第4話 来客賛江。おちちゅこう。



「酒持ったかーーっ!!」


 オオォーッッ!


「食うぞーっ!!」


 オオオォーッ!!


「宴じゃーっ!!」


 ウォオオーッッ!!!


 ……何か始まっていた。

 陸達が社から出ると、エルフ住民の男衆がわっと寄って来て彼と少女を担ぎ上げると、蛮族か原始人を思わせるような雄たけびを上げつつ広場まで運んでいった。

 そこには集落の老若男女が集まっており、広い丸デーブル……に見える高さに切られている太い切り株に料理と酒が盛られていた。

 即席のはずなのだが異様に素早く拵えられたのだ。

 ものごっつい歓迎ムードである。


「重ね重ねすまないね。

 ここの皆は常に宴会の口実を待っているんだよ。」


 そう苦笑して見せるディウムであるが、彼は物凄く自然に腰を降ろして輪に入って談笑していた。

 何しろ丸太の椅子に腰を下ろた時には、既に己の皿に摘まむ物を盛っているし。


「エルフというかドワーフっぽいというか……。」


 歓迎のムードが余りに盛り上がり過ぎて主賓がなざなりなのは如何なものか。

 尤も、陸は祭りの空気は嫌いではないので、これはこれで良いかなと傍観している。

 というか、既に酒が回ってるのか呂律の怪しいものやらいるし、飲み比べやら早食いやらで競ってるし。

 ただ、絶妙に真昼の同じ程度の光源は謎である。魔法なんだろうなぁと納得する他ない。

 花火こそ上がっていないものの、色提灯よろしく様々な灯りも並んでいる光景は正に夜祭。

 ただ、太鼓みたいなのドンドコ叩く音色までも様々なもんだから、馬鹿騒ぎと言った方が正しいかもしれない。


 住民をよく見ると、木製らしきゴブレット脚付き杯をゴツンと合わせてはグビーっと喉に流し込む飲み方が目立つ。異世界とは言え乾杯の様な風習もあるのかもしれない。

 陸達も、やたらテンションの高い同年齢くらいの女性に陸達も配膳してもらった。  

 匂いを嗅ぐと案の定お酒っぽい。

 未成年なんだけどいいのかなぁ…等と思いつつも郷に入っては…と言うし、甘酒の様な香りのそれを口を湿らせる程度に舐めてみる。

 何か似た香りのあったような気がすると感じてはいたが、口に入れて分かる思った通りに甘酒っぽい味だった。

 これならイケるのでは?

 そう思ってぐいっと流してみると、口当たりも良くフルーティーで喉越しにも優しく感じられる。

 おぉ、これなら……と油断した矢先、液体が腹に落ちた辺りでガツンっとキた。


「……くぁっ。」


 変な声を出してしまう。

 初めてアルコールを飲んだ所為か、思っていたより度数が高いのか、後から酒精が追いかけてきたではないか。

 確かに旨いけども……っ。

 皆、こんなのカパカパ空けて大丈夫なのか?

 いや、飲んでるな。飲んで食って踊ったりしてるし。流石に子供らは食べる専門にしてるようだけど。

 しかし聞こえてくる相変わらず纏まりのない太鼓の音色からして、ヨッパライどもは元気極まりないし。

 テレビでよく眼にしていた大学生の飲み会が如く、未だテンション高めだ。

 正に異世界に来てウェーイの集団に混ざる羽目になるとは思いもよらなかった。


「エルフは明るく陽気な種族だしね。」


 そんの陸を労わるように、少女は何処からか器を取り出して彼に飲み物を渡した。      

 ついでに取り皿に焼いた野菜…揚げ焼きのポテトに似てる…等を乗せて前に置いてくれている。実に甲斐甲斐しい。

 もらった水を喉と腹を鎮めるように一気飲みする陸。

 顔が真っ赤になっていたが、やや治まったようだ。酒がそういうものなのか、今出してもらった飲み物のお陰なのかまでは不明だが。

 ふぅ、と一息ついてからその手にあるコップに目を落とす。

 明らかに周囲のものと違う、100均でよく見るメラミン製のものに見える。いや、そうとしか思えない。


もチートなの?」

「そ。『物品作成』らしいよ。」

「確かにチートだわ。」


 今くれた物もそうなのだろう。思えば日本のスポーツドリンクっぽかったし。


「そう言えば、何で僕は着替えてたんだ?

