第2話 パニックドライブ

「か、彼女? 」


 ガイハの頭で疑問符が踊り出す。

 あまりに予想外すぎる単語に、ガイハは本気で『カノジョ』が何かの暗号ではないかと思った。


「あの、何か勘違いして」


「やっべ、もう迎えきてんじゃねェか! 」


 少女は近くの窓から外を見ると声をあげた。

 ガイハも窓の外を見ると、校庭には黒いワゴン車が止まっていた。


「急ぐぞ。えーと」


「俺は傘村ガイハです。それより彼女ってのは多分勘違いで」


「よしガイハまずは敬語禁止だ。いいな? 」


「う、ああ。分かった。それで彼女ってのは」



 ガシャン!


 少女は窓をハンマーの柄で砕き割った。


「よしガイハ。舌噛まないように気ぃつけとけ」


「え!? 」


 問答無用で少女は自分よりも10センチ以上大きいガイハを担ぎ上げる。そしてそのまま窓からワゴン車のすぐ横へと飛び降りた。

 

「ぐふっ!? 」


 着地の衝撃でガイハの口からうめき声が漏れる。

 2人の前のワゴン車の後部扉がひとりでに開いた。

 ドアが開くと同時に車内から大音量の音楽が吹き出す。


「うっさ……」


 とっさにガイハは耳を塞いだ。しかし、腹に加えて一瞬とはいえ耳にも衝撃を喰らい、脳が揺れるようにクラクラとしてくる。


「さっさと乗るぞ」


「ぐえっ! 」


 少女はガイハを文字通り蹴り飛ばして、黒のワゴン車の中に入れた。その衝撃が止めとなり、座席にもたれかかった状態でガイハは気絶してしまう。

 後から少女が乗り込むとワゴン車はまもなく動き出し、学校の校庭を後にした。




「予定通り『八尺様』ぶっ殺してきたぜ」


 窓を揺らす程の爆音のロックも聞こえていないかのように、少女は座席にもたれて足を組む。


「そうみたいだね。おつかれ、エリ」


 運転席からスラリと細く長い左腕が後部座席へと伸び、少女……エリの頭を優しく撫でた。エリはその手を軽く跳ね除ける。


「いつも言ってるけど、ガキ扱いすんな」


「ふふ。ごめんごめん。任務に言ってる間エリが心配で堪らなかったから、ついね」


「たかだか5分だろうが」


 エリはため息を吐いた。


「それが親心ってものなんだよ」


 運転席の男はそう言って近くの高速道路のゲートの方にハンドルをきる。ワゴン車が加速し高速道路に乗る。


「それはそうと、さっきから気になってたんだけどその子は何なのかな? 」


 運転席の男はエリの隣の座席で気絶したガイハを指差した。


「事前殺害リストの子だったのかい? こんなに小さいのに可哀想に」


「あー違う違う。コイツあたしの彼氏になったんだ」

 

「おや、そうなのか。エリも大人になって——ェ、カレシィィ!!? 」


 男は両手をハンドルから離して、叫びながら後部座席へと身を乗り出した。途端に操縦者を失ったワゴン車が車線を跨いで蛇行運転を始める。


 車内の雑貨が宙を舞う。慌てて男はハンドルを握り直す。どうにかワゴン車は隣の車に衝突する直前で、元の車線に戻った。


「あ、あっぶねぇなぁ。何やってんだよラボット」


「か、か、か、カレシ!? 彼氏!? ソイツが彼氏だってのかい!? ほんの数分で何があったらそんな事になるんだ! 」


「熱烈な告白されちまったんだよ。あたしも今年で16だし良いだろ」


「良くないよ! 民間人と捜査官ぼくたちの接触は最小限が基本なんだよ? 恋愛なんてが許すはずがない! 」


「じゃあコイツも捜査官にしちまえば良いんだよ。案外適性あるかもしンねぇぜ。丁度この間『きさらぎ駅』が死んだし数合わせにちょうど良いだろ」


「それは……」


 エリの言う通り人数が足らないのは事実なので、男は黙り込んでしまう。ここを勝機とみたエリが畳み掛ける。


「もし暴走したらあたしがちゃーんと殺すからよ。な、良いだろ? 誕生日も近いしプレゼントって事にしてくれよ」


「うーん、誕生日かぁ………… 」


 根負けした男がため息をつく。

 男は長い腕で運転席からガイハの襟元を掴み上げ、後部座席から助手席へと引き摺り出した。

 

