拝啓自由へ

こもり

第零話「自由」


彼女との関係を断ち切らなければいけない。しかし今日まで切れたことは無い。むしろ関係という糸はますます太くなっていくばかり。それも全て彼女が悪い。確かに僕も悪かったところはある。でもそれは「運が悪かった」だけであり、僕には一欠片の責任も無い──そう思っていたかった。それが正解でいて欲しかった。

あの物語が悲劇なのか喜劇なのか、はっきりと言える。悲劇だ。衝撃的な、破滅的な出会い。いずれにせよ僕は運が悪かった。その不運を僕が避けれていたとして、別の誰かが同じ目に遭っていたかと言えばそうとは言えない。まさに僕だけを集中して狙い撃ちをしたのだろうと。

結局のところあれは僕が、僕であるが故に起きた事件なのだとつくづく感じる。あの一連の事件と表現すべき出来事は、どこからどこまでを含めるのか、実のところ僕にも分からない。始まりは──あそこから、終わりは──あの時、とは予測するものの断言はできない。もしかすると物語はまだ途中で、むしろ序盤も序盤──かもしれない。何故ならばこれは僕だけの物語ではなく、彼女と僕の物語なのだから。彼女の意見も聞かないと。彼女から始まり、僕で終わるはずの物語。これはおとぎ話やただの造り話でもなく、実際に起こった出来事。「魔女」と「少年」の愚かな、少年は僕、魔女は事の中心である彼女──バレネッタ・バレルバレット・ティーガーデン。長い歴史を独りで歩んできた弾丸の魔女。ある人々は彼女を「化け物」「外道」「鬼畜」などと揶揄する、けれど僕はそうは思えなかった。だからああする他無かった。


あの長いようで短いような、たった一ヶ月の時間は、まさに地獄そのものだった。始まりは八月一日。夏休み──楽しくなる筈のかけがえのない時間。それは地獄に染まり、最悪へと生まれ変わった。しかし僕は無責任にも、「地獄」「最悪」など罵詈讒謗な言葉を並べるが、その行為は自虐的に自傷をしているだけなのかもしれない。意味もなく、逃げるために後悔をしてひたすら遠くに──。

きっと彼女はそれを赦してはくれないだろう。所詮は彼女の道化であり、下僕、召使い、奴隷、眷属。似たような言葉が沢山あるが、全て僕に当てはまる。だから僕はこんな風に、うだうだと言い訳じみた言葉を放つのだ。その言い訳を彼女は聞き入れてはくれず、吐き口を失った僕はこうしてひっそりと思うのであった。


この物語を語る上で、僕は限界を迎えてしまうだろう。

途中でやめにするなんて事も不可能であり、しかし語り終える自信は微塵も無い。僕と彼女で互いの傷を舐め合うだけの物語だ──僕と彼女にしかこの物語の価値を見出すことは出来ない。

この誰も幸せにならない理不尽な報いを受ける物語はバットエンドを迎える。だが語り終わったとしてそれは一つの地獄が終わっただけであり、また新たな地獄がスタートするだけである。魔女と僕は一生かかっても消えない傷を負ったのだから。


けれど、選択を間違えてしまったが僕は──結局のところ後悔はしていないのかもしれない。曖昧こそがこの物語の終着点なのだろう。





──ことの始まりは夏休み初日であった。


日差しがギラギラと照りつけ、眩しくそしてジリジリと体を焦がす暑い日。汗がじんわりと滲み僕の体を蝕む嫌な気分。

八月一日、土曜日である。

今日から夏休みということで暇を持て余すであろう僕は、暇を潰すための娯楽を買いに行った帰りだった。手には新作のゲームと漫画──が入った少し大きな袋。好きなシリーズの新作だ、楽しみで仕方ない。足を動かすのを早め、大股で歩いて帰路に着く。これから一ヶ月分のワクワクとした気持ちの表れでもある。

少し歩いたあと。

ふと、正面を見た。

別に俯いて歩いていた訳では無いのだけれど。

ただ普通に眼前を、チラッと。

交差点の向こう側に見知った顔の女性が居た。帽子をかぶった黒く長い髪の人。向こうも僕に気づいたのか、顔に少しばかりの笑みを浮かべている。口をパクパクしながら僕に何かを言っているのが分かる。まぁ何を言っているのかは分からないが。

