追放されても仕方がない
たぬき
第1話 追放
普段は探索を終えた冒険者たちで鉄火場のような喧騒に満ちた酒場に今夜は静寂の帳が降りていた。
その元凶といえる人物にルーファスは呑みかけのグラスを下ろし、恐る恐る問いかける。
「アレン、今なんて……?」
「ならばもう一度言おう」
その問いに、鼻をフンと鳴らして応えたのは金髪の美青年。
髪と同じ色の瞳を持つ、冒険者らしからぬ品の良さを携えた青年の名はアレン。
おそらく平民と違って他にもいくらかの名前がくっつくだろうが、ルーファスはアレンという名前しか知らない。
「ルファ、君をパーティーから追放する!」
つい1ヶ月ほど前にパーティーに加入した新人は黄金の瞳を怒りに輝かせ、よく通る声でそんなことをいった。
ちなみにルーファスはパーティーのリーダーだった。
「今夜にでも宿から荷物をまとめて出て行ってくれ」
アレンの言葉は酒場によく響いた。
酒場の喧騒は少し前からどこかへ行ってしまい、ごろつき共は突如として現れた極上の肴に興味津々といった風だった。仲間の獣人の耳をそばだたせて、ルーファスたちのテーブルの音を拾わせる者までいる始末だ。
ルーファスはごろつきの酒の肴になる気はサラサラないが、さすがに「はいわかりました」と頷けるわけもない。
「おい、冗談はやめろよ。新人がリーダーを追放するなんて聞いたことがねぇぞ」
そう、何度もいうがルーファスはパーティーリーダーだ。新人の鶴の一声で追放されるなんて聞いたことがない。
「ああ、確かに前代未聞だろう。しかし、仲間からも了承をとっている」
「なんだと?」
斬って捨てるような物言いにルーファスがぐわっと首をまわして、同じテーブルの面子に目をやる。
テーブルに縮こまって座っているのは小汚いジャリの頃から面倒を見てやった子分どもだ。図体ばかりでかくなった馬鹿どもは今は俯いて床の汚れを凝視している。
「おまえら……」
なんて酷い裏切りなんだろう。人間不審になりそうだ。
右も左もわからないガキの面倒を見てやった俺がどうしてこんな目に合わなきゃいけないんだ。ルーファスはめったに祈らない神を呪った。
「おい、ニコニコ団で追放だってよ……」
「あんなに調子良かったのにな」
「やっぱり名前がくそダサいの原因か……?」
そこかしこから野次馬の声が聞こえる。
この愉快な見せ物の邪魔にならないように小声で話す配慮がルーファスの神経をさらに苛立たせる。
やつらは有名パーティーに軋轢が生まれているのが嬉しくて仕方がないのだろう。冒険者というのはやはり屑しかいない。
ルーファスのパーティー「ニコニコ団」はこの冒険者街でも名が売れているパーティーの一つだ。
くそダサいと噂される名前の割にギリギリまで自分たちを追い詰める苛烈な姿が冒険者たちの間ではよく話題となった。
最近では要人の護衛という大任まで引き受けていて王国の公認パーティーに最も近いと噂されている。
しかし、その新進気鋭のパーティーのリーダーはいままさに追放されようとしている。
「ガイスっ!!」
ルーファスのストレスをそのまま吐き出したような声に、隣に座る大きな体がびくっと跳ねる。
パーティーの前衛を務めるガイスだ。
体つきでいえば、ルーファスに怯える道理はないが、ガイスとルーファスの間には血よりも濃く染み付いた上下関係がある。
「……!」
普段は歴戦の勇士のようなガイスもルーファスに反抗してしまった恐怖から、すでに気を失いかけている。
音もなく口をパクパクさせている様子を見て、役に立たないと判断したルーファスは今度はアレンの横に座るもう一人に声をかけた。
「メアリっ!」
「ひゃ、ひゃいっ!!」
こちらは返事があった。
ローブの裾をぎゅっと握って押し黙っていた魔法使いは返事はしたものの俯いた首をより真下を向けた。それは首の関節の限界に挑戦しているようにも見えた。
「おまえも賛成か?」
「もう無理……」と首の関節からギブアップが聞こえてきそうなメアリの後頭部をルーファスは睨みつける。
恩を仇で返すとはこのことだ。何の教養もないこいつが魔法を使えるようにいままで散々骨を折ってきてやった。更にいえば、ガキの時分に寝しょんべんの後始末だってしてやったことがある。
控え目な胸よりも更に内側にめりこみつつあるメアリは、つむじで蚊のなくような声を発した。
「さ、賛成です……」
「あ?」
「ひぃっ!?」
「そこまでだ、ルファ。これはパーティー全員で決めたことだ」
声に嗚咽が混じりはじめたメアリとの間にアレンが割って入る。
それを負けじと睨み返しながら、ルーファスはパーティーの最後の一人を横目でみる。
珍しい青色の髪を持つハーフエルフは他の二人と違い宙を見上げて我関せずといった調子だった。どうやら味方はいないようだ。
