【1−3】


「ここが要塞都市マルラックだ。」

「わぁ…!!」


2人が訪れたのは、悪魔の森から一番近い距離にある『要塞都市マルラック』。

辺境に位置する都市なだけあって外壁には対魔物用の装甲が多く配備されており、定期的に整備も行われている。過去に起こった大氾濫の経験を踏まえて城壁の上では兵士が交代で巡回し、異変があれば即座に伝達することによって城壁が即座に警戒体制に入ることができているのだ。


門番に身分証明書を見せて城壁の中に入ると、そこには活気に溢れる市場が広がっていた。

悪魔の森が近く、冒険者が活動拠点をおく場所として人気があるマルラック。採取できる自然物資や魔物の素材が多く持ち込まれることで経済が活発化し、王都の次に賑わっているとされる大都市だ。


賑わう街中をキョロキョロと見渡すシオリを抱えながら、ミラクレアスはある場所を目指して歩く。

「ミラクレアスさん、これはどこに向かっているんですか?」

「ミラでいい。服を買いに行こうと思っているが、その前に冒険者ギルドに行く。」

「冒険者ギルド…!それって魔物を倒す依頼を受けたり、AとかBとかランクが上がっていくやつですよね!?」

「ん?そうだが…」


ミラクレアスは疑問を覚えてシオリに問いかける。

「向こうの世界にも似たような組織があったのか?確か魔物はいないと言っていたはずだが…」

「ううん。私たちの世界にあるわけじゃないんだけど、結構有名で…」

「?」


慣れた手つきで冒険者ギルドの中に入るミラクレアス。子どもを抱えて訪れた銀髪の美丈夫に周囲の目線が集まるが、当の本人は気にすることなく受付へと向かった。


「薬草と魔物素材を買い取ってほしい」


冒険者のようななりをして商人のようなことを言ってくるミラクレアスに受付嬢は怪訝な顔で尋ねるが、ミラクレアスが頷くとすぐに案内を始める。


「買取は査定した後に買取金額をお渡しする形になりますが、買取金額の1%を手数料としてギルドが回収しますのでご容赦ください。また査定する品目が多い場合や高価な場合、買取金の準備に時間がかかる場合がございます。ギルド口座をお持ちであれば後日振り込むことも可能ですが、即金での支払希望の場合は数日お待ちいただくことになります。この場でギルド口座を作るのこともできますがいかがですか?」

「しばらく来ないうちにそんなことができるようになったのか…便利ではあるが、いちいちギルドからお金を出さなきゃいけないのは面倒だな。」


ミラクレアスにとって現金を持ち歩くことは特に面倒ではないため、自分には縁のない話だと思うことにした。


「口座は作らなくていい。数日はこの街に滞在する予定だから、その間にこの鞄の中のもの全て換金しておいてくれると助かる。」


ミラクレアスは懐からマジックバックを取り出すと、カウンターへおく。見た目はそれほど大きくないマジックバックだが、受付嬢はそれなりに量が多いことを察した。

「かしこまりました。それでは3日後に冒険者ギルドへお立ち寄りください。それまでに買取金の準備をさせていただきます。」

「あぁ、よろしく」


会話を終えたミラクレアスは、首をあっちこっちへ揺らしてギルド内を眺めるシオリを連れてギルドを後にする。大通りに出たところで、ミラクレアスは「宿を探すか」と周囲を見渡し始めた。


