第3話 キミの前途は洋々だ。世間のお先はボドボドだ。


「大丈夫かね?」

「ハイ……。」


 そう返事をしたものの、未ださめざめと泣いてたりする。

 少女はそんな彼に寄り添ってニッコニコだが。


「そんなに気にせずとも良いのだよ?

 精霊と契約を結ぶ者ならば同じ事態になる事が多いんだ。

 何しろ精霊達は存在そのものが希薄なのでね。

 場合によっては亡くなった近親者の姿形をとる事もある。」

「そ、そういうものなんですか?」

「そーだよ。」


 おめーが言うなっと睨むが、きゃっと目をつぶって小突かれた風を装った。

 合の手を入れるタイミングまで良すぎる。

 いや良過ぎるからこそヘコまされるのだが、


「だけど、キミが気にしている点は見当違いだよ。」


 他人事のように陸の肩をパンパン叩きつつ諭すようにそう言ってくる。

 え? と顔を上げるの陸。


「確かにボクはキミのアニマをモドルにして生まれはしたけど、最初に言ったように受肉した精霊にあたるんだ。

 決して、じゃないよ?」


 安心してほしい――と、念押しの様にそう言われた時、陸の息が止まり、心臓が跳ねた。

 しばし硬直が続いたが、やがて大きく息を吐き出し脱力する。

 流石……と賞すべきであろうか。

 彼女は陸の心に抱えていた不安をぴたりと言い当てたのである。


 自分の女性面から出てきた分け身のようなものという事は、陸が求めている理想形である事に間違いないかもしれない。

 だがそうなると彼女は彼が求めている通りに接してくれる存在であり、

 更に言うと、求めている通りにしか接する事が出来ない、都合の良い存在なのではなかろうか?

 そんな不安が心の中に湧いていたのである。


 考え過ぎた、と言われればそうかもしれない。

 異世界などというフィクションの只中に来てしまっている事が、余計に陸の不安感を煽っている可能性もある。


 そう、不安だったのだ。。

 何故なら、そういった者達を彼は思い知っているのだから。

 悍ましい事に、そんなが身近で犇めいていたのだ。

 

 横にいる少女もアレらのようなモノなら、

 自分の理想像だというのなら、理想通りにしか動けないのではないだろうか。

 短い人生経験ではあるが、それらは重すぎる懸念トラウマとして、陸の心に伸し掛かっていたのである。


「大丈夫。」


 そう言って少女がぎゅっと抱きしめてきた。

 腕に感じる彼女の感触。

 そして彼女の心臓が動いている事が伝わってくる。


「キミの不安も分かる。

 何しろキミの記憶をベースにした記録がボクにはあるんだよ。

 あまりにボクがキミの好みの塊過ぎるだから、そんな不安を感じたんだよね。

 キミの好み通りにしか動けない生き人形じゃないかって不安になったんだろう?