それから一分後。

何台か車が通り過ぎ去ったあと。

信号が青に変わったあと。


「やあ、少年久しぶりだね。元気してたかい」


この人は僕が中学生の頃に通っていた書道教室の先生なのだ。とても気の良い先生でありひねくれた僕にも優しくしてくれた、強く記憶に残る人だ。名前は「そよぎ

梵先生はとても凛として美しい字を書く。

そんな先生の書く字をたまたま発見し、憧れ、入塾したのだ。


「梵先生、久しぶりです。元気ですよ」

「ははっそうかそうか、良かった良かった。少年は──買い物の帰りか?」


梵先生は僕が手に持っている袋を目にしながら言った。ご明察、その通りでございます。


「今日から夏休みなのでゲームとか色々買いに行ってました」

「おお、そうか夏休みか、いいねぇ夏休み。最高だ」

「梵先生は?」

「私は書道の帰りだよ。最近入塾希望者が沢山入ってきてね、その子たちの体験授業をしていたのだ」

「へぇ、沢山…珍しいですね。人が増えるなんて。書道ブームでも来たんですかね」

「さぁな。とにかく沢山増えたもんだから何かと大変なんだよ」


梵先生が一人で運営する書道教室。

僕が通っていた時は手で数えられる位の人数だったのだが、先生の話を聞くに足の指を合わせても足りなさそうだ。


「人手も足りなくてね…私しか居ないもんだから、本当に手一杯だよ。猫の手も借りたいね」


そんな与太話を歩道の脇で続けていると、梵先生は突然に僕の両肩を掴んできた。それも結構な強い力で。


「そうだ!少年、夏休みの間でいいから教える側に立ってみないか?もちろん給料も出す!」

「……僕がですか?いやいやいやいや。無理ですよ僕じゃ」

「いやいやいや!君なら大丈夫だよ。私が言うのだから問題など無い。それに少年、君は一番丁寧に綺麗に書いていたぞ!」

「そう言われても……」

「ほら、かつての恩師を助けると思って!」


自分で言いますか。けれども恩師というのは間違いないのだが。それにしても僕が教える立場に着くのは、どうも想像し難い。


「返事は今すぐでなくていいから、考えておいてくれたまえよ」

「は、はぁ…」

「メールでも電話でも何でもいい。来たっていいさ」

「それじゃあ期待しているからな、少年」


僕の背中を強く叩き、別れの言葉も言わず歩いて行ってしまった。

そんなこんなで梵先生の猛烈なアプローチは過ぎ去り、先生の背中どんどん小さくなるのを僕は眺めた。


「台風みたいな人だったな…」


しばらく歩く。

帰路を歩く。

気がつけば太陽は傾き僕が見える範囲はどこか薄暗く、そして不気味な雰囲気が漂っていた。台風の次の日はよく晴れるとはよく言ったものだ。全く。

僕は歩きながら頭の中で様々な言葉を思い浮かべては捨てる、それを繰り返していた。──教える側に立ってやってもいい、というスタンスでは無く、ただ本当に感謝を含めた断りの言葉を考えているだけである。梵先生には感謝してもしきれないくらいお世話になったのだから、快く引き受けたい気持ちもある。しかし僕だ、僕なのだ。どうも想像し難い。


「それにしても…見事に丁度いい言葉が思いつかないな…」


そうやって数時間に渡りブツブツと文言を呟きながら歩き続ける。

日は完全に落ち、真っ暗闇の中を。


──数時間歩く。


数時間?そんな筈は──。

流石におかしいと思った。

思ってしまった。

いくら何でもそれは。

冗談だろう。

ポケットから携帯を取り出し時間を確認した。しかし間違いなかった。僕が梵先生に会い、別れてから五時間は経っている。

僕の体内時計が狂ったとか、携帯に表示されている時間が狂ったとかでは無い。そういう次元じゃないのだ。

感覚的に理解出来る。理由は分からない。

時刻は二十三時を回っていた。僕はそれに気づく事無く、夢中で考えながら歩いていたのだとでも言うのだろうか。

いや、言うのか。

とにかく今は一刻も早く帰らなくては──新作のゲームが僕を袋の中で待っている。

脚を早く大きく動かす。

足早に、逃げるみたいに。

気づくと走っていた。

真っ暗闇の中を無我夢中で。

街灯の下を通り抜け、横断歩道を渡り、誰かとすれ違う。

変な男だった。大柄で大きな鞄を持ち、コートを羽織り、どこか日本の人ではないように見えた。しかしそんな事はどうだっていい。

横断歩道ですれ違う瞬間に僕は不審な男を横目で見た。

チラッと。

すると──。


「君、この辺りで銀髪の女性を見ましたか」


男が走っている僕に話しかけてきたのだ。普通は急いでいる人に話しかけないだろうに。しかし僕は振り返り質問に答えてしまった。思えばこの選択が間違っていたのかもしれない。そのまま走り抜けてさえいれば──。