「おい起きなよ。いつまでグースカ寝てるのさ」


「う、ううん……うおぇあ!? 」


 目を覚まして男の姿を目にしたガイハは、驚きのあまり飛び退いてドアに背中をぶつけてしまった。


「あんた……さっきのヤツの仲間か……? 」


 目の前の物が信じられず、ガイハは思わず目を擦った。

 男には、頭が存在しなかった。

 代わりに、頭のあるべき場所には頭の同じ程度の大きさの、透き通る深い青色のビー玉のような物がある。だがそのビー玉もなぜか、男のスーツの白い襟の上でフワフワと浮いていた。


 さらにその四肢は人間離れして長く、腕の長さはガイハの身長とさほど変わらない。

 当然、そんな体型では座席に入りきるわけも無く、男は膝を折り曲げて体育座りのような格好で運転をしていた。


 ビー玉頭のスーツ男が体育座りで運転をしている、という不可解極まりない状況に再びガイハの心臓が高鳴る。


「一体誰のことか分からないけど、僕はラボット。単刀直入に聞かせてもらうけど、君がエリの彼氏ってのは本当なのかい? 」


「エリ……? 」


「あたしの名前だ。ラボットがおまえを彼氏にすンなってうっせぇからよ。なんとか説得してくれ」


「そんな事言わないでくれよ。僕はエリの事を心配して」


「うっせぇのは事実だ」


 足を組んだままエリはキッパリとそう言った。

 ビー玉男はあからさまに肩を落とす。

 ガイハはエリとビー玉男を見比べると、少し考えて状況を理解した。誤解を解こうと思い口を開くが、ある事に気づき再び口を閉じる。


 この勘違いは放置した方が都合が良さそうだな。

 ビー玉男こいつはエリには逆らえないみたいだし、エリの彼氏って事でゴリ押せば追い出される事もなさそうだ。


「……初めましてラボットさん。俺の名前は傘村ガイハです。ラボットさんはエリさんの親御さんと言う事で合っていますか? 」


「オヤゴサン? 」


「そうだよ。だからどこのクソ野郎とも分からない君を彼氏だなんて認める気はないよ」


「待てよ。さっき認めるって」


「今回は急な話で申し訳ありません」


 爆音のロックの中でもガイハの声はよく通った。


「しかし、俺のエリさんへの気持ちは本物です。彼女は俺の世界を変えてくれた。彼女は俺の救いになってくれたんです! この恩に報いたい。なんでもします! エリさんの為に俺は全てを尽くしたい。どうか俺を、連れて行ってください! 」


「そ、そんな事……」


「お願いします! 」


「う、うぬぬ。く、くそぉ……! 」


 ラボットが言葉に詰まる。予想外に殊勝な態度を見せたガイハに言いかけた罵倒の言葉が消えてしまう。


 ラボットがどうやら善人寄りな事をガイハは何となく気づいていた。そして、こういう相手には本当の気持ちを使って相手を誤解させる言い方をするのが最良の嘘のつき方だと、ガイハは知っていた。

 見事にガイハの術中にハマったラボットがビー玉頭に一筋の汗を垂らす。


「な、良いやつだろ? 」


「でも、でもだって……ぐぬぬ そうかもだけどぉ〜!! 認めたくないぃ! キィィィイ!! 」


 理性と感情の間でラボットが葛藤する。



 パリィイン!!


 3人の乗るワゴン車の隣を走っていた軽自動車の窓ガラスが弾け飛んだ。

 

「おいラボット。音波出てんぞ」

 

 ため息混じりにエリが言う。


「僕出してないけど? 」


「嘘つけ。割れてんじゃねぇか」


「嘘じゃ無いってば。第一出してたらこの車のガラスが最初に割れるでしょ? 」


「……確かにな。まぁ、勿論あたしも気づいてたぜ」


 平然と嘯き、エリはスレッジハンマーを肩に担いだ。


 グジャリ!


 隣の車の天井が潰れ、ひしゃげた窓枠の隙間から真っ赤な血が溢れ出してくる。だが3人の視線の向かう先はそこでは無く、車の屋根の上だった。


「今度は随分とデカくなってんな」


「ぽぽぽぽぽぽ」


 白いワンピース姿の女が車の屋根の上で再び奇妙な鳴き声をあげる。エリに潰されたはずの空洞頭は元通りになっている。

 更に、車の屋根にしがみつく女の身長は教室の時とは比べ物にならないほど大きく、通説通り八尺はあろうかというほどだ。


「『八尺様』!? なんで生きてるんだ」


「んなこたぁ、ぶっ殺してから考える」


 エリはワゴン車の天井のルーフを開いた。

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