15話 最期の時間

 そして日付は4月25日 土曜日。制服に着替えて僕たちは今日、ニーナの誕生日会に出席する。回収を兼ねていくのでスーツではなくいつもの白黒の回収班専用制服。念のためアンティアを装備するために会社に寄ったが、これを今日使う羽目にはなってほしくないと切実に感じる。それは水月も同じだったみたいで、僕がアンティアを手に持つとあからさまに不安そうな顔を浮かべていた。


「行きましょう」

「はい!」

 水月の言葉に僕は賛同した。


 誕生日会は12時から。食事を12時半くらいから初めてそこからはケーキ会。加賀の体調が悪いので外には行くことはできないが、中で遊べるようにとトランプや人生ゲームなど幅広いジャンルのボードゲームを僕は用意していった。17時には回収という約束なのでそれまでは一緒に楽しもうということを水月と話していた。


 今日が楽しみなのもあるが、正直不安が勝っていた。トラブルがないようにとは思うが、これも運任せ。何かが起きて、結局中途半端な別れになってしまっては味気の悪い。それだけはないように。そして誕生日会を必死に盛り上げようと思っていた。


 はずだった。


「ニーナ・・・ちゃん」


 玄関先で待っていたのは瞳を真っ赤にさせて包丁のようなものを持っているニーナの姿だった。奥には血だまりができて倒れている加賀の姿が見える。

 暴走してしまったのだと瞬時に判断した。


「葵君・・・! ここは私が・・・! アンティアを渡してください・・・!」

「ぇえ?」

「はやく!」


 急いでアンティアをを渡して水月の指示を乞う。


「指示を・・・! 水月さん、僕は、どうしたら・・・!」

「なんで、わかるでしょう!? 急いで社長に電話して警戒態勢を・・・!!」


 ここまで慌てている水月を見るのは初めてで、僕の動揺はエスカレートする。僕は慌てて外に飛び出し、スマホを手に取って報告をしようとしたが。


「きゃあ!!」

「!? み、水月さん!!!」


 玄関から悲鳴が聞こえて僕は急いで玄関に戻った。

 そこには気絶させられたのか、床に倒れこむ水月の姿とアンティアを奪ってこちらに銃口を向けるニーナの姿があった。


「これがアンティア・・・ごめんねあおいさん。力抑えられなかった」

「ニーナちゃん・・・! 自我を取り戻すんだ! こんなところで、それにおばあちゃんも! おばあちゃんと過ごした時間を思い出すんだ!! ニーナちゃん!」

「無理だよ、もう。だって頭働かないし。とりあえず、あおいさん。ばいばい」


 瞬間、ニーナの持つアンティアの引き金が引かれる。




 パンパンっ、と甲高い音がする。

 一体何が起こって・・・? 


「ようこそ! 今日は私の誕生日パーティに来てくれてありがとうございます!」


 音が鳴ったそれの正体はアンティアからだった。銃口からはスタンガンの電気弾ではなくクラッカーのような音を立てながら垂れ幕やチリ紙があたり一面に散らばる。


「へ・・・? なにこれ」

「え? ドッキリだよ?」

「でも、水月さん倒れて・・・」

「・・・生きてます」


 水月が倒れたまましゃべり、僕は心臓が飛び出そうな感覚に陥る。


「加賀さんは・・・? 血は?」

「生きとるわい、これは血糊じゃ」


 なんで、そこまでしてドッキリを僕なんかに仕掛けたのが意味不明で僕の思考は停止する。


「まったく。緊急時どんな対応するかテストも兼ねていたんですけどね。0点です0点。研修中寝てましたか?」

「いや無理ですよあんなの! ていうか水月さんてそんなノリだけでこんなことする人だったんですか?! まさか、今朝アンティア不安げに見てたのも僕が携帯したからですか!」

「ええ、わざわざ私が用意したほうのアンティア持って行くんですから。気が利かないと言いますか」

「いや誰もドッキリしかけられるとかアンティアがクラッカー仕様にされてるとか知りませんから!! 加賀さんも変なノリに乗らないでくださいよ・・・!」

「老いぼれの迫真の演技も捨てたもんじゃないわい」


 僕は必死に抗議したものの、ニーナと水月は笑いあうだけで全く聞いてくれなかった。でも、安心した本当に。こうやって笑顔でいてくれるのなら僕がこんな目に遭っても関係ない。許そうと思える。でも意外だ、水月もこんな真似をするなんて。いよいよ灰塚さんが言っていた彼女のイメージとはかけ離れていくのを感じて、笑いあう水月の姿を見ながら僕は若干困惑した。




