攻撃は仕掛けなかった。

 いくら影憑だと分かっていても。

 いくら影憑だと分かっていても攻撃出来なかった。

 「なああんたを治す方法を探すから、だから頼む。もうこれ以上影憑と同じ事をするな!」

 セトは少女の攻撃をかわしながら叫ぶ。

 しかし少女は反応せず攻撃を辞めない。

 「なあ!————ッ——!」

 突然、少女の攻撃が止まる。

 セトが目を見開く。

 一直線に弾丸のような光が少女の胸を貫いたのだ。

 「ぐ——」

 少女はその場で血を吐き倒れ込む。

 銃声はなかった。

 一体誰が。

 一体誰が——

 セトが呆然と立ち尽くして居ると、カッカッと落ち着いた足音が聞こえてきた。

 黒髪の少し長い前髪の軍服を来た男が余裕の表情でこちらへ向かって歩いてきた。

 「影憑を庇うとは興味深い。上に報告が行けば処分案件って所か。」

 「ッあぁぁぁぁあ!!!」

 言葉にならない怒りの叫びを上げ、セトは男に向かって拳を振りかざそうと走り出す。

 しかし男は余裕の笑みを浮かべたまま、その場で右手を握り、まるで子供が手を銃にして手遊びするように手を銃のように模して手首を上にひょいと動かす。

 するとそこから出た弾丸のような光がセトの腹に直撃する。

 「君を殺すことに意味は無いからな。ゴム弾のようなものだ。」

 くっと腹を押えセトはその場に蹲る。

 「この区の管理は我々軍の中心部隊の仕事だ。市民の安全を守るのが軍の仕事だからな。」

 そう言い男は倉庫を出て行った。

 追いかけたくても痛みが邪魔をして追いかけられず、セトはただただ叫んだ。

 それを背に男は倉庫を出る。

 倉庫を出てすぐ横で男はセトの叫び声をただ無言で聞いていた。

 

                。

                

                

 意識が朦朧とし、視界がぼやける。

 ここで終わる訳にはと思っていてもアオギの身体は動いてはくれなかった。

 志賀がただ立ってこちらを見ているのが見える。

 「そういう事だから、教えることは何もない。」

 夕見がナイフを振り上げる。

 「——ッ」

 “パンッ”

 突然、銃声が響き渡る。

 夕見がナイフをアオギに向かって振り下ろす前に、夕見の手を弾丸がかすり、カランとナイフが虚しく音を立て地面に落ちた。

 天芽が銃を構えて立っていた。

 「っ……軍か……」

 「一旦引きあげます?」

 志賀が相変わらず冷静に夕見に聞く。

 「ああ。一旦引き上げるぞ」

 そう言い夕見はくっと歯を食いしばりつつもその場を去っていった。

 それに続け志賀も去っていく。

 「よよお嬢さん、……ありがとな。」

 苦し紛れにアオギが言う。

 「一応私、先輩だからね」

 天芽が構えていた銃を下ろしてアオギの方へ歩み寄った。

 「もうじき救急隊が来る。それまで待てる?」

 「ああ。それまで生きてみるさ」

 仰向けになり空を見上げアオギが言う。

 「っ、そうだ、セト——」

 「あっちは大丈夫。軍が行ってる」

 「軍——」

 「信用出来ない?」

 「まあ色々あってな。」

 アオギが天芽とは反対の方向に首を傾ける。

 でもこの身体ではどうしようも無い。

 セトに賭けるしかない。

 「あいつなら大丈夫さ——」

 「そ。」

 天芽は素っ気なく返し、アオギは空を見上げた。

 日が沈み、所々星が輝いていた。

 

                。

                

                

