ファクタリングの茶封筒 4/4

「大学合格おめでとう~!!」


 今日は一番下の弟の大学合格祝いだ。国公立には落ちたが、私立のそれなりに良い大学へ入れた。予備校には通わせてやれなかったが、大学受験経験者が5人もいるこの家のサポートは万全であった。


「兄ちゃん…受験費用とか…色々、ありがとな。俺、働きだしたら絶対返すから。」


「いいんだよ。そんな事気にするな。お前の努力が実ったことが何よりうれしいんだから。」



 僕の大学合格から13年、僕は家族を……手放さなかった。



 ファクタリングの茶封筒は未だに使用している。間さんの言う通り、6人で生きていると突然の出費というものがどうしても発生する。返したり、借りたりを繰り返して、今の借金額は


 ¥10,997,213


 となっている。他人から借りていないとはいえこの金額には少し焦りを覚える。しかしあと四年すれば、誰かを支える生活に終止符が打たれる。今年は長女の結婚も決まったし、めでたいことだらけだ。


「お兄ちゃん、本当に私が先に結婚していいの?」


 なんて長女は気を使った。いつの時代の話をしているんだか。長女はどこか価値観が古いところがあり、僕は長女のそんな気遣いを笑い飛ばした。


『ぴんぽーん』


 ボロ家の古めかしいチャイムが鳴る。長女が玄関まで様子を見に行くと、すぐに戻ってきて、


「お兄ちゃんにお客さんだよ。黒いスーツを着た、間さんって人」


 随分と懐かしい名前を口にした。僕のすぐに立ち上がり、玄関まで行く。そこには13年前と変わらぬ姿の間さんが立っていた。


「お久しぶりです、間さん。お変わりないようで、なんだかあの頃にタイムスリップした気分です。」


「お久しぶりです飯島さん。私の方はしっかりと時間の経過を感じますよ。苦労なさったのですね。」


「はは、最近は前髪の後退が気になってましてね。13年前と比べたら、体もだらしなくなったもんです。」


 なんて世間話を重ねたが、間さんがただそれだけのために来るわけがない。


「今日は、とある商品の案内で来ました。今お時間よろしいですか?」


 そういって間は15年前の夏と変わらない通勤カバンを漁りだす。中から出てきたのは5枚の茶封筒。


「ファクタリングの茶封筒…ずいぶんとお世話になりました。」


「こちらはあなたのご兄弟全員分の『ファクタリングの茶封筒』でございます。ですが、15年前より便利になりましてね。引き出しできるのはあなただけ、そして支払いは自動になりました。つまり、あなたは好きなご兄弟からバレずにお金を借りることができるのです。」


「自動引き落としですか。それは便利だ。僕のもそうしていただきたいくらいです。」


「ええ、ご希望でしたら機能を追加しますよ。さて、どういたしますか?ファクタリングの茶封筒、5人分ですので、2500円になりますが?」


「とってもお得ですね。一枚500円とは、ずいぶん安い。」


高校生の自分を思い出す。といっても、アルバイトと勉強の記憶がほとんどで、もう霞がかったような記憶だ。大学は楽しかったが、やはり家族のために犠牲にしてきたこともある。学祭の準備にはもっと時間を使いたかった。社会人になってから、仕事に打ち込み、良い出会いがあることもあった。でも…断った。


「これさえあれば形は違えど、取り戻せるかもしれませんね。」


「ええ、ええ。大変ご苦労なさってきたのですから。少しくらい…ね。」


間が差し出してくる茶封筒に手を伸ばし、そのまま押し返した。


「申し訳ありません1千万の借金があるもんで、2500円は大金なのです。今回は縁がなかったということで。」


僕がにこりと笑ってそう言うと、作られた笑顔で固まった間の顔が少しほぐれた気がした。


「…………左様ですか。では、これを。」


 間が通勤カバンから出したのは茶色い液体の入った瓶だ。飯島はその瓶を受け取る。


「これは…?」


「飯島さんが30歳になったのをお祝いし損ねましたので、おすすめのウィスキーをプレゼントいたします。弟様が成人になったころ、ハイボールにして、一緒に楽しんでください。料金は頂きませんので。それでは。」


 間さんの黒いスーツが、夜の闇に消えていく。




 近所のコンビニ。間はそこでハイボールとイチゴミルクを購入した。


「ねぇ間さん!なんでさっきの人にもっとおはなししなかったの!?」


 コンビニの前で座って待ち構えていたのはまだ肌寒いというのに半袖の白いワンピースを着ている少女であった。


「話すことがなかったからですよ。」


「あったでしょ!兄弟からお金をかりたら、しゃっきんなんてすぐ返せます!とか、今までさんざんお世話してきたんだから少しくらいかりても問題ありません!とかさ!間さんはへたくそだよ…。」


「まぁまぁ、これでも飲んで落ち着いてください。」


 間はそう言って、少女にイチゴミルクを渡した。少女はコロっと笑顔になり甘い液体を飲む。


「それにさ、間さんはたーげっとえらびもへたくそだよね!もっと悪いほうにいきそうな人をえらばないと!アミがこんどおしえてあげようか?」


「私は善にも悪にも染まりそうな間にいる人が好きなんですよ。」


「なんかさ~それじゃ~こう、はっきりしなくない?シロ!クロ!って感じじゃないからつまんないよ。」


「アミさん。人生でそんな白黒つくことの方が珍しいんですよ。現実なんてこんなもんです。」


「うわ!出ちゃいました大人りろん!アミ、大人のそういうつまんないところきら~~い。」


「好き嫌いで行動を変えられるのは子供の特権です。もっとも、どうしようもなくそれができない子供もいますがね。」


 アミは間がハイボールを飲み終わるのを待っていた。なぜ大人というのはそんなにチョビチョビ飲むのか、間に聞こうと思ったが、説教くさい言葉を聞かされそうでやめた。




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本当にあったかもしれない奇妙な話 村田典明 @Nitmagogo

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