第21話「でも、キミはこのインターホンを押した」

* * *

 小学校時代、俺はきっと、主人公だった。


 それも、ラノベ主人公なんかじゃなくて、少年漫画の主人公だ。


 学級委員長。成績は体育・音楽・図工含めてすべて『たいへんよくできました』。


 足が速く、冗談を飛ばし、困っている人がいれば手を差し伸べる。


 いや、実際そんなやつが主人公の物語が面白いのかは分からないが、その外殻キャラ主人公ヒーローじみていたのは、認める。


 なぜ俺がそんなやつだったのか。


 それは単純で、誰にでもある話で、大好きな漫画の主人公がみんなそういうやつだったからだ。彼らに憧れて、その言動を真似ていた。それだけのことだ。


 俺もまた、物語に人生を変えられていた——作り上げられていた。


 そんな俺がいつか・・・自分も物語で人を変えたいと思うのも自然なことだろう。



 そして、小6のある日。


 多分、そんなヒーロー性を見込まれて俺は、浦本うらもとハルカの家に行くことになった。


 小5のクラスメイトなのに、一度たりともその姿を見たことのない——不登校の少女のもとへ。







「いらっしゃい。あれ、キミは、ハルカの友達?」


 修学旅行の案内のプリントを届けるという名目で浦本家を訪れた俺を迎えたのは、どうやら浦本の姉ちゃんだった。


 黒縁メガネをかけて、黒髪のショートカット。俺は浦本ハルカ本人に会ったことがないので、ハルカに似ているのかは、その時はよく分からなかったが。


「あの、プリントを届けに来たんですけど……」


「そうかな? でも、キミはこのインターホンを押した」


「はい……?」


 不思議で意味ありげな物言いに、俺は首をかしげる。


 インターホンを指さす浦本の姉ちゃんは半分だけの手袋をつけていた。薬指と小指と手の半分くらいだけを覆う、変な形の手袋。


「いつも、ハルカ宛のプリントはポストに投函されているし、それで事足りるはずだ。なのにキミはインターホンを押した。ということは、キミはハルカに会いに来たんだ」


 浦本姉は薄く微笑んで、そんな推理を披露する。


「でも、姉のボクの知る限り、ハルカに友人は1人しかいない。学区のギリギリ違う女の子が1人だけだ。当然、他の小学校に通っているその子はハルカにプリントを届けないよ。何日かに一度世話を焼きに来てはハルカにぞんざいに扱われて肩を落として帰っている」


「そうなんですか……」


 たしかに、浦本家の裏には少し広めの道路があり、その向こうからは別の学区になっていると聞いたことがあった。


 それにしても、自分のことをボクって呼ぶし、なんだか不思議な喋り方をする人だなあ……。


「で、友人じゃないキミは、どうしてハルカと話しに来たんだい?」


「会ったことないから、話をしたいと思って……」


「ふうん?」


 見透かすような視線。実際は担任の先生に「このプリントを届けてあげて」と託されただけなのだが、別に会ってみたかったのは嘘ではないので、俺はなるべく毅然とした態度で浦本姉を見返した。


「だめ……ですか?」


「なんでだい?」


「え?」


 質問に質問で返されて、会話の糸口を見失った。


「キミを断る理由がないよ。ボクにはね」


 そして、浦本姉は開いた扉を背に、俺を迎え入れた。


「足止めして悪かったね。別に試したわけじゃなくて、ハルカに会いに来る人がいるのが珍しくてちょっと興味があって」


「はあ……。おじゃまします……」


 靴を脱いで、浦本姉の後ろをついて廊下を進む。


「それにしても、キミは運がいいよ、ちょうど今ハルカは作業がひと段落ついて、上機嫌だから」


「はあ……そうですか……」


 作業? 上機嫌……?


「ここがハルカの部屋だ」


 突き当たりの部屋につく。なんの変哲もない扉。


「おーい、ハルカ」


 ノックして、浦本姉はドアを開いた。


「うわあ……!」


 すると、その中身は、壮観だった。


 小さな部屋の双璧そうへきには天井まで届く本棚があり、そこにはびっしりと漫画本が隙間なく詰まっている。それどころか、床にも、開いた状態で伏せられている漫画が散乱している。


 そんな部屋の奥、大きなディスプレイの前、ゲーミングチェアに座った女子がいた。


 ゆっくり振り返った彼女——浦本ハルカは、女子のくせにどすの利いた声で俺を睨んだ。




「……お前、誰だよ?」





 …………これのどこが上機嫌なんだよ?

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