 だけど、何度も言うけど、モデルにしただよ。」


 生きて、温かい。

 そして否定もする。


「確かにボクはキミの一部を型取って生まれはしたよ。

 だけど、だからって全肯定のイエスレディじゃない。

 キミの言う事を全部が全部肯定するのは、キミを無視してるのと同じだしね。

 今だってボクはボクの意思で、キミの傍にいるんだ。」


 ここに来て生まれたというだけで、陸の中にある女性像をベースにしたというだけである。

 だからこそ、彼の持つ不安も、嫌悪も理解してくれているのだろう。


「言うなればボクの立ち位置はキミの守護霊……。

 いや、受肉した守護精霊って言ったらイメージしやすい?」

「……あぁ。」


 すとん、と理解できてしまった。

 悲しいかなヲタ知識が豊富な事もあって、曖昧ではあるが認識できてしまう。

 いや日本人の民族性なのかもしれない。

 何しろ万物に魂が宿るものという下地も、概念すら萌えキャラ化できてしまう受け皿があるのだから。


「確かにお手本にしたのはキミのアニマだよ。

 そりゃあずっと一緒にいたからキミが見知った事も知ってるさ。

 だけど地球にいた時のボクは曖昧な存在だった。

 今日になってようやく自我ができてキミの前に出てこられたんだ。」


 それは――今、思い知らされている。

 顔が赤くなるほど密着されているのだから。

 息遣いのある、生きている存在だ。


「勿論、一緒にいたからの煩わしさ、憤りも、鬱屈も理解しているよ。

 当時のボクだって感情の波くらいは受けていたんだしね。」


 認識できないまま共にあり、共に感じ、共にここ異世界に来てようやく生まれる事が出来た。

 加護とやらで力を持った自我は、瞬く間に陸に伸し掛かっていた負担を、異常な環境を理解し、その嫌悪を強要したのである。

 

「生まれたてと言っても、キミと共に積み重ねた経験も持っているんだ。

 当時のボクに響く程度には……ね。」

「……。」

「だから、せめてと同列扱いだけは勘弁してほしいね。

 流石にそれは実に不愉快だ。

 まだ信用はないかもしれないけど、断然マシだという自信はあるんだ。」

「………ごめん。」


 と言われる者を引き合いに出したお陰か、陸は素直に謝罪を口に出せた。

 それほど嫌っていた事もあるが、元々この少年は善性の持ち主なのだ。

 ただ環境の所為でその部分が他者に見え辛かっただけである。


「こう考えてみてほしい。

 都合のいい女を生み出したのではなく、理想の相手とだと。

 何しろボクらは初対面なんだよ?」


 ――……そっか。と、陸は腑に落ちた。

 考えてみれば、理想の女の子が出てきてしまったという戸惑いと、突然の成り行きにより不安感が先走っていたが、確かに初対面である事に違いはない。

 それも相手は、きちんとした意思を持つ、生きている女の子なのだ。

 ディウムが言う様に自立した存在なのだから、当然自分で考えて行動し、感情を持ち、自分の意思で判断してくれるだろう。

 現に今、陸と接する事で喜びも見せているし、アレについて漏らした時は不快そうだった。

 それに、万物に魂は宿ると恩人に教えられていたではないか。


 陸は顔を上げて少女を改めて見た。

 確かに好みの顔立ちだし、この世界の基準は知らないが十二分に可愛い。

 しかし今は笑顔を弱め、やや不安げな表情を見せている。

 少し……いや、かなり無神経だったと後悔の溜息を零した。

 異世界転移だか召喚だかでいっぱいいっぱいになっていたとはいえ、こんな距離感で接してくれる女の子に対して不満を持つなど何様だろうか。


 陸はもう一度、本当にごめんと目を合わせて謝罪を述べた。


 ……直後、感極まった少女に押し倒されそうになったが些細な事だろう。







「落ち着いたかね?」

「な、何とか……。」

 