「…見ませんでしたけど」

「そうですか、引き留めてしまった。悪いですね」

「いえ…」


僅かに街灯に照らされた男の顔が見えた。暗闇だと気づくはずもなかったのだろう。男は左目に黒い眼帯を付けていた。そして頬には──十字架模様のタトゥーなのだろうか、描かれていた。

刹那に夜風が僕と男の間を通り抜ける。

夜なのにカラスが数十羽と羽ばたいている。

止まぬ鳴き声と共に僕と男の上を飛び続ける。

信号機が目まぐるしい程にチカチカと点滅している。

赤、青、赤、黄、赤、青、黄──青、赤、黄。

規則性は失われている。

信号として機能していない。

異変。

違和感。

何かがおかしい。

僕の頭が変になったのか。

いや違う。

別の世界に迷い込んでしまったかのような感覚に陥る。

ビルの看板の文字がおかしい。

日本語のようで違う、別の言語のような。

けれど意味は理解出来る。

確かに──テナント募集と書かれている。

なのに文字が分からない。

分からないというか、脳が受け付けないというか、異質な──。



突然、無機質な音が暗闇の中で鳴り響いた。無機質な音というのも着信音なのだが。でも僕じゃない。男から聴こえる。

僕は嫌な気分を必死に抑え込みながら再び歩き出そうと、一歩目を踏んだところ。ブツブツと話している男の携帯から聞こえた。


(おい、奴がいるぜ。気をつけろ)


奴──確かにそう聞こえた、それに気をつけろ──と。

一体なんの事だ?


「君、私から離れないように」


この言葉と共に身の危険を感じた僕は直ぐに男の側へ駆け寄った。

僕の生きる物としての本能が何かを訴えている。心臓の脈打つ速度が速くなる。額から汗が垂れ、呼吸をすることすら忘れてしまいそうな程に、僕の中の何かが叫んでいる。

楽しみの袋はとうの昔に手から落ちていた。


「君、布でも何でも良いから鼻と口を覆いなさい」


咄嗟に僕は着ていたシャツの裾で覆った。少し腹が冷える。

ここでふと、気づいた。

あまりにも不自然な、不自然すぎる程の霧が立ち込めていた。しかもただの霧では無いと僕は分かった。感覚的に理解し、濃霧に包まれた僕は焦る。しかし男は平然と、冷静な装いであった。まるで慣れているかのように。

月明かりが僕と男を照らし、あたかもスポットライトを浴びている気分だった。そんな呑気な事を思った僕は、空を見上げた。

確かに空を見た。

見たはず。

しかし月など浮かんでいなかった。

そこになければいけない──夜空に浮かんでいるはずの月。

どこにも見当たらなかった。

僕が浴びたのは何の光なのだろうか。

嫌な想像が焦りを駆りたてる。


「今日は月が綺麗だなぁ、魔女狩りぃ」


どこからか女性の声がした。

透き通った綺麗で細い声。

しかしそんな声とは裏腹に少し荒い口調。


「珍しい。弾丸の魔女、あなたから来るとは」

「はっ、自分で見つけたかったか。残念だなぁ」

「いやいや、手間が省けて良かった良かった」


男はどこかに向かって話しかけている。

それに──聞き慣れない言葉が聞こえた。

魔女狩り。

弾丸の魔女。

物騒だなと思った。本当にそれだけ。呑気と言えばそうなのかもしれない。呑気なことを考えないと吐き出してしまいそうなのだ。


「んん?──そやつは誰だ?」


虚空から、霧の中から魔女であろう声が聞こえる。

そやつ──つまり僕、僕以外にいない。

嫌な予感がする、それも随分と嫌な──僕の予感はよく当たると評判が良い。


「…新人です、魔女狩りのね」

「新人とはまた珍しいな、もう見つからないとばかり思っていたのだが」

「運が良かったのですよ」

「…運が良い?悪いの間違いだろう」


霧の中に人の形をした影が蠢いている。背の高い影が揺らめきながら。


「今日は退かせて貰いますよ弾丸の」

「…はぁ?私から来てやったのだぞ?」

「もう私と彼はあなたの術中。このまま戦えばこちらの分が悪すぎる。ということでまた会いましょう」


男はそう言うと僕の腕を強い力で掴んだ。掴まれたと同時に僕の視界は夜空に染まった。ある筈の月は無く、無数の星はある夜空。尋常ではないくらいの数。状況が状況で無ければ僕は星を綺麗だと思うのだろう。けれどそんな余裕は無い、僕は空を飛んだのだから。


