呼吸の肩。
フィンディル
呼吸の肩。
「お墓参りに、行かないと」んーの口からあぶくが溢れる。天井の隅にあぶくが溜まる。
天窓から薄い光の指が四本入る。テーブルを撫で、んーを撫で、温かい。んーは両手に持った食パンを口に運ぶ。こめかみを動かす。小麦の香りが周りに沈殿する。
椅子から投げ出した青白い脚。テーブルの下でぷらぷら揺れる。流れが起きて塵が動く。冷たい。
んーは立ち上がる。
窓の外を見やる。今日は
青が広がっている。水は冷たい。
バス停まではさほど遠くない。髪を後ろに漂わせ、んーはサンダルで土を踏み巻いて歩く。路傍に蟹が騒ぐ。
数メートル先。人影が揺れ現れる。んーは顔を向ける。
1 近くに住むテテアさん。話しかけ、あぶくが溢れる。溢れたあぶくが昇って
2 「あ、んーちゃん。おはよう」「おはようございます」「お墓参り? 良い
1 いく。テテアさんの口の端からあぶくが漏れる。んーの口からあぶくが出て
2
1 あとを追う。
2 い偉い。私なんか全然」「そうですか」「天気良いって予報で言ってたし、
1 一際大きなあぶくがテテアさんから出る。んーの口からあぶくが漏れる。テ
2 あっ! じゃあ私も後で行こうかな」「一緒に行きます?」「ほら今から買
1 テアさんが買い物袋を見せる。あぶくが出る。テテアさんが微笑む。んーが
2 い物に行くところだから」「最近できた」「そ。だから後で」「わかりまし
1 あぶくを漏らす。んーが目を動かす。んーの口からあぶくが溢れる。テテア
2 た。テテアさんのお墓にも指を這わせておきますね」「まぁ、ありがとう」
1 さんからあぶくが出る。あぶくが昇っていく。あぶくはすぐ見えなくなる。
2 「じゃあ」「はい、じゃあね、んーちゃん」「はい」
んーは青い道を黙って歩く。ワンピースがくゆる土を
足が止まる。水の清浄が布を
んーは時刻を確認する。あと五分でバスがやってくるそう。「五分か」あぶくが漏れる。
光が落ちてくる。今日は明るい日。水は冷たい。
弱い流れ。んーの髪とワンピースが引かれる。月白のワンピースと、濡羽色の髪。んーが頭を軽く押さえる。流れが止み、ぽつん。
バスを待つ。サンダルをコンクリートに擦らせる。脆いコンクリート粒が、バス停台から零れ落ちる。んーは足を上げる。削られたコンクリートは、見た目にはわからない。「ふふ」あぶくが漏れる。
群青を抜け、バスレールよりバスが姿を現す。車体上部に取りつけられた排気管。大量のあぶくが溢れている。日常バスとして馴染みの緑のペンキ。んーの前でバスは止まる。ワンピースと髪が勢いよく流れる。ドアが開く。
バス停台と乗降口には小さな隙間。んーは飛び乗るようにバスへ。水の抵抗。他には誰も乗っていない。「丘行きです。ドアが閉まります」運転手の口からあぶくが漏れる。バスの天井にあぶくが溜まっている。
バスが発進する。バスレールは上向きに曲がり、天面へと続いている。
丘の墓までは、二十分もかからない。
3
4 狭いのは嫌。広いのは嫌。腕に巻きつく紐は嫌。力づくで紐を引きちぎると
5 駆動するバス。上へ登っていく。群青は表情を変えない。一様の深淵。肌を
3
4 きの重みは嫌。逃げだしたくなるのは嫌。追いかけるのは嫌。明日が白むの
5 引っ張る重みだけ。車内からあぶくは見えない。バスレール。俄かに白む。
3
4 を追うのは嫌。出来事の嬉しさと悲しさを見せるのは、わたし自身だって知
5 町から離れたため、魚の姿が見えるようになる。三匹、七匹。天面が近い。
3