 少女のスキンシップが爆上がりしたり、外から様子を窺っていた民衆からは訳が分からぬまま囃し立てたりされたが、ようやく落ち着きを取り戻せた。

 隣の少女からはマシンガンの弾の様にハートマークが連発されているが、それに耐えれば良いだけだ。一発一発が致命傷だが。

 若い男女の悲喜こもごもは異世界とて変わりないものなのだな、とディウムに妙な感心をされてたりするがそれは兎も角。

 グダグタになっていたが、状況説明の続きを始められる。


「兎も角、続きを話そう。

 これはチートと呼ばれる能力と、君がになった事も関わっている。」

「え……?」


 今更であるが、考えて見れば何で自分からこんな少女が生まれのか、という事が頭から抜けていた。

 驚きの連続である事も大きいだろうが、余りに自然とものだから疑問を挟めなかったのかもしれない。


ディウムは、私も学者から聞いた話なのだが…と静かに切り出した。


「異世界からの召喚。

 それが成功すれば確かに別の世界からこちらの世界に呼び込む事は出来る。

 しかしその際に、神々の境界線を越えてくる必要があるらしいんだ。」

「境界…いわゆる世界の壁だよ。」


 ディウムの言葉を少女が次いで説明してくれた。

 成程、確かに別世界であるのだから、陸が体感していないだけで実際には物理的な差異とかがあったかもしれない。

 何しろ魔法なんてモノまでこっちにはあるのだから。


「ふむ。君達のいた所では"世界の壁"という概念もしっかりとあるんだね。

 やはり興味深い。」


 と感心してくれたが、陸としては申し訳ない気分である。

 何しろ持ち合わせている異世界知識なんてものはサブカルチャー。言ってしまえば学業やら生活の知識としてはあまり必要としないヲタ知識に過ぎないのだから。

 持っている知識が感心されればされるほど、自分のヲタクレベルを思い知らされる気になってくる。


「兎も角。

 世界には、ここと別の世界と隔てる境界は確かに存在しているらしい。」


 尤も、我々は学者らの説の中でしか理解できていないがね、と続けられた。


 この世界の――

 いや、他の神々や神霊、精霊達の祖を生み出した大神、《大いなるもの》。

 神話の中でしかその呼び名は出てこず、下手をするとエルフの語り部くらいでなければ口にしないような存在らしい。


「要はこの世界は、その大神様のテリトリーって事だね。」

「いや、分かり易いけども。」


 そう言われると一気に世界が狭くなった気がする。

 ディウムはそんなやりとりに微笑みつつも話を続けた。


我々エルフには伝わっていないが、大国には過去の魔法を解析し、研究する部門があるんだ。

 その中に、件の召喚魔法があるというのだが……。」


 神が伝えたという言語が今一つ理解し切れていない上、星の位置やら特定の精霊の力、その上消費される魔力も膨大でとてもではないが一人の魔力では不発に終わるという。

 それでも長年にわたって研究し続けられたというのだから気が長い話である。


 だがこの儀式法。儀式が上手く起動したとしても個別対象を認識する部分が解析し切れておらず、術式を放った線の向こうに奇跡的にお眼鏡に適った者がいれば由、という運頼りなものであるらしい。


