第3話 就職して戦闘して混沌

「そらよ! 」


 エリはルーフから上半身を車外へと出して、『八尺様』の頭に再びスレッジハンマーを振り下ろした。

 『八尺様』はハンマーを片腕で受け止める。


「……力上がってンな」


「ぽ ぽ ぽぉ? 」


 ゴン ガン ガン ガゴンッ


 エリは完全に車外に出ると、スレッジハンマーを振り上げ『八尺様』の腕に何度も何度も殴りつける。

 だが、教室では簡単に砕けたはずのその細腕はいくら叩こうと折れる気配すら見せなかった。

 忌々しそうに眉を曲げてエリは車内に戻る。


「ダメだ強化されてやがる。頭の回復といい、あの学校でガキを何人か喰ってきたみてぇだな」


「喰った…… 」


 ガイハの頭に柳沢コウの姿が少し過ぎる。だが、ガイハには「アイツなら大丈夫」という謎の自身があった。

 直ぐにガイハは落ち着きを取り戻す。


「なぁ。アイツってやっぱり『八尺様』だよな? 」

 

「おっ、よく知ってんなぁ。流石あたしの彼氏だ」


「……ずっと気になってたんだが、2人はそもそもなんでアイツと戦ってるんだ? 」


「それは」


「ストーーップ」


 ラボットはエリとガイハの間に腕を割り込ませた。


「そこから先を聞いたら、もう本当に引き返せないよ。それでもいいの? 」


 それは文字通りラボットからの最終警告だった。


「君の気持ちはよく分かった。けど、君も大体察してるとおり僕たちは人間じゃ無い。僕たちや組織の存在は一般人には機密だ。つまりここからの話を聞くには、君は今までの人生全てを捨てて僕たちの仲間になるしかない。凄く危険な仕事だ。後悔しても戻ることはできない。それでも、君はこっち側に来るのかい? 」


 全てと言われてガイハの頭の中にコウの姿だけでなく、両親や親しい友人たちの姿が浮かんだ。

 彼らと2度と会えなくなっても、それでも俺は非日常を求める覚悟はあるのか?


「ンなこと今更聞く必要ねぇだろラボット。なんでもするって言質はとったしよ。べつに死んじまったところで」


「このぐらいの歳の子なんて迷いだらけなんだよ。エリ。さっき君が言った通り人数合わせだって必要だけど、僕は覚悟のない人を捜査官にさせる気はない。仲間にするのはこの子の覚悟を見てからだ」


「……まーじでお人好しだなラボットは」


「僕は倫理観ある捜査官として有名なんだよ」


「そうか。まっ、あたしもソクバクケイ?ってのは嫌だからな。好きに選べや」


 そう言ってエリは再びルーフから車外に出て行った。ガイハの頭上で鈍い戦闘音が響き出す。

 そうしてガイハ達の隣の車が原型を完全に失い始めた頃、ガイハは答えを決めた。


「ラボットさん。俺は、あなた達の仲間になりたいです」

 

