【公募用】身籠もり魔女は龍を産む【全年齢版】

朝霞みつばち

◆序章◆

 これで何度目か。またしても男に振られた魔女、ララ・レリベルは街の酒場でウォッカを煽っていた。

 宿屋の下にあるドッド酒場は彼女にとって憩いの場である。

「ま〜た振られたの? これで何度目?」

「……十七回目」

「それはまた凄いわねぇ?」

 原因はわかっている。

 そもそも、容姿は整っているし家庭的な一面もあり独り立ちしてからは工房を設けて、魔導具の精製販売を生業にしていることもあり同世代よりお金だって持っている。それでも男性運がないのは、そういう男が魅力的に見えてしまうからで。

 浮気されても三つ指ついて謝れれば許してきた。

 金庫から少し硬貨を拝借されていても黙認していた。

 だらしのない男だったら、身の回りのこと全てやってあげていた。

「つくしすぎなのよ、ララは。だから足元見られて調子に乗っちゃうの。前に付き合ってた職人さんだってそうでしょう。元は女っ気のカケラもない寡黙な人だったじゃない。それが、アンタと付き合ってから色気づいちゃって」

「……悪く言わないでよ。彼はいい人よ、本当に」

「はあ、そういうとこも原因なんじゃない?」

「人間中身だってことはもう理解できたわ。顔で選んじゃダメだってことにもね」

 そう。ララは無類の美男子好きだった。そしてなんといっても、惚れやすい。

 少しいい顔をされればついて行き、その場限りの関係に幾度なったことか。彼女からすればそれも本気なのだが相手側は遊びのつもりだったというのが多い。

 もう年齢も年齢だ。

 遊びの恋愛には疲れた。

「結婚したいぃ〜!」

 空になったグラスを店主であり友人でもあるデティへ突きつける。しかしそれは彼女の手に奪われてしまい、右腕が宙に浮いた。

「もうやめておきな、ほら。そんなんじゃ帰れないでしょ? 空き部屋あるから今日はそこ使いな?」

「んんー帰れるっ帰りますっ!」

「……いや、絶対無理」

「帰るったら帰るのよ!」

「はあ……どうしよ」

 ヤケ酒は身体に悪い。駄々っ子になった失恋間際の友人にあぐねていると、デティの目の前へ空のショットグラスが置かれた。「うー」「はぁあ〜」などと意味不明な言葉を発する酔っ払いをあしらい待っている男性へ声をかける。

「見ない顔だね」

「ああ、観光にね。……良さそうな店が遅くまでやっているものだから気になった」

「フゥン?」

 ドッド酒場のある街は山陰に存在する。山々に囲まれた辺境に、自然愛好家なら旅行に来たと言うのも頷けるだろうが。

 見るからに質のいい姿形とモーニングスーツばりに丈のある背広。やや気崩してはいるがその着こなしは様になっていて、カウンター越しではわかりにくいが股下も二十代男性のそれよりうんと長いのが伺える。

 この一帯は都市部で見るようなブロンドやアッシュカラーの人間が少なく、基本的に世界でも珍しいとされているレディシュや赤茶色の髪を持つものが大半だ。赤髪はあまり大陸で好まれないこともあり、業種によっては染めている人がいるくらいである。デティが一番驚いたのはそれだった。

 人間離れした容姿に映える白銀の髪。高貴な出立から、旅行者でないことは明白だったのだ。

 だが酒場の店主として接客しないわけにもいかない。

「何にする?」

 同じものでいいと、やたら美麗な男がテーブルへ肘をつく。

 デティは酒に飲まれている友人の隣へ立った男を警戒しつつ、カウンター奥へ足を向けた。

 ーーリラの香りがする。いい匂い……でもどこか、人と違う香り。

 一方、酔った魔女はぐらりと歪む視界の片隅に人がいたことに気がついていた。この辺りの男性にはない気配に興味を持った彼女はゆっくりと酒と涙で重たくなった二重瞼を開く。チラリと見ただけでも、良い男(顔)好きのララには充分だった。

 電気が走ったように衝撃を受けた彼女は突っ伏していた顔をあげ、腕時計に仕込んだ鏡で身だしなみを瞬時に整えると男の方へ身体を向けた。

 橙色の照明で照らされている銀髪が開いた窓から流れる風で靡いている。先ほども感じたリラの花の香りに似合う中性的な面持ちに、スラリとした体躯は細身だが服の上からでも適度に引き締まっていて鍛えているのがわかった。

 じっと見つめてしまっていたからだろう。

 視線に気がついた美丈夫は唇を弧にして微笑んだ。

 ーーああ、なんて美しい男性なの。まるで、人間じゃないみたい。

 黄金眼に吸い込まれていると、カウンター越しにデティの棘のような目線が刺さった。

 ーーわかってる、わかってはいるけれど。

 溜息混じりに常温の水を手渡され、渋々ララは受け取った。

 同時にミントの添えられたショットグラスを手にした男も合わせるように口をつける。水を飲み干すタイミングに合わせ、再び空になった小さな硝子細工をカウンターテーブルへ置くと、しなやかな指の先でララの手の甲を擽った。

「主人、会計を。彼女の物と一緒で」

 ほろほろに酔ったララは辿々しくお礼を言うと、男が取ってあると言う宿へ移動する。

 心配そうに二人を背中を見つめていた店主デティだが「まあ、大人なんだし平気よねぇ」と素早く自身の仕事へ戻っていったのであった。

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【公募用】身籠もり魔女は龍を産む【全年齢版】 朝霞みつばち @mochi1211

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