ファクタリングの茶封筒 1/4

「いらっしゃいませー」


 僕の名前は飯島。コンビニでバイトしている普通の高校生だ。いや、そろそろ『高校生だった』に変わるかもしれない。


「飯島君、今月シフトたくさん入ってるけど、扶養とか大丈夫?」


「はい!親からの許可はもらってます!扶養超えると税金かかるのも知ってますよ!それ以上に稼ぐんで平気です!」


「そ、そっか。夏休みなんだし、たまには遊びに行きなね。君の代わりだったら、みんな喜んでやってくれるだろうからさ。」


 店長からのありがたい言葉。いろんな友達からバイトの話を聞くが、ここがかなり優しいバイト先といえるだろう。店長も、パートのお母さんたちも、大学生の鬼にさんたちも、みんな優しくしてくれる。確かに高校二年生のひと夏の思い出を作るためなら、いくらでもシフトを変わってくれそうなものだ。


 しかし、僕にそんな時間はない。


「いらっしゃいませー。あ、間さん、いつもありがとうございます。」


「やぁ、飯島君。君はよく働くね。」


 常連の間さん。夏でもスーツを着て、ビシっと決めている。長袖なのに、額には汗一つかいていなくて、いつも不思議に思う。そんな彼の買うものは決まっている。昼はコーヒーとおにぎりorサンドイッチ。夜になるとハイボールと弁当。独身社会人男性の定番といった感じだ。


「暇なのって苦手なんですよ、家でダラダラするくらいなら、働いて体動かしたいんで。」


「そうか、今時珍しい若者だ。君くらいの年頃の子は都会に遊びに出たり、スマホいじりに夢中なのかとおもっていたよ。実際、街中にはそういった若者であふれかえっている。」


「まぁ、そすね。クラスの人もそんな感じです。」


「そうなんだね、やはり君は特殊だ。君みたいな人を見ているとこっちも頑張ろうという気持ちになるよ。」


「ははは、ありがとうございます。」


 そういって常連の男は店を出て行った。


「大人は暑くてもスーツ着ないといけないんだなぁ。」


 コンビニバイトが終わると、僕はいつも廃棄のかごから食料を漁る。炭水化物に偏らないように、サラダや肉も入れて、栄養バランスを考えながら回収する。

 近年、廃棄を持って帰る行為に対してどんどん厳しくなっている。この店でも、この行為を許されているのは僕だけだ。


 そんな特別扱いをされているのはきっと僕の家庭事情を店長が理解して配慮してくれているからだろう。


 自転車に乗って家路につく。きれいな家が立ち並ぶ通りに悪い意味で目立つ木造のオンボロ一軒家。これが我が家だ。家に入ると、2歳下の妹が出迎えてくれる。


「お兄ちゃん、おかえりなさい。今日もお疲れ様。」


「うん、ただいま。」


 そんな声につられてか、続いてどんどん兄弟がやって来る。


『にいちゃ~~~ん!!おかえりっ!』


 10歳の次男、9歳の次女、6歳の三女、3歳の三男。僕たちは6人兄弟で、僕はその長男なのだ。


 飯島は長女にコンビニ廃棄を渡し、再び外に出る。次は警備のバイトだ。


 高校生が働けるのは22時までだが、このバイト先では年齢を偽り、22時以降も働いている。今日は歩道を工事しているので、歩行者を別の道へ誘導する仕事だ。単純作業ではあるが、蒸し暑い中の長時間労働は体に来るものがある。コンビニは複雑な業務が多いが、空調の効いた室内での労働なので、その面では楽である。


 光る棒を振りながら、考え事をする。


 なぜ父と母は亡くなってしまったのだろうか。


 2年前、僕が中学三年生の頃、父は職場の事故で亡くなった。いつも元気に工事現場で働き、帰ってくれば豪快に笑いながらビールの飲む父。その姿に受験期はうるさいと悩まされたものだが、いざいなくなると静寂に耐えられない自分がいた。父亡きあと、母はよく働き、家を支えた。しかし、父がいない寂しさ、子育てと労働の苦労に耐えかね、先月自殺した。

 僕は母を支えているつもりだった。バイトで稼いだ給料は全額家に入れていた。給料日が来るたびに母に「○○円稼いだんだ!全部使ってよ!」と嬉々として報告していた。


 それが間違いだった。母は、息子が努力して稼いだ金を使うことに心底抵抗を覚えていたが、それを断るほどの経済力もない。そんな心苦しさと情けなさが母の心を強く責め立てるように握りしめた。


 この事実は葬式で叔父が隠し持っていた母の日記を発見し、知った。


 僕には責任がある。この家族から『母』という存在を奪ったのは僕だ。だから僕は叔父に頼み込み、この家族を保ってもらっている。本来ならば、僕たちはすぐにでも親戚の元へ行くか、施設へ入るべきなのだろう。しかし僕はこの家族を幸せにしなければならない。


 だから、僕は夏休みが終わる前に就職先を見つけ、そのあと高校を辞める。


「あれ、飯島君?」


「えっ!はい…?」


 暗い道、話しかけてきたのはコンビニの常連客、間であった。


「君、こんな時間まで働いてていいのか?高校生って22時……。」


「ちょ!間さん!待ってください!事情は説明しますから、今は知らんぷりして帰ってくれませんか…?」


「いや、しかし……。」


「お願いします!!一生のお願いです!!」


「うーん、わかったよ。明日も昼の時間にコンビニに行くけど、そこで話を聞かせてもらえるかな?」


「はい!その時間に休憩もらえるようにするので、お願いします!!」


 間はしぶしぶ納得したという様子で帰路につく。


 ついに知り合いにバレてしまった。移動時間を短縮するために近場で働いていたことがあだになってしまった。

 どうしたものか……。早く就職先を見つけないと。


 翌日、眠たい体を叩き起こし、コンビニへ向かう。いつもならば気合を入れる場面だが、今日は気が重い。もしこのことが間さんから店長に伝われば大事だ。店長は優しい性格故に心配してくれるし、社会人としてルール違反を許さない。


「僕、店長の言葉に弱いんだよなぁ。」


 午前が終わり、昼の時間。間さんが入店してくる。


「店長すみません。朝も言ったんですが、この時間に休憩って大丈夫でした?」


「うん!平気だよ。もう昼食のお客さんは落ち着いてるし、ゆっくりしておいで。」


「ありがとうございます!」


 店長はいつも通りのにこやかな笑顔で許可をくれる。なんとも申し訳ない気持ちだ。僕は店を出て、間さんと話を始める。


「やぁ飯島君。お疲れ様。じゃあ単刀直入に聞くんだけど、なんで法を犯してまで働いているんだい?」


 飯島はこれまでの経緯を全て説明した。


「ふむ…なるほどね。家族と離れたくない気持ちや自責の念はよくわかったが、この問題はどうしても君がお金を稼いで解決しないといけないのかい?叔父さんや行政の力を借りることだってできるはずだ。」


「それは…よくわかってます。けど、僕がなんとかしたいんです。」


「それが、家族にとって最大限の幸せと限らなくても…?」


「………家族は!!みんな揃っているのが幸せなんです!金さあればそれができる!!だから僕は働いて働いて!自分の力でなんとかするんです!」


「そうか…。じゃあ、自分の力を借りるんなら、いいんだね?」


「………はい?」


「いやいや、人の力を借りるのは申し訳ないんだろうし、君にとって筋違いの行為なわけだ。それならば、自分から力を借りればいい。『未来の君』から、この『ファクタリングの茶封筒』で……ね。」


 そういって、間は通勤カバンの中から一枚の茶封筒を取り出した。

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