「……死ぬかも知れないよ? 」


「でもそしたらエリさんにはもう会えないんですよね。それなら、ここで逃げても俺にとっては死です」


「……はぁ。そこまで言われちゃったら仕方ないね。良いよ。君とエリの交際を認める。そして今日から僕たちは仲間だ。これからは対等だから敬語もなくて良いよ」


 ラボットは穏やかに言った。ガイハは初めてその無機質なビー玉頭が笑った気がした。


「それじゃあ早速新人研修と行こう。エリ、もどっておいで! 」


「あぁん? りょーかい! 」


 隣の車で『八尺様』と殴り合いを続けていたエリは、ワゴン車の天井のルーフから車内に戻った。

 そのタイミングで、自分の役目を果たしたとばかりに『八尺様』をのせた隣の車はスリップし、高速道路の壁に激突して爆発した。


「ぽ ぽ ぽ」


 燃える車体から『八尺様』はガイハたちの乗る車へと飛び乗った。


 ガン ゴン ゴン


「車叩いてんじゃねぇぞクソが」


「エリ。運転変わってくれる? ガイハに色々教えておきたいからさ」


「おっ、久しぶりにラボット戦うのか。良いぜ。思いっきりやってきてくれ」


「助かるよ。じゃあ行こうかガイハ」


「ああ」


 ラボットが再びガイハの襟元を掴む。

 運転席にもギリギリで入っているラボットがどうやって戦闘のために車外にでるのか。ふと浮かんだガイハの疑問はすぐに解決することとなった。





「……ッ!? なんで外に!? 」


 瞬きの間に、ガイハはラボットの小脇に抱えられた状態で車の天井にいた。車内のロックに負けず劣らずの風の轟音がガイハの道を襲う。

 ガイハは前方から流れる風の勢いで今にも後ろへと吹っ飛ばされそうだった。


 そしてガイハ達からほんの一歩の距離には、黒い髪を風にはためかせる『八尺様』がいた。

 ガイハは思わず息を呑む。


「まず初めに、実は世の中にある都市伝説は半分近くが真実なんだ。コイツとか僕みたいに、都市伝説の怪物は実在する」


「……! 」


 ラボットに告げられた世界の真実は半ば予想していた物ではあったが、ガイハは内心小躍りしたいほど興奮する。


「『八尺様』を知ってるなら、ガイハは都市伝説には詳しい方なんじゃ無いかな」


「まぁ多少は」


「僕がなんの都市伝説か、分かる? 」


 窮屈な運転席から解放されたからか妙に上機嫌にラボットは言った。ガイハは改めてラボットの姿を見てみる。

 やはり1番最初に目につくのはそのビー玉頭だ。だが次点としてはその奇妙な体格だ。


 ガイハの身長は178センチ。決して小さい方じゃ無い。

 だがラボットはそんなガイハを、今のように小脇に抱えられるほど大きい。その一方で、腕や足の太さはガイハとほとんど変わらない。


 紺のスーツ姿。そして、驚くほど細く長いスレンダーな体。


「スレンダーマンか……! 」


「大正解だよ! 」


「ぽぽぽぽぽ」


 痺れを切らした『八尺様』がラボットへと踊りかかる。

 ラボットは『八尺様』に目線すら向けず、その凶爪を背中から出したカマキリの腕のような2本の触手で受け止めた。


「僕は『スレンダーマン』のラボット。クリーピーパスタの一等捜査官だ」


 ガイハは昔読んだ本にスレンダーマンは瞬間移動ワープを使うと書いてあったのを思い出した。だからラボットは車を自由に出入りできるのだ。

 『八尺様』を触手であしらいながらラボットは講義を始めた。


「僕たちの所属する組織、クリーピーパスタは、国家直属の暗殺組織。僕たちみたいな理性のある都市伝説を捜査官として雇って、害のある都市伝説を退治するために設置されているんだ。世間的には存在しない事になってるけどね」


「ぽ」


 ラボットは触手を鞭のように振るい、『八尺様』の腕を切り落とす。飛び立った鮮血は、風に流され高速道路の奥へと消えた。

 だが『八尺様』は一度腕をワンピースの影に隠すと、再び腕が見えた時には腕は元通りに再生していた。


「ぽぽぽ」


「治るんだ。でも背丈はちょっと縮んだね。刻み続けたら豆粒みたいになるのかな。そしたら八寸様だ」


「再生した…… 」


 ラボットはせっかく冗談を言ったのに、ガイハが聞いていなかったようなので内心少し拗ねる。

 だが気を取り直して戦闘と講義を再開する。


「うちの欠点は、上の連中が僕たち捜査官を使い捨ての銃弾としてしか見ていないことだ。だから僕たちが信頼できるのは同僚だけになっちゃう。でも慣れれば案外寂しく無いからあんまり心配しなくていい。逆に良い点は、お給料が弾むことと、食費、住居費が国から出る事。あと実質終身雇用なとこかな」


