第22話「じゃあ、お前にはなれないよ」

「……お前、誰だよ?」


 充血した目で睨んできた浦本うらもとに、それでもひるまなかったのは、当時の俺の高い自己肯定感ゆえではなく、


「同じクラスの柳瀬やなせ岩太がんた。プリント届けに来たんだけど、」


「そんなもん別にオレに届けなくても置いていけば」「それより、このマンガ、全部浦本のなのか!?」


 ……部屋いっぱいに溢れていたお宝のおかげだった。


 そこには、200冊は優に超えるであろうマンガたち。というかこの量の本を本屋でしか見たことがないから、全然何冊なのか分からない。もしかしたら1000冊とかあるのかもしれない。


 あまりの興奮に、彼女の一人称が『オレ』なことにも気が付かなかった。


「……オレのっていうか、親のものもあるけど」


 あまりに前のめりすぎる俺に気圧けおされたのか、浦本は眉間に皺を寄せつつも説明してくれる。いつの間にか浦本姉は扉を閉めて去っていた。


「読んでもいいか?」


「ハァ? なんで居座るつもりなんだよ。だめに決まってんだろ。帰れ」


「ええー」


「ええーじゃねーよ。帰れって」


「じゃあ、持って帰るから1冊貸してくれ」


「だめに決まってんだろ」


「じゃあ3冊!」


「だめだ」


「んー……じゃあ、5冊!」


「ていうかなんでお前の方が増やしてんだよ」


 浦本はつれない態度のまま。


 俺は諦めきれず、床に放ってあった単行本を手に取りながらそこにあぐらをかく。


「だってこれ、劇場版を観に行かないともらえない第0巻だろ? これずっとめちゃくちゃ読みたかったんだよ」


「しらねえよ、オークションで買え」


「そんな金はない!」


「堂々とすんな」


 浦本は椅子から降りて俺の手の中にあった第0巻を取り上げる。


「あのな。お前非常識だぞ」


「非常識も何も……ん!?」


 と、そこで、浦本がどいたことで、ディスプレイの中身が見える。


「マンガ!?」


 そこに映っていたのは、マンガの下書きみたいなものだった。


「それ、浦本が描いてんのか?」


「ああ、そうだよ」


 彼女は別に隠そうともせず、照れもせず、ただただ説明するのがめんどくさそうに言い放った。


「え、小学生にマンガって描けんのか……?」


「逆になんで描けねーんだよ……」


 呆れたように吐き捨てると浦本は椅子に座り直す。


 俺は、一連のやりとりから、浦本に意外なものを感じていた。


 今思えば呆れ返るほどに偏見に満ちた考え方だが。


 ——不登校にしては浦本は明るかった。


 いや、朗らかとかそういう意味ではまったく明るくはないんだけど、もっと無口で引っ込み思案な人が不登校になるのかと思い込んでいたから。


「なあ、」


 無神経すぎる俺は、無神経すぎる質問をする。


「浦本は、なんで学校来ないんだ?」


「マンガ描く時間が減るから」


 彼女は俺の無神経な質問に対してなんでもないことのように、そう答えて、PCの前の黒い板をカリカリと叩き始める。


「え、それだけで? 小学校って義務教育だよ?」


「んなもん知らねーよ。オレが決めたわけじゃねえし」


「そりゃ浦本に決める権利はないだろうけど……」


 マンガを描きたいからと小学校をサボるなんて話、聞いたことないんだけど……でも、この話をこれ以上浦本としてもしょうがなさそうだ。


 俺は別の質問をする。


「なあ、マンガってどうやって描くんだ?」


「そんなこと聞いてどうする」


「えーっと……」


 これを初めて打ち明けるのが、初対面のこいつでいいのかを一瞬逡巡して、


「……実は、俺も将来、漫画家か小説家になりたいんだよ」


 と、伝える。


 が、しかし。


じゃあ・・・、お前にはなれないよ」


「え?」


 聞き間違いかと思った。


「いや、俺の作品を見たわけでもないのに、なんでそんなこというんだよ?」


「見せられる作品があんのか?」


「まだ無いけど……」


 何言ってんだこいつ、と俺が呟くと、浦本はこちらを振り返りもせず口を動かす。


「いーか。漫画家になるために絶対必要な条件がある」


「才能か? そんなの、まだ分からないだろ」


「ちげーよ。才能とかくだらねー。そんなんじゃなくて、お前がさっきから『将来』とか『まだ』とか言ってるそれがクソだっつってんだよ」


「はあ……?」


「いいか。漫画家になる条件。それは、『今、現在進行形で漫画を描いてる』ってことだ」


「…………!!」


 その言葉は電撃みたいに俺の身体を貫いた。


 ……そりゃそうすぎる!!


「漫画家になりたいやつは漫画家になれない。漫画を描いたやつが漫画家になるんだ。将来じゃねーよ、今叶えろ」


「……なあ」


 俺は震える声で、浦本に頼んだ。


「……俺が話を書いたら、マンガにしてくれるか?」


「いやだよ、お前つまんねーもん」


「じゃあ、面白ければいいのか?」


「面白ければいいよ」


 やっと浦本はこちらを振り返り、全然面白くなさそうな顔で言った。


「面白ければいいに決まってんだろ、そんなもん」

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