第137話-終-<懺悔する者>
テルーオ歴6077年04月14日
ある女性が質素な木造の建物の一室で目を覚ます。
その部屋の中には木製のベッドに椅子に机に本棚と最低限の家具だけが揃えられている。
本棚には幾つかの本が見える。タイトル等がかすれている物もある
-黒髪紅眼の英雄(著:モニカ・サジューロ)-
-剣聖ケイゴ・ニノマエ(著:カズマ・ニ■マエ)-
-我が祖国の■亡と黒■鬼(原著:プル■ナ・■■ラージョイ・セレ■タ)-
-フィーノ王国の平民文化について(著:■デアキ・ショ■ジ)-
-詩人としての英雄-我が心の師匠に捧ぐ(クリスチャン・カント)-
-世界の花図鑑-
女性「彼を覚えている人は何人いるのでしょうか。」
本棚を見ながら独白していた女性はふと室内の時計に目をやる。
女性「あら、いけませんね。朝食前に終わらせないと・・。」
彼女は洗面台に向かい立ち身だしなみを整えている。鏡の中には長い年月を体験したことを示す深い皴を顔に刻んだ老婆が写っている。
「結局、年長者が最後まで生き残ってしまいましたね。無駄に長生きしてしまいましたが、今のこの姿でもあの方は大げさに褒めて下さるでしょうか?」
老婆は己の格好に納得がいったのか木製の杖を片手に洗面台を後にする。
彼女が建物を出ようとすると小さな影が廊下から現れる。
黒髪の少女「先生~、いつもの墓参り?」
「ええ、すぐに戻ります。親愛なるリリア。」
少女「うん。」
黒髪黒眼の少年「リリ、朝食までこっちで遊ぼう?」
少女「うん。お人形さんごっこがいい。」
黒髪黒眼の少年「いつものだね。分かった~。」
「リリアはエルと本当に仲良しですね。」
少女「うん。優しいから大好き。」
「例えエルが玩具を持っていなかったとしてもその感情は忘れないでくださいね。」
少女「うん?人形がなくても大好きよ?エルはエルだもん。」
「・・・・・。ええ、本当にそのとおりですね。」
老婆は何か眩しいものを見るように少女を優しく見ているが、どこか悲しげでもある。
少女「先生?どうしたの?」
「何でもありません。では、良い子でいるのですよ?」
少女「は~い。」
老婆は木造の建物を後にし、街の中心街に向かって歩く。
**「シスター、おはようございます。」
偶々すれ違った男性が声をかける。
「ええ、おはようございます。ダンさん。」
**「えっと、今日は第一の日・・・なるほど、墓参りですかね?」
「ええ。ダンさんもですか?」
**「はい、両親が好きだった『天国への片道切符』を墓前に収めてきました。」
「それは良い親孝行ですね。」
**「生前はあまりできなかったので、ただの自己満足ですがね。」
「・・・・・!いえいえ、そんなことはないと思いますよ。」
**「おっと、あまりお引止めするのは悪いですね。では。」
老婆は一瞬言葉に詰まったが、男性はそれに気が付いた様子はない。
「ええ、さようであるならば。」
老婆は男性と別れそのまま王城前にたどり着く。
兵士「聖女様・・・・・!!おはようございます。いつもの墓参りでしょうか?」
兵士は姿勢を正し、直立の状態で老婆に話しかける。
「聖女は遠い昔に引退しましたよ。今はただのシスターです。そこまで硬くなされないでください。通ってもよろしいでしょうか?」
兵士「はい!!もちろんです。」
兵士は老婆に最敬礼をしながら通行を許可する。
「ところで、この一週間、彼の方の墓に参られた者はいますでしょうか?」
兵士「う~ん。城の清掃係の者を除けば報告はないですね。」
「やはりそうですか。昔はひっきりなしに人が訪れていたのですけどね。」
そういう彼女は無表情で何を考えているかわからない。
兵士「個人的に親交があったという父方の祖父母から聞きましたが、彼の方は大層女性に人気があったとか・・。」
兵士のネームタグにはデニス・クライストと書いてある。
「・・・。そうですね。人の関心をひくという意味ではある意味人気がありましたね。」
兵士は老婆の寂しそうな表情に何と相槌を打てばよいのか困っている様だ。
「あら?あまり公務の邪魔をするといけないかしら?失礼しますね。」
老婆は王城の脇にある共同墓地に向かう。
「もうそんな季節なのですね。」
一本だけ生えている桜の木にできたピンクの花を見ながら彼女はつぶやいた。