 それから僕たちは食事会を楽しんだ。美緒は昨日のうちに帰ったらしく、誕生日会に出席しないかと加賀が誘ったそうだが。

『ニーナちゃんの最期の1日に私はいらないわ。私はニーナちゃんの母親じゃないもの』

 と言って断ったらしい。春香さんに似ているだけにどう接していいかわからなかったのだろう。自分が今度は執着してしまうのが怖かったんじゃないかと、水月は言っていた。


 加賀の手料理はどれも素晴らしく、豪華なうえに栄養バランスも兼ね備えた素晴らしい献立だった。昔は栄養士として仕事をしていたらしいのでそれもうなづける。会場は居間で、ただここだけだと狭いということで隣のふすまを全撤去して大きな宴会場と化していた。いつもの居間に入った時点で大きな奥域のある部屋が現れたときはびっくりしたものだ。天井にはお祝い事でいつもあるような飾りつけ、こういうのをオーナメントというのだろうか。そして奥の壁にはニーナ、13歳の誕生日おめでとうとでかでかと書いた文字が出てくる。達筆なので恐らく作成者は加賀だ。書道で書いているのもまた味が出ている。


「すごいですね、これお2人で?」

 水月は感心しながらそういう。加賀がキッチンからこう言った。


「美緒も手伝ってくれたんだ。飾りつけはニーナのサポートあってのことだったけどね」

「頑張ったんだな、ニーナちゃん」


 僕がそう言うと、ニーナは嬉しそうな顔をして「でしょー」と喜んだ。


 そこからはあっという間に時間が過ぎていった。ケーキは超特大のものが出てきて、僕は腰を抜かした。お遊戯会ではトランプだったり持ってきた人生ゲームをしたりした。ババ抜きをしているときに時間があった僕と水月は、水月からこんなことを言われた。


「葵君、昼間のドッキリの時水月さんって言ってたですよね」

「・・・そうでしたっけ・・・。すみません、以後気を付けます」

「別にいいですよ先輩なんてなくても。一色さんなんてパイセンとよく変わらない敬称ですし」

「そうですか・・・? じゃあ、水月さんって呼んでいいんですか?」

「いいですよ」


 というよくわからないジャンルの会話をしたこともあった。

 そしてポーカーもしたのだが、かなりニーナは強かったらしく、加賀、水月に関しては全負け、僕とニーナがそれぞれ五分五分の勝負で引き分けた。


「あんた結構勝負ごとに強いのねぇ」

「まぁ、昔からこういうのは強いですね」


 キッチンで皿洗いをする加賀の手伝いで僕が皿拭きをしている最中にそう加賀が話す。まだ人生ゲームの決着がついていない様子の水月とニーナは2人で居間で楽しそうにしていた。


「ありがとうね、本当に。今日1日の事は墓場に行くまで忘れることはないよ」

「でも僕一人だったら絶対ダメでした。本部に交渉して期限伸ばすなんてできっこないですし、僕なんて水月さんがいなかったら何もできませんでしたよ」

「そんなことないさ。あんたがいたからこそ、あの子も色々あたしたちのために尽くしてくれたんだと思うよ。あんたは、それくらい信頼されているってことじゃないか。いいことだよ」


 信頼。今週に初めてパートナーとして仕事を共にした日、認めてないと言われたことがあった。まだたった数日だ。そこから回答が変化していることなんて流石にないと思うが、少しは認めてもらえるようになっただろうか、とは期待してしまう。


「ところで、あんたたちどこまで進んでるんだい?」

「進む? 一体何のことですか?」

「とぼけるんじゃないよ。あんたと水月って子、できてるんだろ?」

「っは?! いやいやないですから! ただの仕事仲間ってだけで僕は別に水月さんがどうこうなんてことありませんから!!」

「にしてはあんたたち仲良さげに見えたけどねぇ。どうだかねぇ」

「見えてませんから・・・。まだ出会って1か月も経ってないんですよ? そんなことないですから」

「でも、あの子は飛び切りいい子だよ。あんたがその気じゃなくてもあっちはわかんないしね」

「ですから、ただの仕事仲間で深い意味は―」


 加賀は皿を洗っている手を止めて僕のほうを睨むようにしてみる。こうやってこの目で見られるのは久しぶりなような感じがして背筋が凍るような違和感が走る。


「泣かせたりするんじゃないよ」

「それはまぁ、わかってます」

「ほんとかい? あの子は結構色々しょってる感じがするから。気を付けるんだね。いい子だからこそ、そのしょってることの重大さをわかってないこともある」


 言っている意味がわからずにじっと加賀の目を見る。何か大事なことを告げられているのだと本能で分かるが、それの意味するところはわからない。加賀は何か知っているのだろうか。


「おばあちゃんも早く来てよ! もっかいやるよー!」

「はいはい、今行くから。じゃああんたも、それ終わったらさっさと居間に来な」

「あ・・・はい。わかりました」


 それだけ言って加賀は居間に戻っていった。

 時間が刻々と迫る。16時、あと1時間でお別れの時間だ。



























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アンドロイドな君の瞳と、機械仕掛けの短針 しのふ @sonobuuuu7777

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