 「ッ——」

 ただひたすら叫んだ後、セトははと我に返り、痛みを堪えながら少女の方へと、ゆっくり体を起こし、腹を押えながら歩み寄った。

 倒れている少女の目の前に何とか座り込み、抱き上げ支える。

 気配は変わらず影憑のまま。

 まだ息はあるがもうじきこと絶えることは誰が見てもわかる。

 ひたすら掠れた声で「メノハサマ」と連呼していた。

 人を食らうことしか考えていないどこか遠くを見ている目。

 目——

 そういえば初めてこの少女の顔を見た。

 「は——ッ——!」

 セトはまた絶望的に目を見開いた。

 その少女の顔を知っていた。

 覚えていた。

 「ネ……フィ……?」

 しかし少女は返事をしない。

 ただひたすらメノハサマと連呼するのみ。

 「あ……あぁ……嘘だろ……う?」

 次第にセトの顔が崩れていく。

 確かに少女の顔は、セトとセトの兄とアオギと、幼い頃兄弟のように仲良くしていた幼なじみの少女ネフィと同じ顔をしていた。

 「なんで……どうして——」

 またセトは言葉にならない叫び声をあげる。

 「あぁぁぁぁあ!何でだよ!?何で——俺の事探してたんじゃないのかよ!なあ!?」

 叫び続け、声が枯れてきたあと、セトの目から涙がこぼれた。

 「なぁ……ネフィ……」

 「っ」

 一瞬、メノハサマと連呼していたネフィがセトの方を見た気がした。

 しかし人を喰らおうとする目は変わらずまたメノハサマを連呼し始める。

 セトは失望したような目で俯く。

 すると突然、少女の顔を撫でるように女の手が現れる。

 ゆっくりと顔を上げるセト。

 そこにはフードを被った綺麗な神話に出てくるような女神のような美しい容姿の女が居た。

 「なんだよ……幻覚まで見えちまった……」

 その女はメノハサマを連呼する少女と額を合わせ目を瞑る。

 するとまるで邪気が吸い込まれるようにして少女から影憑の気配が消えていった。

 「!?」

 セトは思わずもう一度顔を上げる。

 女は目を瞑ったまま額をゆっくり離し、そこに座っていた。

 「セ……ト……?」

 消え入りそうな声少女の声がした。

 「……ッ!ネフィ!」

 セトははっと少女の方を見る。

 弱々しく少女はこちらを見ていた。

 「探した、んだ……よ……」

 苦しそうにしながらも、ニコッと少女が笑みを見せる。

 「ああ。久しぶりだな。」

 半分諦めかけた顔を見せないようセトも呟く。

 「なんだよそんな……そんなか弱い女だったかよキャラでも変えたのか?」

 無理やり笑みを作り、ネフィを見る。

 「……会いたかった」

 たしかにネフィはそう告げた後、目を瞑った。

 笑みは消えていた。

 「……おい……おいネフィ……返事しろよなあ……」

 セトは無理やり作った歪な笑みのまま冷たくなっていく少女の肩を揺さぶる。

 しかし返事は無い。

 叫ぶ声はもう残っていなかった。

 絶望的な死んだような目で、ただ倉庫の天井に空いた穴から見える星空を見上げるしか無かった。

 すると先程から黙っていた女が少女の頭を撫でる。

 そして立ち上がりセトの方を見てニコッと微笑みそのまま夜空へ飛んで消えていった。

 「ッ!」

 静かな夜に、セトともう一つ、呼吸の音が聞こえた。

 はっとセトはもう一度少女の方を見る。

 息を……している。

 そこでは一人の人間が息をしていた。

 少女は昼寝でもするかのようにすやすやと寝息を立て眠っていた。

 セトは少女の肩を強く掴みぱあっと笑みを浮かべる。

 もう叫ぶ声も、涙も出なかったけれど、ただひたすらに安心した。

 しかし少女を連れて倉庫を出る体力はなく、その場で力尽きて少女の横に倒れ込んだ。

 星がさっきよりも随分綺麗に光っているのが見えた。

 

 「動くな!抵抗したら打つ!」

 「っ!?」

 しかし、いきなり倉庫の外から隊服を着た影特隊の隊員と、軍服を着た銃を構えた軍の人間が入ってきた。

 先程の軍服の男は入口からキリッと隊服の人間を睨んで居た。

 そしてまた入口から、ガタイのいい、偉い地位に居そうな隊服を着た中年の男が笑みを浮かべながら入ってきた。

 「乱暴ですまないね。影憑を庇うことは処罰対象なのだよ。少し来てくれたまえ。」

 セトの前に立つと迫力のあるその男は笑みを浮かべたままそう告げた。

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絡繰ラズライト 雨湊宵カサ @asuyoi_kasa

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