第23話「欠点のない小説だな」

 それから俺は毎日のように浦本うらもとの家に行った。


 浦本ハルカに出迎えられることはまずなかったが、姉の希乃きのさんが俺を部屋に入れてくれた。


 浦本の部屋には大量のマンガがあり、俺は折りたたみ式のちゃぶ台を借りて(希乃さんが貸してくれた)、ノートに思いつくままに行き当たりばったりの物語を書いていた。


「気が散るから」と俺を追い出そうとする浦本だが、何回か無視すると、声をかける方がめんどくさくなるようで、また漫画の執筆(?)に戻り、そのあとは俺が何か聞きたいことがあって声をかけても聞こえてもいないようだった。


 すごい集中力でディスプレイに向かう浦本は、その背中を見るだけでも相当にかっこよく、俺もそれを邪魔しようとは思えなかった。




 ある日。


 ちゃぶ台の前にあぐらを書いて小説もどきを書き付ける俺に、浦本が声をかけてくる。


「お前ってさ、学校に行く時間を小説書く時間にあてようとか思わねえの?」


「全然。学校楽しいし」


 俺は浦本と違って大した集中力がないため、かけられた声にすぐ応じる。


「それに、キャラクターの観察しないと」


「キャラクターの観察?」


「俺、クラスのやつらをモチーフにした話を書いてんだよ」


「そうなのか? そんなに面白いやつがいるのか?」


 浦本が少しだけ前のめりになる。


「別に芸人みたいに面白いわけじゃないけどさ。小説書くようになって気づいたんだけど、みんな性格違うんだよな」


「当たり前なこと言ってねーか?」


 浦本の姿勢が元に戻った。


「当たり前だよ。でも、俺は、俺の感覚とか考え方しか知らないから。今日とかさ、クラスに須賀っていう女子がいるんだけどさ、給食にりんごが出た時に、『うち、小さい時にりんご見たことなかったから中身も赤いと思ってたんだよね』とか言うんだぜ? そんなん、どんなに想像力あっても思いつかないだろ」


「ふうん……?」


「浦本も来て話したらマンガに活かせると思うけどな。ま、来ないんだろうけど」


「……そうだな」






 そして、その翌朝。


 登校した俺は、校門の近くでまごまごしている浦本ハルカを見つけた。


「……浦本!」


「……おう」


 あくまでもクールな浦本だったが、俺を見て安堵している感じは隠しきれていなかった。


「お前、来ないって言ってたじゃねえか!」


「言ってねーよ。『……そうだな』って言ったんだ」


「そうだなって言ったんじゃねえか」


 俺が歩き出すと、浦本も横に並んで歩き出す。


「『マンガに活かせると思うけどな』ってところに同意したんだ」


「わかりづら! まあでもなんでもいいな、浦本と学校で会うの新鮮だわ!」


「うるさい、あんまり大きな声でオレ……アタシを呼ぶな」


「アタシ? 変な一人称使うなよ」


「……オレの方が変だって姉ちゃんに言われた」


「いや、浦本の姉ちゃんボクっ子だろうが」


 そんな話をしている間に、教室に辿り着く。


「んで……オレの席はどこだよ?」


「俺の隣だよ。だから俺がプリント届けたんだ」


「……そっか」





 その日、俺は昼休みに担任に呼び出されて、なんだかよく分からないが賞賛された。


「柳瀬くんに任せてよかった」とかそんなようなことを言われた。


 俺は誇らしいような、誇っていいのかよく分からないような、変な気分だった。




 放課後になって、俺は浦本と一緒に浦本の家に帰っていく。


 いつも通り、俺はちゃぶ台(気づけば毎回仕舞われていたちゃぶ台は、諦めたようにそこに置きっぱなしになっていた)の上で筆を走らせながら、浦本に尋ねた。


「学校どうだった?」


「別に普通だな。マンガ描いてても怒られねーし」


 珍しく返答が返ってくる。


「ま、他のやつは怒られるけどな」


「なんでオレは怒られねーんだよ」


「知らないよそんなこと」


 本当はちょっと分かっていたが、それを言わない分別が無駄についていた。


 それに、今日はなにより。


「それよりさ、やっと話が書けたんだ!」


 俺はその小説の第1章をやっと書き終えて、ノートを掲げる。


「おお、そんなん書いてたのか」


「ずっと俺がここで何してると思ってたの!?」


「冗談だよ」


 浦本は真顔で冗談を言って、俺からノートを取り上げて、引き続き真顔で読んだ。


 目の前で自分の書いたものを読まれて、本来ならかなり気恥ずかしいはずなのだが、不思議と浦本に対してはそう言った感情はなかった。緊張はしたけど。


 やがて、彼女はノートを閉じて、俺に返す。


 そして、ぼそり、と口にする。


「欠点のない小説だな」


「やった……!」


 じんわりと喜びを感じる俺に、


「褒めてねーよ」


 ぴしゃり、と遮る声。


「どういうことだ……?」


「減点法なら100点満点だった。でも、」


 浦本はつまらなそうにディスプレイに向き直る。




「加点法なら0点だ。面白い文が一つもなかった」







「……おじゃましました」


 俺は静かに扉を閉じる。


「ねえ、あなた」


「ん……?」


 そこには、見たことのない女子——目鼻立ちの整った女子がじっと俺を見ていた。


「どうやってハルカを小学校に連れて行ったの? 私がいくら言ってもハルカは行かなかったのに」


「……別に」


「すごいんだね、あなた」


「すごくないよ。俺は……」


 初対面の彼女の横をすり抜けながら俺は吐き捨てる。


「……いかにも脇役だ」


* * *


「そっか、あれが常盤だったんだな」


 常盤ときわ美羽みうは、下唇を噛んで、俺をじっと見ていた。

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あたしにラブコメを教えて。 石田灯葉 @corkuroki

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