その桜の木の傍に彼女の目的の墓石がひっそりと存在していた。
「あら、先週お供えした花がダメに・・・。」
老婆は墓石の周辺を掃除し、新たな花を添えた。
そして彼女は疲れたのか墓石の前に置かれた長椅子に彼女はゆっくりと腰を下ろす。
「今日は暖かくてお昼寝には最適な日ですね。子供達には怒られてしまいそうですが、少しお休みしましょう。」
老婆はうつらうつらとしている。そんな時・・。
男の声「その御墓はどなたの物でしょうか?」
ふと男の声が彼女の背後から聞こえた。
「・・・・!!」
彼女は眼を見開きながら息を呑んだ。
男の声「貴女様のような美しく天使の様に可憐な女性に気にかけて貰うとは・・ソイツはえらく幸せ者でしょうな。どんな奴なんです?ソイツ?」
男の声は楽しげである。
「・・・・スケコマシでナンパな人でロリコンなある意味酷い殿方です。」
ポタ、ポタ、・・・
何か水滴が硬いものに当たるような音がする。
男の声「 ハッ ハッハッハッハッ、それは酷い言われようだ。ただ、一つだけ訂正させて欲しいのですが、そいつはたぶんロリコンではなくて年上の女性が好みだと思います。」
「クスグス。それはありえませんね。その人は自称美少女な年上の女性に抱き付かれても眉一つ動かさずに静かに引きはがそうとする酷い人でしたから。」
ポタ、ポタ、・・・
男の声「いえいえ、多分ソイツはその人の事はかなり気に入っていたと思います。ソイツは嘘つきでしたが、その言動の全部が全部嘘という訳でもありません。」
「分かって、います。だから、こそ、余計、質が、悪い、です。グス、グス。」
ポタ、ポタ、・・・
男の声「・・・・。おやおや可憐な聖女様を泣かせるとはソイツは酷い奴ですね。」
「ええ、全くです。でも、これで聖女を泣かした男になって頂くという約束は何とか果たせましたでしょうか?」
男の声「ええ、どうやら彼は満足しているようです。多分そういう律儀なところを気に入っていたんだと思います。まあ、職務に忠実すぎる点については少し困っていたようでしたが・・。」
「・・・・。私はその人にひどい事をしてしまったんです。」
男の声「ですが貴女様はそれを一生後悔し、貴女様はソイツとの約束を『最期まで守りきった』。『彼』はとても嬉しかったようですよ。」
男は間髪入れずに彼女の言葉に続けた。
「・・・!!!」
『白髪の老婆』は声の方に何かを期待するようにゆっくりと振り返る。そこには・・
黒髪紅眼の男「お久しぶりです。超絶美少女なリサ様。」
老婆はその顔に喜びや申し訳なさ等が入り混じった複雑な感情を浮かべながら彼を凝視する。
リサ「・・・!!ジョンさん・・・ごめんなさい!!!」
彼女はそう言いながら頭を下げた。
黒髪紅眼の男「・・・・。謝罪を受け入れます。リサ・サンクトゥーロ様。」
カラン。
彼のセリフが終わると同時に少し硬いものが地面に転がるような音が『遠くで』鳴り響く。
彼女が頭を下げている間、彼は以前の様に目を閉じることはなく、彼女の『長い金髪』のつむじに優しいまなざしを向けていた。
リサ「ジョンさん・・・。私は・・・・私は・・・・。」
リサは顔を上げた後、なおも彼を食い入るように凝視しながら何かを言い淀む。
黒髪紅眼の男「どうしました?」
リサ「もう一つ謝らねばならないことがあります。」
黒髪紅眼の男「なんでしょうか?」
彼は何かあっただろうか?と言いたげな不思議そうな顔をしている。
リサ「私たちは本当の事を世間に公表しませんでした。貴方は災厄と相打ちになった事になっています。」
黒髪紅眼の男「・・・・。もし真実を公表していたら更に不幸な人間が出たかもしれません。結果としてはそれで良かったのではないでしょうか?」
リサ「・・・・。ですが、それでは貴方が・・。」
黒髪紅眼の男「公表したらどうなっていたかは憶測の域を出ませんが、もし仮に大衆が貴女方を責めていた場合、俺は人類の事がさらに嫌いになっていたでしょう。一方的に守られている奴には貴女達を批判する資格などない。」
リサ「ジョンさん・・・貴方は・・どこまで・・。」
リサは頬を濡らしたまま彼を見上げる。
黒髪紅眼の男「実は回復魔法を誰かにかけて貰ったのは『過去全ての生』で初めてでした。」
リサ「ジョンさん・・・。」
黒髪紅眼の男「さ、妖精の様に可憐な貴女様には泣き顔は似合わない。どうか笑ってください。」