4 ってる。満たすは心次第だって。わたしの診断の悲喜は、この声は、ちゃん
5 日光が水中に満ちる。バスレール。「水上へ出ます」運転手の声。天面を抜
3 太陽が輝き、風が澄み、はるか遠くの山肌は春らしく薄桃に色づい
4 と普通なのかな。どこへ行ったって、ここに居たって、引き返せない今を突
5 ける。バスレールは水平になる。車内の水が外へ吐き出される。車窓は水上
3 ていた。前方に鳥の群れが、狩りだろうか、かすかに見えた。じきに突入す
4 き進むわたしだけれど、ずっと先の遠い遠いわたしが見える? いつか辿り
5 で、車輪は水中。水飛沫が車窓に当たる。
3 るだろう。波間は山と谷を一瞬のうちに模様替え、広大な絨毯は常に躍動だ
4 着くのかな。もうそろそろお墓に着いちゃうかな。眠ったほうが利口なのは
5 去る。排気管が轟音に唸る。バスの波が尾を引く。魚が慌ただしく泳いでい
3 った。鳥達が次々に水中にダイブし、辺りには生命と喧噪が溢れかえった。
4 知ってるけれど。もう眠っちゃえって何度も言い聞かせても、うるさいのは
5 る。水中に鳥の白い背が見える。魚が食われる。排気管が喧しく振動する。
3 鳥の群れを過ぎると、背の高い樹木からなる森が近づいてきた、目的地の墓
4 変わらなかったから。まずはわたしはわたしを知って。わたしの色を知った
5 バスが速度を落とし始める。水飛沫が小さくなる。魚の姿が見えなくなる。
3 だ。遠くの山は色づくもその森は青々とした。小道が森の奥へ続いていた。
4 うえで、何物にも染まらないようにする。変わりたい。降りる準備しよう。
5 群青が去り、黄土色が現れる。凪ぎ
んーは引き返すバスを見送り、森へと顔を向けた。純白のワンピースと漆黒の髪が、強い風に靡いた。
小道を歩けば森の
んーは、錆びた看板の横を通りすぎ、朽ちかけたアーチの下をくぐった。緩い上り坂を歩くサンダルの、乾いた音が響いた。
青一面の森の、丸く開かれ
不揃いで不格好な石板が、無数に、無造作に地面に突き刺さっていた。んー達の
67 テテア・ジュージャ、
67 テテア・ジュージャ。
67 の悲鳴が 掻き消し、湖の落涙が掻き消す、 太陽は慟哭した。が指を離
67 獣の悲鳴をき消えた。湖の落涙を掻き消えた。陽の慟哭だ。 んーが指
67 すと、 風雨に寂れ
67 を離した。で寂れる
67 ほどまでの石板、 見上げるくらいある石板、生墓の群れのなかを縫うよ
67 までしかない石板、上げるほどの石板、 んーは生墓の群れを縫って
67 うに歩いた。て。 顔が俯いた。地の隅。 石畳途切れる区画。んー
67 歩いた。 そして。俯かせた。 敷地の隅。畳が途切れた区画。んー
67 の生墓。 一際に小さく、一際に新しくて。は相変わらずの広さだった。
67 の生墓だ。際に小さくて、一際に新しい。 空は相変わらず広かった。
67 は相変わらず青かった。 風は相変わらずの騒がしさだった。ここに生
67 森は相変わらずの青だった。相変わらず騒がしかった。 んーが生
67 きていると、も気にしない。 世界の広さも、知ろうとは思わない。
67 きていても 気にする存在はない。広さを、 知りたいと思わない。
んーは跪いた。自身の生墓に指を這わせた。
「こんにちは」んーの口からあぶくが溢れた。あぶくは空をどこまでも、どこまでも昇っていった。
呼吸の肩。 フィンディル @phindill
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