「……そんな当てずっぽうなのに予算かけてるんですか?」

「らしいんだ。それもかなり。」


 針と餌を着けずに釣りをするようなもので、魚に糸が上手い事成功という粗雑さなのだ。

 陸でなくとも呆れかえるだろう。


「しかし幾度となく術式は成功しているらしい。

 現に君達は引き摺り込まれているのだしね。」

「う……。」


 幾度となく、というのだから運任せとはいえ多少の当てはあるのだろう。

 だが問題は、この召喚法が成功してしまった際に起こるのだ。

 何しろこの術式、目当ての存在に術が絡んだ場合は逃すまいと速やかに世界の隔たりを"貫く"という形でこの世界に引き込むのだという。


「いや、あの、それって……エラい乱暴なのでは?」

「あぁ…正しく召喚と言うのも憚られるような乱暴極まりない魔法儀式なんだよ。」


 だからこそ、成功率は非常に低い。

 しかし、そんな術式であるにもかかわらず、間をおいてでも続けられるのはそれなり以上の旨味があるからだ。

 能力に当たり外れ― そう考えるのもかなり不敬なのだが ―はあるが、件のチートと呼ばれている能力には、使い方次第で戦術級戦略級になりえるものもあるという。

 でなければこんな馬鹿げた、どう考えても失敗率の方が高い儀式を繰り返したりはすまい。

 尤も、どの国も失敗すれば秘匿し尽くしているとの事。

 下準備やら安くない資金をかけて失敗しました、では面目が立たないのだから分からぬでもないが。

 しかも失敗した場合、何かしらの被害が出る事もあるという。

 詳しくは不明であるが、ある失敗時には施設そのものを封鎖し、それ以降その付近は接近禁止令が敷かれたという。

 その術式に関わったとされる者も、と言葉を濁すばかりで、詳細は伏せられたままなのである。

 まぁ、碌でもないという事だけは確かであろうが。


 話を聞くだけで陸は冷や汗が出た。

 知識の無い陸が簡単な説明を受けただけでも雑で乱暴な魔法だと感じられるのに、被害すら出る事もお構いなしに続けられたと聞けが言葉も失う。

 何しろこの儀式とやら、考えてみれば世界の壁を訳である。

 そんな乱暴な目に遭って生身が持つのか甚だ疑問なのだ。

 世界の壁とやらに負けて負傷したり、叩きつけられて境界を越えられずに命を失う例もあったかもしれない。

 いや、今も自分だって知覚できないような障害が無いとは言えないだろう。

 今ここに座っている事すら奇跡と幸運が重なったであると思い知らせれる気分だった。


「確かに乱暴であるし、何より儀式そのものが乱雑極まりない。

 そもそも世界の壁を乗り越える儀式であるというのに神々へのお伺いすらない。

 それでも続けられる理由は、得られる益の旨味が損失を上回るからなんだ。

 成功した場合、その壁を貫いて召喚対象がこちらに引き込まれる際に、神の御力の欠片けっぺん…らしきモノが身体に引っかかるらしい。」

「欠片、ですか?」


 うむ。とディウムは頷いた。

 境界の欠片であり、神の威光にも及ばぬ本当に僅かな僅かな欠片。

 しかし欠片とはいえ、例え砂粒一つ分とはいえど、それは神の力に他ならない。

 生き物の範疇を越えた途方もない奇跡の力を秘めている。


「君達の世界には魔法や魔力素が確認されていないそうだね?

 だから無い世界から魔力溢れるこの世界に入ると、急激に魔力素が肉体に取り込まれるらしい。

 その際、欠片が押し込まれ、魔力の核になると考えられているんだ。」

「魔力の核……。」

「ファンタジーネタでもよくあったねぇ。魔力核。」


 いやまぁ、確かに良くある話ではあったのだけど。

 ファンタジーである彼女に言われると、一気に身近なものだと思い知らされ、軽い印象に感じてしまう。

 しかし、彼女が言った様によく目にした話である事に違いはない。

 おそらくは魔法を使う為の循環器となるのだと陸は思った。


「あぁ、勘違いしないでほしいのだが、この世界に生まれた一般的な生き物には魔力の核という器官はないのだよ。」


 あれ? 違うの? と肩を透かされる。


「普通この世界の生き物は、魔力を呼吸とは別に身体を循環させるものなんだ。

 だが、異世界からの招かれたものは、魔力を持たないが故に、水を砂地に撒いたかのように魔力素を一気に吸い込むらしい。

 その際、神の御力の欠片を巻き込んでしまう。

 押し込まれた欠片は芯となり、その周囲を凝縮した魔力で強固に固める。

 だから来訪者は奇跡の力を、

 神の御力の欠片を使用できるようになるというんだ。

 魔法とは別の、説明し難い現象を起こす能力。それが……。」

「……チートと呼ばれている、と?」


 溜息を吐きつつ、彼は頷いて見せた。


 何というか――

 陸が思っていたより壮大であった。

 そりゃ確かにこの世界で住まう者達からすればチートインチキだろう。何しろ神様の欠片なのだから。

 そんな力だからこそ求められ、呼び込む価値はあるかもしれないが……勝手過ぎやしないだろうか?

 何というか、話を聞くだに数打ちゃ当たる方式なのだ。

 異世界人である陸から見ても罰当たり極まりないし、仮に自分がそれを実行できるほどの力を持っていようと、実行しようという気にはなるまい。

 それともこの世界的には全然OKであるというのか。


「いや? 全然NOだよ?」


 答えたのは少女だった。


「ちょっと考えてみてよ。

 言ってしまえばこれ、誘拐するのに自分ちの庭を逃走経路に使われてるようなものなんだよ?

 それもお追い銭とばかりに庭から野菜とかくすねられるの。」

「一気に庶民っぽくなったなヲイ!

