いつかまた君と

成瀬

いつかまた君と

 君と出会ったのは、もう10年以上前になるね。君を初めて見つけたのは、姉ちゃんだったんだよ。


 あの時はちょうど、先代のワンコを亡くしたばかりで、たまたま入ったペットショップに、そっくりな君がいて、離れられなかったんだってさ。君が大きくなるに連れて、あんまり似てないよなって思ったのは、姉ちゃんには内緒だよ。


 最初は、君のお腹が弱くて、なかなか家にお迎えできなかったね。家族で代わる代わる、君の様子を見に行った事を覚えているかな。


 家に来てからの君は元気いっぱいで、ご飯もよく食べるし、遊ぶのもお散歩も大好きで、体が弱いと聞いていたのが嘘のようでした。


 食欲旺盛なのが転じて、油断していると机に登って、勝手に色んな物を食べてしまうから、いつか身体を壊すんじゃないかとヒヤヒヤしていたよ。


 君とは、いろんな事を体験したね。積もった雪で滑り台を作って一緒に遊んだり、ボール遊びが好きだから、逆にそのボールを隠して、宝探しの様な事をしたよね。


 見晴らしの良い大きな公園に連れて行けば、嬉しくなった君はリードを付ける前に駆け出して行ってしまう始末。慌てて追いかけたけど、遊びと勘違いして、更に逃げていって、やっと追い付いた時には「どうかしたの?」って顔で、こっちを見てたね。本当に焦ったから、こんなの二度と御免だって思ったよ。


 君は本当に人懐っこい性格で、会う人会う人、皆を魅了してたね。色んな人に懐くもんだから、うちの子なのにって、少し嫉妬していたのは、自分の胸に仕舞っておきます。


 そんな風に皆に甘えるから、友達の何人かは自分も犬を飼いたいと、親御さんに頼んでもらっていたんだよ。親御さん達には、ご無理をおかけしましたと、改めて謝罪したいと思います。


 5年くらい経って、君の後輩がやって来たね。何をするにも、君の後ろをついて周り、時にちょっかいを掛けたり、マウントを取る癖があったけど、二人はいつも一緒だったね。


 君は時々、嫌がる素振りを見せていたけれど、散歩の時はいつも前を歩いて、他の犬から体の小さな後輩を庇う様にしていたね。鬱陶しいと思いながらも、優しい君のことだから、何だかんだ側にいる事を許していたのかな。


 最近は一人暮らしを始めて、君と触れ合える時間も少なくなっていたけれど、実家に帰れば変わらずに寄ってきてくれる君に、家に帰ってきたなって安心感を覚えていたんだ。


 そんな君も、歳を重ねて段々と老いが現れ始めていたね。黒々とした綺麗な毛並みには、白い毛が混ざって艶は薄れ、大好きなボール遊びは疲れて直ぐに止めてしまうことも多くなった。ただ、食欲は相変わらずで、体重は増える一方だったけど。


 君とお別れすることになってしまったことは、今でも信じられません。朝、目を覚ませば、何事も無く撫でててくれと、甘えてくる君の姿があるんじゃないかと願わずにはいられないよ。


 始まりは、君の便に血が混じる様になったことから。掛かりつけの病院で診て貰ったら、腸にポリープができていることが分かったんだ。


 そこで、詳しく調べて貰う為に、大きな病院へ移って検査してもらったね。この時から、君は凄く嫌そうにしていたよね。何となく、自分がどうなるのか分かっていたのかな。


 結果は良性の腫瘍と診断されて、暫くの間は投薬で様子を見ることになりました。だけど、相変わらず出血は続いて、腫瘍も肥大していると伝えられて、言われるがままに手術を受ける事を選択。


 今にして思えば、もっと家族で話し合うべきだったと後悔しています。君が言葉を話す事ができない分、飼い主である僕達が慎重に判断してあげないといけなかたったんだ。例えどんな姿になったとしても、君が生きてくれている方がずっと良いから。


 手術後、お見舞いに行った時は、全然反応してくれなくて、元気も無いし、ご飯も残している様子だったから、ちょっと心配だったんだ。


 その日の夜、君の容態が悪化して、危篤状態に陥ったと連絡が入りました。顔を思いっきり引っ叩かれたかの様な衝撃で、何も考えられなかった。というより、頭がそれを理解するのを拒んでいたんだ。


