RE
下東 良雄
RE
今日も朝から暑い。スーツの俺には厳しい季節だ。
照りつける太陽の下、汗を拭いながら駅へ向かっていく。
そんな俺に煙幕のような黒煙を吹きかけ、そのまま走り去っていくトラック。俺が何したっていうんだ。
駅前の交差点で信号待ち。ビルの壁面に設置された大型ディスプレイに流れる『本日の予想最高気温 37度』の文字にうんざりする。
その隣の大型ディスプレイでは『
駅のホームでペットボトルの麦茶をゴクリ。夏は麦茶が最高だ。家だと妻が砂糖を入れてしまう。麦茶はやっぱり無糖だよな。
水分補給を済ませ、いつもの満員電車に乗り、いつもの景色を眺めながら、いつもの会社へ出勤する。何も変わらない毎日に反吐が出る。
あぁ、地獄のような毎日だ……
ふと目が覚めた。アラームが鳴る三分前。エアコンの調子が悪いのか、ちょっと暑い。だからあんな夢を見たのか。
俺は部屋の明かりを点け、ベッドから身体を起こした。
『何か映しましょうか?』
「そうだな……青い海とビーチを頼む」
『かしこまりました』
AIスピーカーとのやり取りで、壁に埋め込まれたディスプレイに青い海と波が打ち寄せるビーチが映し出された。そんな綺麗な景色を見ながら着替える俺。
「おはよう」
寝室を出て居間へ。妻が一足先に起きていた。
「おはよう。あら、今日はスーツじゃなくていいの?」
「今日は私服でOKなんだ」
「そうなのね。朝ご飯食べていってね」
「あぁ」
俺は朝飯を水で流し込み、そのまま玄関へと向かう。
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「今日は早く帰ると思うから。夜、映画でも見ようか?」
「わぁ、楽しみにしてるわ!」
笑顔で手を振る妻を背に、部屋を出る俺。
駅へ向かい、地下鉄に乗って隣の街へ。
今日の目的地である場所へ辿り着いた。
『REFRESH ROOM』
IDカードをかざして扉を開ける。
中は何百平米あるのか分からないが、かなり広い部屋だ。
ベンチがあったり、公園の遊具が設置されていたりして、自由に過ごすことができるようになっている。
中にはすでに十人程度のひとがおり、皆思い思いの時間を過ごしているようだ。
何と言っても特徴的なのは、壁一面の大きな窓。外の景色をパノラマで楽しめるようになっている。
外の景色を眺めていたひとがベンチから立ち上がり、ゆっくりと小部屋に入っていった。入ると同時にカチャリと鍵が閉められ、扉の上の『使用中』のランプが点灯した。
その扉には『RE』と大きく書かれている。
俺は小部屋に入ったひとが座っていたベンチに座り、外の景色を眺めた。外の景色を見られるのは、もうこの部屋しかないのだ。
強化断熱ガラスの向こう側には、砂に埋もれつつある街、そしてその向こう側に薄っすらと朽ち果てたビル群が見えた。
俺は部屋の大型ディスプレイに目を向ける。
『現在の外気温 57.8度』
もう地球は人類が生存し得る星ではなくなっていた。
20✕✕年、急激な気候変動が発生。日々肌で感じるほどに温暖化が進んでいき、海面は日に日に上昇していった。もう温暖化を止める術は無いと判断した日本政府は、国内のすべての企業全面協力の下、各地に避難ドームを建設。国民はその中で生活することになる。
水や食料は配給制になり、麦茶なんて誰も口にできないが、それでも生命を維持するのに必要な水分や栄養は摂取できていた。
問題は心である。
外気温の影響を最低限に抑えるため、窓の無い人工的な閉鎖空間での長期生活に、多くのひとは心が
これを重く見た日本政府は、各ドームに太陽と外の景色が望める『REFRESH ROOM』を設置。心の健康を維持するために、最低でも月に一度はここで五時間以上過ごすことを国民に義務付けた。
しかし、この部屋の設置にはもうひとつ目的があった。
それが『RE ROOM』である。
この「RE」は『
つまり『自殺部屋』である。
日本政府は、この状況を利用した受動的な間引きを公的に実行したのだ。
国民はこれを肯定的に捉え、『RE ROOM』を『希望の部屋』と呼ぶようになっていた。
「妻はもうすぐ『希望の部屋』に入るかもしれない」
妻はすでにおかしくなり始めていた。
スーツなんてもう何年も着ていないのだ。
「そして、俺も……」
気象観測用の耐熱ドローンがドームから飛び立っていく。
どんどん上昇していくドローン。
そのカメラには上空からのドームが映っている。
ドームの屋根には、大きくこう書かれていた。
『RE』
RE 下東 良雄 @Helianthus
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