ファクタリングの茶封筒 3/4
「参考書って何使ってる?」
ファクタリングの茶封筒のおかげで、バイトを減らすことができたし、夜の違法バイトに至ってはやめられた。この封筒があれば、家族を養いながら大学に行くことができると考えた僕は、さっそく予備校通いしている友達にアドバイスを求めた。友達は様々なアドバイスをくれた。
僕自身が予備校に通うことも考えたが、あまりの値段に驚いてやめた。しかし、大学に四年間通うこともかなりの金額であり、どうにか給付型の奨学金をもらえないか模索することにした。
「どれも…いろんな条件があるけど、すべてに共通してるのは優秀な成績だよなぁ…。」
バイトを減らした分、机に向かう時間を増やした。
「お兄ちゃん、最近夜遅くまで勉強してるけど…大丈夫?」
そう話しかけてきたのは長女。彼女も受験生だ。塾に行かせてやりたかったが、彼女もまた経済的に無理だった。彼女はそんな環境ながらも、学校での勉強を頑張ってくれている。
「受験だよね!私も絶対公立受かるから!そして、たくさんバイトして、少しでもお兄ちゃんの助けになるからね!!」
自分の妹ながら人ができている子だと思う。
「そんなに気にしないで。自分で稼いだお金は自分に使いな。女の子なら、何かとお金が必要だろう?」
「そのセリフ、そのまんまお兄ちゃんに返すよ。じゃ、これおいておくから、頑張ってね。」
そういって長女はおにぎりを置いて行ってくれた。小さな弟妹達も俺の受験を気遣ってか、家事手伝いをしてくれたり、下の兄弟だけで遊ぶようになったりした。
そんな家族の応援の甲斐あって、僕は第一志望の大学に合格。給付の対象になることはできなかったが、奨学金を借りて大学生生活を送ることができるようになった。この合格の瞬間、大学の門の前で、ファクタリングの茶封筒の数字は変化を見せる。
¥210,225,871
「2億………1千万……。」
思ったより上がらなかった……と言うのは贅沢だろう。しかし、焦りを感じているのも事実だ。何分生活費がかさんでいる。受験の一年半は確実に受かるためにまともにバイトをしていない。浪人する方が費用がかさむからだ。そのため、引き出したお金はもう800万円を超えている。この先、僕が就職するまでに長女は大学生に、次女と次男は中学生に、三男と三女は小学生に上がる。学習道具の準備や、給食費、被服費、食費…。おむつ代からは解放されるが、生きるためにかかるお金はものすごい金額だ。
「ふぅ…。」
飯島は未来を考えて、一つため息をついた。
「飯島さん。お久しぶりですね。」
「うわっ!」
受かった大学の前で話しかけてきたのは、ファクタリングの茶封筒を売ってくれた間さん。なんでこんなところに…?
「おや、ファクタリングの茶封筒…。以前よりずいぶんと金額が上がってますねぇ。最近コンビニでお会いしないと思ったら、受験勉強をなされていたのですか。ここは良い大学です。予備校に通わず、国公立合格は至難の業だったでしょう。」
「………家族のためを思えば楽でしたよ。」
なぜ僕がここに合格したことを知っているのか、なぜ予備校に通っていないことを知っているのか、このさい問わなかった。こんな不思議な道具を500円ぽっちで売っているんだ。どんなことができても不思議ではない。
「そんなに増えた生涯賃金も、家族のために消費するのですか?」
「もちろんですよ。そのために間さんからこの封筒を買ったんですから。」
「そうですか……。それは本当に家族のためになるのですか?」
「は……?なるに決まっているでしょう!お金がなければ、良い生活が送れないんですから!」
「ああ、いや、いや。そんな怒らないでください。私はあなたのご兄弟の話をしているんではないですよ。それはもう、現在あなたが養っているご兄弟は幸せでしょう。何不自由なく暮らしているのですから。」
「それじゃあ、家族のためになっているじゃないですか。」
「いやね、私が言いたいのはですね、飯島さんの未来の家族の事なんですよ。」
「未来の………家族?」
間さんの言葉に僕はしばらく混乱した。その後、目が覚めたような衝撃を受ける。
「お気づきになられましたか?そうなんです。飯島さんが今お金を借りるということが未来の自分がお金を返さなければならない。お金の返し方の説明は覚えていらっしゃいますか?」
コンビニでファクタリングの茶封筒を買ったその時、間さんから教わったのはお金の引き出し方だけではない。もちろん、その返し方も教わった。
「返済期日はあなたが65歳になるまで。利子などは一切ございませんが、貨幣の価値というものは変動します。飯島さんが500万円借りて、30年後に返すとしましょう。日本の貨幣価値の変動次第では500万円をそのまま返してい頂くということは成り立ちません。価値が変わっていればその分、返済額も変わります。1千万円かもしれませんし、300万円になっているかもしれません。その額はファクタリングの茶封筒に表示され、封筒の中に現金を入れていただくことで返済となります。」
間は淡々と説明する。僕はこの説明を忘れたことなどない。お金を引き出すたびに、返す時のことを考えていた。
「もし、飯島さんの未来の家族が病気になったら、事故にあったら、車を買おうと言い出したら、家を買おうと言い出したら………。どうしましょうかねぇ。飯島さんにはすでに800万円の負債があります。いくら生涯で2億稼ぐからと言って、800万円は大金。重荷になって、財布の紐も固くなるでしょう。」
間はどこか挑発的な口調でそう言った。
「結婚するのは、ファクタリングの茶封筒の借金は完済してからと決めています。それが僕の中の最低限のマナーです。」
「それは素晴らしい。それではこの後かさむ借金も含めて…どのくらいの額になるでしょうか。飯島さんとその妹さんがアルバイトをして家計を支えるとしても、いくらかはファクタリングの茶封筒に頼るでしょう。いきなり大金が必要になることもあります。ざっくり年200万借りるとしても卒業までに合計1600万円…。社会人になって、すぐは給料も大したことありません。奨学金もありますし、家計を支えながらだと月数万も返せないでしょう。おや、結婚できるのはいつでしょうかね。」
「…う……うぐ…。」
受験中は考えないようにしていたことを間に指摘される。わかっていた。僕の誓いを守るためには長い期間を借金と共に過ごさないとならない。
「飯島さん、今なら楽になれますよ。もう十分頑張ったと思います。あの家を支えるのはあなたじゃない。親戚の大人や国の仕事です。」
間さんの話を聞いて、僕はファクタリングの茶封筒を握りしめた。
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