「そのまま身を委ねて下さい、落ちますよ」


物騒な言葉と共に僕はチビりそうになった。体の奥底、全てが浮く気分だ。というか実際に内蔵が浮いているのかもしれない。

下を見ると──僕は──あまりの高さに──意識が──。

最後に見た景色は大量の星空と、下から見た男の顔くらいだ。







意識が回復した。

突然、唐突、一瞬にして。


「…夢だったのか!」


と叫んだ。

叫んだと同時に、僕の目には現実が映り込んできていた。

目覚めた場所は僕の部屋ではないのだ。

見たことも無い天上、壁、床、全てが僕にとって初めましてだ。恐らくここは、教会…だと思う。ズラっと並んだ椅子に、大きなステンドグラス。そこからは暖かな光が差し込んでいる。


「…夢じゃないのかよ」


頬をつねった、けれど痛かった。かつてないくらいの痛みだった。

僕は寝転んでいた椅子から身を起こした。体のだるさと、気分の悪さを抑え込み。無音が響き渡り、薄暗い。頭がクラクラする。目眩というか、何というか。

僕は昨日起こった事件を頭の中で懸命に整理した。

梵先生に会ったこと、異変を感じた夜の街のこと、眼帯の男、弾丸の魔女と呼ばれていた者、信じられないほどの高さを飛んだこと。思い出すだけであの感覚が再び僕を襲う。とてつもなく嫌な予感と浮遊感。身震いすらする。


ひとまず僕は立ち上がり、教会内を歩き回ることにした。トイレに行きたいのだ。もう昨日の夜から用を足していない。教会内は僕が立てる足音だけが聞こえる。ここには僕以外、誰も居ないのだろうか。


しばらく歩いた後。

歩き回った僕。

分かったことが幾つかある。

まず、ここの教会は本当に僕以外に誰もいない。もぬけの殻のスッカラカン。まるで広い世界に僕しか存在していないとすら感じさせる。別に寂しいとか、そんな話では無い。

外に出ることはもちろん、他の部屋にすらも入ることが出来なかった。鍵がかかっているのかもしれない。

まぁそんな具合で僕の探検は閉幕を迎えた。


「どうしたもんかな」


現実は現実。

僕は受け入れつつあった──昨日のことを。

既に二日酔いの様な気持ちの悪さは治まっていた。いや、経験はしたことないのだけれど。何となく──こうなのかな、と。

そしてそれから数時間。

僕は退屈していた。

頼みの綱だったはずのゲームと漫画は無くしているし、スマホの充電はとうの昔に無くなっている、話し相手も居ない。だからやる事と言えば、目を瞑って考え事したり、意味も無く教会内をウロウロしたり、誰も居ないから大きな声で歌ったり──とか。