「アレン、何がいけない?名前か?確かにせっかく名が売れたのに変えるのは勿体無いが、我慢出来ないってんなら変えたっていい」
ルーファスにはなぜアレンがこんな暴挙に出たのか理解出来ていない。
少数精鋭でやってきて、アレンの加入により公認パーティーすら現実に見えてきた。そんな中で、こんな騒動を起こす理由がさっぱりわからない。
「俺はおまえに期待してたんだ。出自だって何かしらの事情があるのは理解しているし、そこらへんを探るような真似だってしなかった」
パーティーのさらなる躍進のために新規加入したアレンにルーファスは散々便宜を図った。
部屋だって個室を用意したし、飯だってそれなりの質のものを用意した。
アレンはニコニコ団にとって期待の前衛だ。
脳筋のガレスと違い、ブロッカーとアタッカー両方の役割を果たせるアレンを探し出して勧誘したのもルーファスだ。
「僕の扱いに不満なんてない。報酬も良いし、部屋も個室で、傷薬も潤沢だ──」
言葉を区切るアレンに、鼻息荒くルーファスは頷いた。
「仲間の武器を質にいれた金でね」
アレンの黄金の瞳がギラリと光った。
「仕方がない手持ちの金がなかったんだ」
ルーファスは両手をあげる。
事実、自転車操業のニコニコ団に貯蓄なんて習慣はない。
アレン加入で公認パーティーがより現実的になった今、大物捕り以外で上等すぎる装備など必要ないと判断し、アレンがパーティーに根付くことに力を割いたまでだ。
「ルファ、君にわかるかい?上等な料理に舌鼓を打った後、棒切れ片手に戦う仲間の隣に立つ気持ちが」
ミシリとアレンの握り拳の下のテーブルが悲鳴をあげる。
「あれはガイスだってわかってくれていたさ、予備の棒だって探してやった」
「武器を用意しろ!!」
「それはガイスを信頼してのことだ。パーティーの優秀な前衛を信頼してたんだ。そうだろ、ガイス?」
ガイスの肩に腕を回すと、筋骨隆々のたくましい首は千切れそうなほど縦に揺れた。
「他にもある!」
興奮したアレンは今や立ち上がらんばかりだ。
普段は品の良いアレンがこんなに取り乱した姿をルーファスは初めて見た。
「このパーティーの資金の管理は君がしていた。そして、ニコニコ団は珍しい給料制のパーティーだ」
基本的にろくでなししかいない冒険者は金の使い方がわからない。
ルーファスがその馬鹿共のために余剰金を有効に使うために作った方式だ。
「でもアレン、おまえの給料は色をつけて渡してやっただろ。均等割よりもよっぽど良い額もらっていたはずだ」
言葉通り、アレンに渡していた報酬は上がり下がりのある並の冒険者なら涎を垂らして喜ぶ額だ。さすがにそれが不満と言われちゃたまらない。
「僕の給料には不満はない。これだけの額が貰えるなんて公認パーティーぐらいだろう……。しかし」
ついにアレンは椅子を蹴って立ち上がる。
「どうして他のメンバーの給料が銅貨10枚なんだ!子どもの小遣いじゃないんだぞ!?」
「そりゃ無駄遣いしないためだよ」
「君にわかるか!?他のメンバーより明らかに大きな革袋を羨ましげに見つめられる僕の気持ちが!?」
わかるかわかるかとうるさいやつだ。良い額を貰えて一体何が不満だというのか。
「格差を無くせ!!」
「そうはいってもなぁ……」
これだって話し合いで決めたことだし。事実提案したときだって他のメンバーから何も文句は上がっていない。
「それは誰も君に文句が言えなかっただけだ!」
「でも足りない分は都合してやってたぞ?」
「都合というのは三日で元金よりも大きくなる借金の話か?」
メアリの体が跳ねてテーブルにぶつかる。なるほどおまえがチクったわけか。アレンは大袈裟に頭を抱えていた。
「こんな劣悪な労働環境で戦うパーティーなんて聞いたことがない!第一僕は君が一緒に戦ってる姿を見たことがない」
「だって一緒に戦って噂されたら恥ずかしいし」
「何の噂だ!?」
良い加減このやりとりにうんざりしてきてしまった。
ルーファスは乱暴に椅子を蹴って立ち上がる。
「わかったよ、わかった。つまり俺が邪魔だってんだな?そうだろう、ガイス、メアリ、ミナ?」
嫌味ったらしくいってやると、反応は三者三様だった。
ガイスは顔を青ざめさせてガタガタ震え、メアリは捨て犬のような目でこちらを見て、ミナは感情の無い瞳で宙を見ていた。アレンだけは今にも斬りかからんとばかりにこちらを睨んでいる。
「おまえたちの気持ちはよーーーくわかった。退職金代わりに装備やアイテムはもらっていくからな」
見離すような言葉に二人ほど気を失ってテーブルに頭を打ちつけていたが、そんなこと知ったことじゃない。
「あばよ」
こうしてルーファスは自ら立ち上げたパーティー、ニコニコ団から追放されることとなったのだった。
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