第4話 傭兵団

カウンターに広げられたをルーファスが手早く確認した。


「はい、お疲れさん。ブラックウルフ三匹ね、上出来上出来」


ルーファスが激励と共に銅貨の詰まった革袋を渡してやると、獣人の少女は嬉しそうに仲間の元へ駆けていく。


「はーい、次の人ー」


すぐさま次の獣人がカウンターにやってくる。青い毛をした狼の獣人は乱暴に本日の成果をテーブルに乗せる。飛び散った血がカウンター汚すがルーファスの営業スマイルは崩れない。


「ふむふむ……」


ルーファスは一つ一つ成果を確認して、最後に下を向いてフーッと大きなため息をつく。そして顔を上げると、そこには先ほどの営業スマイルは存在しなかった。


「おまえ、ブラックウルフ5匹とか舐めてんのか」


「はぁっ──!?ふざけんなよ、さっきのやつより戦果は多いだろ!?」


吐き捨てるルーファスの言葉に、狼の獣人は毛を逆立たせた。


「あのなぁ、あっちはジャリの集まり。おまえんとこにはそこそこ体の大きなやつが集まってる。不満ならリーダーから外すぞ?そんぐらいの権限は副団長から貰ってる」


「っ……」


ルーファスが『副団長』という言葉を出した途端、反抗的だった獣人が大人しくなる。


(犬コロめ……)


獣人は強い者こそ偉いという単純すぎる信仰をもつ。獣人にとって『副団長』とは印籠のような存在だ。


だからこそ、ルーファスのような事務屋は舐められるのだが。


「わかったら、さっさと狩りに戻るか仲間と作戦でも立てろ。跳ねっ返るのは成果を出してからだ」


ルーファスは成果を後ろのカゴに放り込み、先ほどの少女と同じ額が入った革袋を獣人に放る。当然リーダー手当はしっかり引かれていた。


「くそっ」


獣人は忌々しげにルーファスを睨み、尻尾を垂らして仲間の元に歩いていた。こんなこと日常茶飯事なので、ルーファスは気にもとめない。手元の書類にちょっとしたメモを残すだけだ。


「はーい、次の人ー」


「お疲れ。はい、コーヒー」


「あ、副団長。ありがとうございます」


顔を上げずに呼び込みをしたら思ったよりも大物が釣れてしまった。


両手にカップをもって現れたのは傭兵団『虎のアギト』の副団長シラル。戦士の苛烈さと中間管理職のストレスを併せもった実にルーファス好みの女性だ。コーヒーを飲んでアンニュイに息を吐く姿が何とも色っぽい。


「おまえが来てくれて本当に助かったよ。よくある話だが、傭兵団には事務屋が少なくてね」


「まぁ、王国の冒険者もそんなもんでしたよ」


ルーファスが思い返しても『ニコニコ団』以外のパーティーは大体そんな感じだった。モンスターの返り血を浴びることが生き甲斐で、戦うか、ヤルか、寝るかしか興味をもたない。初めて見た時はモンスターと何が違うのかとルーファスは頭を捻ったものだ


「フッ、どこも同じか」


そう思えば、今ルーファスの前でコーヒーを嬉しそうに啜る女性はかなりの優良物件といえた。抜群の戦闘力を持ちながら、事務仕事にも理解がある。


タメを張れるのはアレンぐらいか、とルーファスは前のパーティーを思い出す。アレンは実力もさることながら人当たりも良かった。他のメンバーが全員加入に賛成したのも初めてのことだ。


「どうした──、ブラックは嫌いだったか?」


「いや世知辛いなと思いまして」


どうやら、ついコーヒーよりも苦いもの思い出してしまったようだ。ルーファスは打ち消すようにもう一度コーヒーを啜る。素っ気ない苦味が今はありがたい。


「何だそれ」


カラリと笑うシリルの表情からは、奴隷商を撫で切りにしたときの苛烈さは見えない。



奴隷商人の全滅から、早くも1ヶ月が経った。



ルーファスが考えた通り、あの奴隷商は恨まれる商売ばかりやっていたらしい。ザイルの国民をルクスに売り捌いていたかと思えば、ルクスをザイルになど、節操無くやっていたようだ。


その仕事ぶりは、遅かれ早かれああいう運命を手繰り寄せていただろう。


箱馬車に乗り込んできた傭兵団に、一人だけ拘束が解けていたルーファスは奴隷商の仲間とも疑われたが、隣にいた猫の獣人が証言をしてくれたので無事に保護される運びとなった。


(まぁ、保護といってもこれもある意味略奪みたいなもんだけどな)


そのことにルーファスには不満はない。スラムから生き延びた彼は世の中の不公平に嘆かない。全ては存在し、ただ理解し、利用するだけ。


保護という名目で引き取られた獣人たちは今では立派な新米の傭兵になった。ルーファス以外は獣人だったので、本当にルーファスはに拐われたようだ。


当初はルーファスも実践部隊に組み込まれそうになったが、読み書きや組織運営の経験を必死にアピールし、何とか事務仕事をやらせてもらえることになった。


虎の顎に事務仕事が出来るのがシラルしかいなかったというのも決め手の一つだろう。


それからルーファスは上手いこと保護された新人たちを取りまとめ、ささやかな実績を作り、今では中堅以下を取りまとめるマネージャーのような存在になっている。


仕事の内容はパーティーのバランス調整から、報酬の支払いまで様々だ。


「血は騒がないのか?」


「え?」


最後の一口を煽ると、いつの間にやらシリルの顔が目の前にあった。


カウンターに行儀悪く片膝を乗せて、正面からシリルはルーファスを見つめている。思いがけない不意打ちにルーファスの小心者の部分がぶるりと震えた。


「──いやぁ、荒事はからっきしなもんでして、はい」


しかし、だからといって動揺するほどルーファスは青臭くない。外交用の笑みを貼り付けて、どこ吹く風と受け流す。


「そうか──まぁいい、そういうことにしておこう。コーヒー、飲み終わったなら貰っていくぞ」


余裕のある笑みと共に、空のカップを回収していくシリルは嫌味なほど良い女だった。

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追放されても仕方がない たぬき @tanukigatame

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