本当に退屈だった。

せっかくの夏休みだって言うのに。

僕の青春の始まりは意味のわからない時間になった。


「暇すぎる、ほんと、マジで」

「それにあの男…僕に何か説明しろよな。たまったもんじゃない」

「あの眼帯だって、厨二病の類いか何かだろ。いい歳して全く」


思い返す。

途端に腹の奥底がグツグツと煮えてくる。

あまりの退屈さに怒りの感情が湧いてくる。

そうやって感情の波を乗っていると音が聞こえた。

それは扉が開く音。

教会の扉。

木が軋む嫌な音。

ギィ…と。

僕は振り返った。

扉がある方へと振り返る。

そして唾を飲み込み、少しだけの緊張感を喉に通した。

誰か来たのだ──それも数人とみた。

話し声が聞こえるからだ。

けれどそれが独り言であれば撤回しよう。


「あ、起きてる」


第一声。

若い女性の声。

小柄な女性。

ポニーテールの女性。

右目に黒い眼帯。

そして両隣には長身と大柄な男が居る。

片方は見覚えがある、というか昨夜の男だった。


「そうだな、見てわかる」


第二声。

男の低い声。

長身の男。

白髪に地黒の男。

同じく右目に黒い眼帯。

昨夜の大柄な男は特に喋らなかった。

というかこの人達…揃いも揃って厨二病なのか?僕はそう勘繰った。でないと黒い眼帯なんて付けないだろうに。

そして三人は僕に近づいてきている。僕は少し身構えながら、目の前に来るまでを見届けた。そして三人は僕が座っていた席の後ろへ腰掛けた。


「昨日は驚いたでしょ?ごめんねぇ、不安だったよね」


好き。

僕の脳内にその言葉が映し出された。

優しい声音で僕に話しかける姿はまさに天使のようだ。


「…えぇと僕は一体、どういう状況にあるのでしょうか…」


質問というか、話しかけた。

すると若い女の人の顔がみるみると苦い顔へと変わっていく。


「まさか…アレグロ、あんた何も話していないの?」

「そういえばまだ何も」

「はぁ…呆れた。クロニクルも何か言ってやってよ」

「流石にそれは俺も呆れるぜ」

「何も聞かれなかったもので」

「だからって一般人を巻き込んで、挙げ句に何も話さないでここに連れてくる?普通」

「こいつは普通じゃないだろ、イドラ」

「それもそうね…」

「それは恐縮です」

「褒めてないわよ!」


僕を置いて三人、というか二対一で言い合いをしている。


「あ、あの…」

「ああ、ごめんなさいね」

「それでその、僕はどうしてここに…」

「しっかりと話してあげる。ね、アレグロ」

「そうですね。クロニクルが説明するそうです」

「…あのなぁアレグロ……まぁ、いい」


昨夜の男…アレグロ?はズボラというか、頼りない感じだな。


「そんじゃまずは俺達の紹介からするか。俺はクロニクルロード。少し長ぇからクロニクルって呼ばれてる」

「そんでこっちがイドラ」

「よろしくね、少年」

「よろしくお願いします…」

「んで、こいつがアレグロ。だらしない奴」

「どうも、昨夜はお世話になりました」

「…こちらこそ」


左から、クロニクルロードさん。イドラさん。アレグロさん。一体どこの国の人なのだろうか、気になる。


「それで俺達は──魔女狩りだ。んで、昨日……」

「ちょ、ちょっと待って下さい。魔女狩りって何ですか?」

「ああそうか。そこからか…めんどいな。イドラ、変わってくれ」

「はいはい。分かったわよ」


そういうとクロニクルロード…クロニクルさんは目を瞑り静かに黙りこくった。二つ隣のアレグロさんはどこか遠くを見つめていた。


「まず魔女は分かるよね」

「それは、はい…分かります」

「それで言葉通りに言うと──魔女を狩る、ってことね。端的に言うと私たちは魔女狩りっていう組織なの」

「は、はぁ…」


あまりピンと来ない。


「正義に仇なす悪い魔女を追って、狩る──つまり殺す。それが私たちの仕事」

「…殺すって、社会的にですか?」

「まさか、物理的によ。魔女に社会も何もありはしないわ」

「そ、そうですよね」


馬鹿なことを聞いた。

いくら僕でもそれくらいは分かった。


「そして私達は曲がりなりにも聖職者というわけ。悪しき者は罰し、服従させる」

「昨日の夜、少年の身に起きた事もそれ関連の事よ。運が悪かったわね」

「…僕は巻き込まれたと」

「まぁ、そう。それだけでもないけど」


どこか引っかかる言葉だった。

焼き魚の小骨みたく、鬱陶しく。


「昨日の魔女は今私達が一番気にかけている──弾丸の魔女なの。歴史上一番長く存在していて、一番厄介な魔女よ」

「あの、今更なんですけど、魔女ってあのおとぎ話とかによく出てくるあの魔女ですよね?」

「ええ、そうね。その魔女よ。魔法を操り、正義に危害を加える危険な存在。昔からそうだったの」

「へぇ…魔女って実在したんですね」

「意外と近くに居るものよ」

「それで少年、君に危害が及びそうになったからアレグロが助けたというか、ここの教会に運び込んできたの」

「ちなみにこの教会は私達魔女狩りの本拠地。まぁ組織といってもそんな大所帯じゃなくて、数人程度なのだけど」

「…イドラさん達以外にも居るんですか?」

「もちろん、あと二人居るわ。ジェミニとエニグマよ。近いうちにジェミニには会えるかな」

「大まかな説明はこのくらい。少年、質問はある?」

「…思い浮かばないです」

「それもそうね。あまりに突然すぎるもの」

「今日はもうゆっくり休んでね。明日から忙しくなるわ」


──ゆっくり休んでね、明日から忙しくなる。流石の僕もこの言葉の意味が分かった。僕は家に帰れない。いや、まさか──でも、そういう事なのだろう。一先ずは一応、念の為。