 まぁ、解り易いけども。」

「そんな事を度々続けられて怒らないとでも?」

「そりゃあ……。」


 普通に怒るだろう。


「これが人間なら警察に連絡した上で庭に入れないようにするよね?

 当たり前だけど神様だって不快になる。

 一連の行動からか、今回でのか、まではボクも分からないけど、もう二度とできないだろうね。」

「尽きたって……何が?」

「堪忍袋の緒。」


「……は?」


 どう説明したらいいかなぁ? と少女は軽く首を傾げる。

 実際、説明が難しいのだ。

 どゆこと? と、聞かれても本当に『神が遂に怒った』としか言えないのである。


 私も突然、神霊様からお告げを受けたもので深く理解できているとは言えないのだが……と前置きをしてからディウムは話を継いだ。


「神霊様が言うには、遂に神の怒りが落ち、こここの世界異界地球の間にあった境界線を砕いて素通りさせたらしいんだ。

 これにより、召喚された者は欠片を得られず素通りしたという。」

「え? それじゃあ次からは楽に召喚できるんじゃ……。」


 と不安になるのも当然だが、ディウムは首を振って否を示した。


「神霊によると、もう二度と行き来は出来ないようにしたらしい。

 良くは知らないが、神の力を持つ者であるなら兎も角、下界にくるものでは絶対に異界へと繋げる事はできないと仰っていたよ。」


 そして当然、召喚された者には神の欠片を得ていないので、どう足掻こうと不可能である。


「そして君なのだが……。

 儀式によって引きずり込まれた中から、君だけは何とか救い出す事に成功した。

 しかし、それは偶然ではないんだ。」

「は?」


 神霊様よりある程度話を聞いてはいるが、そこは神霊様という別存在の目線の差異が入っている所為で、どう説明すればよいやらと、ディウムも言葉を濁す。

 それでも神霊との付き合いはそれなりに長い彼は、何とかある程度形のある情報は引き出せていた。

 陸も、遂に神の怒りが下され、怒りの鉄槌は召喚された者達が通る前に境界を砕き、彼らを素通りさせた――というところまでは理解できているし、サブカル知識のお陰で呑み込みが良い。胸を張って言えないが。


 しかし、その後の説明が少しばかり難があった。


 素通りを見届けた後、神は二度とこういった不遜な出入りができないよう造り直そうと動き出す。

 そもそもも泡の膜のようなものであったのだ。その気になれば出入りする事も可能だろう。

 ならば道を断てばよい。

 もう二度と知覚の隅をちらちらと塵芥がよぎる事が無いように、丹念に封じれば良いだけなのだ。

 早速、《大いなるもの》は道を塞ぐ作業に取り掛かろうとした。


 その時、ふと通り過ぎるの一つに気が取られてしまう。


 神々からすれば風に舞う塵芥に等しいその中に、ただ一つだけ光を見せている粒があったのだ。

 神は非常に珍しい事に、その一粒が


 唯人の知覚能力であるなら兎も角、全能なる神によって感知されたのだ。それは五感や第六感以上の超感覚でもって認識されてしまう事態である。

 神による直接接触とも言える影響は、思いもよらない結果を齎せた。

 ほんの刹那の間ではあったとはいえ、神が意識を向けてしまったが故に、他の神の目にも止まったのである。

 知覚を向けたのは《大いなるもの》にとってほんの僅かの間。刹那の時だ。

 何事もなかったかのように視覚を逸らして作業に戻った《大いなるもの》は既に塵程にも覚えてもいないだろう。

 しかし他の神々や神霊達達は見ているし、注目もしている。

 その中に、《大地に根ざすもの》もいた。

 《大地に根ざすもの》はこの世界の生命寄りの存在であり、属する神霊は更に民に近しい意識を持っている。

 特に生命を司る神霊、《カティナ》はこの小さな輝きに注目していた。

 何しろ《カティナ》は、予てから無断での召喚術による非道に不満を募らせていたのだから。

 そんな所にまた被害者が出てしまい、更にはそれはめったに見ない輝きを持った者だったのだ。

 

