ファクタリングの茶封筒 2/4
「ファクタリングの茶封筒…?」
「はい、これは私の会社で扱っている商品でしてね。飯島さんの問題の解決を手助けする商品です。」
間さんのしゃべり方が変わった。今までの年下への砕けた話し方から一遍。大人同士で会話しているみたいなしゃべり方になった。僕を…対等なお客さんとして見てるってこと?
「それがあると…何かいいことがあるんですか?」
「はい、まずは茶封筒を持ってください。」
間さんから渡された茶封筒、どこにでもありそうなもので、細長い空欄が印刷されているだけだ。その空欄を見つめていると、数字が浮かび上がる。
¥68,145,766
「これ……なんの数字ですか?」
「これが現在あなたが借りることのできるお金です。」
「ぃええっ!!?いちじゅうひゃくせん………6千8百万!?そんなお金借りられるわけないでしょ!?」
「ええ、もちろん。この金額を他人から借りることは難しいでしょう。特に、なんの担保も持たない飯島さんなら不可能といってもいい。しかしこれは他人から借りるお金ではないのです。『未来の自分』からお金を借りるのです。それならば担保も必要ないのです。全て自己責任で終わり…というわけですよ。」
間さんの話はとても不思議だった。にわかには信じられないことをさも、真実化のように話す。
未来の自分からお金を借りる!?そんなことできるわけ……。いや、もしできたら……?
「なんで…6千8百万円なんですか?未来の僕の貯金額とかですか?」
「いいえ、そこに浮かび上がった数字は飯島さんの生涯賃金です。」
「え……生涯賃金?あれ、テレビでは生涯賃金の平均は2億円くらいって……。」
「いえいえ、それは様々な経歴の方の平均でしょう?飯島さんは飯島さんです。あなたは高校中退、つまり中卒でお仕事を探すことになります。中卒での就活はなかなか良い労働条件の職場が見つからなかったり、また就職した会社が倒産してフリーターに戻ったり、体調を崩して収入が0になったりと、色々苦労なさることもあるでしょう。飯島さんは現在16歳ですから、約50年という長い労働期間中、常に平坦な道のりとは限りません。なので6千8百万円です。」
間さんの話は、正直言って僕に衝撃を与えた。自分は勝手に2億円くらい稼げるものだと思っていたからだ。確かに、この前うちのコンビニに面接に来た中年の男性はバイトに落ちていた。僕は若くて、元気があって、健康だから働かせてもらっている。元気がない人や、突如休むような人は雇う義理などこのコンビニにはないのだ。仮に面接を受かってもバイトだから店長のクビ宣告を回避することはできない。
僕はそういう不安定な世界に踏み込もうとしていたんだ。
「これって……!もう決定している未来なんですか!?」
「いえいえ、飯島さん。あなたのような若者の未来というのは揺らぎがある。そう実に揺らいでいるのです。」
「揺らぎ……ですか。」
「ええ、ほかの大人たちは『可能性』なんていう言葉を使うかもしれませんね。あなた方の未来はちょっとしたことで変化します。ちょっと趣味を始めてみたり、勉強を頑張ってみたり、私のような大人と話してみたり………。そんな小さな行動一つで、あなた方の未来は激変するのです。」
「そんなもの…ですか。」
「ええ、子供という当事者であるあなたにはわかりづらいでしょうがね。さて、どういたしますか?このファクタリングの茶封筒、買いますか?買いませんか?」
「……それ、いくらなんですか?」
「一枚500円です。」
「思ったより安っ!それなら買います!!」
コンビニバイトが終わり、愛するボロ家に帰る。きらびやかなLEDが光る街にここだけは暖かな白熱電球の灯がともる。LEDにした方が電気代が節約できるらしい。
さて、間さんから買った、この「ファクタリングの茶封筒」どうしたものか。
生涯賃金6千8百万……。正直ショックだった。それでは兄弟たちを支えられない。一番下の弟がストレートで大学を出るとして19年後。それまではそれなりの収入を得ないといけないのだ。
「そうなると……高卒まで頑張るか…?うん、間さんの言い方的にも、この6千8百万という数字は今の『高校中退を決意した自分』の生涯賃金だ。高校卒業まで頑張れれば、きっと違う未来が………え、ええ、ええ!?」
高校を卒業すると決めると、ファクタリングの茶封筒に書かれた数字に変化が起きる。
¥170,022,459
「いちおく……ななせんまん……。」
僕はお金を引き出すと決めた。やり方は間さんに教わった。欲しい金額を茶封筒に書き込むだけ。僕はとりあえず300万円と記入した。
来週には暖かな白熱電球が、効率的なLEDに変わっているだろう。
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