「宿…ってことはこの街に泊まっていくんですか?」

シオリが瞳を輝かせながらミラクレアスに質問する。


「あぁ。時間もあることだし、今日は早めに休んで明日は朝から買い出しに行こう。」

「はい!」


そして2人は道中の露天で適当に食事を済ませ、大通りに面した大きめの宿で早めに休んだのだった。



翌朝、朝食を済ませた2人は服屋へ向かった。

シオリの服が「セイフク」1着しかなかったため、早急に取り揃える必要があったのだ。

しかもこのセイフクには、着用する者のサイズに自動で調整される機能と、攻撃に対し自動で反撃する機能が付与がされていた。

これを伝えたところ、

「採寸では大きめに作ったはずなのに、着た時にピッタリだったのはそういうこと…?」

と意味深な言葉を呟いていたが、シオリの国で魔法は使えないと聞いていたので深く考えないでおいた。

結果、その服は大事に取っておくことになった。万が一破れてしまった場合、戻った時に困るからというものだ。

そんなわけで、今の彼女は一般的な町娘の装い。清潔感のあるその立ち姿は、裕福な商家の娘にも見える。


「思いのほか早く終わってしまったな…?」

ミラクレアスの呟きにシオリが反応する。


「他に買うものはないんですか?」

「ない訳では無いが、食品類は帰る直前に買った方がいいからな。シオリは何か必要なものとかないか?」

シオリは頬に手を当てて少し考えると、思いついたように話し始める。

「じゃあ、言語学習用の本が欲しいです。聞く話す分には問題ないけど、読み書きができないと困りそうで。」


こうして2人は、要塞都市内にある本屋へと訪れた。

ずらりと並んだ本の山を前にシオリはわぁ、と声をあげる。ミラクレアスがいくつか見繕っていると、店の奥からお婆さんが顔を覗かせる。


「懐かしいねぇ…」


シオリはお婆さんに近寄り、その顔を覗き込む。


「エルフ?」

「おや、そこのめんこいのはわたしを覚えているのかい?」

お婆さんの言葉にシオリは首を傾げる。


「だれかと間違えているのではないですか?」

「おや、もしかしたらそうかもしれないねぇ」

達者でねぇ、と言いお婆さんはまた奥に戻って行った。


そのすぐ後、若いエルフが奥からやってきた。

「おばあちゃんてば、また勝手に店に出て…あ、いらっしゃい!欲しいものは見つかった?」

「あぁ、この3冊を」

いつの間にかシオリの後ろにミラクレアスが立っており、本を差し出していた。


「全部で金貨10枚だね。」

「だいぶ安いな。新品なら一冊金貨50枚はするはずだろう??」

「いいのよ、それ私のお古だし。再利用してもらうってのにあまりお金は貰えないって。」

「そうか、じゃあ遠慮なく。今後も贔屓にさせてもらうよ。」

「まいどあり!」


店から出ると、正面にあったのは武器の店。シオリの目が輝いていた。

「はいるか」

「はい!」


シオリの目には全てが新鮮に映るのか、陳列された武器や防具を片っ端から見つめ感嘆の声を漏らしていた。

ミラクレアスも商品を眺めていると、店主の爺さんが話しかけてきた。

「お前さん強いな。全盛期のわしほどじゃないがの!ガハハハ!」

「初対面からテンション高いな。」

「まぁそう言うな。武器を買いに来たんじゃろ?この大剣とかどうじゃ?炎属性が付与されていて大体の敵は燃やし尽くす!もしくはこっちのハンマーはどうじゃ?風属性が付与されていて重さを軽減できる!それかこの短剣はどうじゃ?地属性が付与されていて斬撃に重さがのるぞ?」


自信満々で武器を勧めてくる店主にミラクレアスは苦笑い。初めて来た店だったが、なんというか残念な店だなと。

「炎の大剣はともかく、重さで敵をたたき潰すハンマーの重さを軽減するのはどうかと思う。短剣は取り回しが重要な武器だと思うんだけど、重さが乗ったら思うように振れなくなるんじゃないの?」

ミラクレアスが感じていたことをシオリも考えていたようで、ストレートに店主に伝えると彼は見るからに不機嫌になった。

「なんじゃ、貴様ら冷やかしか?武器のロマンもわからんへなちょこ親子に売るもんなんかないわ!とっとと帰らんかい!」


こうして店を叩き出された2人。街をぶらぶらと歩いていると、ミラクレアスが突然シオリを抱えた。

「ミラさん?」

「裏路地に入る。すこし大きめに動くから、しっかりと捕まっておいてくれ。」

「もしかして!荒くれ者に追跡されているから、誘い出して裏路地でボッコボコにしてやろうって魂胆ですか!?」

「シオリの考えはやや物騒だな。シオリの世界は魔物がいない代わりに人間が荒ぶれている世界なのか?」

「…あながち間違いではありませんね」

明後日の方向を向いてそう答えるシオリに、ミラクレアスはため息をつく。

「追跡されているのは事実だが、いざこざを起こして時間を取られるのも面倒だ。すこし動けなくなる程度の簡単な罠を仕込みながら振り切るつもりで動く。」


そう答えるが早いか、ミラクレアスは裏路地に入った瞬間に駆け出した。路地裏に入った当初最初はシオリでも気がつくくらいの気配を出して追跡していたが、すぐにその姿は見えなくなった。

「諦めたんでしょうか?」

「いや、単純に動けなくなっただけだろう。それよりも、」


ミラクレアスは、物陰からこちらを覗き見る子どもたちのもとへずんずんと歩いて行く。逃げようとした子どもは、ミラに行く手を阻まれた。


「なんだよ!まだなんにもしてないだろ!!」

シオリと同じくらいの背丈の男の子が吠えるが、ミラクレアスは気にしない。

「君たちは孤児院の子だろう?ご飯は食べていないのか?」

「な、なんだよ!飯は3日に1回食べてる!もっと食べたいならどっかから持ってくる!そんだけだ!」

ミラクレアスの腕の中で、ハッと息を呑むシオリ。こんなに小さい子どもが満足にご飯も食べられないなんて、と考えているようだ。


ミラクレアスは即座に彼らに伝える。


「孤児院へ案内しろ。私がおなかいっぱいご飯を食べさせてやる。」




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浄化の魔神 御所 ラ・テ @gosho_latte

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