 慌てて病院に駆け付けたら、君はグッタリした様子で、酷く衰弱しているのが分かったよ。それでも、危ない状態ではあったけれど、比較的呼吸は落ち着いていたし、撫でてあげれば、薄っすら目を開けてくれるから、まだ助かるだろうと勝手に思い込んでいたんだ。


 その日は一旦家に帰って、一晩明かすことになりました。皆、心配で眠りが浅かったけど、君が頑張ってくれたお陰で、病院からの電話を取らずに済んで、とりあえず一安心。


 次の日の朝、もう一度顔を見に行くと、辛そうに横たわる、君の姿が目に入りました。瞼を開けてはくれているけど、その瞳は焦点が合っていなくて、何処を見てるのか分からない状態。呼吸も凄く苦しそうで、人間で言えば肩で息をする状態がずっと続いている様で、凄く辛そうでした。


 一緒に行った母さんは、泣きながら「一緒にお家に帰ろうね」って沢山呼び掛けていたよ。余りに号泣するもんだから、こっちは泣くに泣けず、ただ大丈夫と自分にも言い聞かせる様に、声を掛けることしかできませんでした。


 最期に会ったのは、君が亡くなる4時間前でした。君は朝と変わらず伏せっていて、一向に快復に向かう気配も無いし、シートにはベッタリと血が貼り付いていることに気が付きました。


 もう永く無いのかもしれない。そう思うと、泣きたくないのに涙が衝動的に、家に連れて帰りたい気持ちに駆られたけど、君はまだ、必死に生きようとしてくれていたから、信じたかったんだ。また次の日、会いに行くつもりで病院を後にしました。

 

 君を1人で逝かせてしまったことは、悔やんでも悔やみ切れません。あんなに沢山の人から愛された君を、誰も知る人のいない病院に残して来てしまったことに、罪悪感が募ります。


 病院から電話がかかってきて、父さんと2人で君を迎えに行きました。道中の会話は無く、ただ黙って病院へと向かいます。


 迎えを待っていた君は、まだ温かくて、いつも通りの表情をしていたから、今にも動いてくれるんじゃないか、そう思わずにはいられなかったよ。


 だけど、君の入った棺は記憶にある重さよりずっと軽くて、君がこの世にいないという事実を、突き付けられている様でした。それでもまだ、現実として上手く認識できなかったのか、涙は流れてこなかったんだ。


 家に着いた頃には、君の身体は徐々に温もりが失われ、死後硬直が始まっていて、触れると少し冷んやりとした、硬い感触を覚えました。


 元気に動き回わったり、嬉しそうにご飯を食べる姿も二度と目にすることが出来ない、そんな現実を否が応でも理解させられました。


 君の後輩は、棺の側をずっと行ったり来たりで、時折り覗き込んで匂いを嗅いでは、不思議そうな顔をしていたよ。


 漸く、声をあげて泣くことができたのは、君の周りをお花や、お気に入りのおもちゃで飾ってあげた時。一度、溢れ出した涙は流れ続けるままで、唯々自然と止まるのを待ちました。


 生前、人に大事にされていた動物たちは、虹の橋の麓に送られると聞いたことがあります。そこは、緑豊かな場所で、水も空気も澄んでいて、美味しいご飯も沢山あって、同じ境遇の仲間たちと楽しく暮らしているそうです。そして時が来ると、親しかった人達が彼等を迎えに来て、一緒に虹の橋を渡って行くんだってさ。 


 君は好奇心が強いし、脱走した前科があるから、先に虹の橋を渡ってしまいそうな気もするけど、家族皆んなのことが大好きな子だったから、待っててくれると信じています。


 虹の橋が、本当にあるのかどうかは分からない。もしかしたら、虹の橋で再会するよりも、姿形を変えて、もう一度家にやって来る方が早いかもしれない。そっちの方が、個人的には嬉しかったりするかな。どんな形であれ、君に会えるなら文句は無いけどね。


 沢山の感情や経験をくれた君に、さようならは言いたくないから、代わりにこう伝えます。


「ありがとう。また、会おうね」 


 ありったけの愛情と感謝を込めて。

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いつかまた君と 成瀬 @virutuoso19

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