10. 「幸福な死」
すると突如、心臓のあたりがぎゅっと締め付けられるように痛んだ。僕の本能か、或いは過度な自己愛が目の前の死を拒みだしたのだろうか? 意味もなく目からは涙が零れ落ちた。同時に、脳裏にはまるで走馬灯のようにこれまでの人生の出来事が頭をよぎった。
両親のこと、友人のこと、初恋のこと、学問のこと、失恋のこと、惰性の日々のこと。どれもがどこにでもあるような平凡な日常であったが、今はそれら全てが何よりも大切で愛おしいものに見えた。僕は、生を愛していたのだ。勿論、憎んでもいた。この二つの感情は、共存するものであると、僕はこの瞬間に気づいた。しかし、後悔は無かった。僕は生をもう十分に謳歌しつくしたものだと思った。
そして、それは死に対しても同じであった。僕は死を恐れてもいるし、愛してもいたのだ。死はどこまでも冷酷であったが、差別的でなかった。平等であったし、救いであり、解放でもあった。
しばらくすると、涙は引いていた。僕はベッドに横になり、目を閉じた。
まだ取り留めのない感情が、頭の中をぐるぐると渦巻いていた。しかし、それも押しよせる眠気と共に、次第に収まっていった。
僕は眠りに落ちる瞬間、はっきりと自分が幸福であると感じた。
その瞬間は、ただ果てしなくどこまでも広がっている穏やかな暖かさの中に自分が存在することを感じた。
それは死だった。
死が僕をまるで母親のように抱きしめて、優しく包み込んでくれているのだった。
やがて世界は暗転し、一人の平凡な人間の人生は幕を閉じた。
幸福な死 砂糖 雪 @serevisie1
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