生前とは違い彼は自然な笑顔をする。
リサ「あ・・・。」
黒髪紅眼の男「どうかしましたか?」
リサ「・・・・。貴方のその表情は初めて見た気がします。いつも無表情もしくは仮面のような笑顔でしたから。」
リサの顔は少し赤い。
黒髪紅眼の男「自分では取り繕えていたつもりだったのですが・・・。」
リサ「ずっと貴方を見ていましたから。」
リサは涙を拭っている。
リサ「今の貴方はどのような存在なのでしょうか?」
黒髪紅眼の男「その質問をするという事はご自身の状態に気が付いていますね。」
リサ「・・・・はい。まるで若い時の様に体が軽いので、そう言うことなのでしょうね。」
いつかの碧眼女神と紅眼の男の様に二人は空を漂っている。
黒髪紅眼の男「ええ。さて、質問についてですが制約に抵触するため発音できませんが、多分、貴女の予想どおりです。」
リサ「・・・・なるほど。私以外の3人もジョンさんが?」
黒髪紅眼の男「あの3人は他の者が担当しました。俺が担当したのは貴女が初めてです。」
リサ「・・・・・。」
リサは無言だが嬉しそうな表情をした。
黒髪紅眼の男「もしかしたら最期が俺なんかで不満かもしれませんが。」
リサ「不満なんてありませんよ。最期に貴方に再会できた。それだけで満足です。」
黒髪紅眼の男「リサさん、一つ伺っていいでしょうか?」
リサ「そういえば貴方に質問されるのって初めてな気がしますね。なんでしょうか?」
黒髪紅眼の男「青き大狼が魔石になった瞬間、何かを感じる・・あるいは何か体に変化は出ましたか?」
リサ「・・・それはどういう・・?」
黒髪紅眼の男「何も深く考えずにありのままを教えて下さい。」
リサ「・・・何故か左目から涙が出ました。妙にはっきりと覚えています。」
黒髪紅眼の男「・・・ククク・・・ハッハッハッハッハッ。」
彼は本当に面白い事があったかのように愉快に笑う。
リザ「ジョンさん?」
黒髪紅眼の男「・・誤解無いように最初に言いますが、貴女を馬鹿にした訳ではありません。」
そう言いながら彼は尚も笑っている。
リザ「あ、あの?」
黒髪紅眼の男「『君』とは長い付き合いになりそうだ。『アイツ』と一緒にな。クックックッ。」
リザ「『アイツ』?」
黒髪紅眼の男「疑問だらけでしょうが、そのうち分かりますよ。」
リサ「そのうち?・・・貴方と再会出来るのでしょうか?」
黒髪紅眼の男「はい。」
リサ「・・・・。」
リサは嬉しそうな顔をしながら涙を流している。
黒髪紅眼の男「暫くは俺の事は忘れると思いますが、いつか必ず再会し全てを思い出すでしょう。」
リサ「・・・楽しみですね。」
黒髪紅眼の男「ええ。とても楽しみです。・・さて、そろそろ時間の様です。」
リサ「・・・はい。」
リサの体が淡く光りだす。
黒髪紅眼の男「さよならとは言いません。またいつか会いましょう。」
リサ「またいつか・・。」
リサは満足したような笑顔のまま空間に溶けるように消滅した。
黒髪紅眼の男「・・・。次会う時は違う立場で・・・。」
甘い香りが漂ったかと思うと彼は誰かに抱きつかれる。
ノベロ「・・・!」
チェリザ「・・・浮気はダメよ?」
クチュ。
チェリザは自分の物であることをアピールするかのようにノベロに口づけた。
ノベロ「・・プハ。ククク。放火犯と浮気するほど酔狂ではないつもりだよ。それに・・」
チェリザ「それに?」
ノベロ「『親友』の奥さんに手を出すのは不味いだろう?」
ノベロはチェリザの銀髪を愛撫する。
チェリザ「クス。確かにそうね。」
ノベロ「そういえば君は会わなくて良かったのか?次の機会は多分数千年後だぞ?」
チェリザ「彼女は好ましい性格だけど・・・多分それでも彼女とは言い争いになりそうだわ。」
ノベロ「う~む、そういう物か。」
チェリザ「ええ、そういう物よ。」
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彼女は前世で叶わなかった願いを実現できました。
ともかくこれにて『とある神の誕生をここに記す』を終わりとします。
ここまで読んで頂きありがとうございました。
とある神の誕生をここに記す<完結> ひねくれ物置 @takhiro
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