二年越しの前奏詩

めいき~

第1話

優しく積もる様に、思い出を重ねて。



いつまでも、いつまでも……。



羽の様に軽くなった背中を支えて声をかけ、ゆっくりと落ち着かせるように頭を抱きしめた。


「明、今日は起きられる?」

「大丈夫」


か細い声でそう答え、小さく笑う。

果てしなく白い、この病室で。


彼の世界が、ここだけと私は知っている。


窓から見える、切り取られた世界だけ。

もう消えそうな、命を見続けて。




今にも落ちそうな、線香花火の様。



「ねえ、美幸さ。ここに居ても、何にもないよ?花が一つ、窓が一つ」

「明がいるよ」


「動けないし、こうして窓を見るだけだから何にも話せることがないんだ」

「私が勝手にしゃべるよ、勝手に昨日読んだ本の事や友達の愚痴やなんかも」



「そう、俺はハッピーエンドの話がいいな」

「任せてよ」


そうして、いつもの様に一生懸命喋って。


幾つも、話をして。明は、笑って聞いてくれる。



腐りゆく気持ちを押し殺して、必死に話す滑稽な自分が居て。


「ねぇ、美幸は退屈じゃない?」

「全然、今日は良く喋るね。良い事でもあったの?」


「美幸が来る日だからね」

「あはは、光栄だなー」



二人で、笑っていたあの頃。

この小さな病室だけが、二人の世界だった。



もう、彼はこの病室に居ない。



最初は病院のベッドで、隣同士になった事から始まった事だった。



私は自殺に失敗して、怪我して動けなくって。ずっと物心ついたころから動けない彼とこの病室で出会った。毎週毎週、来る時に話が尽きない様に頑張った。

お洒落だって、病院でダメって言われない様に工夫して。


お見舞いなんて言ってたけど、私はこの病室にいる時の方がずっと楽しかった。




(明といる時は退屈なんてしなかった、いっつも明は退屈じゃない?って聞いてきたけど。私にとっては、この病室に居ない時のほうが余程退屈だったよ)


一年経って、私がなおって退院する日も寝たきりでおめでとうって言ってくれた。


(私は退院なんてしたくなかった、また辛い現実にかえるのかと憂鬱になっただけ)


彼が笑っておめでとうって言ってくれたから、私も笑ってありがとうっていったけど。その時、折り紙の小さな星を一つくれた。


一生懸命作ったものだと、すぐに判った。だって、私が退院する日もう左手が動かなくなっていたから。小さい窓から見える、沢山の流れ星の変わりだって。


ゆっくりと、ゆっくりと……。体が動かなくなっていく、足から徐々に。

心臓までそれが届いたら、もう二度と動かない。


怖くない?って聞いたら、君がいる時だけ忘れてられるって。

同じように笑っていたから、私も一生懸命笑っていた。


「本当に、笑えてたかは自信ないけど」


最期に彼とあった日に、新しい治療が見つかって。

担当の古畑先生は、なおせるかもしれないと。


私は、彼に貰った折り紙の星になおりますようにと書いて彼に渡した。


「これ、僕があげた星だよね。いらなくなった?」「違うよ、明がなおりますようにって書いて預けとくの。治ったら返してよ、私の宝物なんだし」



なんとも言えない顔をしてたのは覚えてる。

ただ、小さい声でありがとうと言って俯いた彼の背中をさすって。



またねと、手術室に消えた。




「そんなとこで立ってたら、迷惑だろ?」

「そうね、もうここにはお別れだものね」



あの後、さらに時間が経って。

手術もうまくいって、リハビリを繰り返して今日が彼の退院日。



自殺の失敗から始まって、不治の病の治療法が見つかって。

そして、今度こそ二人でこの病室にお別れするんだ。


そう思ったら、胸が弾む。


「ねぇ、最初は何処にいこう?」

「僕は、君から聞いたあの場所に行ってみたいな。治るわけ無いと思ってたから、治ったら必ず行きたいと思ってた」



羽の様に軽い足取りで、二人はあの場所に向かって手を繋いで出ていった。

そんな二人に、偽物の折り紙の星なんてもういらない。



本物の流れ星が降る星空を見上げに、病室から見えたあの山へ。

あれから二年後の流れ星を、二人で一緒に。




(おしまい)

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