 この一粒は小さく儚いが尊いもの。

 世界より攫われし者の中でも数少ない例である。


 そう感じた《カティナ》は、あのようなに断固として向かわせまいと、その小さきものに加護を行使する事を決めた。

 神霊は速やかにディウムに神託を送り、彼と協力して術式にややかなり強引に介入してこの地に導いたのだ。


 他の召喚者らと大きく違うのは陸が加護を授かった点だ。

 そして更に、儀式の横合いから掻っ攫った形になった所為だろうか、境界の欠片すら混じっている。それも、少々けっこう大きめな欠片が。

 無論、それは神々からすれば砂粒に埃が付いた程度のものであるが、授かった側からすればその力は途方もなく、彼の肉体もただ事ではない影響を与えていた。

 力を与えられた過ぎた陸は、その持てる器に対して余りに過剰な加護による負担によって、ついに魂の器が限界を越えてのである。


 無論、そのままであれば跡形もなく消失していたであろうが、居合わせていたのは命を司る神霊だ。

 本来の気質故か、不憫に思ったか、慈悲によるものか、或いは何からの思惑有っての事かは不明であるが、河上 陸という器がこれ以上壊れないよう、その身と魂を丁重に形作ろってくれたらしい。


 そしてその加護の恩恵は、陸からはち切れた力にも及んだ。

 何しろ周囲に神の欠片素材がいくらでもあるし、何より自分が司るものは命なのだから材料も、技量的にも足りないものはない。

 弾き出された陸の一部に神霊による命の息吹と欠片、そしてずっと寄り添っていた儚き精霊が混じり合った。

 それは陸と共にあった脆弱な精霊が、彼の無意識下の女性面をベースとして確立し、ついに一個体として顕現するにまで至り、生まれ出でた者が――


「ボク、という訳。」

「……って、事は僕の中には。」

「突拍子もないくらいチートがあるね。

 ボクもそうだけど。」

「……何てこったい。」


 歓ぶべきか? と言う疑問しか出ない。

 魂がはち切れるほどの量って何ぞ? つか精神が崩壊してないのがスゴイな自分!

 出鱈目って呼び名の力を色々持ってるって拙くない? いや拙いよね?!


 つか、ぶっちゃけほぼほぼ神霊様のお陰であろう。感謝感激雨霰だ。どっち方位向いて五体投地してお礼を告げれば?!

 等と色々言いたい事は山盛りてんこ盛りであるが、それより何より、


「そもそも輝きってナニ?!

 自分、いわゆる世界を股に掛け善行に向かうようなヒーロー的なモンになった覚えないぞ?!」

「キミはHでEROだもんね。分かります。」

「ちゃうわっ!!」

「いやいやそうじゃなくて……ゴメン。真面目に話すよ。

 キミが光っているように見えたものは見当が付いてるよ。」


 何と。やはりチートってスゴイな?!

 と感心した陸であったが、


「いや私も見当がついているよ。」


 とディアスが続いた。

 アレ? 自分だけ分かんないの?

 ひょっとして自分って相当鈍い?

 等と軽くヘコむが、そんな彼に少女は笑って答えた。


「そうじゃないよ。

 多分、自分じゃ当たり前すぎて分からないと思うんだけどさ。」

「ほわっつ?」

「だってキミ、

 信 仰 心 あるだろ?」


 一瞬、何の事かと首を傾げかける。

 さらりと言われたものだから、言葉が右から左に抜けたのだ。

 え? と思いつつ、ディウムの方に視線を向けると彼も頷いていた。

 そしてようやく問われた事が、言葉通りだと理解し、





「? そんなのじゃね?」


 と口に出した。


 少女はホラね、と微笑み。ディウムも満足そうに頷いている。

 陸一人が?マークを浮かべていた。


「だからこそ、君は、カワカワミ・リクは、

 《大いなるもの》の目に留まり、

 《大地に根ざすもの》に認められ、

 命を司る神霊、《カティナ》によってこの地に導かれたのだよ。」


 例え異世界の。

 例え知らぬ神であっても敬意を払い、礼を尽くせる。


 だからこそ神霊達に受け入れられ、

 余す力を持ち合わせているにも拘らず、この世界に生きる事を許されて――


 この大地に根ざすものの集落、ティンダルにのである。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 何か、強い光を見た気がする。

