第2話 本音

酒場の喧騒から離れ、拠点にしていた宿に帰る途中にメアリがポツリといった。


「本当に良かったのかな……」


不安気に眉を寄せながら発された言葉はいくら家族といえどガイスには今の心境でとても聞き逃せないものではなかった。


「それは言いっこなしだろう!?俺だってルファ兄を追い出したくなんてなかったよ」


これは間違いなくガイスの本音だ。酒場でルーファスにジロリと睨みつけられたときなんて生きた心地がしなかった。


「これはルファ兄のためなんだよ……、そのためにアレンさんにだって協力してもらったわけだし」


人の良い金髪の美青年はここにはいない。


メンバーに代わってルーファスに追放を言い渡したあと「激昂しすぎた」と反省して一足先に宿へ帰ってしまった。


「ごめんね、ガイス。そうだよね……──でもルファ兄と離れたくないよぉぉおお」


メアリの大きな瞳から大粒の涙がぽろぽろと溢れる。末っ子のわがままにガイスはため息を吐くしかなかった。


「ミナ姉……これで良いんだよな」


乱暴にメアリに頭に手を置き、ガイスはもう一人の家族に声をかける。


ルーファスが長男ならば、ミナは長女といったところか。ルーファスが聞けば不機嫌に否定するだろうが、このパーティーは家族といって差し支えない。


不安気なガイスの言葉にも青い髪のハーフエルフはいつもと変わらぬ様子で宙を眺めていた。


「これでいい……」


「預言、か」


ガイスは何となしに地面に目をやった。


このが、家族同然のこのパーティーに追放などという手段をとらせた原因だ。そうでなければ、乞食同然のガイスに家族を作ってくれたルーファスを追い出すといった馬鹿げた話は起こらない。


ルーファスと一緒ならガイスは木の棒でモンスターと戦うことなんて大したことではない。


「ババァはルファが近いうちに英雄になるといった……それも世界を救う英雄に……」


珍しくミナの声に苛立ちが混ざった。


英雄。


それは常に血と悲劇でもって語られる。ガイスの知っている現実主義者のルーファスがそんなものを望むわけもない。


「理由がある……」


あの長男が英雄なんて最も忌み嫌うである存在に成り果てる理由。それは、


「がぞぐのだめ……」


ミナの言葉の先をメアリがいった。


いつの間にか静かに鼻水まで垂らしている。


なんだかんだ甘やかされて育ったせいか、パーティーの中でもメアリがどうにも子どもっぽさが抜けない。せっかくの端正な顔立ちが台無しだ。


「だから私たちと離れる必要がある……」


ガイスはミナのいつもの無表情な横顔を眺めた。


人と違う時間を生きるミナは誤解を受けることもあるが、身内に対する愛情は人一倍深い。


人間の時間の短さを知っているミナにとってルーファスと離れることがどれほど身を引き裂かれる思いだったのか、ガイスには容易に想像がついた。


「ルファは英雄にはならない。代わりに私たちがなる……」


それがルーファスの自称家族が出した結論だ。


『預言』という胡散臭い力を使うハイエルフから告げられたとき、意外なことにこの案を出したのは泣き虫のメアリだった。


ガイスより二つ下で一番ルファに世話を焼いてもらった末っ子はその時も今のように涙と鼻水で顔を濡らしていた。


「アレンさんにもお礼を言っとかなくちゃな」


アレンが護衛の依頼に一緒についていなかったら、協力を頼むのは難しかっただろう。本来は冒険者になんてなる人じゃない。


「俺たちは公認パーティーを目指す。そして英雄の役割を負う」


公認パーティー。それは王国お抱えの冒険者のことを指す。


福祉などから無縁の冒険者は公認パーティーになることによって様々な特権が得られる。有名なところだと年金だとか。


有事の際に駆り出されるという名目はあるものの、一生が保証される公認パーティーをゴールとする冒険者たちも少なくない。


ガイスたちが懸念するのは名目である「有事」の部分だった。


今のままでもニコニコ団は順当に行けば公認パーティーの地位を手に入れられただろう。ルーファスがそのように動いてきたからだ。


もともと孤児だった自分たちが普通の暮らしを手に入れられるようにと。だから、歴史の表舞台に関わるとしたら一番可能性が高いのはだ。


「有事に乗じる……」


それこそがルーファスの運命だったのだろう。『神の使徒』と名乗るあのハイエルフもそんなことを言っていた。命と引き換えに世界を救う、と。


「わだじだちがえいゆうに……なる……」


「ああ」


ガイスはルーファスには返しきれないほどの恩がある。あの皮肉屋の長男を悲劇の英雄なんて馬鹿げた存在には死んでもさせたくない。


「戦力もアレンがいれば大丈夫……」


ルーファスは自分で勧誘したと思っていたが、実はミナの仕組んだことだ。


アレンの評判をそれとなくルーファスの耳に入るように誘導した。それは実績を作るために戦力の増強に頭を悩ませていたルーファスに効果覿面だった。アレンはもともとは王国騎士であり、それを唆したのもミナだ。


面通し以外は顔を出さなかったルーファスと違い、ガイスたちは要人警護の現場でアレンと出会っている。


そして、アレンは要人であるハイエルフの預言に立ち会っていた。


普段の姿からは想像もつかないミナの巧みな話術があったとはいえ、世界の危機のためならとアレン計画に乗ったのだった。


「ルファ兄どうしてるかなぁ……」


末っ子の声につられて、ガイスも月明かりに縁取られた雲を眺めた。


いつもは良く見える星も今日は分厚い雲で覆われていて見えない。月だけが雲の切れ間からかろうじて見えるくらいだった。


かつてのルーファスとの過ごした思い出が蘇り、ガイスは湿っぽく鼻をすすった。果たしてあの頼もしい兄がいなくて自分たちはやっていけるのだろうか。


ガイスの胸には大きな不安はあったが、決して後悔はなかった。



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