 HR直後だったら学生服だったと思うんだけど。」


 空になった器にはまた液体スポドリを注いでもらい、それをちびちびと口にしつつ考えてみる。

 落ち着けたからこそ分かる状態変化。

 衣服が変わってるし、履物も素足にサンダルである。

 確かにこの集落はかなり清潔そうだが、自分ら用に真新しい服を用意してくれていたとも考えにくい。

 何しろディウムに連れられて初めて客が来たと気付いたくらいだ。

 それとも彼が用意してくれたのだろうか?


「あ、それは単純に身体が作り直された時に分解しちゃったみたいなんだよ。」

「ぶふぅっ!!」 


 思い切り吹いた。

 喉に流してる最中だったので尚更だ。

 少女はタイミング悪かったね御免と、ガハゲヘと咽る陸の背に撫でて介抱する。


「ほら、侍祭ディウムさんと話してる時に言っただろう?

 器が弾けたって。」

「……言ってたな。確かに言われたな。」

「神霊カティナ様が命を司ってるっていうのは伊達じゃないね。

 ボクらのをきちんとこの世界用に整えてくれたんだから。」


 確かに言われはしたが……ここまで慈悲をくださっていたとは想像の枠を超えている。

 取りあえず後で社で礼拝しようと誓った。


「……まてよ?

 と言う事は僕らはあそこに出現した時って……。」

「……気付いてしまわれたか。」


 お前、ホントにネタ入れて来るなぁ。とツッこむのは忘れない。


「言うまでもなくフル・フ「おっとそこまでだ。」…つれないね。」


 まぁ、当然何も身に着けていない状態で、ディウムの前に出現したのだろう。

 先に気が付いた彼女は慌ててとっさに能力『物品作成』を使用し、陸を覆ってくれたらしい。


「いや、そこは自分が纏おうよ! 乙女的に!」

「いやぁ、ボクも慌ててね。

 ホントに無意識に使えたんだよ。」


 羞恥を思い出したか頬を薄く染める少女。

 言うまでもないが、ディウムはそれなり以上の歳月を生きたエルフだ。

 そんな彼女の艶姿なんぞに心惑わされる筈もなく、意識する事もなく慣れた所作で二人の健康状態を診ていた。

 彼が陸の状態を見てもらっている間に、彼女はその力でとりあえず二人分の衣服と履物の生み出し、先に陸に――着せようとして、「はしたないですよ。」と注意され、不本意ながらも自分が先に服を着、そしてディウムから取り返すように受け取って服を着せたのだという。


「いや、それはディウムさんが正しい。」

「ええー……。」

「ええーじゃない。」


 考えてみれば陸の女性的要因をモデルにしただけであって、実際に女として生きてきた訳ではないのだから、羞恥心やらもズレているかもしれない。というか絶対ズレてるだろう。


「それでもまぁ、助かってるんだから文句言い辛いんだよなぁ……。」

「だろう?」


 そう言いつつハイもう一杯とお代わりを注いでくれる。おもっきり日本の良く見慣れたペットボトルで。

 こんなんゴミになったどうするよ? と思ったが、また分解する事もできるらしい。


「ホント、インチキチートだな!」

「ホント、チートインチキなんだよ。」


 何しろ話を聞いている時にちょいちょい教えてくれる知識もその能力の一つらしいのだ。


「よくあるでしょ?

 フレーバーテキストってやつ。」

「……あるのかぁ。」


 ゲームならまだしも、現実にそういう物フレーバーテキストなんぞどう使っているのやら。ストップボタンやらホームキーやらある訳ないし。


 彼女が言うには、そのチートの名前は『エランの知識』。

 エランとはこの世界の名前らしい。尤も、誰が何時そう名付けたのかまでは不明(と、記載されている)。

 感覚的には、本棚から百科事典を取り出して索引から調べてゆく感じらしい。

 しかし飽く迄そういった便利な知恵袋があるに過ぎず、本人が知識を理解している訳ではない

 更に検索エンジンみたいなのはないようで、地味に手間だという。

 何か特撮ヒーローにあったな、そんな地球規模の図書館にアクセスできるやつ。そんな概念まで持ち込んだ奴いるのだろうかと陸は呆れる他なかった。


 では、所謂ステータスウィンドウはあるのか? という疑問もわいてくる。

 この世界にもあるにはある、らしい。


「あるんだ……。」

「みたいだよ。」


 しかし、あるという程度で、世間的にはメジャーではないとの事。

 というのも、チート持ちは自分の持っているチート能力は知る事が出来るのだが、筋力やら体力の具体的な数値をしる方法は、やはりチートのようなデタラメを使わないと分からないらしい。

 これには陸も一安心。

 流石にそこまでシステマティックに理解できてしまうと、世界がデジタルに沈んでいる様なものであるし、何より息苦しく気色悪い。

 尤も、過去に基準値は生み出す事に成功しているらしく、大国ならばそれなりに調べる道具があるという。

 ただティンダルには置いていない。

 普通に生活するのにそんな数値いるのか? という理由で不要なのだそうだ。

 御尤もである

 兎も角、現状では体力があるとか記憶力がどうとかの判定基準は自然界基準― ~より速い。~より硬い等 ―にお任せであった。

 無論、二人に異議はない。


 後は能力チートの方であるが――

 

「ボクの能力は他に『火と熱の才能』『身体強化能力』『空間魔法の才能』?