 それは全員の記憶に残ってたものだ。

 次に何か大きく軋む音が聞こえたと思えば――


「え? どこだよ、ここ?」

「あれ? 教室…じゃない?!」

「何よこれ……どういう事?」


 少年少女ら、そして担任だった教師は困惑した。

 朝のHRが終わり、日直が起立を告げようとしたした瞬間、あの謎の光に包まれて意識を失い、気が付けば開けた石畳の広場にいたのだから。

 その上、周囲には怪しげな黒尽くめの者と、映画でしか見た事にない鎧甲冑を身に着けた者たちが囲むように立っているのだ。


 怯え、慌てふためき、戸惑い、焦り、叫ぶ者までいた。

 少年少女は無論、大人である教師すら混乱の只中にいたのだから当然だろう。

 彼らでは場を収める事が出来まい。


『よくぞ参られた。異界の方々よ。』


 突然、頭に声が響き、生徒達と教師の動きが止まった。

 耳から入った声音ではない。頭に直接染込んだように感じられる。

 その声によるものかは不明であるが、全員の混乱が沈静化していた。


『混乱しておられるのも当然。

 貴方がたは異世界より参られたのだから。』


「いせ、かい……?」


 誰が零したものか分からないが、そんな漏れた呟きが皆の頭にゆっくりと伝わり、じわりと現実感を持って表に出てくる。


 ある者は未知に対する期待。ある者は現実社会から解き放たれたと歓喜錯覚し。

 ある者は自分の世界を失った事に絶望し、ある者はまた恐怖に泣き始めた。


 その反応は様々であるが、異世界に来てしまったという現実だけは、受け入れ難かろうが思い知らされてゆく。


 そんな子供達の様子を見守っていた黒尽くめの男……アルムール王国の国定魔導士であり魔法局の局長であるアブリグは、儀式の成功に安堵していた。


 国家主導の計画で進められ、何とか起動にまでこぎつける事が出来た大掛かりな儀式魔法『空間陥没利用式段差誘導召喚』。

 上の者達上院貴族らの思惑の深いところまでは分からぬが、結果の如何によっては魔法局への予算が大きく変わってしまいかねない。

 何しろ彼が局長にまで上り詰める以前よりまともに成功した試しが無いのである。

 今度こそ、次こそは、と二十年に一度の割合で繰り返されてきた儀式だ。

 流石に現国王もこれ以上の予算を回すのは考えものでは? と出し渋りを見せ始めていたのである。


 しかし、今回は成功した。

 正に快挙である。

 確かに魔法術の起動にはを必要としたが、それもこの成功を見せた事でどうとでも出来よう。

 これで古代術式の第一人者という面目も保てたし、何より魔法局という立場も確固たるものとなるだろう。


 ともあれ、全力を出し切った彼は、後の事は担当官に丸投げする形で、局員らに肩を借りてその場を後にした。

 心地よい疲労が身体を重くする。

 支えてくれる同局員らの賛辞に対してまともに返答する気力もない。

 彼自身も感極まってはいるのだが、今のアブリグの心にあるのは横たわりたいという想いだけ。

 この達成感のまま寝台に身を委ねたいという想いしかなかったのである。



 ――無論。

 そんな儀式を行ってしまったという愚行を彼が理解できる筈がない。

 反省なく繰り返された愚行によりを得る機会を永遠に失った事も。

 そんな愚行を続けたという疵が、遂に神の眼に止まり最悪の結果を産んでいる事など気付ける筈もなかった。

 


 よって、

 もう――彼らの前途に光は、無い。


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