「実質? 」


「捜査官は定年を迎える前にみんな死ぬから」


 ラボットはあっけらかんと言った。


「都市伝説に食われる人。自我を失う人。逃げ出して上に消される人。どう転んでもまともな死に方はしない。そこはガイハもクリーピーパスタに入る以上覚悟してもらわないといけない」


「了解。死なないように頑張る」


 ラボット以上にガイハはあっけらかんと返した。


「いいね。君きっと才能あるよ。早くボスに君を会わせてあげたいな」


 ラボットは抱えていたガイハを車上に下ろした。

 両手につけた白い薄手の手袋を軽く引っ張る。

 

「そのためにも、仕事をさっさと済ませちゃわないとね」


 ラボットは一度出していた触手を引っ込める。即座に『八尺様』は姿勢を低くし、ラボットの足を刈るべく腕を払う。


 車上という極小リングで、互いに2メートルを超える大型都市伝説の本気の殺し合いが始まる。

 勝負は一瞬だった。


「よっと」


 溜めすらなくラボットは『八尺様』の腕に蹴りを打ち込む。再生したての『八尺様』の腕は粉々に弾け飛ぶ。

 衝撃の余韻で『八尺様』は車体の後方までドタドタと転がった。


 『八尺様』に立ち上がる時間すら与えずに、ラボットがその頭上に瞬間移動ワープする。細身とはいえ3メートルを超えるラボットの全体重の乗った飛び蹴りが『八尺様』の胴体に突き刺さった。


「ぽ」


 『八尺様』は空洞の頭から盛大に血を吐き出す。

 ラボットはその頭を無理やり掴み上げて自分と向かい合わせた。

 そして、ラボットはを発した。

 

「——————————————」


「ぽ   ぽ

   ぽ   ぽ」


 いかなる生物にも聞こえない、不可聴の音波が『八尺様』の細胞という細胞を揺らし、崩壊させる。

 状況の理解できないガイハは呆気に取られている中、『八尺様』は車上でゼリー状に溶けて、まもなく完全に絶命した。


「——わっ、溶かしすぎちゃった。ばっちいなぁ」


「あんた……めちゃくちゃ強いんだな」


「ああ。今回は相手の正体が分かってて、対策が取れてたからね」


 革靴についた肉片をハンカチで落としながらラボットは答えた。


「未知の都市伝説相手だと意味わからない能力で初見殺しも多くて大変なんだ。多分今のガイハだったら死んだことにも気づけないよ」


 なるほど、とガイハは納得する。ラボットは靴の掃除が終わると、ハンカチを後方の道路に投げ捨て、再びガイハを抱えて瞬間移動ワープで車内へと戻った。ラボットは窮屈そうに後部座席に合うよう体を折り曲げる。

 

「終わったみてぇだな」


 運転席に座るエリが2人へ水のペットボトルを投げつける。ガイハは未成年のエリが運転しても問題無いのか、とか、ラボットがあの顔でどうやって水を飲むのか、とか気になる事が色々あったが、別に聞くほどのことでは無いかと思い水と一緒に疑問も流し込んでしまった。



「ありがとな、エリ」


「ありがとうエリ。このお水すっごく美味しいよ」


「そりゃ連勤だからな。水ぐらい取ったかねぇとマジぃだろ」


「「連勤? 」」


 2人の疑問がリンクする。


 「さっき無線で連絡があってな。どうやら本部が襲われちまってるらしい」


 エリはエアコンの隣の無線の電源を入れた。いくつも並んだボタンの中、[録音再生]と書かれた赤いボタンを押す。


『—————ザッ——たすザッ——くれ! 誰でも良い! 応答をくれ! 襲撃を受けている! 既に3〜8班は壊滅した! 敵の正体、能力共に不明だ。気づいたら全員死んでいた! 急いでくれ! このままじゃあうぉぁおおうつううっえ!!!? ガダンッ……——ザッ——ザッ——』


 録音された断末魔を流し終えた無線が黙り込む。

 エリは無線の電源を落とすと、後部座席に振り返り楽しそうに言った。


「いやぁナイスタイミングだよな。これ使ってガイハの覚醒訓練しようぜ」

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