「家に帰って良いんですよね?」

「何言ってるの?ダメに決まってるじゃない」


ほらきたやっぱり。どんどん嫌な方へ話が進む。


「少年、今日から君は魔女狩りの一員なのよ」

「いや…いや…いやいやいや。え?冗談ですよね」

「君って面白い子ね」


おい。

嘘だろ。

無責任にも程がある。

僕は許可を取った覚えはないぞ。

僕が魔女狩り?…殺しの集団の一員だと?冗談じゃない。というか冗談であって欲しかったよ。


「僕に拒否権は無いんですか」

「無いぞ」


寝ていたと思われるクロニクルさんが唐突に口を開いた。狸寝入りだったのか。


「言ったろう、運が悪かったと。そういう事だ諦めろ」

「そんな事飲み込めませんよ!」

「飲み込むしかないんだよ」

「で、でも…!僕のこれからはどうなるんですか?それに僕は学生だし、家族だって心配する…!」

「んなもん俺達には関係ねぇよ。諦めの悪ぃガキだ」

「…いい歳して眼帯付けた厨二のおっさんの癖に!」

「まぁまぁ二人とも」


イドラさんが宥めてくれている。


「厨二?…ああこれか」


右目の眼帯を指差しながら少し笑っていた。おっさんという言葉に効き目はなかった様だ。


「そうかまだこれの事も話してなかったな」

「俺達はな、片目がねぇんだよ」

「………」


そう言いながら右目の眼帯を外し僕に見せてくれた。眼球の無い右目を。真っ暗闇の空洞の様な、実際空洞なのかもしれないが──そんな痛々しくも思える右目だった場所を僕に見せつける。僕は言葉を失った、あまりの光景に言葉を──。

そして俺達、つまりイドラさんもアレグロさんも無いということ。


「ご、ごめんなさい…知らずにこんな事…」

「いいぜ、別に。少年──お前もこうなるんだからな」


こうなる。

あんな風に──なる。

どうなる?

目を──失う。

僕の目が無くなる。

無くなるとどうなる?


「…嫌だ…」

「チッ…うるせぇなぁ。おいイドラ、アレグロ連れてくぞ」


僕に拒否権は無く、人権も無く、ただ運が悪く、どうしようも無い出来事。しかしこのままでいいのか、僕よ。

──逃げる。

刹那、言葉が頭によぎる。

逃げれるのか?魔女を殺す集団相手にただの高校生が?

でも、僕にだって将来がある。

三人は座っているままだ。僕がすぐに走り出せば少しくらいは反応が遅れる、はず。

僕は息を呑む。

目線は向こうの扉。

そして──僕は駆け出した。

未だかつて無い速度で僕は脚を動かす。

三人は多分、座ったまま。

横切った最中に少し見えただけ。

扉は僅か数メートル先。

あと少し。

あと少し。

もう目の前。

三人は、分からない。座ったままなのかもしれない。そのままじっとしておいてくれ、僕は願う。

さぁ扉だ。

開けよう。

逃げよう。

自由だ。

僕は取っ手に手を掛ける。

少し重たい扉を全力を振り絞り、急いで開ける。

木が軋む。

ギィ…と。

目を閉じてしまいそうな程の眩しい光が漏れ出す。

外に出れる。

感情が昂り身震いを起こしてしまいそうだ。

僕は外への第一歩を踏み出した。

そして二歩目を───────。


「旅行は楽しかったか少年」


誰かが居た。

あの三人では無い誰か。

そして右目に眼帯。

絶望した。

眩しかった光は暗闇の様に思えた。

僕を閉じこめる光の檻。

僕の中の警鐘が鳴り止まない。

この感覚は昨夜と同じ。

あの言い表せない、とてつもなく嫌な気分が襲う。


「行こうか」


見た目は還暦を迎えている男が僕の肩を掴み、腰を折り、目線を僕に合わせまるで幼い子供と話すかのような身振りで言う。

そして僕は抗えずになすがままに再び、あの場所へ──。

後ろから感じる威圧感、嫌悪感。

僕は吐き気を感じる。

目眩がする。

足元がおぼつかない。

あの三人は座ったまま僕を舐め回す様に、嫌味ったらしくジロジロと見ているだけであった。

今すぐ逃げ出したい、しかし叶わなかった。

そして──これからも叶うことは無いのだろう。

僕は諦める。

これからを、僕の人生を、全てを。

さようなら──儚き僕の人生。

来世はもう少し運良く生きていたい。

そう願うばかりだった。


さようなら。世界──

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