9. 「直面」
いま僕は、更に心臓の鼓動が早まり、動悸がするのを感じた。今まで、意識はしても直接姿かたちを見ることはできなかった死が、まさに目の前まで迫ってきている。全身に鳥肌がたち、冷や汗が垂れた。しかし同時に、僕はどこか暖かさを、安らぎを、そこから感じ取っていた。暗く冷たい死と、優しく暖かい死、一見相反する二つの性質を、僕は死の中に見出していた。そのことを意識すると、次第に動悸は収まっていくようだった。
自殺をする人間は後を絶たない。それは多くの場合、人生に絶望したり悲しんだり、生きることが辛くて堪らないといった激情に突き動かされて起こるものなのだろう。それはいわば、生を恐れ、或いは憎み、生よりは死のほうが相対的にマシである、という精神状態なのだろう。
僕の場合はどうか?
ただ生きていたくないといった曖昧な理由で自殺する僕のことを見たら、人は僕を嘲笑するだろうか?或いは、命を粗末にするなと叱咤するかもしれない。僕は彼らに反抗するつもりも、迎合するつもりもない。
僕は生を憎んでいるのだろうか?
確かに、憎んでいないとは言えなくもないのかもしれない。しかし、なにかが腑に落ちないような……。
扉が開かれ、再び男が入ってきた。部屋を出て、案内される。再び二人で廊下を歩く。男は何も言わない。
「この部屋です」
男は扉を開け、中へ入るよう促した。そこは、さっきの部屋とほとんど変わらない広さで、違いといえば物の配置ぐらいであった。男の説明通り、部屋にはベッドと机がある。
「えー、では私はここで失礼します。本日は当センターをご利用頂きありがとうございました」
男は深々と頭を下げてから、扉を閉めた。
僕はまず薬を飲んだ。もうこれで後戻りすることは出来ない。ベッドの上に腰かける。ふかふかして、とても寝心地が良さそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます