弱いものバッヂ 4/4

 弱峰が居眠りを終えると、もう放課後だった。


(うーーん。生徒会選挙だけサボるつもりが、これは予定外!)


 ゆっくり起き上がろうとして、人の気配を感じてやめる。


(やべっ、先生に見つかったらまた怒られる。はやくどっか行かないかなー。)


 そっと教室にいる人間の方を見る。そこにいたのは生徒会長に立候補していた強田だった。椅子に座り、膝に手をついている。なんだか心も体も落ち込んでいる様子だ。


「あれっ、強田じゃん。なーんだ落ち込んじゃって。会長にはなれなかったか?一年生で会長になれないなんて当たり前の事さ!また来年チャレンジすりゃーいいんだよ!!」


 弱峰は立ち上がり、強田の肩をバシバシと叩く。強田はその手をはたいて除けた。


「会長にはなったよ。僕は会長になるべき人間だから会長になった。決して落ち込んでなんかいないし、疲れてなんかいないし、限界も来ていない。」


「え、おお…おう。すごいな!会長就任パーティしようぜ!そうだ母さんがさ、お前の話しててさ、今度うちでパーティすれば楽しいんじゃないか?中2の頃に遊んだっきりじゃん!俺たち。」


「………なぁ弱峰くん。君は一日何時間勉強している?もちろん、学校の授業以外で。」


「な、なんだよ突然。説教なら母さんで十分だ。」


「怒ったりしないさ。純粋な興味からくる質問。ただ情報として知りたいだけだ。」


「んー。まぁ、テスト前に一夜漬けするくらいかな。4月に教科書サーっとなんとなくわかったし。テストで点数取んないとさ、母さんが怖くて怖くて……。強田のところのおばさんはいいよな。優しそうでいつもふんわりしてて。」


「そういう『ルール』だからね。」


 ぽそっとつぶやく強田。


「え?なんて言った?」


「いいや、なんでもない。僕のくだらない質問に答えてくれてありがとう。今後の励みになったよ。………この後、この教室は新生徒会のメンバーを集めての会議に使用するんだ。早く出ていかないと真面目な生徒会役員だけでなく、先生も来るよ。」


「うげげっ!教えてくれてセンキューな。すぐ帰るわ。あ、パーティの話考えといてくれよ!母さんにも言っておくから。」


 弱峰は急いで駐輪場へと向かった。この空き教室で会議が行われる予定などないというのに。


(言えないよ、足に力が入らなくて立てないなんて。君は強い人だから、きっと助けてくれる。……僕にはそれが悔しくてたまらないんだ。僕は自分の力で頑張らなければならない。)



 学校が閉まる時間になりようやく下校できる体力が戻った強田。今日は父が帰宅してくる日。こんな遅く帰宅する予定ではなかった。父はすでに食卓についており、母は台所で何か作業をしている。


「ずいぶん遅かったじゃないか厳。まさか遊び惚けていたわけではないだろうな。」


 父は睨むように強田を見る。しかしその目はどこか興味なさそうな、事務的な視線だ。


「…今日は生徒会長に選ばれましたから、仲間にお祝いをしてもらっていたんです。」


「フン……学生はのんきなもんだ。温い環境に落ちるなよ。」


「はい……。友人に会長就任祝いパーティに誘われたのですが、それは断るべきでしょうか。」


「誰だ、誰から誘われた?」


「弱峰くんです。ハハ、名前だけ言ってもわからないですよね。お父様が僕の友人の名前を覚えてるはずないで……」


「ああ、あの全国模試上位常連の子か。近所に住んでいるんだろう?お前が情けなく通った中学の同級生のはずだ。」


 父は息子の言葉をさえぎって、弱峰のことを思い出した。


(なんでだよ…。)


「小学生の頃、お前の授業参観でその姿を見たのを覚えている。ウム、オーラというのかな、小学生ながら実に印象的な人物だった。そうだ、今後は弱峰くんと行動を共にしなさい。そうすれば良い影響を受けて、不出来なお前ももう少しできるようになるはずだ。」


(なんでなんだよ…。)




「ずるいじゃないか!なんでお父様の心に残ってるんだ、君は僕より!そこをどいてくれ!僕のお父様はお父様しかいないんだ!少ない席を取らないでくれよ!!僕の世界に君は要らないんだよぉ!!!」


 翌日の学校、珍しく遅れてやってきた強田厳は、これまた珍しく遅刻しなかった弱峰才に暴行を加えた。


 弱峰ともみ合った結果、二人は弾きあい、お互い後頭部をぶつけ気絶。


 保健室、騒然とする教室から許されたお見舞いの定員は一名。二人と同じ中学出身という理由で中内が選ばれた。そして、先に目を覚ましたのは強田であった。


「よぉ、お目覚めか?不良生徒会長。ずいぶんと溜まってたんだな。」


「弱峰くんは…?」


「そこですやすやだよ。」


 三つあるベッドのうち右を強田、真ん中に中内が座り、左で弱峰が寝ている。当然近くには養護教諭もいる。


「…そうか、生きていてよかった。彼を殴ったなんて、自分でも信じられないんだ。登校して弱峰くんを見た途端、自分の中は『弱峰くんを排除したい』そんな気持ちでいっぱいになった。」


「弱峰のやつとなんかあったか?」


「………今日、弱峰くんと話をするつもりだった。そんな物騒な話じゃない。家庭の悩みを相談しようと思っていたんだ。それが…なんで…。」


「もしかしたらこいつのせいかもな。」


 中内が取り出したのは簡素な缶バッヂ。白い背景に黒いペンで困った顔が書いてある。


(強いものバッヂ!………に似てるけど違う。)


「これは弱いものバッヂ。朝からこいつをつけてきた弱峰はこっそり俺にだけこのバッヂのことを教えてくれたんだ。『中内、これ見てくれよ。これさ、身に着けるとおかしなことが起こるバッヂなんだけどさ。俺わかっちゃったんだ。クフフ…、こいつを身に着けてると俺はいろんな人から助けてもらえる、すっごく心配される。それこそ赤ちゃん並みに…だ!名付けて弱いものバッヂ!これさえつけてれば人生イージーだぜ!!』ってな。お前がおかしくなっちまったのはこれが原因なんじゃないか?」


「バッヂの…せいって、本気で言ってるのか?」


「俺は本気だぜ?なんてったって、このバッヂをつけた途端、クラスメイトが弱峰に宿題教えたり、ジュースおごったり、授業の準備をしてくれたりしたんだ。おかしいだろ?クラスの異端児にそこまで優しくする奴なんていない。これは本物だ。クラスのみんなもそれを感じてる。」


「……じゃあ、なおさら僕は最低だ。」


「…どうしてだ?」


「それはつまり、僕は弱いものなら暴力をふるう人間ということになる。普段弱峰くんに不満を感じていても、自分より優秀な人間だから、自分より強そうだから手を出さない。勝てない勝負は絶対にしない臆病な人間ということだ。こんな人、世の中に居てはならない。」


「……………」


「ふっ、言葉も出ないかい?」


「いや、ものすごいことを聞いた。強田は自分より弱峰の方が優秀だと思ってんの?」


「それは当然。君だって彼の知能は知っているだろう?ほとんど勉強しなくても上位に食い込める。」


「いやいやいや!そりゃあいつはテストで点とる力は異常だよ。そこは認める。でもあいつは、社会的倫理感が欠如してるし、協調性もない。そしてコミュニケーション能力も高くない、あいつが可愛い女子と喋るところを見たことあるだろ?ちょっと容姿がいい女子と喋るだけで、あいつはしどろもどろさ。一転、強田はどうだ?勉強も、リーダーシップも協調性も、社会的な倫理観もバッチリじゃないか。たった一つ負けてても、それ以外ではほとんど勝ってるって。」


「いや…でも、お父様が…。」


「強田の父親がどうかは知らないけどさ、少なくともクラスの皆はお前の味方だぜ?だってよ、傑作なのが『この騒動の原因は弱峰にあるんじゃないか』ってみんな思ってるんだ。ははは!普段の行いが出てるのよな。お前は信頼されてんだよ。毎日頑張ってんだから。」


「いや……それは…………なぁ中内くん、そのバッヂ貸してくれないだろうか?急いで確かめたいことがあるんだ。」


「ん?別にいいけど、ほれ。」


 強田はバッヂを握りしめ、保健室を飛び出した。


「あ!おい!起きたら先生と話を…って、行っちゃったよ。」


 強田は胸に弱いものバッヂをつける。その瞬間、周りから心配の目線を浴びせられる。


「君、そんなに急いでどこに行くんだい?走ったら危ないよ!転ばないようにね!」


「急いでるなら送ってあげようかー!?」


 善意の言葉を振り払い、強田は駐輪場まで駆け抜けた。



 強田の自宅前。


 出張から帰ってきたばかりの父は三連休をもらったらしい。この時間ならば昼食を取っている頃合いだろう。


 玄関扉を開ける。そこには丁度、靴箱を掃除している母の姿。母は心底驚いた顔をして、手に持っていた雑巾を床に落とす。


「厳ちゃん!大丈夫なの!?お怪我!?それともお熱!?」


 母は強田の顔をぺたぺたと触ったり、体中を見たりして息子の異常を確認する。弱いものバッヂの効果もあるだろうが、普段でも連絡なしに途中下校したら、これくらいはやりそうだ。


「お母様、大丈夫ですよ。少しお父様とお話がしたくて。」


 リビングへと続く扉を開けると、そこにはダイニングテーブルに座り、本を読みながらコーヒーを飲む父の姿があった。


「お父様。」


 その一声で父は息子の存在に気付く。そして一言。


「これ以上、私を不快にさせるな。」


 それだけだった。視線は活字を見ているまま、その言葉もコーヒーを飲む合間の最小限の時間で発せられた。強田は弱いものバッヂを外した。


「はは…はっはっはっは!!あー、くだらない。僕はなんてくだらないことに時間を使っていたんだろう。お母さん、僕は学校に戻ります!謝らないといけない人がいるんです!」


 強田は胸につけた弱いものバッヂを外し、家を飛び出た。



「弱峰くん!ほんっとうにすまなかった!」


 放課後、弱峰は目を覚まし(本当はもっと早く目を覚ましていたが、気絶したふりをして授業をサボっていた。)強田、中内、弱峰の三人で下校していた。


「いや、いいっていいって。中内とかクラスのみんなに言われたよ、あんな道具を使って楽しようとしてるから、罰が当たったって。先生にも話して、このことはなかったことにすることになったよ。にしてもお前は人気者だな、クラスのみんなもさ、このことを口外しないって自分から言ってくれてたぜ。」


「みんな………。」


「にしてもひでーよな!ちょっとくらい俺のケガの心配をして欲しいもんだぜ!みーんな強田が~強田が~って、俺が殴られてんだけど!!」


「それは、お前の普段の行いが悪いんだよ。」


 弱峰はクラスメイトの真似をしながら、不満を漏らし、それに中内が突っ込みをいれる。その様子がなんだかおかしくて、強田は久しぶりに心から笑った。


「それよかさ、俺になんか相談があるんだって?珍しいな強田が俺に相談なんて。力になれるかわかんねぇけど、なんでも聞くぜ。」


「ああ、そうだ。君に話したいことがあるんだ。なぁ、会長就任パーティの約束はまだ生きているかな?」


「もちろん!母さんもいつでもいいってさ。」


「そうか…。じゃあその時に話そう。そうだ、中内くんも一緒にどうだい?」


「おー行くよ。そうだ男だけじゃむさいからさ、誰か女子も誘おうぜ。」


「えっ…。そりゃちょっと…。なんかさ、違うじゃん?男だけの友情ってのがあるじゃん!な、強田!」


「僕はいいと思うけどな。そうだ、学級委員の水本さんとかどう?」


 談笑する三人、帰り道の分岐路で中内とは別れた。久しぶりの二人きりであった。


「強田がパーティ参加してくれるって、正直思ってなかったよ。」


「うん、実は最初は参加しないつもりだった。でもさ、自分のことを見てくれる人と関わろうと思ってさ。本当に自分のことを見て欲しい人に見てもらえないのは辛いけど、仕方ないんだ。他人の目線は変えられない。」


「へー??そうなんだ。ま、楽しくやろうぜ!」


 帰り道、いつもの河川敷。そこから二人の背中を見つめる少女が一人。


「なーんだ、つまんないの。二人いっきにやろうとしたから失敗したのかな?それとも、お友達がいっぱいいる人はむずかしい?間さんはどう思う?」


 白いワンピースの少女は黒いスーツの男に話しかける。


「…悪趣味ですよ、アミさん。未来ある普通の高校生にを渡すなど。」


「だってだってだって~。がんばり屋さんがボロボロになるのも~、だらしないお兄さんがどんどん堕落していくのも~。だ~~~~~いすきっ!なんだもんっ!」


「ふぅ…。どういう教育を受けてきたんだか。」


「間さんだって、人にわたすじゃん。。」


「私には私の美学というものがあるのです。」


 二人は夕暮れの街の中に消えていく。



 終

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