第3話 襲撃

ガタガタと箱馬車が揺れている。


暗い馬車内でルーファスは揺られながらぼんやり考え事をしていた。馬車の薄いベニヤをさっきから雨粒が叩いている。


今のルーファスにとって目的地に着くまではやることのない馬車は最適だった。雨のBGMも、適度な振動も心地良かった。


これで、両手足を縛られてなければ最高なのになぁ。それがルーファスの独りごちる。


ガタン、と馬車が大きく揺れた。


もともと碌な整備のされていない道を走っていることは振動からわかっていたので、何か石でも踏んづけたのだろうとルーファスは尻の位置を変えた。舌を噛まずに済んだのは口につけられた猿ぐつわのお陰だ。


今まさに奴隷商に捕まっていることはルーファスには大きな問題じゃない。時折押し殺した泣き声が聞こえてくるが、幾日もの運搬の中で聞き流せる雑音になった。


あの追放の夜からルーファスの頭を占めていたのは、やはりパーティーのことだ。


金をとって武器を貸していたのが悪かったのか、それとも節約のためにアレン以外の傷薬をケチっていたことか。でもそれもメアリのヒールで事足りたからな。カジノで擦ったことがバレたかな?


いつまで経ってもルーファスの考えはまとまらない。


スラム出身の孤児を一廉の冒険者集団に育て上げたルーファスの洞察力は並大抵のものではない。そのルーファスにして個人の嗜好や性格などを考えるとやはり「追放」される理由がわからなかった。


アレンもあんなに乱暴なやり方をするとは予想も出来なかった。やろうと思えばもっと軟着陸させることもできたはずだ。10年以上世話をしてきたが、メアリが俺に反抗したことはじめてといっていいぐらいだ。はじめてがの反抗が追放ってのは洒落にならんが。でも、だとすると何か他の──。


「ヒィィィィン!!」


答えの出ない疑問をあーだこーだとルーファスがこねくり回していると、馬の嘶きと共に馬車が急停止した。


振動で一緒に捕まっているガキどもからくぐもった情けない悲鳴があがる。


耳を澄ませていると、外から聞こえたのは悲鳴と金属の打ち合う音だった。ルーファスが思わず吐いたため息は猿ぐつわ代わりの布を湿らせた。


奴隷商が盗賊に目をつけられてどうするんだよ。いくらか鼻薬を嗅がせとけよ。


岩陰で寝ていた自分を攫ったであろう連中を考えると頭が痛くなった。こめかみを抑えようにも手首を縛る縄がそれを許さない。


「さすがに皆殺しにでもなったら困るか……」


ルーファスの声が聞こえたのか、隣の幼い獣人がビクリと跳ねる。


皆殺しという単語に驚いたのか、それとも小声で呟くルーファスの口元から猿ぐつわが消えていたからか。


「縛った手足を繋いどかなかったのが運の尽きだな。あ、いやラッキーなのか」


ついつい奴隷商視点で考えてしまうのは、やはり育ちのせいだろうか。ルーファスは一人苦笑しながら口をモゴモゴさせる。


やがて音もせずに口元に近づけた手首の縄が落ちた。開放された手で今度は足の縄を切る。


箱馬車の僅かな隙間から入る光が手にもった刃がキラリと光った。


「んーっ」


暗い馬車の中で、開放された手足を伸ばすとポキリと背骨が緊張感の無い音を鳴らした。隣にいた幼い猫科の獣人がはじめて魔法を見たような顔をしてルーファスを見ている。


ルーファスにも右目に埋め込まれた呪いでその間抜けな顔がはっきり見えた。


「さてと」


間抜けな隣人に特に関心も示さず、唯一の光源である出入り口へとルーファスは向かう。


「ちょっちゃと逃げ出しますか」


「んんーーっ!?」


そんなルーファスの言葉に猫の獣人が声があげた。猿ぐつわのせいで言葉にはなっていないが、おそらく「助けて」的なことをいっているのだろう。


「ちょっと様子を見るだけだから」


「んんんんんーーーーっ!!」


「まぁまぁ」


ルーファスが優しく頭に手を置くと、内心が正確に伝わってしまったらしく獣人はさらに声をあげた。涙すら流している。


メアリもこんなときがあったなぁと手でポンポンと頭を叩き、ルーファスは関心を打ち切った。こんなどこにでもある悲劇に付き合う義理などルーファスにはない。


そっと奴隷商用の出入り口から外の様子を伺ってみる。


「うわ、傭兵団じゃねぇか」


思わず漏れた声に馬車内に緊張が走る。


猫科の獣人ははじめて聞いたのか、キョロキョロと周りを見渡している。夜目が効かない獣人も多いから無駄なことだ。


傭兵団とはそもそもザイル王国には存在しない組織だ。隣国であるその名を冠した傭兵国家ルクスにのみ存在する。


「こりゃ奴隷商も災難だな」


よりによって傭兵団とかち合うとは。


ルーファスの視線の先には血のような赤い軽鎧に身を包んだ集団に囲まれた奴隷商らしき人物が見えた。


「ありゃ情報吐かされて殺されるな」


すでに何人も血を流して地面に倒れている。もちろんそこに傭兵団の人間は含まれない。


「ルクスが卸先じゃないのか?」


外が見えない箱馬車に居たせいで地理はまったくわからないが、傭兵団がいるってことはルクスの領土にいる可能性が高い。


傭兵団は決して正義の集団ではない。金で汚いことなどいくらでもやるはずだ。


考えられるのは義理を欠いたか、ルクスの不利益になることをやっていた、ぐらいか。


傭兵団の練度や苛烈さはプライドの高い冒険者たちの間でも噂になることは多く、ルーファスも何度も耳にしていた。


「10人を撫で切りねぇ」


奴隷商も馬鹿じゃない。


非合法な金にモノをいわせてそれなりの護衛を連れていたはずだ。それこそ盗賊なんて歯牙にもかけないほどの。


ルーファスも盗賊すら御せない奴隷商が大間抜けだと思ったが、それは「トラブルを未然に防げない」といった意味だ。火種を大きくして逃げ出そうと思っていたがまさか全滅しているとは。


ザイル王国の半分ほどの面積しかないルクスを不可侵アンタッチャブルにした存在は伊達ではないらしい。ピンキリとはいえ、奴隷商ごときが立ち向かえる相手じゃなかった。


「どうすっかなぁ」


ルーファスはそっと戸口から離れる。


外では奴隷商を切り捨てた傭兵団の一人が、箱馬車のほうへと向かって歩きはじめていた。


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