 あとはまだよく分からないよ。」

「いきなりスゴイの使ってもらってるしなぁ。

 他が分からないのはちょっと不便……でもないか。

 元々そんなものない世界に生まれたんだし。」

「まぁね。それに才能あっても鍛えなきゃ持ち腐れになるみたいなんだよ。

 学ぶ指針が分かって便利、っていう程度で良いんじゃないかな?」

「あぁ、それは確かに便利だしなぁ。」


 因みに陸の能力は、『大地と癒しの才能』『水と恵の才能』『風と息吹の才能』等、どちらかと言うとバフやらデバフを連想させるものばかりだ。

 他にも言語チートなんてのもあるが、そちらはいわゆる常時発動パッシブらしくて意識していない。

 見た事もない文字がいきなり意味が分かる上、それが知ってる文字に変化して見えたりするから出鱈目である。

 陸は頭痛くなった。


 いや、あるのはいい。あるに越した事は無いのだから。

 しかし『ある』と分かってはいてもどう使えば良いのかサッパリ不明であるのは勘弁してほしい。

 特に常時発動型パッシブ

 下手なもの持ってて発動しっぱなしであれば最悪である。

 何が起こるか。何を分かったもんじゃない。

 実際、変な厄ネタチートを持ってそーな予感がビシバシしているのだから。


 ゲームならばステータス等をパっと見れば、これこれこういう能力を持っているな、と理解できるのだが生憎こちとら生身である。

 感覚的――と言うよりは、印象派の絵画の如く、人によって見方や捉え方やらのベクトルが異なっているような気もするので、はっきり言って自分自身すら安心できん。


 何しろ自分の才能すら、よくある四大元素的な魔法が使えるのかなぁ~と、ある程度は目的の能力を意識をして、『アレ? 何かこう…持ってる?』という、とても説明に困るニュアンスで見つけられたのだ。

 陸は想像力がある方なのだが、余りに大雑把に力を持ってしまったが故か、例えが無ければ予測が付け辛いのである。

 まぁ、調べる手段も無くはないらしいのだが……。


「くはぁ…っ。負けたぁっ。」

「うっしゃあっ!!」

「あ、無くなっちゃった。おかわりぃ。」

「もう、あと一つだけよ?」

「アンタ! 飲み過ぎ!!」

「ひぃっ! かぁちゃん許して!」

「うん、今日のは良い焼き具合じゃ美味いぞい。」

「とーちゃん、それ生肉。」


 ――ちょっと無理っぽい。


 そういった事を得意とする者はいるのだが、ヘベレケ衆の中にいるので当てにできそうにない。

 食べれば空いた皿に食べ物を盛られるし、飲めば注がれるというワンコ飲み食い合戦 ~踊りもあるヨ!~ の真っ最中なのだ。

 こっちもこっちで、同じように盛られるわ注がれるわ、毛玉は来るわ水玉が纏わりつくわ子供がきゃあきゃあ騒ぐわで、もてなされる事で忙しい。


 何しろもてなしの火力も出力も違う。

 ラテン系のノリで、食わすぞ、飲ますぞ、もてなすぞ、という意気込みで来るのだから大概だろう。

 

 良い人達なのは理解できる。ただベクトルがちょっとだけ大きく間違っているだけで。

 二人はイロイロ諦めて場を楽しむ事にだけ集中するのだった。


 それに言語チートにあった初期不良からも予想しているのだが、能力を持っていてもそのレベルがまだ0とか1である可能性が高い。

 まぁ、この例えもゲームにおけるスキルポイントを想像しての事であるから確証は無いのだが。

 何しろポイントあるなら振り分けられるんじゃね? と考えはしたのだけど、アレ? ポイントってどう調べたらいいんだ? と言う壁に突き当たるのだし。


「ま、急ぐものじゃないし、ゆっくりじっくり行こう。

 受験とか無いんだし、生きてゆく術や生活する術を学んでいこう。」

「……うん。確かに。」


 幸い、先生役はアホほどいる。


 何しろこの世界のエルフ。地球的に言えばエルフ詐欺なのだ。

 いや確かに見た目は知ってるエルフであるし、長命種らしいし、森と共に生きる種族ではあると聞いた。

 そして弓も剣も魔法も使えるとなると、そのままイメージ通りなんじゃね? と思われるだろう。


 しかしこの種族、精神面メンタルが地球のイメージにあるそれとかなり違っていた。


 何しろこの世界のエルフという種族、やたらと向上心が高かったりする。


 それは俗世にある野心的なそれではなく、自分の技術や知識を更に高みに上げたい、研ぎ澄ませたい、という鍛錬本能によるもので、これはエルフなら例外なく持っている気質らしい。

 生まれてから思春期あたりまではそこらの子供の様に目いっぱい遊び、ぽつぽつ学び、偶に畑仕事やらを手伝ったりと普通の子供と同様に過ごす。


 が、年頃になった辺りで唐突に、何かしらに没頭する者が出始める。

 剣術であったり、料理であったり、舞や歌やら木工や鍛冶であったりと個人様々。

 地球人知識からするとエルフは寿命が長く、それ故に技術を治めるのに『何時かは届くだろう』というスローペースなものだ。

 しかし、この世界のエルフは生き急ぐが如く己の道を突き進む。


 何かしらの道を見ただした時から鍛えに鍛えて限界を越え、新たな高みを見出しし、その筋道に目星を付けると沿ってわき目も振らず驀進し、

 特訓に続く特訓を繰り返し、自分の限界を超えた時――


 更なる猛 特 訓 に入るのだ。


 ディウムから話を聞いた時は目が点になった。どこの薩南示現流だよと。

 だがこの鍛錬心に満ち満ちたエルフ達であるが、その進撃はある日を境にぱたりと止めてしまうらしい。

 思春期から大人に掛けてガーッと鍛え上げつづけるのだが、ある程度……エルフ的には老成期に達する頃(外見は若いまま)になると、いきなり後進に道を譲り、教える側に回るという。

 どうもその辺りの歳で、自分の限界点をハッキリと理解してしまう事が原因らしい。

 限界に気付いてしまうのもアレだが、そこで大人しく道から退く方も大概だ。

 その辺りの達観具合だけはエルフを感じさせるものであった。


 しかし、それが意味するところは恐ろしい。

 何しろこの集落でのほほんと農作業に勤しんでいる、この人当りの良い大人達、老人達は、ほぼ全員が道を譲って引退したというだけで歴戦の猛者集団なのである。


「あそこで甲斐甲斐しく給仕してる黄緑色の三つ編みのお姉さん。

 若い頃はかなりぶいぶい言わせた凄い魔導士だったらしいよ。」

「マジか。煮物もらったぞ。」

「あっちの、ちょっとのほほん気味のお兄さんも若い頃は戦斧使いらしいし。」

「若い頃て……。

 二人とも大学生くらいにしか見えないんだけど。」

「エルフの御年は、思春期以降は最低でも十倍に見た方が良いよ。」

「わぁお。」


 因みに料理道に目覚めて『食えない食材は無い』と、毒物から毒素を抜いて調味料を生み出した者もいるとか。

 その熱意はどこから来るものであろう。

 陸は、日本にある河豚の卵巣の粕漬を思い出した。

 その知識を得た際に、河豚毒テトロドトキシンなんぞを、そこまでして食おうとするのかと呆れたものである。

 妙なところにジャパニズムに通じるものを見出してしまい、納得している自分がいた。

 隙を見てはエルフ達が次々に勧めてくるパンやら煮物とシチュ―、サラダ等を食す。

 肉にしろ野菜にしろ、妙に味付けが自分日本人に合うのも、凝り性含めて同じような気質があるからなのかと一人頷いていたりする。


「どうかしたのかい?」

「いや、別に。」


 そう返して、皿に盛られたパンに手を伸ばす。

 見た目は焼き目を付けたゆで卵なのだが、噛むとしっかりロールパン。しかも焼きたてで香ばしく美味い。

 何というか、食べるもの全部美味けれゃどうにでもなると考えられるところも日本人だからかなぁ、と思ってしまう。


「あ、それ正確にはパンじゃないよ。

 ポロっていう木の実の殻を取って窯で焼いた物。

 まぁ、パンのる木があると思えばいいよ。」

「凄いな異世界!?」



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僕と君とでBorder Line ~救世主様はヒトでなし~ 西上 大 @balubar

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